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奇人島殺人事件  作者: 東堂柳
プロローグ
1/42

推理クイズ

「なあ、末田まつだ。これ見たか?」


 まただ。

 部室で一人静かに小説を読んでいるところに、大学の学友――槻英介けやきえいすけが新聞を握りしめて、嬉々とした表情で現れた。

 正直言えば、彼が俺に持ち出してくる話は、大抵ロクなことにはならない。この間も俺はそれで大変な目にあったばかりなのだ。

 祖父の遺書に遺された暗号がどうのと言うので新潟まで連れていかれて……。

 まあ、それはまた別の話というわけだが、とにもかくにも、そういうわけで、俺はまた話半分に彼の話を聞き流すことにした。


「見てない」


 俺は手に持った推理小説から目を逸らさずにそっけなく言った。これで諦めて引き下がってくれればいいのだが、彼はそうはいかない。


「おいおい、ちゃんとこっち見てくれよ。今日の朝刊。面白いのが載ってるぞ」


 彼の言う面白い、が一番困る。

 英介はその新聞を広げて、こちらに見せようとするが、やはり俺は本だけを見ながら、彼に背を向けた。


「面白くない」


「だからあ、ちゃんと見てくれって」


 英介はそれでもめげずに俺の前に立って、新聞を見せようとする。

 気が散って全く小説の内容が頭に入ってこないので、遂に俺のほうが折れることになった。


「あ~、わかったよ。見ればいいんだろ、見れば」


 本に栞を挟むと、面倒くささを前面に押し出すようなゆっくりとした動きで、彼の持っている新聞を見る。見開きで馬鹿みたいに大きく、文字が書かれてあった。


『推理クイズに挑戦して、南の島のリゾートに行こう!』


 目を引く文句だが、俺に言わせれば胡散臭さしかない。

 俺は英介を怪訝な目で見返した。


「南の島ってなあ……。つうか、お前だったらこんなのに応募しなくたって、普通に行けるだろ?」


 英介の家はかなりの金持ち。南の島だろうが、北の雪国だろうが、どこにだっていけるはずだ。


「わかってないなあ。普通に行ってもつまらないっしょ」


 そんなものなのかなあ。

 

 俺は首を傾げながら、気怠そうに紙面に書かれた文字に目を移す。

 でかでかと書かれた惹句の下には、その推理クイズとやらの文章がずらずらと絵付きで載っていた。

 内容は以下のようであった。


 *


 貴方は大学の友人の住むマンションの近くを通りかかり、ついでに課題のことについて訊こうと、その部屋の前までやってきた。彼の部屋は十階建てマンションの五階にある。

 しかし、何度かインターホンを押しても、返答がない。帰ろうかと踵を返そうとしたとき、ふと思い立ってドアノブを握り、回してみた。どうやら、カギはかかっていないようだ。


「おい、いるのか?」


 と、声を掛けながら、恐る恐る中に入っていく貴方。

 玄関や廊下には荒らされた形跡はなく、むしろ綺麗に整頓されている。

 照明の光が、奥の部屋へと繋がるドアのすりガラスから洩れていた。奥の部屋にいるのだろうと、貴方はその扉をゆっくりと開いて、中の様子を覗き込んだ。


 すると――。


 その部屋は大量の服と本が散乱し、足の踏み場もない状態で、一瞬倒れている友人の姿にも気が付かないほどであった。彼の俯せに倒れた身体は、下半分が服で隠され、上半身が服の山から飛び出ているように見える。彼の背中は血に染まって汚れている。彼は右腕を伸ばし、その血の付いた人差指で何かを指し示していた。視点を指の示す先に移していくと、僅かに離れたところのフローリングの床に、血文字が書かれてあった。


「オキナワ」


 そう読める。しかし、正確に言えば、ワの字は途中までで終わっているのだが。

 部屋の出入り口は、玄関に通じる廊下を結ぶ扉と、ベランダに続く廊下しかない。部屋にはほかに、テーブルや本棚に背の高い洋服ダンス、スプリングベッドが置かれてある。

 テーブルの上にはコーヒーカップが二つ置かれてあったが、そのうちの一つは倒れて、中身が零れていた。

 背の低い本棚の上には、彼が休みの間に行ったのだろう、ハワイとニューヨークの写真が飾られてある。


 さて、一体犯人はどこへ逃走したのか。


 *


 部屋の状況はイラストで細かく描かれていたものの、文章だけでも十分に謎を解くことができる。

 いや、これは謎というほどの代物ではない様に思う。


「うん。これはなんというか、想像力テストとか、注意力テストみたいなものだね」


 俺は分かったような素振りで、持っていた新聞を乱暴にソファに置いた。


「じゃ、じゃあ、もうわかったって言うのか?」


 慌てて英介は俺が手放した新聞を手に取って、もう一度記事を読み返している。


「まさかオキナワなんてダイイングメッセージを見て、そのまま犯人は沖縄に逃げたなんて言わないだろうしなあ……」


 などとぶつぶつと紙面に呟く英介。


「流石の英介でも、それは分かるんだな」


 俺は意地悪そうに笑った。


「な……! 馬鹿にすんなっての」


「はは、悪い悪い。それで、君の推理はどうなんだ?」


 彼は頭を掻いて、苦々しい顔をした。


「ううん、そうだなあ。オキナワというダイイングメッセージは、被害者ではなくて犯人がわざと書き残したものだとしたらどうだろう。流石に推理クイズだっていうのに、これが答えなんてのは、あまりに芸がなさすぎる。犯人は自分が沖縄に行ったと見せかけて、実は全く別の所に逃げたんだよ」


「それで、それは一体どこ?」


「きっと、ハワイかニューヨークかな。本棚の写真が目に入って、無意識のうちにそこへ向かったんじゃないか」


「ははははっ」


 英介が全部言い終る前に、俺は腹を抱えて大笑いした。


「だから、馬鹿にするなって」


 彼は顔をほんのり赤らめて、口を尖らせた。


「俺の考えだけ言わせて、お前の推理はどうなんだよ」


 俺は真剣な顔つきになって、おもむろに口を開いた。


「……確かに、このダイイングメッセージは犯人の書いたものだろうね。それには賛成するよ。根拠としては、クイズだからではなく、死体の指の位置と文字が途切れていることだね」


「指の位置と文字?」


 怪訝そうに訊きかえす英介。こう言われても、まだピンと来ないようだ。


「うん。死体の指は、文字から少しばかり離れたところにあるだろう? メッセージを遺している時に被害者が事切れたのだとしたら、指は文字の上になければ不自然だろうに、指と文字とは少し距離がある。これはちょっとおかしいね」


「言われてみれば……そうだな」


「更に言えば、沖縄って苗字は存在しないんだな。都道府県が名字の人は大勢いるとは思うけれど、愛媛と沖縄っていうのは、明治になって全ての国民に名字が与えられて以後に生まれた名称だから、沖縄が名字になっているのはあり得ないわけだ。このことを考えれば、犯人の名前が沖縄でないことは明らかだ」


 そこでちょっと切って、俺は唇を湿らせた。


「つまりはこのダイイングメッセージは、まさしく沖縄という場所を示しているわけだけど、死に際に犯人の逃走先を書く被害者なんているだろうか? 真っ先に名前を書くに決まってる。現場の状況では、テーブルの上にコーヒーカップが二つあっただろ? つまり、被害者は襲われる直前まで、犯人と談笑でもしていたんだろう。とすると、犯人と被害者は顔見知りの可能性が高い。犯人の名前を知らないはずはない。わざわざ逃走先を書く必要なんてないじゃないか」


 英介は納得して「確かに」と頷いた。


「じゃあ、犯人はどこへ行ったのか。これを解くカギになるのも、不自然に途切れたダイイングメッセージにある。

 犯人が書いたのだとすれば、こんな途中で終わらせてしまったら、目について怪しまれることはすぐにわかるはずだ」


「まあ……そうか」


 英介は決まりが悪そうに頬を掻いた。今の俺の言葉が、自分への当てこすりだと分かったらしい。


「つまり、犯人は最後まで書こうとしても書けなかった。なぜなら、発見者がこの部屋を訪れてしまったからだ」


 それを聞いて、英介は目を丸くした。


「えっ、じゃあ、まさかお前が言いたいのは……」


「まあ、最後まで聞いてくれ」


 俺は英介の言わんとしていることを察したが、それを制してさらに続けた。


「鍵を掛け忘れていた犯人は内心焦っただろう。今から鍵を掛けに行ったのでは不自然。窓から逃げるのもこの高所では難しい。トイレや浴室に隠れる方法もあるが、そこに行くまでに玄関扉が開かれてしまえばアウト。リスクが高い。そこで犯人の目に留まったのが、背の高い洋服ダンスだよ」


 我慢できなくなった英介は、ついにしびれを切らして自分の考えを話し出した。


「そ、そうか。慌てて犯人はタンスの中の洋服を全部出して、その中に隠れたんだな。本棚の本もひっくり返したのは、荒らされたように見せるためか」


「と、言いたいんだが、ちょっと違う」


「何が違うんだ?」


「洋服が出ているんだから、洋服ダンスに目が向くのは当たり前だろう? そんなところに隠れたら、見つけてくださいって言ってるようなものじゃないか。君にだってわかるんだ。誰にだってわかる」


「だから、馬鹿にするなよ」


 また彼は顔を赤くした。


「犯人は、発見者の目を洋服ダンスに集中させておいて、その隙に逃げるなり殺すなりすることができる場所に隠れたんだよ。この部屋の中で、ほかに隠れられそうな場所と言ったら、ベッドの下しかないじゃないか」


「ああ、……なるほど。うん、確かにそうか」


「つまり、犯人が逃げたのは、この部屋のベッドの下。と言ったところかな。まあ、こんなものは少し考えれば誰でも……ん? 何してるんだい?」


 英介のほうを見てみると、俺の話の途中だというのに、携帯を取り出してどこかへ電話をしている。


「見ればわかるだろう? 早速応募してるんだよ。勿論君の分もやっておいてあげるよ」


 俺は呆れて肩を竦めた。


「おいおい、全国紙にこんな大々的に載ってるんだぞ。大勢の人間が解いているはずだし、抽選になるだろう。当たるはずもないよ」


「応募しなければ絶対に当たらないけど、応募しておけば、万が一にも、ということもあるかもしれないじゃないか?」


 どこかで聞いた文言だと思ったが、当たりもしないというのに毎回宝くじを買う俺の父親の口癖だったことを思い出した。

 結局、高額当選など一度もなかったが。


「万が一にもないと思うがなあ」


 俺はそう思っていたのだが――。

 事実は小説より奇なり。とは、よく言ったものだ。

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