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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第五章 最後の晩餐
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1

 何事かと扉を開けてみると、夜宵がばたばたとこちらへやってくるところだった。手に何個か缶詰を持っている。


「ああ、末田さん。今呼ぼうと思ってたところなんです」


「何かあったんですか?」


「それが……、今甲塚さんにもお昼を届けに行ったんですけど、いくら叩いても呼びかけても返事がないんです。朝の時はまだ寝ているのかと思いましたけど、流石にもうお昼を過ぎているんですよ? 何だか胸騒ぎがして……。でも、鍵がかかっているから、私にはどうしようもなくて……。これから、沖さんと武刀さんに頼んで、彼女の部屋に向かうつもりなんですけど……」


 まさか……。


 ベッドサイドテーブルに置かれた電話の受話器を取り、「0077」とプッシュする。

 彼女の部屋番号だ。

 他の部屋に内線で連絡するときは、ホテルのように部屋番号をダイヤルすることで、繋がるようになっている。

 しかし、何度コールがかかっても、一向に出る気配がない。


 ――トゥルルルルルル。


 嫌な予感が募る。手に汗が滲み出て、受話器を滑り落としそうになった。


 ――トゥルルルルルル。


 あの胸のむかつきは、このことを感じ取っていたが故だったのだろうか。


 ――トゥルルルルルル。


「くそっ」


 これ以上待っていられず、乱暴に受話器を叩きつけて、扉の前で不安そうな面持ちの夜宵に告げた。


「電話にも出ないし、確かに気になりますね。俺たちが先に行くので、夜宵さんは沖くんたちをお願いします」


 彼女の返事を待たずに、女納尾と御行に呼びかけて、急ぎ三人で甲塚の部屋――77号室へと向かった。

 

「甲塚さん、いますか? 聞こえますか、大丈夫ですか?」


 怒鳴るような大声で、激しくドアを叩く。

 もしも彼女が無事だったら、迷惑極まりないと大目玉を食らう羽目になるだろう。

 しかし、彼女は返事すら返してはくれない。

 ドアノブを握って回してみるが、確かに鍵がかかっていて、扉はびくともしない。

 そうこうしているうちに、夜宵たちが合流した。


「末田さん、どうですか?」


 俺は頭を振った。


「ダメです、反応なしです」


「ちょっとそこ、空けてくれませんか」


 狭い廊下で太い腕を回しながら、武刀が扉に近づいた。

 力づくでこじ開けようという魂胆らしい。


「手伝います」


 俺も彼の隣に陣取り、それに参加する意志を示した。

 早速二人がかりで、扉に体当りする。

 俺のはともかくとして、武刀の一撃はかなり強烈なものだった。しかしながら、扉は軋んだ鈍い音を立てるだけ。このくらいでは開きはしない。

 さらに何度かドアに突っ込んでいくが、やはり駄目だった。

 扉自体が頑丈な作りになっているのだろうが、それだけでなく、この狭い廊下では、助走をつけたりなどして、充分に力を込めることができないせいというのもあるだろう。

 これ以上やっても時間の無駄だ。

 ここまで大騒ぎになっているというのに、一向に甲塚は部屋から現れやしないし、声をかけても来ない。

 彼女の身に何かあったというのは、もはや歴然としていた。

 しかし死んでいると考えるのは早計だ。まだ息があるかもしれない。命は助かるかもしれない。

 彼女を救い出すには、一刻も早く彼女の容態を確かめる必要がある。

 俺は扉から離れ、左隣の九剣の部屋に足を向けた。


「このままじゃ埒が飽きません。一旦外に出て、窓の方から入ってみます」


「僕もついていくよ」


 後ろから沖がやってきた。

 窓にも鍵がかかっていたら、割って入る他ない。それでもドアをぶち破るよりは、よほど楽だろう。

 九剣のベッドルームを横切り、窓からベランダに出る。

 忌々しい雨は弱まってこそいるが、未だに降り続けている。

 今は多少濡れようが関係ない。そんなことにかまけていられる余裕はないのだ。

 しかし、いざ右隣の甲塚のベランダに侵入してみると、俺は思わず拍子抜けした。

 窓は鍵がかかっているどころか、完全に開け放たれていたのだ。しかし、カーテンが閉まっている。空気が停滞しているのか、ほとんど靡いていないせいで、中の様子は全くわからない。

 こんなことなら、最初から窓から入ればよかった。

 未だにドアを破ろうと、武刀が粉骨砕身体当りしている音が扉の方から伝わってくる。

 俺はカーテンをくぐり抜けて、雨粒と共に部屋の中に入り込んだ。

 窓辺のカーペットはぐっしょりと濡れてしまっていた。

 俺は一目散に扉まで駆け寄り、


「今開けます!」


 と声をかけながら、内鍵のサムターンを回してドアを開け、廊下で待っていた面々を招き入れた。


「甲塚さんは?」


 俺は背後を振り返った。

 本来ならば、彼女を見つけ次第すぐにでも駆け寄って、救命行為を施す予定だった。

 その予定だったのだが――。

 まだ間に合うかもしれない。助けられるかもしれない。

 部屋に入った時点で既に、そんな希望はもろくも崩れ去っていた。

 窓のすぐそばにある、テーブルの近くで倒れている甲塚を、沖が呆然と眺めていた。

 そこに驚きの感情はなく、ただただ遂に四人目の犠牲者が出てしまったという事実に、どうしたら良いものか頭を悩ませ、挙句すっかり思考停止してしまったように見えた。

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