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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 奇人島
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4

「お部屋のご用意が出来ました。これから鍵を皆様にお渡しいたしますが、いくつかのご注意を雇い主様から預かっております。

 まず、皆様にお渡しする鍵は、それぞれ一つずつしかございません。二階の客室の鍵はそれ以外には、空室になっている二部屋と私の部屋の鍵のみで、合鍵等も御座いませんので、紛失されないよう、お願い申し上げます。

 また、万一のこともありますので、みだりに他人に見せたり預けたり等しないよう、お願い申し上げます。不測の事態が起こったとしても、こちらとしては一切責任を取れません。自己責任でお願いします」


「気になってたのですが、その、雇い主って言うのは、一体誰なんです? ここへはやってこないんですか?」


 武刀が尋ねるが、冴沼は一切顔色を変えずに、事務的に淡々と答えた。


「雇い主様とは、私も一、二度顔を合わせた程度ですのでよくわからないのですが、レジャー会社の方であると仰られておりました。こちらへはお越しにならないようです」


「ふむ……そうでしたか。いや、失礼。続けてください」


 冴沼はポケットから鍵を取り出して、


「では、こちらの鍵を皆様にお渡しします」


 彼女はテーブルについている俺たちに、一人ひとり手渡しで鍵を渡していった。かなり厳重なような気がするが、これ一つしかない鍵ともなれば、当然と言えば当然だ。

 俺にも、彼女は鍵の頭のほうを差し出して、直接手渡してくれた。

 鍵の表面にくぼみのようなものがある、所謂ディンプルキーと言われるタイプの鍵だ。このタイプは、鍵穴の構造が複雑になっていて、不正な開錠がやりにくく、防犯性が高いものになっている。

 鍵の頭と木製のタグが、金属の輪で繋がっている。鍵は小指ほどの小ささだが、この木製のタグは掌ほどの大きさもある。部屋番号と思しき数字も、でかでかと刻印されていた。

 どうやら俺の部屋は、48号室らしい。


「では皆さん、これから私は夕食の準備を致します。夕食は七時からの予定になっています。それまではご自由にお過ごしください。また、これからの三日間、朝食は午前七時。昼食は正午。夕食は午後七時からを予定しておりますので、それまでに食堂にお集まりくださいますよう、お願い申し上げます。階段は御手洗いの左側にある扉になります」


 冴沼はそう言って、また食堂を出ていった。

 俺たちはそれからもテーブルを挟み、お茶菓子を片手に、出された紅茶を飲み、しばらく世間話をしていた。しかし、次第に船旅の疲れが溢れてきたのか、一人また一人と荷物を持って食堂を後にし始めた。

 結局、最後までいたのは、俺と沖だけになった。同性で年齢が近く、同じ大学生というのもあって、この短時間でかなり仲良くなれた。

 最初のうちは彼に劣等感や嫉妬のような感情を抱いていたのだが、彼のほうはと言うと、俺に対してもわけ隔てなく接しているようだった。それがわかって、なんだか急に自分が恥ずかしくなったのであった。

 腕に付けた時計を見ると、もう午後五時になる頃だった。


「俺たちも一旦部屋に引き上げようか」


 そう言って立ち上がり、荷物を手に食堂の扉の前まで来ると、思い出したように沖が言った。


「これ、このままにしておいていいのかな……?」


 テーブルの上には俺たちの使った食器類が、そのまま残されている。彼はそれのことを気にしているのだ。


「まあ、それは冴沼さんに任せておけばいいんじゃないかな。彼女の仕事だし」


 少し思いあぐねていたようだったが、沖も疲れが溜まってきていたのだろう、


「それもそうだね」


 と肩を竦めて荷物を持ち、俺と食堂を後にした。

 廊下を時計回りに進んでいくと、左手に扉が現れた。その扉を開けると、螺旋階段が上に続いている。そこから二階に上った。

 階段の手すりから顔を覗かせて、上のほうを見上げてみると、天井はかなり高い位置にあった。どうやら、ここが外から見えた、塔の部分に位置しているようだ。とすると、階段は廊下に四か所あるのだろう。

 扉を開けて二階の廊下に出ると、そこも一階と同様に、円を描くように伸びているのだが、その幅は人一人が通れる程度に狭くなっている。およそ一階の半分くらいの狭さだ。

 こちらもやはり照明が不十分で、廊下にはところどころに影が落とされていた。

 廊下を挟んで階段とは反対側――輪形の館の内側部分――に客室がある。しかしながら奇妙なことに、その部屋のナンバープレートに記された番号は、どれもまちまちで連続していない。

 例えば、37号室の隣が25号室で、その隣が61号室といった具合だ。

 おかげで自分の部屋がどこにあるのかの見当もつけられず、一つ一つ部屋番号を見て、自室を見つけなければならなかった。

 廊下の景色は変わり映えがなく、廊下を時計回りに進んでいくと、右側に客室の扉、左側には階段に続く扉が等間隔に現れてくるだけで、位置感覚が全く掴めない。

 しかしながら、沖は早々に自分の部屋を見つけたようで、


「僕の部屋はここのようなので、じゃあここで」


「ああ、また夕食の時に」


 と、手短に挨拶を交わして別れた。部屋番号は28と書かれてあった。

 しかし、俺のほうはというと、ここでもないここでもないと、扉についているプレートに刻まれた部屋番号と鍵の番号を見比べ、さらに先に進んでいた。

 77。違う。

 84。違う。

 48。あった、ここだ。

 本当にこの番号の部屋があるのだろうかと、あらぬ心配をし始めた頃、ようやく冴沼から渡された鍵と一致する番号の扉が現れて、ほっと息を吐き出した。


「やっと見つかったよ」


 自室は階段の扉の真ん前に位置していた。

 鍵はかかっていなかった。俺はそのまま部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋の内装も廊下と同様、企画者が内装工事を済ませていたようで、真新しい壁紙と敷物、それに設置されている家具も新品なようだった。

 入ってすぐ左手には、トイレと浴室の扉。右手にはクローゼットがある。それを通り過ぎて先に進むと、ベッドルームがある。少々狭さを感じざるを得ないが、一人で寝泊まりするにはそれでも十分に思われた。部屋の一番奥には大きな窓があり、そこから陽が差し込んでいる。

 整えられたシングルベッドの上に荷物を置くと、その窓の近くに寄ってみた。ベランダが設置されていたので、窓を開けてベランダに立ってみた。

 下を見ると、一階部分の屋根が円形に広がっている。中心に向かって傾斜がついているのは、雨水を逃がすためだろう。

 輪の形をした二階部分には、同じようなつくりの窓が並んでいた。その数からみて、客室はこの部屋を含めて十二室あるようだった。

 上を見ると、青空が円形に切り取られている。どこからか鳥の囀りも聞こえてきた。木の葉が風にそよぎ始めて、メロディーを奏でているようだった。しかし、この空間は完全に四方を壁に囲まれていて、風は一切入ってこない。生ぬるい湿った空気が支配しているような気がして、息が苦しくなった。

 館の全体像がようやくわかってきたような気がする。

 つまり、この館の一階は円形になっていて、その中心部分に部屋があるのだが、二階三階は輪形になっており、丁度今見ているように、円柱の中身がくりぬかれたような形をしているのだ。


 妙な館だなあ。


 カーテンを閉めておかなければ、他の部屋からも中の様子が大体わかってしまう。窓の鍵を掛けておかないと、ベランダを乗り越え、屋根を渡って部屋に侵入されてしまう可能性もある。

 そんなことをする人間はいないだろうが、念のために俺は、しっかりと窓に鍵を掛け、カーテンを閉めた。

 すると部屋は一気に暗くなり、目が利かなくなった。訪れた闇のせいで、睡魔に襲われた。荷物をどかしてベッドに横になると、そのまま眠りに落ちてしまったのであった。

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