表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 奇人島
2/42

1

 俺たちを乗せた船は、一路目的地の無人島へと向かって進んでいた。空は良く晴れて澄み渡っているが、波は少し荒く立っている。

 俺は甲板に出て、海風に当たりながら、船の進む先を見た。

 船は波を一つまた一つと越えるたびに、上下に大きく揺れた。しぶきが顔にかかる。


「奇人島……か」


 俺はその奇妙な目的地の通り名を小さく呟いて、これまでのことを回顧し始めた。


 まさか、本当に当たるなんて、夢にも思わなかった。しかしながら、当たったのは俺だけだったのだ。

 英介はがっくりと肩を落としながら、


「ほらな、応募してみなきゃわからないって言ったろ? はは……」


 自嘲気味な薄ら笑いを浮かべて強がりを言いつつ、俺に報告してくれた。俺のほうはと言うと、彼の言うことが信じられず、ただただ呆然と口をあんぐり開けているだけだったが。


 今脳裏に思い描いてみると、あの時の英介の表情は、実に傑作だった。

 俺は思わず思い出し笑いをしてしまった。


 それから、現実と受け入れられずいるうちに、出発の日がやってきてしまったのである。

 船は静岡のマリーナから出港することになっていた。

 最寄りの駅からバスに乗り換え、さらに歩いて港に向かうのだが、海が近づくにつれて、魚の生臭さが徐々に鼻につくようになる。近くの漁港から漂う臭いだろうか。

 海風が吹き込んできて、髪の毛が乱れる。折角整えてきたのに、また寝起きの状態に戻ってしまった。癖毛はこれだから辛い。

 マリーナに到着すると、既に八人の男女が目的の船の前で談笑しあっている。参加者は全部で九人のはずだから、俺が一番最後の到着になったようだ。

 誰か知り合いはいないだろうかと、ありもしないことを願って、遠くから観察しつつ近づいたのだが、結局見知った顔を見つけることができなかった。正直言えば、元来人見知りな質なので、知り合いが誰もいないということに、かなりの不安を感じた。それでも、意を決して彼らに話しかけてみた。


「あの……皆さん、推理クイズの当選者の方ですか?」


 会話を止めて、俺のほうを見る面々。

 視線を一点に集めて、俺はなんだか気恥ずかしくなったが、その中の一人の青年が一歩前に出て、俺に微笑を見せてくれた。

 茶色の髪をワックスで無造作に整えた、爽やかな今風の若者といった出で立ちの男だ。歳は俺と大差ないように見受けられる。


「ええ、そうですよ。あなたもそうなんですか?」


 それで少し肩の力が抜けた。肺に詰まっていた空気が、口から一気に漏れ出る。


「はい。えっと、末田光輝(こうき)と言います」


「僕は沖陶哉おきとうやです。これから何かとお世話になるかもしれないですね。ぜひよろしくお願いします。

 さて、これで九人全員揃ったようですね。自己紹介は島に着いてからゆっくりやるとして、まずは船に乗り込みましょう」


 明るく気さくな印象の沖は、初対面のはずの他の人たちともすっかり打ち解けているようで、先頭に立ってテキパキとした動きでみんなをまとめている。

 船の操縦は、雇われた地元の漁師がやるようなのだが、その彼の話によれば、これから向かうことになっているその島は、地図にも載っていない小さな無人島なのだという。もちろん、地図に載っていないので、ちゃんとした名前があるわけではないそうだが、地元の人々はその島を、奇人島と呼ぶらしい。

 なんでも昔、その島をある金持ちが道楽で買い取り、妙な館を建ててそこに一人で住みついていたのだそうだ。これがかなりの変わり者で、その島には彼以外には彼の使用人が数人いるばかり。後はせいぜい定期的に船で必要な物資が運び込まれるだけで、他には誰一人やってくることはなかったという。

 そこで彼が何をして暮らしていたのかは定かではない。しかしある日、彼は忽然とその行方をくらましたそうだ。使用人たちが総出で島中を探し回ったものの見つからず、それから二度と戻ってくることはなかったらしい。

 結局、島は売り払われて、再び無人島になり、現在に至るのだという。


「じゃあ、今も島はその時のままってことですか?」


「いや、ついこの間も何やら船が行ったり来たりで騒がしかった。館の内装工事をしているとかいう噂だったがねえ」


「へえ」


 大きく船体が揺れて、俺は過去から舞い戻ってきた。


「お~い、島が見えてきたぞ」


 船を操縦する漁師が、波音やエンジン音に負けまいと大きく胴間声を張り上げた。

 その声に促されて目を細めると、波濤の隙間から、遠くのほうにぽつりと黒い点が見える。点はさらに肥大して、輪郭は徐々に明確になっていった。

 漁師の声を聞いて、何人かの参加者が船内から出てきた。

 皆の注目を浴びつつ、点は円盤のように広がっていく。茶色い岩肌の見える崖と、その上に苔のように生えている鬱蒼とした緑の森が、今やはっきりと両目に映っている。


「あれが……奇人島」


 いつの間にか背後に来ていた沖が、ボソリと小さく呟く。その声は激しく船と衝突する波間に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ