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「はははははっ」
御行の一種魅入られたようなその仕草や口調によって、自然と静まり返った食堂内に、武刀の乾いた笑いが響く。しかし、彼の目は全く笑っていない。
「皆さん、少々小難しく考えすぎなのではありませんか。殺人だの、失踪だの、挙句の果てには奇人の仕業だの。冷山さんは自殺したに違いありませんよ」
奇人説はおろか、冷山他殺説まで否定されて、俺は少しむっとした。
「しかし、ダウンジャケットは?」
「さあ? 肌寒くなったから着たのでしょう」
「羽毛が飛び出ていたのは?」
「大方、飛び降りるときに窓ガラスで切ってしまったんだろう」
「なら、わざわざ窓を突き破って飛び降りたわけは?」
「知りませんよ、そんなこと。さっき女納尾さんも言っていたでしょう? 死ぬ間際に人の考えることなどわからないと。つまりはそういう事ですよ」
「しかし……」
完全にムキになっていた。
あんたは現場を見ていないから、そんな事が言えるんだ。のうのうと寝ていたくせに何を言っているんだ。それともいけしゃあしゃあと罪を逃れようとしているのか?
少しばかり頭に血が上った。思わずそう口走りたくなったが、しかし、
「これ以上つまらないことを言って、この場の雰囲気を台無しにするのはよしてくれないか。完全に疑心暗鬼になってしまうよ」
武刀のこの言葉で、俺は辺りを見回した。そのお陰で、冷静さを取り戻すことができた。
確かに、この状況ではそうなりかねない。いや、もう殆どなってしまっている。それはとても良いとは言えない状況に違いなかった。
仮に殺人犯が館に潜んでいるにしろ、俺たちの中にいるにしろ、暫くはこの島から逃げられない以上、ここにいる全員で力を合わせて対処しなければならないのだ。互いに猜疑心を植え付けてしまうのは、犯人の思う壺だ。
「武刀さんの言う通りですね。私たちの掴んでいる情報だけでは、まだ如何とも言い難いですし」
夜宵も武刀に賛成した。
その通りだった。
そもそも俺の挙げた疑問点だけでは、彼が自殺か他殺かを断定するには、あまりに要素が少なすぎたのだ。
「……そうですね。すみません」
俺が頭を下げたことで、この場はとりあえず冷山は自殺だったと結論付けられた。
「ところで九剣さんはどうしましょうか?」
夜宵が誰にともなく尋ねる。
「そうですねえ……」
沖は腕を組んで唸った。
「仕方ありません。みんなで手分けして彼を探しましょう」
「ちょっと、どうして私まで付き合わなきゃいけないの! 雨で泳ぎにも行けないし、おまけに朝から死体なんか見る始末だし、もうたくさん! 私はやらないから」
さっきまで蒼ざめた顔で俯いていたと思っていた甲塚が、突然激昂した。自分勝手なことばかりを喋るだけ喋ると、また俯いて顔を覆った。
どうやら、期せずして死体を見てしまったという事実のせいで、かなり神経質になっているようだった。
「すみません……」
沖は、一瞬面くらったような顔になったが、すぐに平静を取り戻した。
「他の皆さんは手伝ってくれますか?」
甲塚以外の全員の顔を、順に見回していく。誰も肯定も否定もしなかった。
「では、甲塚さんには遊戯室で待機してもらって、残りの皆さんで九剣さんを探しに行きましょう」
「ちょっと待ってください。流石に、一人で残してしまうのはまずいと思うんです。万が一何かあったら大変ですから」
そう言い出したのは、夜宵だった。いつになく強い口調だった。
「誰か一人でも、甲塚さんについていたほうがいいと思います。冴沼さん、お願いできませんか?」
「はい、私は構いませんが」
突然夜宵にそう頼まれても、当の冴沼は全く動じることはなかった。冷山の死に驚いていたのも束の間、既にお手伝いとしての感情のない顔つきに戻っている。
「では、冴沼さんにお願いしましょう。しかし、女性二人では心もとないので、武刀さんにもお願いできますか?」
心配性の沖がさらにそう付け加えると、武刀は渋々了承した。
「仕方がありませんな」
「では、甲塚さん、冴沼さん、武刀さんは遊戯室で待機。残りの五人を二グループに分けて、館内を捜索しましょう」
沖はテキパキと話を進めていった。
最終的には、俺と御行と夜宵のグループが二階と三階を、沖と女納尾のグループが一階と地下一階を調べることになった。
「空き部屋の鍵は開いていますか?」
沖が冴沼に尋ねる。
「はい、開いております」
「じゃあ、そこに九剣さんが迷い込んだ可能性もありますね……。空き部屋の番号は何番ですか?」
「ええ……少々お待ちください」
彼女はポケットから手帳を取り出して、ページを繰った。それと同時に眼鏡をかける。おそらく、老眼鏡だろう。
「37号室と87号室ですね」
「ありがとうございます」
「冷山さんと九剣さんのルームナンバーも教えてくれませんか? そこも、鍵はかかってなかったようですから、一応確認しておいたほうがいいと思いますし」
俺は冴沼に尋ねた。メモを読み直し、彼女はそれぞれ61号室と53号室であると教えてくれた。
「さて、それでは探しに行きましょう。ひと通り捜索し終えたら、一旦遊戯室に戻ってきてください」
それで、ようやく全員が食堂から出ることとなった。
既に午前十時になろうとしている。雨風はまた強くなり始めたようだった。屋根を叩きつける雨音が、先ほどよりも強くなった気がする。風の唸りが部屋の中にいても聞こえてくる。
すっかりレジャー気分が失せてしまった二日目は、こうして幕を開けたのであった。
しかしながら、これはまだ、ただの序章に過ぎなかったのである――。