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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 最後の審判
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4

「六十パーセントを百パーセントにする? そんな事が可能なんですか?」


 疑わしげな目つきで俺に突っかかってくる沖。彼は夜宵を庇うようにして、俺と彼女の間に割り込んだ。

 しかし俺は怯まず、おもむろに夜宵に借りたトランプを懐から取り出しながら、


「正確には、百パーセントを六十パーセントに錯覚させた、と言うべきでしょうね」


 ケースを開けると、五十四枚のカードを表を上にして、テーブルの上で滑らせて広げた。


「あの時、彼女が選んだカードは、スペード・クラブ・ハートのエースと、ハート・ダイヤのキングの五枚です」


 俺はその五枚を、五十四枚の中から抜き出した。


「タネの正体は、手品でよく使われる、マジシャンズ・セレクトと呼ばれるトリックです。これは、マジシャンが手品を見る側の人間に対して、自分の意思で選択をさせているように感じさせながら、実はマジシャンが望んだ結末になるように仕組んでいるというものなんです。

 ところで、この五枚のカードなんですが、三枚と二枚の二組に分けるとしたら、確かにエースとキングという分け方ができますが、もう一つ別の分け方がありますよね?」


「別の分け方?」


 訊き返す沖を尻目に、冷静な女納尾は自分の手で、素早くテーブルの上のカードを二組に分けた。


「黒のカードと、赤のカードね。その場合は、赤が三枚で黒が二枚ってことになるわね」


 赤のグループは、ハートのエース・ハートのキング・ダイヤのキング。

 黒のグループは、スペードのエース・クラブのエースだ。

 エースとキングで分けたときには少数派になるキングのカードが、このような分け方をすれば、一転して多数派になれるのである。


「そうなんですよ。そして、あの時夜宵さんは、全員にカードが行き渡ってから、やっとエースが扉側で、キングが窓側だと宣言したんです。カードは自分で選んでいたんですから、裏側にしても配置さえ覚えておけば、手元に残ったカードが何のカードであるかは、表をわざわざ見なくても、彼女にはわかっていたでしょう。もし、この時彼女の手元にキングが残されていたなら、きっと彼女は赤いカードが扉側で、黒いカードが窓側だと言っていたでしょうね。

 つまり、彼女にとってはどのカードが自分のものになろうとも、こうやって言い方を変えれば、必ず扉側の見張りにつくことができたんです。そしてあの時、このトリックが使えたのは、カードを選び、どちらの組がどちら側の見張りになるかを決めた、彼女しかあり得ないんです」


 反論の余地がなくなり、沖は頭を抱えこんだ。


「まさか……そんな、じゃあ、やっぱり彼女が……」


 信じたくなくても、そうとしか思えないのである。そんな彼の心中を、俺は密かに察した。

 もうこの場にいる夜宵以外の全員が、彼女が犯人だということに疑いを持ってはいない。

 しかし――、


「ちょっと待って」


 夜宵が、ようやく真一文字に固く閉ざしていた口を開いた。

 その時、大きな雷鳴が轟き、館内にもその音が重々しく響いた。

 その演出のせいで、俺には彼女の存在が途轍もなく恐ろしく、忌まわしいものに思えた。背筋に悪寒が走る。

 遂にラスボスのお出ましだ。


「確かに、そのトリックを使えば、私にも犯行は可能ね。でも、私がそれをやったっていう証拠はあるの? 他の人がカードをすり替えたっていう可能性もあるじゃない」


「貴女以外の人間は、選ぶときに五枚のカードの内訳さえ見ていないんですよ。その上、どのカードが扉側になるかもわかっていない。そんな状況で、カードをすり替える事なんてできません。

 ただ、確かに貴女がやったという証拠はありません。このトリックの最大のメリットは、一切タネが残らないという点です。直前で言い方を変えるだけでいいんですから、やったという証拠は実行者の頭の中にしかありません。そして俺たちに、それを確かめるのは不可能です」


 すると彼女は、鬼の首でも取ったように、得意気になって俺に近づいた。にっこりと笑みを湛えて、俺を覗き込む。長く艶やかな黒髪が、尾を引くようになびいた。


「ほら、証拠なんてないでしょう? それで私を犯人扱いされちゃあ、溜まったものじゃないわ。扉側の見張りについた人の中に犯人がいるというのなら、私だけじゃなく、貴方や沖さんだって犯人かもしれないでしょう?」


 思いがけず俺を犯人だと言い出す彼女に、俺は慌てて否定を始めた。


「そ、それは無理ですよ。俺たちは第二の事件で、一度も食堂を出ていない。という事は、部屋の入れ替えトリックができないですから」


 しかし、彼女はまだ諦めない。さらに俺が不利になるような論理を展開する。


「でもそれは、その入れ替えトリックとやらが実際に行われていたら、の話でしょう? もしも貴方がたのどちらかが、全く別のトリックを使って、九剣さんの死体をあの部屋に出現させたのだとしたら、これまでの推理には何の意味もありません。そしてもしそうなら、今末田さんがしていることは、どうにかして私を犯人に仕立て上げているようにしか思えませんよね?」


 夜宵が全員を見回すと、武刀や女納尾、そして沖の心は揺れ動いたように見えた。さっきまでは夜宵を犯人だと殆ど確信を持っていたにもかかわらず、今は俺を見るその瞳の奥にも、疑惑の念が浮かび上がってきている。

 マズい。このままでは、彼女のペースに飲み込まれて、俺が犯人という事にされかねない。そしてそうなれば最期。御行の二の舞になるのだ。

 そうなる前に、俺はとっておきのものを見せることにした。


「逆に言えば、この入れ替えのトリックが行われたという証拠さえ挙げれば、貴女しか犯人がいない、ということになりますね」


 しかし、彼女は不敵な笑みを浮かべた。整ったパーツが織りなす美しい笑みであったが、同時に内奥に蠢く彼女の暗い一面が垣間見えたような気がして、俺は全身が総毛立つような感覚に囚われた。

 再び雷鳴が鳴り響いた。迫撃砲でも撃ち込まれたような巨大な音は、さながらそれ自体が凶器のように、耳を貫き脳を刺激する。


「そう……なるのかしら? でも、捕らぬ狸の皮算用と言うものではありません? 貴方がそう言うのでしたら、実際にその証拠を見せてもらいたいものですね。まあ、私はやっていないのですから、そんなものがあるとは思えませんけど」


 それは絶対に確たる証拠を残していないという自信から溢れ出たのだろうか。

 彼女はかなり強気になっていた。

 だが、ここまで来たら、俺も引くわけにはいかない。

 彼女が最後まで抵抗するというのなら、俺も最後まで徹底的に攻めるしかないのだ。


「構いませんよ。今からその証拠をお見せ致しましょう。皆さん、俺についてきてください」

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