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武刀による、明後日の方向に向かっていたはちゃめちゃな推理ショーがようやく終焉を迎え、77号室はまたも沈黙に包まれた。
壁を叩く雨音が聞こえてくる。その湿っぽさが肌にまで伝わって、不快な感覚を味わった。
そこで俺は、まだ部屋の窓が開け放たれたままの状態になっていることに気付いて、窓を閉めに向かった。
その行動がきっかけとなったのか、ようやく硬直から解けた様に、御行が話し出した。
「そういえば、僕、昨日彼女の部屋に様子を見に行ったんですよ。夕食も抜きにしてたから、少し気になって」
御行の話によると、一旦全員と別れて部屋に戻った後、思い立ったように彼女のことが気になって、この部屋へ訪れたのだという。その時は彼女はまだ生きていたようで、御行の呼びかけに対しても反応を示していたらしい。ただ彼の話では、警戒していたのか扉を開けて顔を見せることはしなかったようだ。
ナーバスになっていた彼女に、扉越しにかなり強い口調で怒鳴られて、まさしく門前払いを食らった御行は、それ以上しつこく粘っても逆効果だとすごすご引き下がったのだという。
「その様子じゃあ、誰が訪れたとしても、彼女は部屋に招き入れるどころか、扉を開けることさえしなかったでしょうね。となると、犯人は一体どうやって彼女の部屋の中に入り込んだのか……」
沖は腕を組んで考え込んだ。それを機に、皆それぞれ頭を働かせ始めた。
しかし誰もこれといったものを思いつかないようで、黙り込んでしまう。
その静寂を静かに打ち破ったのは、夜宵だった。
「もしかしたら……合鍵を使ったんじゃないでしょうか」
「合鍵? 何を言うかと思えば……。冴沼さんは、そんなものないと言っていたでしょうに」
彼女を嘲るように馬鹿にした口ぶりの武刀。実に不機嫌そうである。
「それが、そもそも嘘じゃないんでしょうか」
「嘘? という事は、貴女は冴沼さんが犯人だと、そう仰っているのですか」
武刀は随分と短絡的な思考になってしまっている。投げやりになっているようだ。
「そうじゃありません。犯人は、このツアーの企画者ですよ。あらかじめ合鍵を作っておくなんてわけないことだと思うんです。冴沼さんは、企画者としての犯人にそう説明するよう嘘を教えられていたということは、あり得ませんか?」
夜宵の考えは、強ち的外れなものとも言えない。
この屋敷は、俺たちが来る前に内装工事が施されているのだ。その際に犯人もここへやってきて、合鍵を作っておくことなど、造作もないことのはずだ。そもそもその工事自体、合鍵づくりのための口実だったのかもしれない。
そう考えると、何故今の今まで合鍵という発想が出なかったのかが不思議なくらいだ。
「確かに……その可能性は十分にありますね」
俺は静かに頷いた。
それを聞いて、御行があたふたとし始めた。
「ちょっと待ってくださいよ。もし本当に犯人が合鍵なんかを持っていたとしたら、僕たちの安全は最早砂上の楼閣じゃありませんか」
彼の言う通りだ。
冴沼が客室の鍵はそれぞれ一つずつしかない、と言っていたから、最悪部屋の中に閉じこもってしまえば、安全は保たれると思っていた。客室の鍵は、俺たちの命を守る最後の砦の役割を果たしているのだ。
だが、もしも犯人が合鍵を作っていて、こっそりとこの島に持ち込んでいたのだとしたら、その砦は崩壊したも同然。まだ犯人が殺しを続けるのなら、もう俺たちに身を守る手段がなくなってしまうことになる。
まだ一晩、俺たちはこの島で夜を過ごさなければならないのだ。
不安要素は消しておくに限る。
俺は眉間を押さえて、深刻な顔つきになった。
「これはまた、館中を調べる必要があるかもしれません」
沖が溜息を吐いた。
「しかし今度は鍵ですからね。隅から隅まで徹底的に調べ上げなければならないでしょう」
「それなら、今回ばかりは、各々の所持品検査や身体検査もやるべきではないかな」
「身体検査……ですか?」
武刀の発言に、夜宵は自分の身体に視線を落として、不安そうに眉をひそめた。慌てて武刀はフォローを入れる。
「いや、勿論それに関しては同性同士で行います。ですが、是非協力してもらいたい。もはや四の五の言っていられるような状況ではないのですからな」
その後は、二回目の館内の捜査の段取りについて、話し合いが行われた。
まず、二階以外の全てのフロアを全員で一部屋一部屋細かく調べていく。その後に、二階の部屋を時計回りに順繰りに調査する。自分の部屋の順番が来たら、その部屋の主はバスルームで身体検査を受け、その間に他の全員で部屋の中を調べるという、そういう算段になったのだった。
これで合鍵が見つかればいいのだが――。
ここまでやってきた犯人が、果たしてそんなものを自分の部屋や身体に忍ばせているだろうか。
薄氷のような僅かながらの期待しか持てなかった。
それ故、まさかこの捜索がきっかけで、事件が大きく変動を迎えることになるとは、俺はこの時には全く思いもよらなかったのであった。




