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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 最後の審判
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2

「トリックはわかっているんですが、まずは、俺なりに推理した犯人の行動を順を追って説明させてください」


 全員の注目を一身に浴びて、俺は推理の半分も行かないうちに、既に疲労が溜まり始めていた。元来大勢の人の前で喋るのは苦手なのだ。

 俺は頭の中で事件を整理しながら唇を湿らせ、舌を動かした。


「まずは、第一の殺人についてです。これは既に俺が推理していますし、同様のことが遺書にも書いてあったのですが、やはりICレコーダーのトリックが使われていると考えます。犯人は夜中に冷山さんを三階の部屋に呼び出し、背後から殴るなどして気絶させ、用意していたダウンジャケットを彼に着させた。そして、窓から彼を突き落した後でガラスを割り、その音をレコーダーに録音。それを翌日の朝食の時に流すように設定して、真下の九剣さんの部屋に仕掛けた。と言ったところです」


「まあ、それにはこちらとしても異論はないね」


 さして驚く様子もない武刀。これは既知の情報だから、それも当然だ。

 俺は一人一人の顔を、確かめるように眺めた。

 そして、誰も異議を唱えることがなかったので、納得したものとして話を進めた。


「では次に、九剣さん殺しについて、お話ししたいと思います。

 犯人は第一の殺人に並行して、夜中のうちに九剣さんを殺したと考えられます。この事件に関しては、死体が満杯になった浴槽に浸かっていたことで、犯人候補は冴沼さんが、部屋を調べに行って何もないことを確認した午前七時頃から、冷山さんの死体が発見される午前八時十分迄の間に、二十五分以上一人になれた人物か、二回以上食堂を離れて一人になれた人物であると、こう推理しました」


「ああ、それで私や女納尾さんが疑われる羽目になったわけだ」


 皮肉めいた口調で武刀は俺をねめつけた。

 それに関しては、面目なさげに頬を掻くしかなかったので、俺は適当に誤魔化した。


「しかし、犯人にしてみれば、俺にこう推理させることも計画のうちだったんです。犯人は貴方たちに睡眠薬を盛って、朝のアリバイをなくさせた。その上俺たちはあの部屋に死体が移動させられたものと考えたから、そう推理してしまうのも当然だった」


「死体が移動させられたんじゃないなら、何だっていうんだ」


「部屋自体が入れ替わっていたんです」


 俺は手でVサインを作り、それをひっくり返して、入れ替わったことを表現した。


「何だって?」


 どよめきが食堂に響いた。各々驚いた様子をしているが、この中に犯人もいるのだ。そしてその犯人もまた、自分がやったトリックに思いもよらないといった反応を示している。


「この館の客室の番号が入ったプレートは、取り外しが可能であることは知ってますね?」


「ええ、さっき館の中を調べたとき、そのプレートが落ちてましたしね」


 夜宵が頷きを返してくれた。


「つまりは、部屋番号を入れ替えることは可能だったわけです。これを踏まえると、犯人がとった行動はこうです。

 まず、初日の夕食前に自分の部屋番号と九剣さんの番号を入れ替えておいた。そして夕食後に出された彼の飲むワインに、強力な睡眠薬を混入させる。お陰で彼は酩酊状態に陥り、ふらふらのまま部屋に戻る羽目になったわけです。そんな状態で自分の部屋に帰るには、鍵の番号と扉の番号だけが頼りになるはず。彼は良く確かめもせずに、鍵と同じ番号の部屋へ入り、そのまま部屋が変わったことなど気付く間もなく、意識を失うように倒れこんでしまった。犯人は俺たちと適当に時間を過ごした後、一旦俺たちと一緒に自分の部屋――もとい、本来は九剣さんの部屋ですが――に戻ってから、番号を元に戻して、何も知らない九剣さんが眠っている部屋に入り、彼を絞殺したんです」


 俺は一旦唾をのみ込み、息を深く吸い込んで、さらに続けた。


「それから、彼を部屋の浴槽の中に入れ、小道具をセッティングして見立てを完成させた。後はその部屋で一晩過ごし、翌朝を待つ。朝食を俺たちと一緒に摂り、冴沼さんが九剣さんの部屋を見に行き、何もないことを確認させた後で、トイレに立つふりをして、三度部屋番号と、そして今回は荷物を入れ替えた。さらに、自分が前の部屋を使っていた痕跡と、九剣さんが自分の部屋を使っていた痕跡を消したんです。その後、冷山さんの死体で騒ぎが起こり、行方不明の九剣さんにも何かあったのではないかと、俺たちが館内を捜索するようになるのは、自然な流れです。そこで俺たちが訪れた九剣さんの部屋――元々は犯人の部屋だったところ――の浴槽で死体を発見した、と言うわけです。こうすれば、犯人は一度席を外すだけで、この犯行が可能になるんです。何より、死体を移動するという人目につくリスクの高い手間がなくなる」


 皆、この時点で俺が言わんとしている"犯人"が誰か、大方わかっているようだった。じろじろとは見ないものの、盗み見るようにして、その人物の様子を窺っている。しかし当の本人は、素知らぬふりで俺の話を聞こうと務めていた。


「し、しかしだね、そんな入れ替わりなんて気付くものじゃないかね?」


「でも、実際今まで誰も気付きませんでしたよね?

 このトリックが成功した理由としては、この館の奇妙な構造にあります。この館の廊下は円形で同じ景色が続いているから、部屋を識別するには、番号を頼りにするほかありません。その上、九剣さんの死体を見つけた時、俺たちはここに来てまだ一日しか過ごしていない。見取り図もないこの館の客室の並びを、完全に覚えていた人など、まずいなかったでしょう。

 さらに、この館のおかしな部屋番号も、トリックの一翼を担っていたんです。もしも普通のホテルの様に、一つずつずれた番号が付けられていたら、部屋の入れ替わりに気付いたかもしれないけれど、ここのはまちまちの不規則な並びです。これでは、入れ替わっていても気付きにくいですね。

 そして、犯人が部屋の絵に見立てた殺人を行ったのも、これに起因します。これによって九剣さんの死体が浴槽に浸かっていても不自然でないように見せ、彼が初めからあの部屋を使っていたと、俺たちに暗に刷り込ませていたんですよ」


「だがそれだけで……」


 武刀に反論の余地を与えず、間髪入れずに俺は更に理由を語る。


「勿論、それだけではありません。犯人はそれ以外の点でも、バレない様に色々と策を講じていたんです。

 犯人は初日の夕食にわざと遅れて、番号を入れ替えるところを誰にも見られない様にした。と同時に、自らが遅れることで、食事の席に遅れた人を呼びに行くのが誰かをはっきりと確認したんです」


「それは重要なことなんですか? 誰が呼びに行ったって同じに思えるんですが」


 女納尾が引っかかりを感じたようで、疑問を呈する。


「とても重要ですよ。このトリックを成功させるには、呼びに行く人間が嘘を吐く必要のない人間でなければならないんです。そうでないと、あの部屋に七時の時点で誰もいなかったという前提そのものが崩れて、トリックが意味をなさなくなってしまいます。ですから、この役割は発言に正当性がある人物でなければならなかった。そしてそれが、冴沼さんだったんです。彼女は飲み物を取りに何度も食堂を後にしているから、トリックが成功した時に判明する犯人候補としての条件である、二度以上一人になれたというものを満たしている。そんな彼女が、わざわざ嘘を吐く必要はない。だからこそ俺たちは、彼女の証言を信頼していたんです」


 なるほど、と女納尾は頷きを返した。


「さらには初日の夕食の席で、見取り図を作らなければなりませんね、などと言って、既に誰か見取り図を作ってしまった人間がいないかどうかを、自然に確かめてもいました。もしその時点で誰かが作っていたのなら、何かしら犯人の言葉に反応したはずですからね。誰も反応しないのを確認して、犯人はこのトリックを実行に移したんです」


 俺は一旦言葉を切って、犯人の姿をちらと一瞥した。

 自分のことが言われているとはおくびにも出さず、ただただ押し黙っている。これほどまでに普通な仕草でいられるのだから、その演技力は大したものだ。汗の一つも流していない、落ち着きはらった表情である。


「しかし、犯人には恐れていることがありました。これまた冴沼さんのことです。トリックの副作用と言うべきか、彼女は犯人が部屋番号を入れ替えて、死体を出現させる直前にそこを訪れてしまうわけです。だから九剣さんを探しに館内を歩き回った時に、このトリックに気付いてしまう可能性が最も高いのが彼女でした。だから捜索する前、甲塚さんが自分は行かないと我儘を言い出したとき、犯人はこれ幸いとばかりに、一人にするのは危険だと言って、彼女の世話を冴沼さんにやらせたんです。こうすることで、冴沼さんに入れ替えトリックが気付かれてしまうのを防ぎ、かつ単独行動が危険だと全員の意識に植え付けて、その後の捜索で必ず複数で行動するようにそれとなく誘導していたんです。

 このトリックでは、アリバイが非常に重要になってきます。午前七時から八時の間に一人になれた人物が犯人であると絞り込めたのは、それ以外の時間で全員のアリバイがはっきりとしていたからです。しかしこれは全て、こうやって犯人によって仕組まれたアリバイだったんですよ。甲塚さんが言い出さなければ、自分で体調が悪いとでも言っていたでしょう」


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください。という事は、末田さんが言っている犯人っていうのは……」


 まだ続きを話そうとしていた俺を、沖が慌てて制して確かめようとする。

 そうだ――。

 彼は当然誰が犯人かは気付いている。いや、彼だけではない。武刀も女納尾も、俺の言う犯人のほうに確信を持って目を向けている。そしてその視線は、先ほどのちらちらと横目で見るようなものではなく、五人もの人間を殺害したのが、この線の細い女性であることに対する驚きや恐怖、そして何故という問いかけが綯い交ぜになったものだった。

 しかし彼らは、はっきりと俺の口から、その名前を聞き出したいのだ。

 俺は、一言一言をはっきりと伝わるようにと、肺から力を込めて言葉を吐き出した。


「そうです。この犯行が唯一可能だったのは、夜宵さん。貴女しかいないんですよ」

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