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幸い、空き部屋はまだ犯人の手が及んではいないようで、鍵がかけられているようなこともなく、こちらもすんなりと中に入ることができた。
俺と御行は部屋の見張りを始めた。
しかし、見張るといっても、この部屋で待ってる他、何もすることがない。
退屈で欠伸を必死で堪えようとしていた時、御行がおもむろに尋ねてきた。
「末田さんは、誰が犯人だと思うんですか」
「え?」
「いや、今までの貴方の動向を見ていると、どうもこの中では一番推理力があるように思ったので、どう考えているのか気になったんです」
「買い被り過ぎですよ。お手上げ状態です。まったくわかってません。だから、不用意に誰かを犯人だとは言えません。それより、御行さんはどうなんですか?」
「僕の本業はしがない画商ですからね。探偵の真似事はできませんから、御覧の通りさっぱりですよ」
おどけたように肩を竦める素振りを見せる御行。
「しかし、末田さんは相当頭切れると思いますよ。本当に普通の大学生なんですか?」
身を乗り出して真剣な顔で尋ねてきたが、本当にそうなのだから、皮肉を言われているようにしか思えない。
俺は苦笑して手を振った。
「だから、考えすぎですって。普通どころかそこらの大学生より頭悪いですからね」
しかし、御行は引き下がらなかった。これまで以上に強く出ているような気がする。
一度に複数と話すのは苦手だが、一対一で話すのは苦ではない質なのだろう。
「もしかして、以前事件を解決したことがあるんじゃないですか? 何だか他の人よりは死体慣れしているような気がしたんですけど」
当然それには思い当たる節があった。
「あー……。まあ、それはそうかもしれませんね」
即座に否定できずに、曖昧な返事をしてしまったが、それがまずかった。
御行は思った通りだとばかりに質問を重ねる。
「やっぱり! どんな事件だったんです? どんなトリックだったんです? どうせただこの部屋で待つしかないんですから、時間つぶしだと思って、話してくださいよ」
「参ったなあ」
彼にせがまれて頭を掻いた。無視しようとしても、うるさくつきまとってくるので俺は渋々、先日学友――槻英介の実家で巻き込まれた、あの遺産相続に関する事件を話すことにした。
御行は興味津々で、俺の言うことにいちいち面白いほどに過剰な反応を示していた。
「十二支の暗号ですか! 面白そうですね!」
「関係者全員にアリバイがあったんですか……」
「ええっ! まさかの人物が犯人だったんですねえ……。いやあ、凄い事件に遭遇してるじゃないですか」
ひと通り話し終えると、彼はさらに調子に乗って尋ねてきた。
「それで、他にはどんな事件があったんですか?」
生憎と実際に目の当たりにした事件と言う事件はこれくらいだ。俺は肩を竦めた。
「それだけだよ」
すると彼はあからさまに溜息を吐いた。
「ええ~、残念だなあ」
まったく、人の不幸をなんだと思っているのか。これは小説の中の話ではなく、実話なのだ。ノンフィクションだ。
それにしても意外だったのは、彼が思いの外明るく振る舞っていることだった。
昨日まで奇人の仕業だ何だと騒ぎ立てていたのに、そんな事はもう気にもしていない風にも見える。
俺はそのことについて彼に訊いてみたのだが、彼は実にあっけらかんとしていた。
「今の状態なら、安全は確保されているようなものですからね。この場で僕を殺せるのは末田さんだけだし、貴方が犯人だとしても、そんなヘマをするとは思えませんから」
「確かにそう考えると、この部屋を見張るという手はいい時間稼ぎになるよね。奇人が犯人なら、女納尾さんや幸塚さんはともかくとして、今集団で行動している俺たちを殺すのは、反撃されてしまうリスクが高い。俺たちの中に犯人がいるのなら、こうしている間は犯行を重ねてしまうと、容疑者が非常に限定的になって、自分の首を絞めるようなものだ」
「兎に角、明日の昼まで生き延びることができれば、迎えの船に乗って我が家に帰ることができるんですから、それまでの辛抱ですね。もう何も起こらなければいいんですが」
その時、扉のほうからノックの音がした。
「あの、そろそろお昼にしませんか?」
夜宵の声だ。
扉を開けてみると、両手に缶詰やら御手元やらを抱えた彼女が立っていた。
俺の視線に気づいた彼女が、微笑みながら缶詰を幾つか俺に差し出す。
「ああ、すみません。缶詰なら調理もいらないし、毒の危険はないと思ったので……。やっぱり、ちゃんとした料理のほうがよかったですか?」
夜宵が上目遣いに俺を見た。
その仕草にどきりとして、たじろぎながら、
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
といくつかの缶詰とフォークを受け取る。
彼女は抱えた缶の山で足元が見えないのか、覚束ない足取りでそのまま隣の部屋に引っ込んでいった。
「お昼ですか」
御行が近寄ってきて、缶詰を見比べる。どれにするか吟味しているようだ。
「じゃあ、僕はこれを戴きます」
彼が手に取ったのは、側面に赤く茹で上がったカニが描かれたものだった。以前どこかのテレビで取り上げていた、高級缶詰のうちの一つ。
密かに俺の狙っていたものだ。
「あ、ちょっと、勝手に決めないでくれませんか!」
しかし時すでに遅し。
既に彼は缶の中身に手をつけてしまっていた。
吐きそうなほど甘ったるい焼き鳥の缶詰を食べながら、口に旨そうにカニの身を頬張る彼の満足そうな緩んだ顔を見ていると、少しばかりむかっ腹が立ったのだった。
缶詰は五、六個貰ったものの、一つ一つが小さいので、すぐにあらかた平らげてしまった。手付かずに残っているのは、どこの国のものともわからない言葉が印字され、バナナの写真が貼られたものだった。わざわざ口にしなくとも、想像するだけでえげつなく、食欲が減衰するから、食べられずにいたのだ。
ごみを部屋の屑籠に入れて片付けたとき、女納尾が部屋にやってきた。
「女納尾さん。もう大丈夫なんですか?」
「ええ、お陰様でだいぶ良くなりましたわ」
言葉通りに、その顔色はだいぶ良くなっている。強がりを言っているわけではないようだ。
「それよりも、こんなところにいたんですか。随分探したんですよ。どこにも誰もいないものだから、心配になって」
彼女は俺を睨めつけた。その視線があまりに鋭いので、俺は思わず目を逸らした。そしてそれを誤魔化すように、頭を下げる。
「ああ、女納尾さんにも一言言っておくべきでしたね。冴沼さんから空き部屋の鍵が盗まれていたので、次はここで何か起こるんじゃないかと思って、見張ってるんです」
しかし、それはもはや方便と化していた。
女納尾が現れたので、甲塚以外の全員が見張りに集まっていることになる。犯人が俺達の中にいるのなら、この部屋を見張っていても何かが起こるわけがないのだ。
既にこれは、互いが互いを監視し、犯人がこれ以上の犯行を重ねないようにするための見張りとなっていた。
勿論、本当に館の中に俺たち以外の第三者が潜んでいるのなら、話は別だが。
「じゃあ私も参加していいかしら?」
「ええ、どうぞ」
俺は彼女にソファを譲った。
「あ、これ、お昼です。って言っても、ただの缶詰ですけど」
余った例のフルーツ缶詰を差し出すと、彼女はそれを受け取って、僅かにふっと鼻で笑った。
「なんですかこれ。バナナの缶詰って、少なくともお昼にはならないでしょう?」
「デザートにとっておいたんですが、あんまりその……気が進まなくって」
苦笑いを浮かべて目を泳がせた。
すると彼女は呆れながらも、缶詰を開けた。
「それで私に、さも親切心で譲ったように見せつつ、その実、嫌なものを押し付けたというわけですか」
棘のある言い方だが、核心を突いていた。
肯定するわけにもいかないので、言葉を濁しておく。
「いや、そういうわけじゃ……。なんなら他のを持ってきましょうか?」
「別にいいですよ。そんなにお腹が空いているわけでもないですからね」
と言いつつも、恐る恐る顔を顰めるようにして、中身を一口一口食する女納尾。
缶詰の中には、どろりと液状化しかけたバナナ。沸き立つような甘い匂いが鼻についた。
見た目はとても美味しそうには見えない。というより、まるで腐っているようにも見える。
しかし、意外と口にあう味だったのか、口に運ぶペースは段々と早まって、すぐにぺろりと完食してしまった。
その時だった。
廊下の方から扉越しに、慌ただしい足音が響いてきたのだ。




