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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第六章 ユダの首吊り
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1

 地下の部屋から、三階へと向かいながら、神経質なほどに細心の注意を払って、それこそ同じところを何度も何度も確かめたりといったようにしながら、俺たちはまだ見ぬ合鍵を探した。

 合鍵も勿論だが、犯行の手掛かりになるようなもの、犯人へと繋がるようなものが、一つでもいいから見つかればいいと思っていた。

 だが、結局そうしたものは何一つ見つからなかった。

 こうなってくると、最初は皆不安に駆られて目を血走らせるほどに必死になって調べていたのが、徐々に徐々に集中力が失せて、惰性で探しているような調子になり始めていた。

 合鍵などないのかもしれない。

 そんな思いが、言葉に発することはなくとも、確実に俺たちの脳裏を掠めていた。

 客室のある二階以外の全てをチェックし終えた頃には、誰も彼もがすっかりへとへとになっていた。

 唯一三階の書斎にある、奇人の書き物机に彫られていた、例の暗号文を見た時には、武刀や沖が興味津々になって思案を巡らせていたが、それも僅かな間だった。

 あれこれ考えて解らないとなると、時間の無駄だと察したのだろう。早々に諦めて二階に下りた。

 二階の調査は、沖の部屋――28号室から始まることになった。部屋の主である沖が、ポケットから鍵を取り出してロックを外した。沖と武刀が身体検査のため、バスルームに入る。

 荷物は整理整頓されていて、部屋は綺麗に片付いている。

 俺は壁に掛かった絵を見て、思わずぎょっとした。

 この部屋に掛けられた絵は、殆ど全裸に近い二人の男が絡み合っているものであった。

 と言っても、性的ないかがわしいものではなく、二人のうちの一人である黒髪の男は、もう一人の茶髪の男を倒し、その腕をがっしりと掴んでいる。右手には刃のついた鋸のようなものが握られていた。黒髪の男は顔を顔を紅潮させ、怒りに身を任せているように、その鋸を振り上げている。茶髪は達観しているのか、諦めているのか、抵抗するような素振りを見せずに、冷めた表情で黒髪を見上げている。

 これは殺人のシーンを描いたものなのだ。

 俺は御行に尋ねてみた。


「御行さん、この絵は?」


「これは、『アベルを殺すカイン』と言う絵ですね。イタリアの画家、ガエターノ・ガンドロフィの描いたものです」


「アベルとカイン……というと、あの聖書とかに出てくる?」


「そうです。旧約聖書にアダムとイヴの息子として出てくる兄弟で、二人で唯一神のヤハウェに供え物をしたのですが、カインの方だけが無視されてしまい、その嫉妬心からカインはアベルを殺したとされています。これは人類最初の殺人と呼ばれていますが、この絵はまさしく、そのシーンを描いているんです」


 相変わらず絵のことに関しては博識だ。よく動くその口に、俺は舌を巻いた。

 そうは言っても、俺は絵のことに関してはとんと興味はない。ただ、殺人の見立てに使われているから、少し気になっていただけなのだ。

 だから、これ以上深く訊いたりすることもなかった。しかし御行の方はというと、まだまだ喋りたいことがありそうで、うずうずとしていたが、女納尾に部屋を調べるように強く促されて、渋々それに従った。

 俺たちは、この部屋の中のあちこちに手を突っ込んだり覗き込んだりしながら、何かないかと探したが、見つかるのは埃か髪の毛ばかりだ。

 身体検査を終えて戻ってきた武刀も首を振る。


「持っていたのは自室の鍵と携帯だけ。他は何もなしだ」


「そういえば沖くん、見立て殺人だって聞いたら、血相変えていたみたいだったけど、あれはこの絵のせいだったんですね」


「ああ、正直絵に見立てられた殺人だなんて言われたものだから、気味が悪くなりまして。何だか、この絵に自分の未来が見透かされているようで……。それで、外したくもなったんだけど、ご覧の通り」


 沖は絵に近寄って、大きくて立派な金色の額縁に手をかけた。

 力を入れて動かそうとしているようだが、絵の方はびくともしない。


「壁に埋まってるみたいで、外せないんですよ」


 俺も近寄って試してみたが、それも無駄に終わった。

 変に力を込めてしまって、腕を痛めただけだった。


「本当ですね」


 俺は肩を竦めて苦笑した。


「それにしても妙ですよね」


 御行が本棚に向かって、唐突にそう口走った。


「何がですか?」


 気になった俺は、彼の隣に並ぶようにして立って、本棚を眺めた。

 イタリア語のタイトルが並んだ書架。しかしその中に、英語で書かれた本がある。

 ウィリアム・シェイクスピアの全集だ。

 御行はその全集が不可解に思ったようで、その中の一冊を手に取って言った。

『ジュリアス・シーザー』である。


「他の本はみんなイタリアの本なのに、イギリス人作家の本が置いてあるんですよ? それに、その中でもイタリアを舞台にした本は、この『ジュリアス・シーザー』しかないんです。なんかおかしいような気がして」


「それは考えすぎなんじゃないですかね。偶々でしょう」


「そうかなあ……」


 その後、更にバスとトイレも細かく探したのだが、何も目星の物は見つからなかった。

 沖の部屋が終わると、次は時計回りの順で隣室である武刀の部屋の番だ。

 武刀の身体検査は御行がやり、その間に他の全員で部屋を捜索する。

 俺はまた、壁にかかった絵に注目した。

 これは絵と言うよりもポスターと言うべきか。実際に絵が描かれているのは、一部の半円状になっているところだけで、それ以外は壁の装飾になっている。どこかの壁の写真を撮ったものだろう。

 その絵は、これまた男がもう一人の男を殺そうとしている絵であった。

 殺そうとしている男は、黒衣を身に纏い、既に他の犠牲者の血を浴びたであろう、血痕のついた巨大な剣で以て、髭もじゃの男にのしかかり、首を掻き切ろうとしている。髭もじゃの男は、大剣を持った黒衣の男と比べると、かなりの大男だとわかる。頭部の大きさが二倍あるいは三倍ほどに違うのだ。


「これは、ジュリオ・ロマーノ作の『ダビデとゴリアテ』の壁画ですよ。ゴリアテは約2メートル70センチはある巨人の兵士で、彼に神を侮辱されたダビデが憤って彼を殺し、その首を刎ねたという話があって、そのシーンの絵ですね。これもまた旧約聖書に書かれている話です」


 いつの間にか戻ってきていた御行が、俺の隣で解説を始めた。


「御行さん、驚かさないでくださいよ。身体検査の方はどうでしたか?」


「いや、武刀さんは自分の部屋の鍵しか持ってませんでしたよ。見た目の通りのあの軽装ですし、すぐ終わりました」


 武刀の服は初日に着ていたものと似たようなものだ。タンクトップに短パン。確かにこれなら、隠せる場所は限られる。

 この部屋でも何事もなく、捜索は終了した。

 武刀の部屋の次は甲塚の部屋だ。

 部屋の前までやってきた時になって、廊下にプレートが落ちているのに気付いた。


「これは……」


 部屋番号が刻まれた、金色のプレートだ。全ての客室の扉についているものである。

 俺はそれを拾い上げ、ついで77号室の扉を見た。

 あるべき場所にプレートがついていないから、これはやはりここから取れて落ちたのだ。

 俺はてっきり、壊れて落っこちたのかと思ったのだが、プレートの裏側と扉には金具が付いている。プレートを扉にくっつけて、下にスライドさせるようにしてやると、金具が噛み合って落ちないようになるのだ。


「武刀さんが体当りした拍子で外れてしまったんでしょうか」


 沖が俺の肩越しにプレートを覗き込んだ。


「気付きませんでしたなあ。というか、そもそもこのプレート、外れるようになっていたんですねえ」


 武刀が気恥ずかしそうに頭を掻く。

 俺はプレートを元通り、扉の金具にしっかりと嵌め込んでおいた。

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