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何事かと扉を開けてみると、夜宵がばたばたとこちらへやってくるところだった。手に何個か缶詰を持っている。
「ああ、末田さん。今呼ぼうと思ってたところなんです」
「何かあったんですか?」
「それが……、今甲塚さんにもお昼を届けに行ったんですけど、いくら叩いても呼びかけても返事がないんです。朝の時はまだ寝ているのかと思いましたけど、流石にもうお昼を過ぎているんですよ? 何だか胸騒ぎがして……。でも、鍵がかかっているから、私にはどうしようもなくて……。これから、沖さんと武刀さんに頼んで、彼女の部屋に向かうつもりなんですけど……」
まさか……。
ベッドサイドテーブルに置かれた電話の受話器を取り、「0077」とプッシュする。
彼女の部屋番号だ。
他の部屋に内線で連絡するときは、ホテルのように部屋番号をダイヤルすることで、繋がるようになっている。
しかし、何度コールがかかっても、一向に出る気配がない。
――トゥルルルルルル。
嫌な予感が募る。手に汗が滲み出て、受話器を滑り落としそうになった。
――トゥルルルルルル。
あの胸のむかつきは、このことを感じ取っていたが故だったのだろうか。
――トゥルルルルルル。
「くそっ」
これ以上待っていられず、乱暴に受話器を叩きつけて、扉の前で不安そうな面持ちの夜宵に告げた。
「電話にも出ないし、確かに気になりますね。俺たちが先に行くので、夜宵さんは沖くんたちをお願いします」
彼女の返事を待たずに、女納尾と御行に呼びかけて、急ぎ三人で甲塚の部屋――77号室へと向かった。
「甲塚さん、いますか? 聞こえますか、大丈夫ですか?」
怒鳴るような大声で、激しくドアを叩く。
もしも彼女が無事だったら、迷惑極まりないと大目玉を食らう羽目になるだろう。
しかし、彼女は返事すら返してはくれない。
ドアノブを握って回してみるが、確かに鍵がかかっていて、扉はびくともしない。
そうこうしているうちに、夜宵たちが合流した。
「末田さん、どうですか?」
俺は頭を振った。
「ダメです、反応なしです」
「ちょっとそこ、空けてくれませんか」
狭い廊下で太い腕を回しながら、武刀が扉に近づいた。
力づくでこじ開けようという魂胆らしい。
「手伝います」
俺も彼の隣に陣取り、それに参加する意志を示した。
早速二人がかりで、扉に体当りする。
俺のはともかくとして、武刀の一撃はかなり強烈なものだった。しかしながら、扉は軋んだ鈍い音を立てるだけ。このくらいでは開きはしない。
さらに何度かドアに突っ込んでいくが、やはり駄目だった。
扉自体が頑丈な作りになっているのだろうが、それだけでなく、この狭い廊下では、助走をつけたりなどして、充分に力を込めることができないせいというのもあるだろう。
これ以上やっても時間の無駄だ。
ここまで大騒ぎになっているというのに、一向に甲塚は部屋から現れやしないし、声をかけても来ない。
彼女の身に何かあったというのは、もはや歴然としていた。
しかし死んでいると考えるのは早計だ。まだ息があるかもしれない。命は助かるかもしれない。
彼女を救い出すには、一刻も早く彼女の容態を確かめる必要がある。
俺は扉から離れ、左隣の九剣の部屋に足を向けた。
「このままじゃ埒が飽きません。一旦外に出て、窓の方から入ってみます」
「僕もついていくよ」
後ろから沖がやってきた。
窓にも鍵がかかっていたら、割って入る他ない。それでもドアをぶち破るよりは、よほど楽だろう。
九剣のベッドルームを横切り、窓からベランダに出る。
忌々しい雨は弱まってこそいるが、未だに降り続けている。
今は多少濡れようが関係ない。そんなことにかまけていられる余裕はないのだ。
しかし、いざ右隣の甲塚のベランダに侵入してみると、俺は思わず拍子抜けした。
窓は鍵がかかっているどころか、完全に開け放たれていたのだ。しかし、カーテンが閉まっている。空気が停滞しているのか、ほとんど靡いていないせいで、中の様子は全くわからない。
こんなことなら、最初から窓から入ればよかった。
未だにドアを破ろうと、武刀が粉骨砕身体当りしている音が扉の方から伝わってくる。
俺はカーテンをくぐり抜けて、雨粒と共に部屋の中に入り込んだ。
窓辺のカーペットはぐっしょりと濡れてしまっていた。
俺は一目散に扉まで駆け寄り、
「今開けます!」
と声をかけながら、内鍵のサムターンを回してドアを開け、廊下で待っていた面々を招き入れた。
「甲塚さんは?」
俺は背後を振り返った。
本来ならば、彼女を見つけ次第すぐにでも駆け寄って、救命行為を施す予定だった。
その予定だったのだが――。
まだ間に合うかもしれない。助けられるかもしれない。
部屋に入った時点で既に、そんな希望はもろくも崩れ去っていた。
窓のすぐそばにある、テーブルの近くで倒れている甲塚を、沖が呆然と眺めていた。
そこに驚きの感情はなく、ただただ遂に四人目の犠牲者が出てしまったという事実に、どうしたら良いものか頭を悩ませ、挙句すっかり思考停止してしまったように見えた。




