日常 ②
この町は呪われている。
向日葵は電車が動き出し、『呪われた』なんて噂される町の駅が遠ざかるのをみながら、祖母から聞いたそんな話を思い出す。
そんな噂がいつからと言う事なく、この辺りには流れているらしい。もしかしたらそれは江戸時代かもしれないし、ひょっとしたら一昨年からかもしれない。
その理由は複雑さのないシンプルなものだ。
人が死ぬ町だから。
寿命でも、交通事故でもなく、事件として。少なくとも年に一回。一昨年なら最低でも七人の人間が雑巾を絞るように殺された。統計を取った記録は存在しないので確証はないが、おそらく日本一、殺人事件に愛された町である。
ただし原因は単純さ皆無。「わからない」の一言につきる。
町の地理が関係する。殺人があった地は、犯罪呼びやすい。統計上の偏にすぎない。様々な理由が考えられ、様々な否定がされ、最早、「そうだからそう」以外の説明が馬鹿らしく感じられる有様だ。
この町の住人にとって、その事実の受け止め方も様々だ。薄気味悪く思い、出て行く者も多い。故に、安い土地価と割りと整った交通事情に居座る者も少なくなく、先祖代々の土地を守り、二世帯住宅で仲良く暮らす人もいる。
後半の人々は危機感が薄い。と思うかもしれないが、それにも事情がある。
この町で起こった殺人事件は年内に必ず解決される。時に警察が犯人を逮捕に追い込んだり、通りすがりの探偵が謎を解いたり、犬が見つからなかった証拠を掘り当てたり。様々な要因で殺人事件が起きるように、様々な因果で事件は解決する。
だから二週間前の男子高校生が殺された事件は、当事者とその周り意外では忘れ去られた物となっていた。危機感と同じ様に、この町の人間は少しだけ情が薄いのかもしれない。
「先生。おはようございます」
「おはよう。日向、新里。昨日も不審者は出なかったみたいだが、変な音を聴いたとか、怪しい人物を見たりしなかったか?」
そして、新参者の向日葵は目的の駅に無事付いた電車を降り、背の高い教師と朝の挨拶を交わす。世界は馴れ馴れしく右手を上げ、教師も同じ様に手を上げる。
教師が駅前に立っているのは、二週間前の事件と先週の金曜日に起きた、女子高生切り付け事件に対するポーズのようなものだ。学校は生徒の安全を守って当然。そんな社会の暗黙のルールに従い、二人が通う高校は事件が起きると、二週間だけ朝夕と駅前に立ち、生徒を見送る事が通例だった。夜には順番で見回りまで実行し、県立高としての万全を尽くしている。
「この辺で世界君より珍しい人間はいませんよ」
もう痛みは引いたが、恨めしそうに世界を睨む向日葵。
「……そうだな。先生こそ、浴衣の女の人を見てないか?」
向日葵の頬を抓る世界に苦笑しながら、
「夏は遠いぞ、新里」
世界の肩を叩き、次の生徒たちに声をかけ始める教師。
朝の爽やかな交流を終え、十五分歩いた先にある学び舎を目指すべく、二人はそろって足を動かす。登校の文字通り、わざわざ丘の上に立てられた高校に行くには長い坂を上らないといけない。その為二十分毎にバスが往復しているのだが、時間的な余裕と金銭的な理由、さらに世界が徒歩だという事もあり、向日葵は断然徒歩派だ。大体の人間はバス派なので、周りに人は少なく、殆ど貸し切りの通学路だった。
「あの、世界君」
ちなみに、呼び名は同級生だとわかった途端に「世界さん」から「世界君」へと変えた。嫌がるかとも思ったが、世界は寛大にもそれを認めてくれていた。
「浴衣の女の人が好きなのですか?」
もじもじと指先を弄りながら向日葵は顎を少し引いて、緊張した声をだす。
「は? ああ、さっきのか。」一瞬、設問の意味がわからずに、足を止めかける。「んにゃ。探し人だよ。春休みに一回だけ会ったんだが、どうにも見つからなくてな。知り合いにも探すように言われてるんだが、中々に尻尾を見せない」
手を顔の前で振りながら、そんな趣味はないと否定。
「ふーん」
「なんだ、その反応は」
何かの計算をするみたいに指を折りながら、
「ヒマワリ柄の浴衣なんかどうです?」
何がどうなんだよ。苦笑しながら世界が呟く。
「あいつの浴衣は黒々とした赤色だ」




