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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第四章 四季:春
19/42

2

「朝、ここへ来た時には、もう……」


 沖が俯きながら弱々しく頭を振った。


「今のところ、他の皆さんには、食堂で待機してもらっています」


 引っ張り出した時にポケットから落ちたのか、「冴沼」と黒い油性ペンで書かれた手帳が床に落ちているのを見つけた。これまでに何度か彼女がその中身を確認している様子を見ているから、それには見覚えがあった。


「これは……」


 それを沖にも見せるように持ち上げる。


「冴沼さんの手帳みたいですね」


 俺はなんとなく気になって、中をペラペラと繰ってみた。その中のあるページの文言が目に留まり、俺は手帳を調理台の上に開いたまま逆さに置いて、慌てて冴沼の遺体のポケットをまさぐってみた。

 しかし、この手帳以外では発見できた遺留品は老眼鏡とペン、そしてコードレスの電話機――これは、内線で連絡を受け取るためのものだ――ぐらいなもの。肝心の物が見当たらない。

 俺は顎を擦った。


「妙だな……」


「え?」


 沖は何が妙なのかさっぱりわからないという風に、眉を歪める。


「これを見てください」


 俺は調理台に置いた手帳のページを彼に見せた。

 そのページの注意書きのところに、『悪用防止のため、空室の鍵は肌身離さず管理すること』とある。


「わざわざこう書きつけてあるのに、彼女は自分の部屋の鍵はおろか、空室の鍵すら持ってないんですよ。生真面目で淡々と事務的に仕事をこなしていた彼女にしてはおかしいでしょう?」


「単に忘れて部屋に置きっぱなしにしているだけなんじゃありませんか?」


 それを言われてしまっては見も蓋もない。

 俺は頬を掻いて苦笑した。


「そうかもしれませんが……」


「事件に何か関係があるんですか?」


 俺だって全知全能の神というわけじゃないのだ。そう言われても、何か考えがあるわけでも閃いたわけでもない。ただ単純に気になるというだけだった。

 それで言葉を濁さざるを得なかった。


「ううん、と言うより、何かこう、しっくりこないんですよ。……あとで、彼女の部屋に調べに行きませんか?」


「もし鍵を盗ったのが犯人で、既に部屋に鍵をかけてたらどうするんです」


 その可能性もあるが、行って確かめてみないことには始まらない。

 仮にドアに鍵がかかっていたとしても、窓のほうから侵入できるかもしれない。しかし最悪、ドアを破ることも考えなくておかなくてはならない。

 俺は肩を竦めた。


「その時はその時ってことで」


「まあ兎に角、そのことはひとまず食堂に行ってから考えましょう。皆さん待ちくたびれていると思いますから」


 俺たちは厨房を出て、皆の待つ食堂に向かった。

 食堂には、甲塚を除く生存者たちが勢揃いしていた。一様に顔を不安で曇らせている。誰も彼も、自分の席に着いて大人しくしているが、内心はそれどころではないのだろう。指でテーブルを叩いたり、頻りに爪を噛んだり、挙動不審に辺りを見回したりといった仕草が、それを表していた。

 初日の緊張感とはまるで質が違う、張り詰めた空気が流れている。

 俺と沖もそれぞれの席に落ち着いた。


「甲塚さんはどうしたんですか?」


 と訊いてみると、夜宵が答えようとしたのを制して、沖が代わりに答えた。


「彼女はまだ、部屋に鍵をかけて閉じ籠もってますよ。そのままにしておきましょう。またヒステリックに騒がれても困りますし、どっちにしても三人目の犠牲者が出たとなれば、彼女はどうせ部屋から出ようとはしないでしょうから……」


「確かにそうかもしれませんね。じゃあ、冴沼さんを見つけた経緯を教えてくれませんか」


「ええ。僕と夜宵さんは、昨日の夜に冴沼さんと約束していたんですよ。明日の朝食も手伝うから、午前六時半頃に厨房に集まろうってことをね。それで、僕たちは時間通り、あそこに行ったんですが、冴沼さんの姿はなく、代わりにあの花の山が――」


「最初は、悪戯か何かだと思ったんです。けれど、いくら待っても冴沼さんがやってこなくて……。呼びに行こうかと思った時、花の隙間から、白い手がにゅっとこう、出ているのに気付いて……」


 夜宵がジェスチャーを交えながら話した。その時の状況が、克明に脳裏に浮かび上がったのか、声はどんどん尻すぼみになっていき、最後には気持ち悪そうに口元を覆った。

 見兼ねた沖が代わりに続ける。


「彼女の異変に気付いて、僕が少し花の中を探ってみたんです。そうしたら、冴沼さんの頭が現れました」


 唾を飲み込んで、少し落ち着いた夜宵がまた喋り出した。


「それから、二人で手分けして皆さんをここへお呼びしたという次第です」


「夜宵さんが女性陣を、僕が男性陣を呼びに行きました。後は、ご覧の通りですよ」


「私が思うに、彼女は二人に手伝わせるのを、あまりよくは思っていなかったんでしょう。客人に朝食の準備をさせるなど言語道断。そんな考えが、彼女にあったのかもしれん。それで、出来るだけ二人の負担を減らそうとして、早目にキッチンに来ていたところを、犯人に襲われた、というところか」


 これまで犯人の筆頭候補だったが、その疑いが薄まった武刀は、昨日とは打って変わって饒舌である。声に明るさが見られ、初日の快活さが少し戻ってきているように思えた。


「あるいは、単純に犯人が厨房まで呼びつけたのかもしれませんな。彼女ならきっと、ちょっと小腹が減った。とかなんとか言えば、それが誰であろうとすんなり部屋から出てきたことでしょう」


 彼の持論は筋が通っているし、状況から鑑みてもそうとしか考えられない。

 しかしいずれにしても、今の情報のみで推測するだけでは犯人には繋がってこない。

 俺は先程沖に言った、部屋の捜索のことを早速提案した。


「ともかく、犯人の行動を詳しく知るべく、彼女の部屋を捜索しようと思うんです」


「その方がいいでしょうな。何か犯人に繋がるものが見つかるやもしれないし。君が前に言っていた通り、これが見立て殺人ならば、彼女の部屋の絵も確かめておく必要がある」


 武刀が賛同する。

 背負い込んでいた容疑が軽くなり、気も楽になったのだろう。捜査に対しても積極的に関わろうとしているようだ。 


「すみませんが、私は部屋に戻っても構いませんか。ちょっと疲れてしまって」


 女納尾はそう言って、目頭を抑えている。彼女の眼からは第一印象の鋭さは消えていて、顔からもすっかり覇気が失せてしまっていた。

 彼女はまだ武刀のように気持ちを切り替えることができていないのか。それとも、この連日の悲劇的な事件で、すっかり神経が摩耗してしまっているのか。


「もちろん構いませんが、出来るだけ不用心な行動をしないようにお願いします」


 その場は沖のこの言葉で、一旦解散となった。

 気怠そうに足を動かして、女納尾が退出する。しかし、彼女以外は部屋に戻るというわけでもなく、その場に居残っていた。

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