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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
第二章 イカロスの墜落
11/42

5

「はははははっ」


 御行の一種魅入られたようなその仕草や口調によって、自然と静まり返った食堂内に、武刀の乾いた笑いが響く。しかし、彼の目は全く笑っていない。


「皆さん、少々小難しく考えすぎなのではありませんか。殺人だの、失踪だの、挙句の果てには奇人の仕業だの。冷山さんは自殺したに違いありませんよ」


 奇人説はおろか、冷山他殺説まで否定されて、俺は少しむっとした。


「しかし、ダウンジャケットは?」


「さあ? 肌寒くなったから着たのでしょう」


「羽毛が飛び出ていたのは?」


「大方、飛び降りるときに窓ガラスで切ってしまったんだろう」


「なら、わざわざ窓を突き破って飛び降りたわけは?」


「知りませんよ、そんなこと。さっき女納尾さんも言っていたでしょう? 死ぬ間際に人の考えることなどわからないと。つまりはそういう事ですよ」


「しかし……」


 完全にムキになっていた。


 あんたは現場を見ていないから、そんな事が言えるんだ。のうのうと寝ていたくせに何を言っているんだ。それともいけしゃあしゃあと罪を逃れようとしているのか?


 少しばかり頭に血が上った。思わずそう口走りたくなったが、しかし、


「これ以上つまらないことを言って、この場の雰囲気を台無しにするのはよしてくれないか。完全に疑心暗鬼になってしまうよ」


 武刀のこの言葉で、俺は辺りを見回した。そのお陰で、冷静さを取り戻すことができた。

 確かに、この状況ではそうなりかねない。いや、もう殆どなってしまっている。それはとても良いとは言えない状況に違いなかった。

 仮に殺人犯が館に潜んでいるにしろ、俺たちの中にいるにしろ、暫くはこの島から逃げられない以上、ここにいる全員で力を合わせて対処しなければならないのだ。互いに猜疑心を植え付けてしまうのは、犯人の思う壺だ。


「武刀さんの言う通りですね。私たちの掴んでいる情報だけでは、まだ如何とも言い難いですし」


 夜宵も武刀に賛成した。

 その通りだった。

 そもそも俺の挙げた疑問点だけでは、彼が自殺か他殺かを断定するには、あまりに要素が少なすぎたのだ。


「……そうですね。すみません」


 俺が頭を下げたことで、この場はとりあえず冷山は自殺だったと結論付けられた。


「ところで九剣さんはどうしましょうか?」


 夜宵が誰にともなく尋ねる。


「そうですねえ……」


 沖は腕を組んで唸った。


「仕方ありません。みんなで手分けして彼を探しましょう」


「ちょっと、どうして私まで付き合わなきゃいけないの! 雨で泳ぎにも行けないし、おまけに朝から死体なんか見る始末だし、もうたくさん! 私はやらないから」


 さっきまで蒼ざめた顔で俯いていたと思っていた甲塚が、突然激昂した。自分勝手なことばかりを喋るだけ喋ると、また俯いて顔を覆った。

 どうやら、期せずして死体を見てしまったという事実のせいで、かなり神経質になっているようだった。


「すみません……」


 沖は、一瞬面くらったような顔になったが、すぐに平静を取り戻した。


「他の皆さんは手伝ってくれますか?」


 甲塚以外の全員の顔を、順に見回していく。誰も肯定も否定もしなかった。


「では、甲塚さんには遊戯室で待機してもらって、残りの皆さんで九剣さんを探しに行きましょう」


「ちょっと待ってください。流石に、一人で残してしまうのはまずいと思うんです。万が一何かあったら大変ですから」


 そう言い出したのは、夜宵だった。いつになく強い口調だった。


「誰か一人でも、甲塚さんについていたほうがいいと思います。冴沼さん、お願いできませんか?」


「はい、私は構いませんが」


 突然夜宵にそう頼まれても、当の冴沼は全く動じることはなかった。冷山の死に驚いていたのも束の間、既にお手伝いとしての感情のない顔つきに戻っている。


「では、冴沼さんにお願いしましょう。しかし、女性二人では心もとないので、武刀さんにもお願いできますか?」


 心配性の沖がさらにそう付け加えると、武刀は渋々了承した。


「仕方がありませんな」


「では、甲塚さん、冴沼さん、武刀さんは遊戯室で待機。残りの五人を二グループに分けて、館内を捜索しましょう」


 沖はテキパキと話を進めていった。

 最終的には、俺と御行と夜宵のグループが二階と三階を、沖と女納尾のグループが一階と地下一階を調べることになった。


「空き部屋の鍵は開いていますか?」


 沖が冴沼に尋ねる。


「はい、開いております」


「じゃあ、そこに九剣さんが迷い込んだ可能性もありますね……。空き部屋の番号は何番ですか?」


「ええ……少々お待ちください」


 彼女はポケットから手帳を取り出して、ページを繰った。それと同時に眼鏡をかける。おそらく、老眼鏡だろう。


「37号室と87号室ですね」


「ありがとうございます」


「冷山さんと九剣さんのルームナンバーも教えてくれませんか? そこも、鍵はかかってなかったようですから、一応確認しておいたほうがいいと思いますし」


 俺は冴沼に尋ねた。メモを読み直し、彼女はそれぞれ61号室と53号室であると教えてくれた。


「さて、それでは探しに行きましょう。ひと通り捜索し終えたら、一旦遊戯室に戻ってきてください」


 それで、ようやく全員が食堂から出ることとなった。

 既に午前十時になろうとしている。雨風はまた強くなり始めたようだった。屋根を叩きつける雨音が、先ほどよりも強くなった気がする。風の唸りが部屋の中にいても聞こえてくる。

 すっかりレジャー気分が失せてしまった二日目は、こうして幕を開けたのであった。

 しかしながら、これはまだ、ただの序章に過ぎなかったのである――。

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