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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第二章 イカロスの墜落
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3

「なんか、ガラスが割れるような音でしたね」


「そう? 私は何も聞こえなかったけど」


「いや、確かに上のほうから聞こえた気がします」


「もしかしたら、この風で飛んできた枝か何かが、ガラスを突き破ったんじゃ……」


 夜宵の言葉で、食堂には不安が漂い始めた。


「私が見に行きましょうか」


 冴沼がそう言って、扉に手をかけたのを沖が制した。


「いや、僕が行きますよ。どうせこの雨じゃ、他に何もすることがないですし」


 沖が口を拭って立ち上がり、食堂を出ていこうとすると、その後を追うようにして、甲塚が立ち上がった。


「じゃあ私も行って見ようかな」


 言い合いはしていたが、やはり沖のことは気になるらしい。腹も膨れて少しは気が収まったのか、先ほどまでの険しい目つきが、少しは和らいでいるようだ。

 二人が出ていって、食堂はまた寂しくなった。さらにその後、冴沼も食事の済んだ皿を片付けに、厨房に行ってしまった。

 夜宵も御行も、あまり喋る方ではないし、何を話題にしたらいいか困って、話しかけられなかった。

 ちらりと腕時計を見ると、午前八時少し前だった。

 なんだか気まずい雰囲気のこの場に長居はしたくない。しかし、様子を見に行った二人が戻ってくるまでは、どうにも気になるので待つしかなかった。時計の進み方がやけにゆっくりに感じられた。

 食べる物ももう残っていないし、かといって、携帯をいじくり始めたら、さらに気まずくなるのは目に見えている。

 こんな事なら、二人についていくべきだったか。


「それにしても、残念ですね。せっかくの旅行だっていうのに、この天気……」


 ようやく夜宵が呟くように言った。


「そうですね。自然溢れる島で、娯楽という娯楽もないですし、こうなってしまうとやることがないですからね」


 今日の予定をどうするか、夜宵と話し合っていた頃、血相を変えた沖と甲塚が、息せき切って食堂に戻ってきた。

 二人とも、顔が青ざめている。

 窓ガラスが割れた程度で、そこまで深刻になる必要はないと思うのだが。

 ……もしかして、他に何かあったのだろうか。


「どうかしたんですか?」


 俺が訊いてみると、沖は肩で息をしながら、切れ切れになりつつもやっとの思いで報告した。


「さ、冷山さんが、外で、倒れてるんです」


 静かだった場の雰囲気が一変した。


「た、倒れているって一体どういう……」


 夜宵が口元を押さえながら、目を丸くした。しかしその目の奥には、怯えた表情が見え隠れしている。


「と、ともかく、御行さんと末田さんは、付いてきてください。女性のみなさんは、ここで待機していてください。お願いします」


 沖は全身を細かく震わせている甲塚を席に着かせると、俺達二人を連れて、外へ出ようとした。

 丁度その時、厨房から現れた冴沼が姿を表し、慌てた様子の俺たちを見て、何事かと近寄ってきた。


「どうかいたしましたか?」


「いや、冷山さんが外で倒れているようなので、様子を見に行こうと……」


 すると、みるみるその顔は驚きに満ちていき、彼女は小さな悲鳴を上げそうになった。皺でいっぱいの手で口を押えている。


「そうだ、雨具……レインコートか何か、ありますか?」


 急に思いついて訊いてみると、彼女はそのおかげか、少し平静を取り戻し、


「ええ、それなら、地下の倉庫にあると思います」


「鍵は?」


「開いております」


「分かりました。とにかく冴沼さんは、食堂で待っていてください」


 そう言うと、俺たちは彼女の返事を待たずに、急いで地下へ向かった。

 地下は一階とほとんど同じ造りになっているが、部屋の数は四つしかないようだった。 

 例によって外から見てもどれがどの部屋なのかわからないので、一つ一つ調べていくしかなかった。

 しかし、運よくたまたま最初に見た部屋が倉庫だったようだ。中には様々な備品が乱雑に段ボールに入れられている。お陰でどれが雨具なのか、見当もつかない。

 三人で手分けして、ようやく倉庫からレインコートを引っ張りだし、それに袖を通すと急いで外へと飛び出した。

 雨は少しばかり落ち着き始めているようだったが、風はかなり強い。玄関扉を開けた瞬間、突風が吹き込んできて、息をするのも辛かった。


「こっちです」


 沖が先に立って俺たちを案内する。

 辺りの土はぐちゃぐちゃにぬかるんでいて、歩くたびに不快な音を立てた。空はどんよりとした濃灰色の雲に覆われており、もうとっくに夜明けの時間は過ぎているのに、辺りはまだ薄暗かった。風が吹くたびに木々が揺れて、枝からもげた葉が宙を舞った。

 冷山の姿は、すぐに見つかった。

 俯せに倒れた彼の姿は、まだ薄暗い闇の中に、外用の照明に照らされて、ぼんやりと浮かび上がって見えた。割れたガラス片がそこかしこに散らばり、光を反射して煌めいている。彼は赤い蛍光色のダウンジャケットを羽織っているようだ。その鮮やかな赤は雨粒を通して揺らめき、まるで背中が燃えているようにも見える。しかし背中の部分が破けているのか、そこから白い羽毛がいくつも飛び出し、折からの強風に舞い上げられて、闇の中を飛び散っていた。

 どこか幻想的にも見えるようなその風景に、俺は暫し絶句してただその場に突っ立っていることしかできなかったのだった。

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