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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 最後の審判
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1

「沖くん、わかったよ」


 俺は鍵を握りしめた。目線を床に落としてはいたが、焦点は定まっていなかった。どこでもないところを見つめているような感覚だ。

 しかし、沖は暢気に俺の手から自分の鍵を取り上げようとする。


「いや、言われなくても、どっちがどっちの鍵かは見ればわかりますよ。タグに番号ついてるんだから」


「そうじゃなくて! 真犯人がだよ!」


 俺は沖のその動きを制して、彼に向き直った。


「え?」


 呆けた様に口を開けたままの沖。普通の人がやれば、阿呆のような顔になるものだが、端整な顔つきの彼がやると、それでも絵になるものである。


「やっぱり犯人は御行さんじゃなかった。全く別の人物だよ。そしてそのトリックも、もうわかった」


「ほ、本当ですか」


 信じられないといった風で、彼は目を丸くした。


「ああ、迎えの船が来る前に、早くみんなにこのことを知らせたほうがいい」


 俺と沖は大急ぎで発電機室を後にして、その足で食堂に向かった。

 中に入ってみると、明かりが戻ったことで、すっかり落ち着いていた武刀は、自分の席に着いて、久々のまともな食事にありついている。女納尾と夜宵もコーヒーを飲んで、談笑し合っていた。

 犯人が自殺して、事件が終結したという事になっているのだから、安堵に思わず笑みが零れてしまうのも当然だ。

 だが、真犯人は死んでいない。今もまだのうのうと生きて、この館内にいるのだ。事件は何一つ、解決を迎えてなどいない。


「皆さん、わかりましたよ」


 扉の前に立ったまま、はっきりと一文字一文字を意識してそう口にすると、全員の顔がこちらに向けられた。


「騒々しいな。何がわかったというんですか」


 ゆっくりと食事を摂りたいのに、停電に俺にと、二度も邪魔をされているものだから、気が立っているのだろう。武刀は顔全体で不快感を露にしながらも、フォークとナイフの動きを止めない。


「真犯人が、です。御行さんはやはり、自殺に見せかけて殺されたんです」


「はあ? 馬鹿も休み休み言ってくれないか。部屋からは彼の書いた遺書が見つかった上に、部屋の出入り口には鍵がかけられ、私たちが外から常に見張っていたんだぞ。彼が犯人で自殺をしたという以外に、一体どんな解釈を施せばいいのだね?」


 武刀は呆れ果てて肩を竦めた。嘲るように鼻で笑っている。


「正確には、彼の持っていたペンで書かれた遺書、でしょう?」


「何が言いたいんだね?」


 彼は片眉を吊り上げた。


「犯人が、彼のペンを使って書いた、と言いたいんです」


「そんな馬鹿な」


 またもや嘲笑を零す武刀。妄言としか思っていないようだ。


「しかし、考えてみてください。俺たちはこれまで、彼が自らの手で字を書いているところを見たことがありましたか?」


「言われてみれば……確かにないわね。字を書くような機会がなかったように思うわ」


 女納尾が頭の中で過去を顧みながら、答えを探り出した。


「あれが手書きで、彼の形見のペンで書かれていたから、彼の筆跡もわからないのに、勝手に彼が書いたものと思い込んでしまったんですよ」


 しかしそう言っても、武刀はまだ考えを変えないようで、フォークで料理を口に運びながら反論した。


「はっ、そんなこと、想像の範疇を出ないでしょうに。それに、彼が遺書を書いていないという証拠もないだろう」


「それが、あるんですよ」


「何?」


 ぴくりと反応した武刀は、手と咀嚼の動きを止めた。


「遺書を見てください。この文章の中に、おかしな点があるんです」


 俺はポケットから御行の遺書を取り出した。彼の部屋からこっそり持ってきておいたのだ。


「おかしな点が?」


 夜宵や女納尾、そして沖がそれを覗き込む。


「まずここです」


 俺は遺書の文面を指さした。


「遺書には九剣さんの第一発見者となって、蛇口を締めることでアリバイ工作をしたとあります。確かに、夜宵さんも言っていた通り、御行さんは第一発見者です。しかしそれは、俺がバスとトイレを探すように言ったからで、それは本当に気まぐれからでした。これを読むと、まるで自らがそうなるよう仕組んだように読み取れますが、彼はそんな素振りは見せていませんでした。これはおかしいですよね」


「気付かないうちに、そう指示するように誘導されていたんじゃないのかね?」


 武刀にそう言われても、俺は怯まなかった。まだもう一つ、この遺書には、明確な嘘が残されているのだ。


「百歩譲ってそうだったとしましょう。しかし、もう一つおかしな点があるんです。遺書によると、御行さんは冴沼さんに現場から出るところを見られ、取りあえずその場は誤魔化したものの、慌てて彼女の口を封じるべく、見立てのために花を外から摘み取ってきた。その後、彼女を殺したが、その頃には朝になっていた、となっています」


「それがどうしたんだ? おかしな点などどこにもないだろう?」


「私にもわかりませんね。どこが腑に落ちないんです?」


 皆理解できないようで、首を捻ってつらつらと書かれた遺書の文字とにらめっこをしているばかりだ。

 俺はそれに堪えかねて言った。


「雨水ですよ」


「雨水?」


 それでもまだわからないのか、鸚鵡返しをする面々。

 俺は説明した。


「考えてもみてください。この島に来た初日以外は、今までずっと雨が降っていたんですよ? 外に咲いている花も、雨でびしょ濡れのはずです。全てが遺書の通りだとしたら、御行さんが冴沼さんを殺してから、沖くんと夜宵さんが死体を発見するまで、それほど時間は経っていないはずです。それなのに、その時花は乾いていた」


「ああ、そういうことか! だからさっき末田さんは花が濡れていたかどうか、訊いてきたんですね?」


 ようやく合点がいったようで、沖はぽんと手を打って喉に詰まった骨が取れたようなすっきりとした顔になった。


「御行さんが乾かしたのだとしても、そんな事をする必要なんてありますか? 一本一本丁寧に水滴を拭い取る手間は相当なものです。その上、彼は早く口封じをしなければならず、焦っていたはずです。そんな意味もないことに時間をかけてやるでしょうか?」


「ふむ……確かに、そうだな」


 ようやく俺の話を真剣に聞く気になった武刀が、持っていた食器をテーブルの上に置いて、口をナプキンで拭った。


「つまり、この遺書には嘘があるということです」


 俺は遺書を指で軽く弾いた。


「犯人が書いた遺書というのは、大抵は自らの犯した罪か犯行動機の告白、もしくは懺悔として書かれたもの。そしてこの遺書も然りです。そこに嘘が入る必要性などありません。嘘が入ってしまえば、途端にその遺書に対しての信憑性が失われてしまうからです。遺書に嘘を書き込む必要があるのは、御行さんを犯人に仕立て上げようとしている、真犯人に他なりません」


「だが、そうだとして、その真犯人とやらは、一体どうやってあの密室状態の部屋に入って彼を殺したというんだね? そこが解明できなければ、ただの机上の空論にすぎないだろう?」


 武刀は腕を組んで難しい顔をしたが、俺は臆することなく笑みを浮かべてみせた。


「勿論、その通りです。しかし僕にはもう、そのトリックは読めているんです」

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