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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第六章 ユダの首吊り
31/42

5

 無関係な皆さんをこんな事に巻き込んでしまった非礼をお詫び申し上げます。

 皆さんも既にお分かりの通り、一連の事件の犯人は、この僕です。

 元々、九剣と甲塚そして冷山の三人を殺すために計画したもので、冴沼さんには何の恨みもありません。ただ、彼女には、見られてはまずいところを見られてしまったので、殺すほかなくなってしまったのです。

 僕の父が死んだということは、皆さんには既に言っているので、ご存知のことと思いますが、その父の死に、実は例の三人が絡んでいたのです。

 あれは今から五年程前の事です。

 僕の父は、若き九剣不動産の御曹司、九剣志音とその女、甲塚めぐみに殺されたのです。

 二人は当時付き合っている仲でした。

 九剣は彼女を連れて、泥酔し調子づいた状態で車を運転。その暴走の果てに、僕の父を轢き殺したのです。九剣に言わせれば事故で、殺意があったわけではないようです。

 しかし、その後の対応が許せませんでした。

 二人は責任逃れのため、付き合いの関係を辞め、以後見知らぬ人間として接するようになりました。事故車は警察が来る前に処分していました。その上、唯一の目撃者であった冷山を買収し、口止めさせたのです。

 警察は轢き逃げ事故と断定。捜査を進めたが、犯人は一向に見つからず、そのまま今も未解決です。

 しかし僕は、これ程事故のことを詳細に知っています。それは、本当に思いもしない時に、九剣の話を聞いたからでした。

 半年程前に、行きつけのバーで偶々近くの席になったのは、今思えば僕に復讐をやり遂げるようにという神の思し召しだったのかもしれません。

 九剣は性懲りもなく酩酊状態で、昔の話を武勇伝の様に周りの女に鼻高々に語っていました。

 僕の父を殺したことも、まるで反省などしていなかった。そればかりか、父を愚弄するような、嘲笑するような発言までしていたのです。

 僕はこの時誓いました。必ず、父のために復讐してやると。

 九剣の話の中にふと出ためぐみと言う女。冷山という男。

 僕は徹底的に調べ上げ、それが九剣の大学時代のサークル仲間、甲塚めぐみであることを突き止めました。そして冷山という男のことも。当時金に困っていた奴は、九剣の申し出に二言返事で快諾していました。許せませんでした。人の命よりも金を優先する、その卑しさが。

 そうして、僕は復讐の舞台を整えたのです。

 皆さんは、僕には犯行不可能であることを証明してもらうための、証人になってもらうつもりで呼んだのです。

 冷山を殺したトリックは予想外の出来事によって既にバレてしまいましたが、ガラスの音を使ったトリックです。これは、末田さんの推理したものでほぼ間違いありません。初日の夜、女納尾さんと武刀さんに睡眠薬を盛り、翌朝のアリバイをなくして、犯人に仕立て上げる算段でしたが、トリックが見破られ、意味を失ってしまいました。

 九剣の件については、初日の夜に、九剣に睡眠薬を盛り、部屋に戻った奴の首を絞めて殺しました。

 死体を一旦僕の部屋に移動させ、翌日の朝食の時、トイレに立ったふりをして、死体を九剣の部屋の風呂場に入れ、蛇口をひねり浴槽を満たす。

 そして、自分が第一発見者となって、蛇口を締めて水を止めればいい。

 実際、このとてもシンプルなトリックは、前述の音のトリックがバレるまでは、とてもうまくいきました。ただでさえ、アリバイのない女納尾さんと武刀さんは、さらに疑いが強まったのですから。

 見立て殺人にしたのは、このアリバイ工作に浴槽を使ったことを勘付かれないようにするためでした。部屋の絵に倣って死体を置けば、誤魔化せると思ったのです。

 しかし、その見立ての理由を誤って解釈され、結果的に天井を通って死体を移動させた事がバレてしまいました。このままでは、自分にも疑いがかかるのは時間の問題と思い、僕は慌ててその日の夜に甲塚を殺しに行きました。

 皆さんには扉を開けてもらえなかったと言いましたが、実際のところは、彼女は僕を犯人だとは思っていなかったようで、すんなり開けてもらえました。部屋に閉じ籠ったせいで、トリックが使われていたことを知らない彼女は、完全に女納尾さんか武刀さんが犯人だと思っていたようです。

 その油断した隙をついて、彼女を毒殺しました。

 しかし、部屋から出たところを冴沼さんに見られてしまったのです。

 その場はなんとか言い逃れをしたのですが、早いところ手を打たなければなりませんでした。

 それで、まず見立てのために花を用意したのです。一晩かけて外から摘んできました。かなり時間がかかって、冴沼さんを呼び出して殺す頃には、もう朝になっていました。

 この時咄嗟に、空き部屋の鍵を盗み、そちらに注意を向けさせておいて、甲塚の死体発見を遅らせ、他の人間に疑いがかかるようにしようと企んだのですが、こんな思いつきのトリックがうまく行くはずもなく、すぐに末田さんに看破されてしまいました。

 結果として、復讐には成功したものの、自分でボロを出してしまったのですから、悪いことはできないものです。

 必死で抵抗すれば何とかなるかと思ったのですが、そううまくはいかず、この部屋に閉じ込められ、一晩ここでどうしようか悩んでいると、壁の絵が目に留まりました。キリストを裏切った罪を悔い、首吊り自殺したユダ。自分の運命をそこに垣間見たような気がしました。

 兎にも角にも、こんなことに巻き込んでしまったことを僕の死を以て、お詫び申し上げます。

 御行直彦。


 遺書の内容は以上だった。


「部屋の中には、ほかにこれと言ったものはありませんね」


 御行の部屋を調べていた女納尾と夜宵、沖が武刀に言うと、彼は胸を撫で下ろしていた。


「まあ、これで彼が犯人と決まりました。その犯人も自決したようですし、もう安全ですね」


 だが俺は、どうにも納得がいかなかった。


「本当にそうでしょうか?」


「何が言いたいんだね?」


 俺が口を挟むと、武刀はまたかと言うような不快な顔つきになった。

 それはそうだろう。まだこの中に犯人がいるなどと言う結論を導き出されたら、この安息の時間はまたも手から零れ落ちてしまうのだから。これ以上余計なことをしないでほしいというのが本心だろう。


「俺はもうちょっと調べてみたほうがいいような気がします」


「それはいいが、勝手にしてくれないか。事件はもう終わったんだ」


「ええ、勿論。武刀さんはお好きなようにしていてください。俺は俺で、勝手にやりますよ」


 それでも武刀はあまり快く思っていないようで、顔を僅かに顰めた。


「ふん。まあいいでしょう。……安心したら、なんだか急に腹が減ってきましたな。私は朝食を摂りに行きますよ。皆さんもどうです?」


 彼の申し出に、俺以外の全員が賛同したが、俺は彼らと共に食堂に向かおうとしていた沖を呼び止めた。


「沖くんにはちょっと訊きたいことがあるんだけど」


 そう言って、俺は沖を連れ立って、厨房に向かった。

 冴沼の花だらけの死体がまだそこにある、あの厨房にだ。

 俺はその花の山の前で屈み、それに触れてみた。


「沖くんがこれを見つけたとき、花は濡れていなかった?」


 沖は首を捻った。


「花が濡れて……? ううん、そんな事はなかったように思うけど。もしそうだったら、触った時に気付いたはずだし」


「そうだよね。俺が触った時も、濡れてはいなかった」


「でも、それがこの事件とどういう関係が……?」


 彼はよく理解できていないようで、怪訝そうに首を傾げながら、俺の横に屈みこんで一輪の花を手に取り、それを吟味するようにじっと見つめた。


「大ありだよ。実はね……」


 その時――。

 鼓膜を突き破るが如くの轟音と共に、厨房が暗転した。白の世界から黒の世界へ。突如として視界を奪われた俺は、半ばパニックになっていた。


「な、なんだ!?」


 しかしそんな状況でも、沖は落ち着いていた。


「停電でしょう。雷のせいか、発電機の燃料切れか、わかりませんけど」


 突然、沖の顔がぼんやりと青白く暗闇に浮かび上がり、俺は思わず悲鳴をあげそうになった。

 彼は、スマートフォンの明かりを点けたのだ。


「圏外で役に立たないと思っていましたけど、こういう時にはやっぱり便利ですね」


 俺は飛び上がりそうになった心臓を押さえながら、沖に倣ってスマートフォンの明かりを灯した。


「ちょっと様子を見に行ってきますよ。地下に発電機室がありましたからね」


 沖が立ち上がり、厨房から出ようとしたので、俺もついていくことにした。

 厨房には窓がなく、外からの光源は一切入り込む余地がない。それゆえ、この電話の明かりがなければ、本当に一面が黒の闇に覆われてしまうのだ。

 その明かりがあったところで、非常に弱々しく頼りない。自分の手元の周りでさえも、ぼんやりとしていて曖昧模糊なものである。

 こんな暗い中で、一人残されたのでは、犯人が本当は生きていようがいまいが、恐ろしいことこの上ない。恥ずかしい話だが、俺はとても怖がりなのだ。お化け屋敷ですら、一人で入ることができないのである。


 地下に向かう最中、食堂のほうから騒ぎ声が聞こえてきた。

 武刀と女納尾が何事かと騒いでいるらしい。

 沖が停電なので発電機を見に行くと言って宥めると、少しは落ち着いたようだった。

 

 発電機室にやってきたが、ここも真っ暗だ。部屋は静かなもので、物音一つ聞こえてこない。暗闇の深淵に何か禍々しい化け物が、息を潜めて今か今かと俺たちを待ち受けている、というような、荒唐無稽な妄想でさえも、ここではその力を発揮する。一旦そう思ってしまうと、本当にそんな事があるような気がしてしまうのだ。

 しかし、沖は俺のそんな気持ちなど勘付くわけもなく、臆することもせずに部屋の中にずいと進んでいく。彼はどうやら、暗いところに恐怖を抱くことがないらしい。


「暗くてよく分からないですね。僕はとりあえず発電機のほうを見てみるので、末田さんは配電盤のほうを見てみて下さい」


 言われるがまま、俺は壁に沿って配電盤のボックスを探す。

 しかし、壁にはいくつかのボックスが設置されていて、どれが目当てのものなのか判然としない。

 これかと思って開いてみたものは、内線電話の構内交換機のようだった。この館の内線は、ホテルのそれと殆ど同じ仕組みのようで、他の部屋へ電話をかけると、一旦ここに繋がってから目的の部屋の回線に繋ぐようになっているのだ。

 さらに隣のボックスを開けてみたが、これは館内の冷暖房設備を弄るためのもののようだ。停電により空調が途切れた今は、全く意味を成していない。

 三つ目に開けたのが、ようやく配電盤だったようだ。

 しかし、ブレーカーはどれも落ちていない様に見える。

 その時、沖の声が背後から聞こえてきた。


「発電機の燃料がもう空ですね。交換するので、ちょっと手元を照らしてくれませんか?」


 沖に頼まれて、俺はポリタンクから発電機の燃料タンクにガソリンを入れ替えようとしている沖の手元に、スマートフォンの画面を向けた。

 だが、


「あっ」


 沖の手元が狂い、ガソリンがだらだらと床のほうに垂れてしまったのだ。臭いが鼻を刺激した。異臭はさらに食道を通り抜け、胃袋の中から押し上げるような不快感を誘う。

 慌てた彼は、燃料タンクの口にホースを戻そうとしたのだが、その拍子に――。


 ――チャリン。


 何か、金属製のものが落ちるような音がした。


「ああ、鍵を落としてしまいました」


「もう、何やってるんですか。おっちょこちょいですね」


「いや、不器用なんですよ」


 彼は一旦ガソリンを移し替えるのを止めて、床に落ちた鍵を探そうとしたが、見当たらないようだった。


「俺が探すから、沖くんは燃料を入れておいて」


 俺はスマートフォンで床を照らしながら、床に顔をくっつける勢いで屈みこんで、鍵を探し始めたのだが――。

 

 ――チャリン。


 あれ? まさか……。

 ポケットをまさぐってみると、あるべきはずの感触がないことに気付いた。


「どうしました?」


 怪訝に思った沖が尋ねる。


「いや……その、俺も鍵を落としてしまったようです……はは」


 自嘲気味な笑いが零れた。

 俺は更に探そうとしたのだが、一向に見つかる気配がない。

 もしかしたら、足で蹴っ飛ばして、どこかに行ってしまったのかもしれない。

 燃料を交換している沖が堪りかねたように言った。


「もう、明かりを点けてからゆっくり探しましょうよ」


「それもそうですね」


 俺は再び沖の手元を照らした。

 燃料が入れ終ると、沖は発電機のスターターの紐を何度か引っ張った。モーターの動く音がし始めて、発電機室に五月蝿い音が戻ってきた。それと同時に、明かりも復活した。

 ようやく文明的な暮らしを取り戻せたような気がする。

 しかし、よくよく考えてみれば、この音がしていなかったのだから、発電機の燃料切れを疑うのが先で、配電盤を調べる必要などなかったではないか。何だか馬鹿馬鹿しくなりつつも、俺は沖と共に落とした鍵を探し始めた。

 部屋が明るいと、こうも違うものか。

 まるで造作もなくすんなりと鍵を見つけ出すことができた。

 二つの鍵は寄り添うようにして床に落ちていた。


「ああ、鍵ありましたよ」


 俺はそれを拾い上げて、見比べてみる。

 28と刻印されたのが沖の鍵。48と刻印されたのが俺の鍵だ。

 

 ――!!


 俺の脳内に、稲光のような閃光が弾けたような気がした。

 すべての謎が、一つに収斂していく。一つの真相が頭の中に構築されていった。

 トリックは読めた。

 やはり御行は犯人ではなかったのだ。真犯人は別にいる。そして今もなお、この館の中に――。

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