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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 最後の審判
34/42

3

「夜宵さん、貴女しかいないんですよ」


 しかし、名指しされた彼女のほうはというと、予想だにもしていなかった風で、


「えっ、わ、私……ですか?」


 どうしていいのかわからず、おどおどしながら目をぱちくりとさせて、自らを指さしている。その瞬間だけを切り取れば、まるで唐突に告白されて、驚きのあまりにきょとんとしてしまったようにも見える。

 だが、彼女は俺の告白相手などではなく、追及すべき連続殺人犯だ。

 しかし最初に俺に反論を始めたのは、その彼女ではなく、沖だった。


「ちょっと待ってください。さっきから入れ替え入れ替えと言うけれど、それは不可能ですよ。末田さん、貴方だって見ているはずですよ。彼女が自分の持っている鍵を使って、彼女の部屋である84号室に入るところを。貴方の推理が正しければ、九剣さんの死体が発見されてから今の今まで、84号室となっているのは元々は53号室なはずでしょう? 徹底的に調べてたけれど、冴沼さんも言っていた通り、この館の中には客室の鍵を開けるためのキーはそれぞれ一つずつしかない。その上、この鍵とタグはチェーンで固く結ばれているから、タグを取り替えるのは無理。となるとですよ、彼女の持っている鍵では、あの部屋の鍵は開けられないはずです」


 信じられないというより、信じたくない。そんな思いが汲み取れるような、必死の反駁だった。

 だが、彼はやはり頭が切れる。

 その場しのぎの内容のないものや感情論などではなく、それどころかこのトリックの盲点を突くものであった。


「その点に関しては、俺もずっと悩んでいました。実を言うと、部屋の入れ替えトリックは、九剣さんの部屋の前で感じた違和感と、番号プレートが取り替えられるという発見をしたお陰で、だいぶ前に思いついてはいたんですが、この鍵の問題があって、皆さんに言えないでいたんです。

 しかし、思いがけず俺は、犯人の仕掛けたもう一つの大胆なトリックに気付いてしまったんです」


「大胆なトリック?」


 聞き捨てならないというように、女納尾が訊き返す。


「ええ、その前にちょっと皆さんに質問したいんですが、この館に来てから、他の人の鍵を見たことはありますか?」


「それはあるよ。さっきも館内の捜索で何度も見たからね」


 武刀が即座に答える。


「では、この館に来てから、複数本の鍵を同時に、それもじっくりと見たことはありますか?」


「複数本同時に? ううむ、そう言われると……」


 宙を見ながら答えあぐねている武刀に、女納尾が助け舟を出した。 


「ありませんね。一度も」


「そうなんですよ。これもまた、犯人が俺たちに物理的にも心理的にも、見られないように仕組んでいたことなんです。冴沼さんに、鍵がそれぞれ一本ずつしかないことや、紛失しても責任を負わないという旨を言うよう指示して、俺たちに鍵の譲渡をさせないようにしたり、更には鍵を複数保管していた冴沼さんを殺した時、わざわざ空き部屋の鍵を掏り取って、それぞれの部屋のトイレタンクに戻したりしたのも、これが理由だったんです」


「しかし、そんなことをして、一体何の意味が……?」


 記憶力は悪くないようだが、女納尾はそこまでは辿りつけなかったようだ。

 しかし、沖はハッとしたように身体をびくりと竦ませて、より一層深刻な顔つきになった。


「ま、まさか……」


「そうです、そのまさかですよ」


 俺はポケットから鍵を取り出した。この二本の鍵は、発電機室で落としたものだ。沖には返さず、この説明のためにとっておいたのである。


「よく見比べてみてください。これは一本は俺の鍵、もう一本は沖くんの鍵です」


 鍵を受け取った武刀は、因縁でもつけるが如くに眉間に皺を寄せて、右に左にと忙しなく目を動かして、二本の鍵を見比べている。


「これは……ふむ、鍵のパターンが似ているような……」


「似ているなんてものじゃありませんよ。全く同じだ。ディンプルの数、位置、大きさ、深さ、どれをとっても全く同一です」


 武刀の肩越しに覗き込んで、自分の閃きが正しいことがはっきりとわかった沖は、感嘆の息を零した。

 

「ということは……」


 武刀が沖の方に振り返る。


「客室の鍵はすべて、全く同じ鍵だったということですよ」


 俺がそう断言すると、武刀は滑稽なほどに酷く愕然としていた。

 それもそのはずである。

 自らの生命を守るはずの最後の強固な砦が、実際にはただの虚像でしかなかったのだから。

 俺たちの運命は、始めから完全に犯人の意思のみに委ねられていたのである。


「ということは、いくら部屋の戸締まりをしたところで、犯人にとっては糠に釘のようなものだったということか……」


 呆然とした風に、頭を抱えて口から息を漏らす武刀。


「でも待ってください。残りの鍵を保管していた冴沼さんは、この鍵のことに気付いていたんじゃないですか? だとしたら、彼女もグルだったとしか思えませんわ」


 そう疑問を呈したのは女納尾だった。

 しかし、彼女はグルなどではないだろう。俺は彼女の名誉のために、それを否定した。


「いえ、彼女は利用されただけですよ。覚えてますか? 冴沼さんは老眼だったんです」


「ああ、そういえば、老眼鏡をかけているところを何度か見ましたわ」


 女納尾の海馬はやはり、しっかりとそれを覚えていた。


「でも、最初に俺たちに鍵を配るときには、彼女は老眼鏡をかけていなかった。それは何故か。

 この鍵は、本体と比べると不釣り合いな程に大きなタグがついていて、そこにはデカデカと番号が刻印されています」


「ああ、そうか」


 はたと思い立った沖が、俺の代わりにその説明を続ける。


「老眼の彼女には鍵のパターンなんて、はっきりとは見えていなかった。犯人は、彼女が老眼鏡をかけずとも番号が読めるほどに、敢えて数字が大きく刻まれたタグを用意したんですね。だから冴沼さんは、鍵を扱うときに老眼鏡をかけることもなく、鍵が同一であることにも気付けなかった。そういう事ですね?」


「そうです」


 俺は大きく満足気に頷いて、


「勿論、この大きな番号のタグは、それだけではなく、万が一にも他の誰かに複数同時に鍵が見られてしまった場合にも、効果を発揮します。

 皆さんは、こうして二つの鍵があった時、まずどこを見て、どちらがどの部屋の鍵かを判断しますか?」


「そりゃあ……」


 武刀が手に持った鍵に視線を移している間に、沖が答えていた。


「タグですね。番号が刻まれているのですから、これを見るのが一番手っ取り早いし、確実です」


「そうです。普通、番号のついた鍵がいくつあったとしても、パターンを見比べてどれがどの鍵かを判断することはしないでしょう。だから、最悪少しばかり見られてしまっても、バレはしないはずです」


 俺は武刀から鍵を返してもらうと、それを掲げながら、


「これで、部屋が入れ替わっていても、元の部屋の鍵を使うことができるし、部屋に閉じ籠っていた甲塚さんや御行さんを殺すことは、造作もないことだったということがわかります」


 鍵の一本を沖の手に返し、もう一本を自分のポケットの中にしまうと、俺は全員の顔を見回しながら、推理の披露を再開した。


「さて、では話を元に戻して、第三の殺人の説明をしましょう。まあ、実際には、彼女よりも先に甲塚さんのほうが殺されていたんでしょうが、ここでは便宜上、第三の殺人を冴沼さん殺しとします。

 夜宵さんは、あらかじめ初日のお茶会と夕食の間の自由時間を利用して、見立て用の花を集めておいたんでしょう。この時にはまだ晴天だったから、当然花に水滴がつくはずがない。そして、二日目の夜に甲塚さんを殺した後で、冴沼さんを厨房に呼び、殺害。見立てを施す際に、空き部屋の鍵を盗んで、それをトイレのタンクに隠しておく。これで、鍵が複数同時に見られることを防ぎ、かつ空き部屋に俺たちの注意を向けさせたんです。空き部屋に注目させたのは、第四の事件である甲塚さんの遺体発見を遅らせるためです。そうして、敢えて自らが第一発見者となり、疑いの目が自分に向けられるように仕組んだんです」


「なんでまたそんなことを……」


 武刀が顎にごつごつと骨ばった手を当て、考え込むポーズをとった。


「あのあからさまに不審な殺害現場を見れば、疑うべきは彼女や女納尾さんに限った話ではないという結論に至ります。俺は犯人を推理で追い詰めているようで、本当のところは、彼女にいいように操られていたわけです。人というのは、一度疑いが深まった人物の容疑が薄くなると、その人は無実だと思ってしまうものです。それを利用して、彼女はあたかも犯人に利用された、哀れな女性を演じていたというわけです」


 武刀は、霞が晴れたようにすっきりとした顔つきになった。俺の説明に納得したようだった。


「ここで、更に彼女は有りもしない合鍵の存在をちらつかせ、館内を虱潰しに調べるように、俺たちを誘導し、夜のうちにでも忍び込んで仕込んでおいた、殺人の証拠品の品々を、御行さんの部屋から発見させたんです」


 俺は夜宵に一歩近づき、真っ向から対峙した。しかし怯えた様に胸の前で手を組む彼女は、視線を逸らして俯き、黙り込んだままだ。


「そして第五の殺人では、密室状態で御行さんを殺してみせたわけですが、もうお分かりの通り、正確に言えば、あの部屋は密室でも何でもなかったのです。扉側の見張りについた彼女は、その間に自分の鍵を使って堂々と扉から中に入り、不貞寝でもしていた御行さんを自殺に見せかけ殺した。そして、嘘で塗り固めた遺書を捏造し終えると扉から出て鍵をかけ、まるで何事もなかったかのように、見張りを続けたんです。

 見張りは一人二時間を三人で。そのルーティーンが二回あったわけですから、彼女には正味四時間一人になれる時間があったわけです。これだけあれば、十分に犯行は可能だったでしょう」


「待ってくださいよ」


 そこで俺の話の腰を折ったのは、またしても沖だった。


「確かに、彼女にはその犯行は可能だったかもしれない。けれど、見張りはくじで決めたんですよ? 彼女が五枚のカードを選んで、残りの僕達がそこから一枚ずつランダムに引く。彼女がカードをすり替えたような素振りは見えませんでした。という事は、彼女が扉側の見張りにつくのは、完全に確率五分の三――つまり六十パーセントの運だったということになりますよね? 犯人としては、ここで確実に御行さんを殺して、全ての罪を擦り付けておきたいはずですから、絶対に扉側の見張りにつかなければならない。彼女はそんな状況で、その六十パーセントに賭けたと言うんですか? それはちょっと納得がいきませんね」


 彼が不可思議に思っている点は、やはり痛いところを突いている。

 だが俺にはもう、彼女がどうやってそれを乗り越えたのかも、わかっていた。


「確かにそうですね。しかし、彼女はやってのけたんですよ。その六十パーセントを百パーセントにする、あるトリックを使ってね」

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