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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第八章 バベルの塔
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1

「そうよ。五人を殺したのは私。全部私がやったのよ」


 夜宵の口から放たれた言葉は、小さいながらも場をすっかり鎮めさせるほどの圧力を持っていた。その言葉の意味を理解した沖の顔から、僅かに残っていた希望の光が完全に消え去った。

 愕然として膝から崩れ落ちる沖。


「そんな……どうして……」


 沖の眼は彼女を捉えて放さなかったが、夜宵のほうはというと興味もないと言わんばかりに、彼を見向きもしない。


「いつから私だと気付いていたの?」


「最初に不審に思ったのは、落ちていたプレートに気付いた時でした。あの時、最初に二階に来た時と、今とで貴女と九剣さんの部屋の位置が入れ替わっていることに思い至ったんです。ただ、俺の記憶違いという事もあるので、その時は思い過ごしかとも考えました。確信を持ち始めたのは、この部屋に訪れて、壁にかかった――」


 俺はベッドの傍の壁に取り付けられた絵に近づいて、掌でそれを示した。白黒の、僅かに黄ばんでいるように見える、巨大な塔が描かれている絵だ。


「この絵を見たときです」


 彼女は怪訝そうに絵を眺めた。


「絵?」


「ええ、思い出してください。貴女は初日の夕食のとき、壁の絵の話題になると、気持ちの悪い人の絵だと言って、それとなく話題を変えようとしていたんです。しかし、貴女の部屋に来たとき、壁にかかった絵を見て御行さんは『バベルの塔』の絵だと言った」


 その時、彼女はようやく自分の過ちに気付いたようだった。


「ああ……」


 と、小さく溜息を零す。


「そうです。これは塔の絵なんです。確かに人間も描かれてはいるけれど、塔と比べてしまうとおまけみたいなものです。普通はこの絵を見たら、人の絵などとは言わず、塔の絵と言うはずでしょう。あの時、早く話題を絵から逸らさないと、九剣さんに自分の部屋の絵のことを喋られてしまい、後になって死体を見つけたときに部屋の入れ替わりに気付かれてしまう。御覧の様に、この絵は壁から外すことができない様になってますからね」


 俺は両手で力いっぱい絵を動かそうとしたが、壁に埋め込まれて一体化しているそれは微動だにせず、危うく手を滑らせて生爪を剥ぎそうになった。

 悶絶を心の中に押しとどめながら、平静を装って話を続けた。


「貴女は焦って、それで思わず口走ってしまったんですね。人の絵だと」


「私は二度も失言を繰り返していたんですね……。さっきの電話の件と言い、どうも焦ってしまうと口を滑らせてしまうみたいですね」


 再び自嘲するような笑みを口元に浮かべて、まるで他人事のように彼女は呟いた。


「一度貴女が犯人だと考えたら、それまでの貴女がとったすべての行動も、一つ一つが犯行に関係してくるように思えてきて、どんどんと疑いが深まっていったというわけです」


「しかしだね、その時点でそこまでわかっていたのなら、どうして御行さんの監禁まがいの行為をそのまま続けたんだね? これでは彼は彼女にみすみす殺されたようなものじゃないか」


 武刀は古傷を抉るように容赦なく尋ねてきた。そんなつもりはないのかもしれないが、責め立てるような口調に、俺は少したじろいだ。

 俺だって、何も彼を見殺しにしたかったわけではないのだ。まさかあの状況で彼が殺されるなど、夢にも思っていなかった。


「あの時は、鍵が全て同一のものだとまでは分かっていませんでしたから、彼がしっかりと戸締りをして、朝まで誰も入れなければまず安全だと思っていたんです。だから、彼には誰が来ても鍵を開けない様にと念を押しておいたんですが……。それも無駄だったようです。本当に、そのことは残念に思ってますよ」


 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、本心だった。口惜しい気持ちが身体の芯から湯水のごとく湧き出てきて、胸を詰まらせた。唇を噛みしめながら俯くと、武刀も俺の心中を察したのか、これ以上その話題には触れようとはしなかった。


「それにしても、五人もの人を殺すなんて……。一体何があったというの?」


 しかし、彼女は何が可笑しいのか、静かに笑い出した。笑い声は強烈な雨音に掻き消されて、耳元には殆ど届かなかった。


「ふふふふ、何もないわよ。あの人たちは殺される動機なんて持ち合わせていなかったんじゃないかしら。でも私には、殺す動機があったけれど」


 声は不自然に明るく感じた。前髪が顔に影を差し、妖艶な雰囲気を醸し出している。

 その一種狂気じみた雰囲気に、流石の武刀も化け物でも見たかのように思わず後退った。


「な、何が言いたいんだね?」


 だが彼女は俺のほうを向いた。


「ねえ、末田さん。好奇心は猫を殺すって言うでしょう? 私の場合はね、それは好奇心じゃなく、喪失感だった。それを満たすために、踏み込んではいけないところに足を踏み込んでしまったのよ」


 顔は俺のほうを見ていたが、その声は誰に話すわけでもなく、独り言ちているような響きであった。

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