思わぬ再開
時刻は七時三十八分。日向向日葵は新品のセーラー服に身を包み、駅のホームのベンチに座り電車を待っていた。
全国的かどうかはわからないが、今日はこの地域の高校では始業式だった。向日葵が今春から通う県立校もその例に漏れていない。周りには同じ制服を着た少女や、ブレザーを着た男子。以前通っていた神新教内の高校は、基本的に全員が私服登校だったので、同じ服を着た人間が何人もいると言うのがすこし不気味だった。田舎なので社会人は自家用車で通う人間が多く、大人の数が学生より少ないのも、違和感が強い。
周りの学生たちが何人かで集まりグループを作って話しているのを横目で見ながら、新しい学校で馴染めるかどうか、不安で仕方がなかった。人見知りしないタイプの人間ではあるが、無性に寂しく不安で堪らなかった。
なんとか同じ制服の女子グループに馴染めないか、辺りを探ってみるが、同じセーラーでもリボンの色が違っていて、学年が違うとやはり抵抗感が生まれ、声をかけづらい。それに、いったいこっちではどんな物が流行っているかもわからない。話題に付いて行けないのもマイナスだった。
それでも行儀が悪いと思いつつ、周囲に聞き耳を立てる。
「昨日、テレビでサー」
駄目だ、見ていない。
「アメリカ行ってきたんだけど」
無理だ、国内ですら何処にも出かけていない。
「『ヤコブ』なんだけど、やばくなかった?」
まずその単語がわからない。
「うわ! 電車の時間がかぶっちゃたよ」
これはにいる向日葵にも関係ありそうな話題だが、もう少し詳細が欲しい。その声がした方に耳を向ける。
「高校生がバイクで通学するなよ」
「去年、警察官と争ってるのを見たぜ」
「先輩十二人を病院に送ったとも聴くよな」
声がするのは男子からで、地元で有名な不良の話らしい。向日葵はそう当たりを付けて、その話題から耳を逸らす。何故、そんな小学生みたいな話が男の子は好きなのか理解できない。
「あの人、外人?」
外人と聴いて向日葵が思い出すのは当然、新里世界だった。白髪頭は銀髪に見えなくもない。緋色の瞳は外国とよりは異世界風味だが。
結局、彼とは再開は果たしていない。
「エーどの人?」
「あの人、銀髪じゃん」
次の日には制服を取りに来るのでは? と身だしなみに気を使いまくって生活していたが、三日目で放棄した。多分、絶対来ない。そう解釈し、自ら出向く事も考えたが、一人で行くのはどうにも恥ずかしい……
「って銀髪?」
この町に、そんな人間が二人もいるだろうか?
「うわ、あの子、特等席座ってるじゃん」
「可愛そうに」
急にざわめき立つ朝の駅。一層大きな囁きが聞こえる方に目を向けると、彼がいた。
白い髪は無造作に、緋の眼は真っ直ぐに、生気のない白い顔を不機嫌そうに、ベルトの制服を着た新里世界が歩いていた。
その足取りは重く、学校に行くのが面倒だと思っている学生みたいだ。それでも止まる事なく、特等席であるらしい、向日葵の座るプラスチック製の背もたれもない青いベンチを目指す。
と。
「あれ? 日向向日葵じゃねーか」
向日葵に気が付いた世界は、目を丸くして驚いている。
「あれ? 新里世界さんじゃないですか」
向日葵も目を丸くし、大げさに仰け反りながら相手を確認する。
「なんでそのセーラー着てんだ?」
中学生じゃねーのかよ。言葉にはしないが、そんな驚愕が見えた。
「だから学生服着ているのですか?」
半信半疑に呟く。
「もしかして高校生?」
「まさか高校生なのですか?」
お互いがお互いを不躾に指差し、
「見えねー!」
「見えないです!」
信じられねー。朝のホームに、そんな叫びが響いた。