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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第六章 ユダの首吊り
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4

「いいですか、御行さん。何があっても朝になるまではドアを開けないでくださいね」


 部屋に入ろうとした御行を呼び止めて、そう念を押したのだが、


「開けるわけないでしょう! 僕はやってない! あんたらが僕を貶めようとしているんだ。もう誰も信用なんかしない。開けてたまるものか!」


 気が立っているのか、過剰に反応して眉を釣り上げた。俺たちを拒絶するように、勢いよく彼は扉を閉める。錠を下ろす音が、廊下に虚しく響いた。


「本当に彼が犯人なんでしょうか?」


 俺はどうにも腑に落ちなかった。


「彼の部屋から証拠品が見つかったのは事実。彼が犯人であろうとなかろうと、こうしておくほかはないのでは? それとも、証拠が見つかり、焦りから何をしでかすかわからない、ともすれば殺人犯かもしれないような男を野放しにしたまま、一晩一つ屋根の下で明かしたいですかな?」


「それは……」


 口籠っていると、武刀はきっぱりと言い放った。


「手をこまねいていては、いずれ自分が殺されますよ」


 この武刀の言葉によって、これ以上の追求はひとまずのところ終焉を迎えた。

 翌朝の七時にはここにまた全員で集まることを決め、窓側を見張ることになった武刀と女納尾は、ちょうど反対側に位置する夜宵の部屋で待機することになった。その彼女に鍵を開けてもらうため、三人で連れ立って廊下の先へと消えていく。

 残された俺と沖は取り敢えず夜宵が戻ってくるまでの間、部屋の前で待つことにした。


「末田さんは、御行さんが犯人だと考えているんですか?」


「……何とも言えない、というのが実のところかな。沖くんはどう?」


「僕は、彼が犯人だとは思えないんです」


「あれ? でもさっきは、武刀さんに納得しているような素振りだったけど?」


「あれは、彼のペースに呑まれていたというか。冷静になって考えると、御行さんが犯人だとしたら、あんな証拠を部屋に隠したままにしておいて、部屋の捜索をすんなりと許すものでしょうか?」


「確かにね。もっと前に何処か別の場所に移しておけば良かったのに、ご丁寧に一式揃ってトイレのタンクに隠してるなんて……」


「やっぱり、犯人じゃないと思ってるんじゃないですか? だったら、こんなのはやめるべきだと思うんです」


「でも、証拠がない。彼がやってないっていう証拠が。それにこの見張りは、全員の行動に制約を課すことができる。武刀さんの言っていた通り、今はこうするのが、最も効果的だと思うし」


「そうは言っても、その状況でも甲塚さんは殺されてしまったでしょう?」


「あれは、見張る前から既に死んでいたんだよ。今回は違う」


「でも――」


 その時、夜宵廊下の奥からこちらに戻ってきた。

 それで、この話は一旦お開きになり、俺たちは見張りの順番について話し合うことになった。

 結果としては、一人二時間ずつ、俺、沖、夜宵の順にルーティーンを回しながら交代で見張ることで落ち着いた。

 何事もなければそれでいい。

 兎に角、迎えの船が来るまで、辛抱強く生き延びるしかないのだ。

 後は警察に任せればいい。

 詳しく捜査が行われて、御行が犯人かどうかはすぐに明らかになる。

 こうして俺たちは長い長い、島での最後の一夜を迎えることとなった。


 夜宵が見張っている間、暇になった俺と沖は、彼女の持っていたトランプを借りて、『スピード』で遊んでいた。

 カードを順番に場に出していって、早く上がったほうが勝ちという、まさしくスピードを競うゲームだ。

 とは言っても、二人で遊べるトランプゲームというのを他に知らないから、ずっとこれをしているしかない。そのせいで、三十分と持たずに飽きが来て、早々にトランプをケースに戻す羽目になったのだが。

 黙っているのも時間の無駄だと思ったのか、沖が口を開いた。先程の話の続きをしようという気らしい。


「もし、御行さんが犯人でないとしたら、一体誰だと思いますか?」


「そんな話は不毛だと思うけどなあ。証拠がないんだから。ただ、彼が犯人でないとしても、納得行かない点はあるよ」


「というと?」


「鍵だよ。彼に罪を被せるつもりだったのなら、空き部屋の鍵も証拠品と一緒に彼の部屋に仕込んでおけばよかったのに、どうして元の部屋に戻したのかわからない」


「確かにそうですね。あまりに揃いすぎていると、出来過ぎじゃないかと疑われると思ったとか?」


「もう十分出来すぎだよ。あんな風に全ての殺人に関する証拠品が、一挙に出てくるなんて」


「う~ん、それもそうですね」


 それからも彼とは事件の談義を交わしていたが、交代の時間が来たので会話を中断し、俺は部屋を出ていった。

 廊下に出ると、夜宵が沖の部屋から持ち出した椅子に、護身用の包丁を持ちながら、うつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。

 俺は彼女に近寄って、肩を軽く叩いた。


「ふぁ……、あ、末田さん?」


 無防備な欠伸をしながら、彼女は重たい瞼を擦った。


「交代の時間だよ。眠いなら、部屋でちょっと休んだほうがいいよ」


「ああ、ありがとうございます。じゃあ、後はよろしくお願いします」


 彼女はまたも大口を開けて欠伸をしながら、沖の部屋に戻っていった。

 俺は彼女に代わって、椅子に座り込んだのだが、一人でぼうっと待っているだけの時間だ。話し相手もいない。先程までは、沖と会話をしていたから、眠さも殆ど感じなかったのだが、どこからやってきたかしれない睡魔が一挙に押し寄せてきて、俺を襲い始めていた。

 雨音が強くなり始めている。

 意識は遠ざかり、束の間世界から離れ、夢と現実の狭間を彷徨っているような感覚に陥った。

 地鳴りのような、猛獣の唸りのような雷鳴が轟き渡る。

 時間の経過が異常に遅く感じた。二時間の見張りが、まるで無間地獄のように永遠に続くように思われた。

 

 そんな見張りのルーティーンが二周した頃、長かった夜が明けた。

 明けたといっても相変わらずの天候で、夏の煌々とした強烈な日射は差し込んでなどこない。ただ黒々とした墨汁のような雲が上空を覆っているばかり。

 結局、この島に到着して以来、晴れていたのは初日だけになってしまった。

 こんな事なら、殺人が起こらなくても、酷い旅行になっていたことだろう。

 時刻は午前七時を十分程回った頃だった。

 夜宵の部屋で一晩を過ごした武刀と女納尾も、御行の部屋の前までやってきていた。

 今回ばかりは、誰も犠牲にはならなかったようだ。

 あとは、御行を起こすだけだ。


「御行さん、出てきてください。朝ですよ」


 扉を叩く沖。

 しかし、中から反応はない。

 沖はドアノブに手を掛けたのだが、ノブは回らなかった。鍵はかかったままのようだ。


「大方、不貞寝でもしているんでしょうな。あんなことがあったものだから、私たちに合わせる顔もないのでしょう」


 武刀は腕を組んだ。


「御行さん!」


 もっと強く叩く沖。

 だが、やはり無反応だ。


「どうしましょうか?」


「彼が出てくる気がないというのなら、もう安心でしょう。放っておいたほうがいいのでは?」


 武刀はそう言うが、俺は首を捻った。

 

「いや……なんだか、妙な気がします。彼は昨日、あれほど騒いでいたのに、もう諦めてしまったというんでしょうか?」


「逃れられないと観念したんでしょう」


「それにしたって、返事くらいしてもいいものだと思いますが」


「ふむ、それもそうか……」


「窓から確認してみましょうか」


 俺は沖の部屋の窓から外へ出た。強い雨に打たれ、出た途端に服はずぶ濡れになってしまった。

 顔についた水滴を袖で拭いながら、御行の部屋の窓を覗いてみる。

 窓にはまたもカーテンがかかっていて、中の様子は微塵も窺い知ることはできない。ただ、電気すら点いていないことはわかる。明かりが全く零れていないのだ。


「御行さん」


 窓を叩いて、今一度呼びかけてみるのだが、当然のごとく反応なしだ。

 やはり何かあったと考えるべきだろう。


「ちょっと武刀さん、ここ割ってくれませんか」


 廊下に残っていた武刀に声をかける。

 彼はすぐにやってきて、肘でいとも容易く窓ガラスを割って見せた。

 割れた隙間から腕を突っ込んで、鍵を開ける。


「御行さん、返事してください」


 踏み込む前に今一度声をかけたのだが、部屋の中から返ってくるのは、静寂だけだ。

 まさか、あの状況下で脱出に成功したとでもいうのだろうか。扉と窓には監視がついていた、いわば密室ともいえる状況で。

 そうでなければ――。

 カーテンを掴む手が、小刻みに震えた。

 だが俺は、思い切ってカーテンを開いた。


 御行直彦は、やはり引田天功顔負けの世紀の大脱出などしていなかった。

 彼の身体は、部屋の中にあったのだ。

 ただ、それは床の上数センチに浮かんでいた――否、吊り下げられていた。

 一端がベッドの脚に括りつけられたワイヤーロープ。そのもう一端は、天井のフックを経由して、御行の首元に巻き付いている。

 壁に飾られた絵の中のユダの様に、だらりと垂れた四肢。その彼の顔は、苦しみに涙を流し、半分白目を剥いて三白眼になっていた。

 ズボンのポケットから、木のタグが顔を覗かせている。43と刻印されたタグだ。この部屋の鍵である。


「御行さん……」


「なんてことだ。自殺したのか……。逃げられないと思ったのか。自分の罪を悔いたのか」


 武刀は少なからず、彼に対してきつく言いすぎてしまったのではないかと気にしているようで、彼の死体を直視できていなかった。額を押さえて、首を振っている。


「このロープ、どこに隠していたんでしょうか?」


「バッグの中にまだ入っていたのかもしれん。証拠品に気を奪われて、ここだけは部屋の隅々まで調べずにいたからな」


「じゃあ、他にも何かないか、今のうちに調べておきましょう」


 俺は廊下で待機している残りの三人に、御行の死を伝えた。そして、彼らにも手伝ってもらって、部屋の捜索を始めた。


「これ……遺書ですかね?」


 沖がベッドサイドテーブルの上にあった、びっしりと文字の書かれた数枚のメモ用紙を拾い上げた。

 元々から客室に常備されていたメモ台から抜き取ったものらしい。

 テーブルの上には、御行が父親の形見だと語っていた、万年筆が転がっている。

 俺は近寄って見て、その万年筆を手に取り、メモ台に試し書きしてみた。そして、その文字と御行の遺書と思しきメモの文字を見比べてみる。

 線の太さや色から見ても、このペンで書かれたことは一目瞭然だった。


「このペンで書かれたものですね……」


「じゃあ、やっぱり彼が書いたのか」


「自殺で決まりですかね」


 皆は口々に彼が自殺したと言っている。

 夜の時は、彼は犯人ではないといっていた沖も、今はもうその考えをひっくり返してしまったようだった。

 状況を考えれば、彼が犯人で追い込まれて自殺したとしか思えないのだから当然だ。

 出入り口となる扉と窓には鍵がかけられており、両方とも一晩ずっと監視が行われていた。その状態で御行は部屋の中で首を吊って死に、部屋の鍵はポケットに収まっている。合鍵もない。さらに、自筆の遺書と思しきメモ書きまで遺されているのだ。

 自殺にしか見えない。

 俺は彼から遺書を見せてもらい、その文面に目を通した。

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