日常 ①
「おはようございます。世界君」
いつもの駅の、いつものベンチ。
向日葵の爽やかな挨拶に、愛想悪く世界は短く「ん」それだけ答える。特等席に座り広げている新聞に意識の殆どを置いているようだった。
あの再開から一週間。その後も学年が一緒、クラスも一緒、事情あって十九歳の現役高校生。サプライズに次ぐサプライズの始業式を経て、向日葵は世界と一緒に登校する仲になっていた。と、言っても向日葵が勝手に世界の時間に合わせているだけなのだが。ただ、世界が時間にはかなり正確な男だと言うことはわかった。いつも同じ時間に同じように新聞を読んでいる。
「駅で新聞を読む高校生は多分県下に一人ですよ」
当たりを見回した後に、隣のベンチに座り、世界の広げる新聞を覗き込む。周りの学生は世界とは一線を引きたいらしく、馴れ馴れしく話しかける向日葵を興味深そうに見ている。
「個性的だろ?」
これ以上個性を増やして一体どうする気なのだろう? それに、
「浮いていますよ」
新聞なんてなくても浮いているが、一応忠告。
「なんで浮いている人間にチビが話しかけられるんだよ? 高くて届かないだろ」
新聞を畳んで通学用の鞄にしまいながら、向日葵を鼻で笑う。
「あー! 言いましたね? 人が善意で話しかけているのに、悪意で返してきましたね?」
身長ネタはタブーなのか、向日葵は立ち上がり、激しく世界の鼻先を指差す。
「なんだよ、善意って。先生に言われたのか? 俺と仲良くするように」
「その先生には『新里には気をつけろ』と言われましたよ! どんな学園生活送っているのですか」
何処で聞きつけたのか、世界が関係すると言われる根も葉も所々に見え隠れする噂話をしながら、向日葵は声を上げて生活態度を改めるように小言を漏らす。周囲の人間はいつ世界が切れて向日葵の小さな体躯を線路に投げ飛ばすか、配で仕方がない様子で事の成り行きを見守る。
が、当の世界は大人しいと思い込んでいた向日葵が堰を切ったように喋るのを目のあたりにし、諸手を挙げて降参のポーズ。
「わかった。わるかった。ちょっとイラついていたんだ」
どうどう、と掌を見せ付けて、鼻息荒い向日葵を安っぽいベンチに座らせる。
「朝からですか?」
むすっとした表情のまま、向日葵は隣に座る世界を上から下まで眺める。出会った時から変わらない病人みたいな肌の色は、おそらくどんなヤブ医者でも即入院を進めるほど血の気がない。つまり、外見的変化から新たな不調を見出すのは不可能だろう。
「最近身体が重いんだよ」
右肩をぐるぐると回しながらそんな事を言うと、妙に白髪頭に似合っていて向日葵は笑いを堪え、
「歳ですか?」
十九歳だという事を皮肉る。
世界はにこやかな作り笑いとわかる笑みを顔面に貼り付け「殴るぞ」と言いながら軽く握った拳を隣に座る一言多かった女の頭頂部に落とした。
「痛っ!」
躊躇なくぶたれた頭を両手で押さえる向日葵と、それを見た途端に一斉に視界をずらすギャラリー。
「酷い。か弱い女の子に……」
それを聴いて向日葵の泣き言を掻き消す、平坦なアナウンスが流れ、二人が乗る電車が来ることを知らせる。