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俺たちを乗せた船は、一路目的地の無人島へと向かって進んでいた。空は良く晴れて澄み渡っているが、波は少し荒く立っている。
俺は甲板に出て、海風に当たりながら、船の進む先を見た。
船は波を一つまた一つと越えるたびに、上下に大きく揺れた。しぶきが顔にかかる。
「奇人島……か」
俺はその奇妙な目的地の通り名を小さく呟いて、これまでのことを回顧し始めた。
まさか、本当に当たるなんて、夢にも思わなかった。しかしながら、当たったのは俺だけだったのだ。
英介はがっくりと肩を落としながら、
「ほらな、応募してみなきゃわからないって言ったろ? はは……」
自嘲気味な薄ら笑いを浮かべて強がりを言いつつ、俺に報告してくれた。俺のほうはと言うと、彼の言うことが信じられず、ただただ呆然と口をあんぐり開けているだけだったが。
今脳裏に思い描いてみると、あの時の英介の表情は、実に傑作だった。
俺は思わず思い出し笑いをしてしまった。
それから、現実と受け入れられずいるうちに、出発の日がやってきてしまったのである。
船は静岡のマリーナから出港することになっていた。
最寄りの駅からバスに乗り換え、さらに歩いて港に向かうのだが、海が近づくにつれて、魚の生臭さが徐々に鼻につくようになる。近くの漁港から漂う臭いだろうか。
海風が吹き込んできて、髪の毛が乱れる。折角整えてきたのに、また寝起きの状態に戻ってしまった。癖毛はこれだから辛い。
マリーナに到着すると、既に八人の男女が目的の船の前で談笑しあっている。参加者は全部で九人のはずだから、俺が一番最後の到着になったようだ。
誰か知り合いはいないだろうかと、ありもしないことを願って、遠くから観察しつつ近づいたのだが、結局見知った顔を見つけることができなかった。正直言えば、元来人見知りな質なので、知り合いが誰もいないということに、かなりの不安を感じた。それでも、意を決して彼らに話しかけてみた。
「あの……皆さん、推理クイズの当選者の方ですか?」
会話を止めて、俺のほうを見る面々。
視線を一点に集めて、俺はなんだか気恥ずかしくなったが、その中の一人の青年が一歩前に出て、俺に微笑を見せてくれた。
茶色の髪をワックスで無造作に整えた、爽やかな今風の若者といった出で立ちの男だ。歳は俺と大差ないように見受けられる。
「ええ、そうですよ。あなたもそうなんですか?」
それで少し肩の力が抜けた。肺に詰まっていた空気が、口から一気に漏れ出る。
「はい。えっと、末田光輝と言います」
「僕は沖陶哉です。これから何かとお世話になるかもしれないですね。ぜひよろしくお願いします。
さて、これで九人全員揃ったようですね。自己紹介は島に着いてからゆっくりやるとして、まずは船に乗り込みましょう」
明るく気さくな印象の沖は、初対面のはずの他の人たちともすっかり打ち解けているようで、先頭に立ってテキパキとした動きでみんなをまとめている。
船の操縦は、雇われた地元の漁師がやるようなのだが、その彼の話によれば、これから向かうことになっているその島は、地図にも載っていない小さな無人島なのだという。もちろん、地図に載っていないので、ちゃんとした名前があるわけではないそうだが、地元の人々はその島を、奇人島と呼ぶらしい。
なんでも昔、その島をある金持ちが道楽で買い取り、妙な館を建ててそこに一人で住みついていたのだそうだ。これがかなりの変わり者で、その島には彼以外には彼の使用人が数人いるばかり。後はせいぜい定期的に船で必要な物資が運び込まれるだけで、他には誰一人やってくることはなかったという。
そこで彼が何をして暮らしていたのかは定かではない。しかしある日、彼は忽然とその行方をくらましたそうだ。使用人たちが総出で島中を探し回ったものの見つからず、それから二度と戻ってくることはなかったらしい。
結局、島は売り払われて、再び無人島になり、現在に至るのだという。
「じゃあ、今も島はその時のままってことですか?」
「いや、ついこの間も何やら船が行ったり来たりで騒がしかった。館の内装工事をしているとかいう噂だったがねえ」
「へえ」
大きく船体が揺れて、俺は過去から舞い戻ってきた。
「お~い、島が見えてきたぞ」
船を操縦する漁師が、波音やエンジン音に負けまいと大きく胴間声を張り上げた。
その声に促されて目を細めると、波濤の隙間から、遠くのほうにぽつりと黒い点が見える。点はさらに肥大して、輪郭は徐々に明確になっていった。
漁師の声を聞いて、何人かの参加者が船内から出てきた。
皆の注目を浴びつつ、点は円盤のように広がっていく。茶色い岩肌の見える崖と、その上に苔のように生えている鬱蒼とした緑の森が、今やはっきりと両目に映っている。
「あれが……奇人島」
いつの間にか背後に来ていた沖が、ボソリと小さく呟く。その声は激しく船と衝突する波間に消えていった。