後日談 ④
お祭り騒ぎと言う形容詞がまさにこの時に産まれたものではないのか? 向日葵は五分前まで自分も参加していた、『満月ちゃん退院祝い+祭花入学祝い+黒天マンション引越し祝い+事件解決祝いパーティー』のことを思い返す。そのごちゃ混ぜなタイトル以上に宴は盛り上がり、邪魔をしちゃあ悪いと思い、帰ろうと思ったら所を一に捕まり、ただでさえ長かった
パーティーの名前に『向日葵ちゃんと出会った祝い』が追加され、生まれて初めてと言って問題のない馬鹿騒ぎに参加していたのだ。
最初の五分は戸惑ったものの、全員が全員、見事に向日葵を気に入り、十分もする頃には進められるがままに、世界の作る鉄板料理を味わっていた。
「迷惑じゃなかったか?」
只今の時刻が九時少し前。そろそろお開きと言う話になり、向日葵と彼女を送る役目を押し付けられた世界は、人通りの少ないくらい駅前をゆっくりと肩を並べて雑談していた。マンションにバイクで帰るついでに送って行った方が楽なのだが、駅裏のすぐにある向日葵の家に行くには遠回りなので、今回はあの四輪のバイクの出番はない。
そんな道中、「みなさんいい人ですね」と言う向日葵の言葉に、世界は少しだけ嬉しそうにそう答える。
「ええ、あんなに騒いだのは久々でした」
「確かに、忍を連れてった時よりも場が盛り上がってたな」
その時は確か、満月も黒天もいなかった。
「忍君は確かに場を盛り上がらせる能力は低そうですもんね」
はきはきと活舌良く、向日葵は世界へ言葉を返す。あの少年があんなイベントに参加すること自体がそもそもらしくないとも言える。
向日葵がその後も、今日あった授業の話や、昼休みに涼と食べた弁当など、取りとめもないないことを話し、最初の頃よりもかなり多弁に喋るようになった世界が相槌を挟みながら聴いていた。
「じゃあな」
駅裏に行くための地下道を潜り、世界がいつも登下校にバイクを止める駐輪場に付くと、世界はそう切り出した。
向日葵の家まで後五分とかからないのだが、だからこそわざわざ送って行くのも面倒だし、料理に使った器具の片づけがまだ終わっていない。料理は好きだが、几帳面でもない彼の料理の後は散らかってしょうがないのだ。あの中なら祭花の父である五月雨がやってくれていると思うが、他人に全て任せるのも気が引けた。
そんな世界の心情を知ってか知らずか、「えー」と向日葵はごねた。
「変質者に襲われちゃったらどうするのですか」
「その時は股間に蹴りでもくれてやれ」
適当に向日葵の言葉をあしらうと、世界は躊躇うことなく踵を返す。
「送ってってくれないのなら、明日ピンポンダッシュしに行っちゃいますよ」
「そんなことしたらバイクで朝まで追いかけるぞ」
背中を向けたままひらひらと右手を振って世界は一度も足を止めることなく地下道に消えていった。
「世界君。電話が鳴っていたよ」
途中コンビに寄って何冊かの週間漫画雑誌をまとめて購入して《ふらんしーぬ》に帰ると、一が興味なさそうに携帯を世界に放り投げた。
全員の興味は今、満月が鉄板上で造る氷の像に集中していた。お好み焼きや肉を炒めていたヘラを使って、パック豆腐大の氷を器用に彫刻している。どうやらモデルはすすのようだった。
何故この中で一番モデルに向かない人間を。どうでもいいことを考えながらフリップを開いてディスプレイを見ると『盃嵐』の名前が表示されていた。それも十二回の着信の報せと共に。
この様子ならかけなおさなくても、五分もしない内に再び着信するだろう。そう思い、テーブルの上にある皿をまとめていると、昔懐かしい黒電話の着信音がコールする。音量を押さえているとは言え、他の誰かがうっとおしく思って電話に出なかったのが不思議でならない。
『おーい。やっとでた! ったく、おじさん淋しくて死んじゃいそうだったぜ?』
通話ボタンを押した途端、誰が出たかも確認せずに嵐の早口が鼓膜を揺らす。
「何だ? 報告なら昨日しただろ」
だったら死んでくれてもいいのに。そんな事を心中で思っているのが丸わかりの口調で、世界は手早く話をするように促す。親指はいつでも電話を切れるようにボタンに添えておく。
「その言い方はないんじゃあないのか? おじさんは忙しい中、お前に貴重な時間を割いているんだ。もっと優しく扱えよ」
「だったら早く用件を言ってくれよ」
誰も片付けてくれていない皿を見て、世界は溜息をつく。
『溜息をつくと幸せが逃げるぜ?』
「その程度で逃げる幸せを、嵐は欲しいのか?」
『違いねえ。で、本題なんだが、最初の被害者はなんだったんだ?』
「最初? 何の話しだ? 」
嵐の台詞を鸚鵡返しに世界が訊ねる。
『ああ、今月の初めの辺だったか? 一年生の女の子が斬りつけられた話だよ。その娘と、向日葵ちゃんの間に何があったんだ? お前の推理が正しければ、その子も向日葵ちゃんに何か危害を加えてないとおかしいだろう?』
言われて、今月の九日にあった事件を思い起こす。一年生の女子が、すぐそこの駅裏で不審者に切りつけられたのだ。正面からの傷に関わらず、被害者は犯人を見ていない。その点が気にかかり、一応報告しておいたのだった。言われるまですっかり忘れていたが、確かに、あの大蛇なら正面から見られることもなく切りつけることは容易だ。犯人は向日葵親父で間違いないだろう。
しかし、そうなると『切りつけられた』事実に辻褄が合わない。あの大蛇だったら、牙で切り裂くなんてことはしないだろう。粉々になるまで締め付けるか、飲み込むかのどちらかがあの大蛇にはふさわしい。
嵐の言葉を受けて、世界は九日に起こった出来事をできるだけ鮮明に振り返る。
「ちょうど二週間前だ」
『あ? 何言ってるんだ?」
当たり前のことを呟くな。世界の呟きに嵐が茶々を入れる。
が、世界の耳にまでは届かない。
「それだけじゃあない。一週間前は鬼頭の車がパンクして骨折したんだ。タイヤが裂かれて、駅裏で」
あの事件も、タイヤが切りつけられていた。結果としては骨折だが、原因は裂傷だ。
『おい、どうした。俺も思考に混ぜろ』
「じゃあ。今週は? 三週前は?」
三週間前。駅裏。車。
となると、答えはすぐに思いついた。
「猫の死体だ」
『死体? おい! 死体があんのか?』
「向日葵が危ない?」
予想が当たらない事を願って、世界は店を銃弾のように跳び出した。




