後日談 ⑥
「ああ。お前の言葉で助かった。確かに抹消した」
『そりゃあどうも。しかし、随分と焦った攻撃をしてくる奴だな。』
「いや、ありゃあ攻撃じゃあないな」
『っていうと?』
「最初の奴は向日葵を守り、次は殺そうとしていた。矛盾しすぎだ」
『なるほど、能力に気づいた誰かの試し切りか』
「だと思う。ただ、問題は……」
『何故向日葵ちゃんに関係のある死体を使ったか? か』
「だな。わざわざ何故、向日葵なんだ? 俺や嵐を対象にすれば死体なんてごまんとあるのに」
『それもそうだが、くっくっく。しかし何か良い事があったみたいだな』
「は?」
『今のお前の声が優しい』
「き、気持ち悪い事言うな。俺は相変わらずだ」
『……その寝息は誰のものだ?』
「は?」
『ふむふむ、発生源としてはお前が腰掛けているベッド。受話器側から一メートル右下くらい。女の子だな。うん。おお? しかもマンションにいる人間のじゃあないな。身長は百五十に少し足りない……向日葵ちゃんだな。しかも、服は制服か。マニアックな……いや、お前らは学生だから到ってスタンダードか? しかしそりゃあご機嫌だな。彼女をベッドに連れ込んで』
「おい! 何でわかるんだよ! 監視カメラでもつけてるのか!」
『馬鹿言え。電話の向こうの音がきっかけで解決した難事件なんかいくつ有ると思ってるんだ? 捜査の基本だ、基本』
「何で衣類までわかるんだよ! それが基本なら日本の警察はみんな落ちこぼれだ!」
『まあ、報告ありがとうよ。こっちでも調べてみる。最近、何処も彼処も動きがキナ臭い。せめて、その町を守れる位には腕を上げとけよ』
通話は、それで終了した。
「ったく、勝手に切りやがって」
悪態をつきながらも、世界は嵐らしいハチャメチャさに少しだけ安堵する。最後の台詞だって、今の流れだったら、『町』ではなく『彼女』だろうに。相変わらず、人間と常識から遠いところにいる。それでこそ、《人生不敗》だ。
そんなことを想いながら、世界は《ふらんしーぬ》の二階、すすに借りた一部屋を眺める。いつもならすすが一人で使用しているベッドに向日葵が静かに眠り、世界は嵐の言ったとおりベッドに腰を下ろしていた。すすの寝室に監視カメラがあるわけもないので、きっと本当に音で判断したのだろう。
ありえねえ。
世界は一から借りた携帯電話を忌々しそうに見る。因みに、この店、据え置きの電話がない。更に余談だが、一の携帯は新品同様に何のデータも追加されていない。アプリどころか登録アドレス数も0だ。
「俺、番号教えたよな……」
持っている意味があるのか? と首を傾げる。貸し出し専用の電話があるわけでもないみたいだし、一の考えが理解できない。
「まあ、一兄さんどころか、こいつの考えもわかりゃしないが」
可愛らしい寝息を立てる向日葵を一瞥し、先程のことを思い出す。泣いていたかと思えば、突然開き直ったように立ち向かうと言い始め、自分を殺そうとする影に命乞いともとれる謝罪。一体、どんな考えを元に行動していたか検討もつかない。
「あの言葉は嬉しかったがな」
自然と腕が向日葵の小さな顔に触れようとしたその時、
「うーん。朝から騒がしいですね」
向日葵が眠たそうに瞼を擦りながら起き上がる。世界は慌てて伸ばしていた手をポケットにしまい込む。殆ど動いていない心臓の鼓動が一気に膨れ上がり、普段は掻かない汗が出るのを感じる。
「お、おう、目が覚めたか」
携帯を構うフリをしながら世界はベッドから腰をあげる。この携帯電話、メールの予想変換もリセットされている。
「あれ? 世界君じゃあないですか?」
自分の置かれた状況を微塵も理解できていない向日葵は、目の前の人物の名前を当てる。
「そうだ、世界君だ。指は何本に見える?」
右手と左手で蛙の形を作ると、「十本です」と呆れ顔で返事をされた。
「そんなことより、何で、見知らぬ部屋で寝ているのでしょうか?」
いつの間にかツインテールもほどかれている事を不信がりつつ、向日葵は衣類の乱れをチェックした後に、枕元においてある時計に目を向ける。デジタル表示された時刻は店を出てから一時間もたっていないことだけを教えてくれた。
一体何から説明するべきかわからず、世界は黙って右手を差し出した。
その病的に白い、それでいて生命力溢れるその掌を、向日葵は怪訝な顔で眺める。
世界はどうにかして差し伸べた手の意味を理解して欲しかったのだが、向日葵は世界の顔と掌を交互に見るだけで、気づく様子がない。
「約束したのはお前だろうが」
なので、世界はぶっきらぼうに一息でそう言い切る。
「約束?」
首を傾げる向日葵は、数秒言葉の意味を考えると、
「あーーーーーー!」
全てを思い出し、叫んだ。
「あの後、どうなったのですか?」
言いながら、世界の身体を確認する。右手はしっかりと目の前に差し出され、破れた学生服からは、反対側が見えそうだった腹部の穴は確認できない。そして、この見覚えのない部屋には一切危害を加えようという意思が見えない。青年アイドルのでかいポスターとかあるし。
「勝ったのですか? 世界君が?」
「……お前がな」
心配そうにこちらを見て呟く向日葵に、世界は首を横に振りながら答える。
「え? 私、何かしましたっけ?」
興奮状態からなのか、それとも気絶したことが関係しているのか、向日葵は何も覚えていないらしい。
「覚えてないのか? 俺になりたいって言ったのもか?」
世界はいい加減、自分が一番言いたくない台詞を何とか向日葵に言わせようと、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「あの猫は、笑っていたよ。俺なんか足元にも及ばなかった。自分の未熟さを思い知った」
敗北宣言を向日葵は複雑な心境で聴きながら、ぼんやりとあの時のやり取りを思い起こす。
「俺は、お前に憧れたよ」
だから。
「俺はお前との約束を守ろうと思う」
そこまで言って、向日葵は全てを思い出し、顔を真っ赤に染め上げる。そして、ようやく差し出された手の意味を理解する。
彼なりの、精一杯の自己主張なのだろうが、
「やっぱり、ツンデレですね」
熱くなった頬を両手で仰ぎながら、向日葵ははにかむ。
「だから何なんだよ、それ」
温度調節を必要としない世界の顔がほんのり朱色に変わる。
「世界君の事ですよ」
なんじゃそりゃ。呆れたように笑う世界の大きな手を、向日葵は右手でしっかりと握る。
人間らしい暖かさのない掌が、温かい初夏の日差しで温まる。
「まあ、なんだ」
「これからも」
「「よろしく」」




