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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 奇人島
6/42

5

 部屋の電話が鳴り響いて、眠りが妨げられた。殆ど無意識のうちに受話器に手をかけて、耳まで持っていく。冴沼のしゃがれた声が聞こえてきたが、寝起きの頭には不愉快で仕方がなかった。


「夕食のご準備が整いました。食堂にお集まりください」


「ああ、はい。わかりました。すぐに行きます」


 欠伸をしながら答えると、受話器を元に戻して勢いよく伸びをした。それで少しばかり眠気も飛んだ。だが、身体はまだ重たい。

 そのまま眠ってしまいたいという欲求と闘いながら、やっとの思いでベッドから離れ、暗闇の中を手で探りながら部屋を出た。

 廊下の足りない明かりでさえも、今の俺の眼には眩しいばかりに輝いていた。目を刺すような痛みが走る。

 鍵を掛けて、目の前の階段を使って階下に降りたのだが、食堂がどの部屋だったのかわからない。

 同じようなつくりの扉、廊下、階段。

 仕方がないので、また時計回りに廊下を進みつつ、一つ一つ扉を開けて確かめていったのだが、そこでも俺は驚かされた。

 階段を下りた先の部屋は遊戯室のようで、中にはビリヤード台やチェス盤、種々さまざまな本が置かれてあった。その隣の部屋が厨房で、冴沼一人がやりくりするには少し広いようにも思われた。しかしその分、設備は充実している。さらにその隣が食堂になっていたのだが、不思議なことに、食事の準備などまったくできていないどころか、テーブルの上にはさっき俺たちがお茶を飲んだ後のまま、食器が残されていたのである。

 冴沼が嘘を吐いたのだろうか。いや、仕事を淡々とこなすことだけを考えているような感じで、そんなことをする人には見えなかったが。

 怪訝に思いながらも、俺はさらに時計回りに廊下を進んだ。

 すると、その隣はまたも遊戯室だった。まだ一周していないはずなのだが。

 一体どうなっているのだろうか。

 首を傾げながら、遊戯室を出ると、廊下の奥のほうから冴沼が姿を現した。


「ああ、末田様。ここにいらしたのですか。食堂はこちらでございます。皆さま、もうお待ちになっていますよ」


 彼女にエスコートされるように、遊戯室のさらに二つ隣の部屋の中に入ってみると、先ほど通ってきた食堂と全く同じ作り、同じ内装、同じ家具でできた食堂になっていた。確かに既に夕食の準備は整っており、俺以外の全員は席についている――いや、違う。俺の席のほかにもう一つ、空席があった。まだ夜宵が来ていないようだ。


「すみません。迷ってしまいました」


 顔を赤くしながら、頭を掻いて、空いている最後の一席に腰を下ろした。


「夜宵さんは?」


「まだ来ていないので、たった今、貴方と彼女を冴沼さんに呼びに行ってもらったところですよ」


 沖が答えた。

 室内を見回したが、既に冴沼の姿はなかった。どうやら、俺をここへ連れてきてすぐに、再び彼女を呼びに向かったのだろう。

 それ程待たずに、二人は戻ってきた。


「ご、ごめんなさい。お待たせしてしまったようで……」


 夜宵は入ってくるなり、皆に向かって頭を下げた。


「兎に角、席に着いてくださいよ」


 沖が優しく促すと、彼女は何度も小さく頭を下げながら、自分の席に座った。

 それを見て、冴沼がそれぞれの客の前にある、ワイングラスの中に赤ワインを注いでいく。


「本当にすみませんでした」


 また彼女は頭を下げる。


「いやいや、いいんですよ。私も先程ここに来るときには迷ってしまいましたから」


 武刀があっけらかんとした笑いで返したので、彼女は少し安心したようで、顔から緊張の色が抜けていった。

 しかし、甲塚は武刀の気遣いに気付いていないのか、嫌味たらしく言った。


「もう私、お腹ペコペコ。みんな揃ったんだから、食べていいよね」


「そうですね、じゃあ、いただきましょうか」


 すっかりこの九人のまとめ役になった沖がそう言うと、予定より十五分遅れで夕食が始まった。

 それを見届けると、冴沼は食堂を出ていった。


「それにしても、この一階のつくりはどうなってるんですか。まったく同じ部屋がありましたね」


 フォークで皿に盛られた肉を口に運びながら、俺は誰にともなく尋ねてみた。


「部屋を一つ一つ見て回ったんですけど、同じ作りの部屋がそれぞれ二部屋ずつあるみたいですね。そのせいで全然わからなくなってしまって……」


 夜宵が小さな声でそれに答えた。彼女はあまり人前で話すのは得意ではなさそうである。

 彼女に同意して、武刀がその先を継いだ。


「どうやらそのようです。この食堂から時計回りに、遊戯室、厨房、また食堂、遊戯室、厨房、そしてこの食堂……。と言った具合に並んでいるようですね」


「しかし、なんでまた同じ物を二つも作る必要があったんですかね」


 九剣がそこに入ってきた。


「それは恐らく、冴沼さんのことを考えればわかるんじゃないでしょうか」


 沖が彼の疑問に答える。九剣はよくわからないようで、沖を腑に落ちない表情で見返した。


「彼女が一人で僕たち九人分の、これだけ豪勢な食事を準備する時間は限られている。僕たちはさっき食堂でお茶をしていたでしょう? 確か、僕と末田さんが最後まで残っていたね。部屋に引き上げたのが、午後五時前だったから、それから二時間もしないうちに、彼女は食堂を片して、この食事を作って、テーブルの準備をしたわけになる。一つの部屋だと、なかなか手間取るかもしれないけど、二つ食堂があれば、食堂を片すのは後回しにしておいて、とりあえず食事を作っておき、一方の食堂で皆に食事をさせている間に、もう一方を片しておくことができるでしょう? そうやって、時間を有効利用させるためにあるんじゃないでしょうか」


 推理力はあるようだ。道理は通っている。しかし、彼は肝心なことを忘れているのだ。


「でも、この館が建てられたのって、随分昔の話では? 確か建てたのは変わり者の富豪だとかいう話だけど、行きの漁師の話じゃあ、ここにいたのは使用人とその富豪だけで、客の姿はなかったらしいし、そうだとしたら、二つも同じ部屋はいらないよ。それに、その理由だけなら、食堂だけ二つにすればいいんだし、何も厨房や遊戯室まで二つ作る必要はないと思うけど」


 俺がそう言うと、「そう言えばそうですね」と、沖は頭を叩いた。


「ところで、その富豪、いったい何者なのか、誰か知らないんですか?」


 俺は再び、誰にともなく疑問を投げかける。

 その疑問には、誰も答えようとしない。知らないのか、隠しているのか。それは彼らの表情からは、読み取ることができなかった。

 ややあって、それまで黙っていた御行が声を上げた。


「さあね、ただ、イタリアが好きだったんだろうことはわかるよ」


「イタリア?」


 俺は、その予期しない言葉に、鸚鵡返しすることしかできなかった。


「部屋に絵が飾られていたでしょう? あれはイタリア人画家の描いた絵だったし、部屋の本棚に置かれた本も、殆どがイタリア関連のものだったから、そうかなって。見たところ、家具もイタリア製みたいだから」


 御行の言葉に、武刀がああそう言えばと思い出したように言った。


「私の部屋にもありましたよ。西洋画が。ただ、私は絵にはあまり造詣が深くないもので、誰の絵までかはわかりませんでしたが」


「僕の部屋にもありましたね」


「私の所にも」


 口々にみな部屋の絵のことを言い出したが、俺には何のことだかわからなかった。


「絵なんてありましたか?」


「あったわよ。確か、ベッドの上の辺りに」


 甲塚がそう言うと、皆一様に頷いて、それに賛同する。

 俺が気づかなかっただけか。後で見てみよう。


「絵のことはよくわからないですけど、私の部屋のは気味の悪い人の絵でした」


 思い出したくなさそうに、夜宵は身を縮こませるようにした。


「まあ、確かにあまり趣味のいい絵ではありませんでしたな」


 と賛同する武刀。場に少し気まずい雰囲気が流れた。

 九剣が話題を変えようとする。


「イタリア好きってのがわかってもねえ。もっと何か、面白いことがわかればいいんですけど」


 彼は例のように髪をかき上げた。別段、顔に髪がかかったようにも見えなかったから、どうやらこれは彼の癖のようだ。


「ここはその富豪の館なんですよね? 彼の部屋はどこにあるんでしょうか」


 冷山の言葉に、すぐ沖が答えた。


「まあ、普通に考えて、三階でしょうね。僕たちは一階も二階もある程度見て回っていますけど、それらしいところはありませんでしたし」


「地下かもしれませんよ。階段は一階よりもさらに下に伸びていたので、まだ見には行っていませんが、地下もあるんでしょう」


 武刀がそう言うと、


「ええ、地下はありますが、そちらは倉庫や発電機があるばかりですよ。以前の持ち主の方の部屋は、三階にあるようでしたが」


 もう一方の食堂の片付けを終えてきたのか、いつの間にか戻ってきていた冴沼が、飲み物のお代わりを提供しつつ、やはり淡々と答えた。


「じゃあ、明日見に行きましょうか。その"奇人"の部屋に」


 九剣が面白半分にそう提案した。


「それは、面白そうですね」


 武刀や沖がそれに賛成する。しかし、女性陣はあまり乗り気ではなさそうだった。つまらなさそうな顔で、話を流しながら食事を黙々と食べていた。


「ていうか、せっかく南の無人島まで来たんだから、海で泳ごうよ。さっきからこの家の話ばっかりで、つまんなくない?」


 しびれを切らした甲塚が、呆れたように俺たちを見つめて言った。女納尾はそれにも気にせず、ただ食事を口に運んでいるばかり。夜宵も同様だ。


「まあ部屋を見るにしても、海で泳ぐにしても、まだ三日もあるんだから、のんびりやればいいですよ」


 沖が彼女を宥める。彼にそう言われると、流石に彼女も強く言えないのか、そのまま静かに引き下がった。


「女納尾さんも夜宵さんも、どうです? "奇人"の部屋、行きませんか?」

 

 武刀が二人に尋ねてみるが、けんもほろろにあしらわれた。


「気が向いたらにしておきます」


 女納尾はナプキンで唇の汚れを叩くように拭う。夜宵も彼女の言葉に同意した。

 どうも女性陣は館の謎には興味が薄いようである。


 それから夕食の席は、それぞれの身の上話で盛り上がり、一同の酒のペースもぐいぐい上がっていった。食事が終わっても席を外す者はなく、笑い声が食堂にこだました。

 何より俺が面白かったのは、あれだけ体裁を繕っていた女納尾女史が、酒に呑まれて完全に出来上がり、ひょうきんな言動を始めたことだった。酔うと性格が変わる人はよくいるが、彼女ほどそのギャップの大きい人は見たことがない。あまりに面白かったので、彼女に対する印象ががらりと変わったものだった。少なくとも、それまで彼女と俺たちの間にあった分厚いヴェールのような隔たりはなくなったように思えた。


 ようやく皆が食堂を後にしたのは、もう午後十時を回った頃だった。この館にはテレビもネットもないから、早々に部屋に戻ってもすることがないので、そのまま俺たちは遊戯室に向かい、各々好きなように遊び始めた。

 俺は沖とチェスを一局交えることになり、冷山がそれを観戦し、武刀、九剣、女納尾、甲塚がビリヤードを、御行と夜宵がソファで本を読み始めた。

 冴沼は食堂の後片付けをしていた。


 こうして、不安だらけだった初日の夜は更けていった――。

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