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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第六章 ユダの首吊り
29/42

3

 声を上げたのは、女納尾だった。

 トイレのほうから聞こえてきたその声に、俺たちは慌てて駆けつけた。

 身体検査を早々に終えて、バスルームに向かった二人も姿を現す。

 彼女はタンクから真空パックの袋を引き出した。パックは透明で、中身が丸見えになっていた。

 重要なのは、その中に入っていたものだ。

 注射器に、薬の入った瓶。更には細長いワイヤーロープ。そして、九剣の部屋から発見したICレコーダーと同じメーカーの小型リモコン。これはSTOP、REC、PLAYといったボタンがあることから、さしずめあのレコーダーのワイヤレスリモコンだろう。さらに袋には、見覚えのある白い花弁が一枚付着していた。

 これは――。


「あんたが犯人だったのか、御行さん!」


 武刀が鬼のような形相で、御行に詰め寄る。

 彼は両手で彼を制しながら、痙攣でも起こしたかのように、首を異常なまでに振った。


「な、え? いや、違いますよ。僕はこんなもの知らない!」


 武刀は女納尾から証拠品をひったくるようにして奪うと、それを御行の鼻先に突き付けた。


「そうは言ってもだな、この注射器は甲塚さん、ワイヤーは九剣さんを殺したときに使われたものじゃないのか? このリモコンは、冷山さんの時のトリックに使われたレコーダーのものじゃないのか? そしてこの花弁は冴沼さんの死体を覆っていたという花のものじゃないのか?」


「わ、罠だ。これは罠だ! は、真犯人が僕を犯人に仕立て上げようとして、こ、こんなものを残したんだ!」

 

 あの筋骨隆々の大男に間近に迫られて、腹の底まで響くような胴間声で詰問されてしまっては、平静でいられる者などいないだろう。

 実際、御行は完全にたじたじになって、目線は宙を泳いで、顔は耳まで真っ赤になっている。滝のような汗で顔がてらてらしている上に、口調はどもっていて、挙動不審に輪をかけたようなものだ。


「しかし、御行さん。これは――」


 御行はしかし、武刀を無視して、自論を展開し始めた。


「そうだ、そうに違いない。やっぱり犯人は合鍵を持ってるんだ! そいつが犯人なんだよ。そうじゃなきゃ、この部屋にこれを隠しておくのは無理だ。なんてったって、この部屋には常に鍵をかけておいたし、その鍵は僕が肌身離さず、ずっと持っていたんだからね。そうでしょう? 末田さん、この推理、合ってますよね?」


 駄目だ。

 彼はすっかり混乱していて、余計なことまで口走ってしまっている。

 武刀も頭が悪いわけではない。

 彼の一言一句をしっかりと聞きとめていた。


「何言ってるんだ。貴方、今自分が犯人だと証明したも同然のことを言ったんだぞ」


 しかし御行は失言に気付いていないのか、呆けたような表情になった。


「へ?」


「館の中はすっかり調べても、合鍵なんて一つも見つからなかった上に、この部屋には常時鍵がかけられてあり、侵入不可。唯一開けるための鍵を持っているのは、御行さんだけ。とくれば、貴方にしかこれは隠すことができないではないですか」


「でも……彼が犯人だとしたら、九剣さんの死体をああいう風にセットすることはできなかったはずじゃありませんか?」


 沖が武刀に疑問を呈すると、御行は急に明るい顔になって、強気になった。


「そ、そうだ! 僕は昨日の朝食の時、一度しか食堂を出ていない。犯人は例の時間、二度以上食堂から出た人間か、二十五分以上出ていた人物なんでしょう? 僕はそのどちらでもない!」


「それは……」


 流石の武刀も、これには言い返せなかった。


「でも……御行さんは、九剣さんの死体の第一発見者ですよね? なら、一度食堂を出たときに死体をお風呂に入れて、蛇口から水を流し入れ、発見した時に蛇口を締めておけば、御行さんにも犯行が可能なんじゃありませんか?」


 夜宵が顎を指でつまむような仕草をしながら、考えを話した。


「それは本当ですか? 御行さんが第一発見者だったんですか?」


 武刀が渡りに船と言った様子で、夜宵に確かめる。彼女は何度も頷いていた。


「本当なんですか、末田さん?」


 沖も俺に尋ねてきた。

 しかしこれは確かな事実だった。否定しようがない。

 俺もまた頷くしかない。


「い、いや、だから僕じゃないんですよ。信じてくださいよ。ねえ、末田さんなら、わかってくれますよね?」


 縋りつくような目を御行に向けられたが、ここまで証拠が揃ってしまっては、俺には何も言えることはない。仮にこの証拠品が罠だったとしても、部屋に鍵がかかっていた以上、御行以外の人間には仕掛けることができないのだ。


「いや……その……」


 俺は彼から視線を逸らして、曖昧模糊な返事しかできなかった。


「そら見ろ。誰が見たって、貴方が犯人以外考えられないんだ」


 武刀がまた彼に一歩近づいた。


「違います! 信じてください。お願いします。沖さん、女納尾さん、夜宵さん、僕はやってません」


 彼らを見回す御行。しかし誰も彼と眼を合わせようとしない。


「それより、どうするんですか? 御行さんが犯人なら、このまま放っておくわけにはいきませんよね?」


 夜宵が尋ねる。


「だから僕は!」


 武刀はもはや御行の反駁をまともに聞こうともしていなかった。


「兎に角、犯人と思しき人物をこのままにしておくわけにはいきません。少なくとも今夜一晩、夜が明けるまで、どこかに閉じ込めておく必要がありますね」


「ちょっと!」


「しかし、閉じ込めると言っても、どこに?」


 女納尾が訊いた。


「この部屋でいいでしょう。他に閉じ込めておけるような場所もありませんし、この部屋なら、中から鍵を掛けてもらって、後は扉と窓を見張っておけば、大丈夫でしょう」


「ちょっと待ってくださいよ! 閉じ込めるだなんて、そんな、あんまりだ。横暴だ」


 御行があんまりうるさいので、武刀は溜息を吐いて、幼子に言って聞かせるように、丁寧でもの静かな口調になった。


「これは皆の安全のためなんですよ。もしも仮に貴方が犯人でないのなら、内から鍵を掛けて部屋に閉じ篭れば、合鍵がない以上真犯人には入りようがない。かつ見張りまでついている。少なくとも自ら扉を開けさえしなければ、貴方が死ぬことはないでしょう。それに、私たちだって、貴方が犯人であれば見張ることでこれ以上犯行はできなくなるはずですし、そうでないのなら、わざわざ真犯人が貴方を犯人に仕立て上げた意味がなくなります。つまりこれは誰にとっても得することなんですよ」


 成程、武刀の言い分は的を射ている。それを聞いて納得した沖が続いた。


「確かにそうですね。犯人でないのなら、むしろ堂々とここに留まってほしいです。下手に逃げだしたりすれば、余計に疑われるだけですよ。迎えが来たら、警察にも連絡して詳しく調べてもらえれば、容疑が晴れるかもしれませんし」


「そ、そんな……」


 御行はがっくりと項垂れた。気力がすっかり抜け落ちたのか、それからすっかりだんまりになってしまった。

 武刀はそれを横目に見ると、満足したように話を再開した。


「決まりですね。では、見張りの事ですが、出入り口は入口と窓の二つだけです。どちらを見張るか決めてしまいましょう。五人ですから、二チームを作るとなると、二人と三人になってしまいます。可能性があるとすれば、入口からの脱出ですから、そちらを三人にしましょう」


「あ、私、こんなもの持ってるんですけど」


 夜宵がポケットから取り出したのは、プラスチック製のトランプだった。遊戯室に複数置かれてあったうちの一つだ。

 彼女は蓋を開けて、何やらカードを五枚選ぶと、裏側を上に向けて俺たちの前に差し出した。


「これで決めませんか。はい、皆さん一枚ずつ引いてください。あ、まだ見ないでくださいね」


 御行と夜宵以外の四人がそれぞれ一枚ずつ、彼女の手元からカードを引いていった。こうして全員にカードが行き渡ると、


「皆さん手に取りましたね。エースが三枚、キングが二枚あるので、エースの人が入口、キングが窓ですよ」


 彼女の声で一斉にカードをめくってみる。

 沖はスペードのエース。武刀はハートのキング。女納尾はダイヤのキング。夜宵はハートのエース。俺はクラブのエースだった。


「じゃあ、夜宵さんと沖くんと俺が入口で、武刀さんと女納尾さんは窓側ですね」


「入口を見張るといっても、あの狭い廊下じゃあ大変でしょう。一人ずつ交代で見張ることにして、残りの二人は隣の冷山さんの部屋か沖さんの部屋で待機しておくのがいいでしょうね。待機する人も、何かあったらすぐに駆けつけられるようにしておいてください」


 武刀は完全に自分のペースに持ち込んでいる。

 俺は夜宵の顔を心配そうに覗き込んだ。


「夜宵さん、一人で大丈夫ですか?」


 しかし、彼女の顔からは、思いのほか不安そうな様子は見られなかった。


「私は平気です。これでも以前は空手を習っていましたし、いざと言うときのために、護身用の包丁でも持っておきます。それに、お二人も隣の部屋にいらっしゃるんですからね。何かあればすぐに助けを呼びます」


 御行はますます顔色を悪くしていた。

 これでは部屋から出ようとした途端に刺されてしまうかもしれないと危惧しているのだろう。

 しかし、彼はもう何を言う事もしなかった。

 何を言って抗ったところで、流されてしまう。

 そんな諦念が俯き加減な顔に表れていた。


「窓は反対側の……あの部屋から見ていればいいでしょう」


 武刀は窓越しに、丁度反対に位置した部屋の窓を指さして続けた。


「逃げるとしたら、圧倒的に窓よりもドアのほうからでしょうし、そこからでも十分です」


 こうして、一旦御行を犯人と断定し、明日の朝まで部屋に閉じ込めておくことが決まったのであった。

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