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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第二章 イカロスの墜落
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2

 ようやく記憶がはっきりして、俺はベッドから立ち上った。身体が鉛のように重く感じられて、立っているのがやっとというほどだった。

 そんな俺に喝を入れるかのごとく、またも雷鳴が轟く。窓の外から、雨音も聞こえてくる。夢の中からずっと聞こえていた音だ。

 近づいて、カーテンを開けてみると、昨日とは天候は打って変わって、バケツをひっくり返したような大雨が絶え間なく降り注いでいた。


「こりゃあ、海に行くのは無理そうだな」


 そう呟いた直後、空が光った。

 一、二、三――。

 雷鳴が島中に響き渡る。近くはないようだ。

 俺はカーテンを閉めて、欠伸をしながら気持ちよく伸びをした。すると、壁にかかった絵に目が留まった。


「ああ、これが昨日皆の言っていた西洋画か……」


 立派な額縁に飾られた二枚の絵。

 しかし、その絵はどこかの壁に描かれた作品のレプリカのようだった。

 左の絵は、空では雲に乗った天使が楽器を弾いて、地面では多くの人間が天を見上げ、その祝福を受けている。右の絵は、それとは対照的に、悪魔が人間と絡み合い苦しめている。空からやってきた悪魔が、新たな人間たちを連れてきては、地面に放り投げているようだ。恐らく、それぞれ天国と地獄をイメージして描いたのだろう。

 生憎その辺りの知識を持ち合わせていない俺には、それが何というタイトルの絵で、誰の描いた絵なのか、全くわからなかった。

 部屋に設置された本棚を見ると、確かにイタリア関連の本ばかりだ。ミステリはないのかと探したのだが、芸術についての本が殆ど。興味がないので読む気も起こらない。


「ん?」


 その中の数冊、シェイクスピア全集と背表紙に印字された本が、目に留まった。シェイクスピアはイギリス生まれの劇作家のはずだが。

 イタリアだらけの本の中に、イギリス人作家の本があったから気になったということか。

 それぞれ見てみるのだが、すべてが揃っているわけではなく、あの有名な「ロミオとジュリエット」や「オセロット」、「ヴェニスの商人」は、そこにはなかった。


 俺はベッドサイドテーブルに置いておいた腕時計をつけながら、時間を確認した。

 午前六時三十分。

 まだ朝食の時間には早いが、二度寝するには少し遅すぎる。テレビもネットもない部屋では、何もすることがないので、顔を洗って着替えると、食堂に向かった。

 どちらの食堂かは言われていなかった――言われていたとしても覚えていなかった――ので、またもそれぞれの扉を開けて、部屋の中を調べてみなければならなかった。

 あとで本当に見取り図を作る必要がありそうだ。

 昨日夕食を食べた方の食堂で、冴沼が忙しなく準備をしていた。


「末田様、おはようございます。すみませんが、朝食まではもう少々お待ちください」


 俺に気づくと、冴沼は顔に微笑を浮かべながら挨拶をした。俺はそれに応えると、自分のネームプレートの前の席に座り、部屋の装飾を眺めた。

 壁に張り付くようにして、食器棚や観葉植物が置かれている。どれもが、高級感の漂うシックな家具だ。

 冴沼は食堂のテーブルにひととおり食器を並べ終えると、厨房に向かった。

 まだ七時までは十五分程あるだろう。手持ち無沙汰な俺は、携帯を取り出して英介に自慢の一つでもしておこうと思ったのだが、島全体でアンテナが立たないことを思い出して、あえなくやめざるを得なくなった。仕方がないので、オフラインで遊べるアプリで時間を潰していると、ぞろぞろと人が集まり始めた。

 皆一様に酷い顔をしている。流石に昨日は飲み過ぎだったのだ。


「あ~、頭痛え」


 沖はこめかみを押さえながら、自席に着く。彼の後から、甲塚と御行、さらに夜宵が食堂にやってきた。


「こんな天気になるなんて聞いてないんですけど。マジ最悪」


 案の定、昨日泳ぎたそうにしていた甲塚は、この急な天候の変化に苛立ちを隠せないようだ。悔しそうに、ぶつぶつと文句を言っている。


「ネットは繋がらないし、テレビどころかラジオもないこんなところで、泳ぐなって言われて一体他に何すればいいってのよ。ったく、冗談じゃないわ」


 かなり機嫌が悪いようで、昨日はあれだけ気にかけるような素振りをしていた沖の前でも、構わず悪態を吐きまくっている。

 厨房からワゴンを運んできた冴沼が、彼らに気付いて挨拶をしつつ、朝食を並べていく。コーヒーや焼き立てのパンの香りが立ち上り、部屋の中を充満して、胃袋を刺激する。

 彼女はかなり几帳面なようで、午前七時きっかりにすべての準備を終わらせた。


「さっさと食べて部屋でもう一眠りしよ」


 パンに手を付けようとした甲塚を、沖が制した。


「ちょっと待ってください。まだ全員来てませんよ」


「そのくらい別に大丈夫でしょ。他の人の分まで食べるわけじゃないんだし」


「いや、しかし……」


「どうせ、部屋でぐっすり寝てるんでしょう。迷惑かけてるのはどっちよ」


 甲塚は聞く耳を持たない。結局、そのまま食べ始めてしまった。しかし、沖はまだやってこない四人を気にかけて、冴沼に彼らを呼びに行かせた。


「すみません、冴沼さん。残りの皆さんを起こしに行って頂けませんか?」


「かしこまりました」


 冴沼は足早に食堂を後にした。高齢ではあるが、頭も足もしっかりしているし、料理の腕も良い。この三日間、九人の客を彼女はたった一人で世話しなくてはならないのだが、てきぱきとこなすその姿を見ていると、一人でも十分なように思えた。


 暫くして、彼女が食堂に戻ってくるまで、沖は律儀にも一口も食べようとはしなかった。そんな彼に倣って、甲塚以外の全員が食事に手を付けずに我慢していた。しかし、戻ってきた彼女は、誰も連れてきてはいなかった。


「すみません、皆さま電話をかけても返事がなく、武刀様、女納尾様は、お部屋に鍵をかけてお休みになっておられるようなんですが……」


「九剣さんと冷山さんは?」


 沖が先を促す。冴沼は困惑した表情になった。


「はい、その……お部屋に鍵がかかっていなかったので、中に入ったのですが、お二人共お部屋にはいらっしゃいませんでした」


「部屋にいない?」


「一体どこに行ったんでしょうか?」


 沖と俺が少し気になって話していると、甲塚は大して気にもしない様子で、スクランブルエッグを食べながら言った。


「大方、どこかで酔いでも覚ましてるんじゃないの」


「しかし、この天気ですし、外に行ったとは考えられないですよね。どこかで迷っているのかもしれませんよ」


「お腹が空いたら勝手に来るでしょ、子供じゃないんだから」


「あのう、探すにしても、とりあえず食べてからにしませんか。せっかく作ってもらった料理が冷めてしまいますし」


 御行がおずおずと言う。空腹に耐えられなくなったようだ。


「ううん、それもそうですね」


 沖はまだそれでも少し彼らを気にしているのか、躊躇いながらも朝食を口にし始めた。冴沼は扉のそばに佇んで、そんな俺たちを感情のない皺だらけの顔で、ただじっと見据えていた。時折、コーヒーのお代わりを訊いたりするほかは、ずっと黙っている。何だか監視でもされているようで、嫌な気分になった。

 全員がすっかり食事を終えても、例の四人は未だにやって来はしなかった。


 ――ガシャン。


 その時、強くなり始めている雨音に混じって、どこからか窓ガラスの割れるような音が聞こえてきた。上方からのようだった。

 その音に沖が鋭く反応した。


「なんですか、今の音は」

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