世界の世界 ⑤
五分の時間が経過した。
叫び声はとっくの昔に耐え、恐怖からか冬馬は白目を向いて気絶している。今はただ、四輪のバイクと真っ白なオープンカーのアイドリング音だけが虚しく山道で鳴り続けている。
「畜生!」
冬馬の砕けた右の手首を見下しながら、世界は声を荒げる。気絶してしまったなら、世界がわざわざ来た意味はない。
「落ち着いて、世界君。幸いな事に目撃者はだれもいないんだから」
白衣姿の優男が携帯電話を耳に当てながら、世界を宥める。その男、一一の持つ容姿は控えめに言っても博物館に飾られていそうなくらい整っていて、一目見ただけでは男か女かもわからないほど美しい。ただ、貼り付けたような気の抜けた笑顔と、目の下のどす黒いくまが、その美点を台無しにしていた。
「あ、119ですか?」
緊張するね。と電話の向うに前置きをして、一が怪我人の存在を淡々と説明し、救急車を一台頼む。最初は車で病院に運ぼうかと考えていたが、流石に顔を見られるのは美味しくない。救急車は十五分位で来るそうなので、後五分もしたらこの場を離れる方向で話が纏る。
「しかし、参ったな。気絶していては話が聞けないな」
オープンカーの助手席に座る黒天がそんな事を呟く。白衣の一とは対極に位置する黒いスーツ姿だ。スーツの種類まで世界は知らないが、夜空のように時々輝いて見えるそれは、黒天が着るに相応しい衣装に思えた。
「あー後手後手じゃあねーか」
歩道と車道を分けるガードレールを握り締め、静かに叫ぶ。その声に二人が申し訳なさそうな表情を作る。大見得を切った割に、全く出番がなかったのを申し訳なく思っているらしい。
その表情に気が付いた世界は慌ててガードレールを離し、掌を見せながら弁解をする。
「と、とにかくマンションか《ふらんしーぬ》に戻って対策を練らないか?」
「そうだね、気絶しちゃっているし、骨折だけで十分でしょ」
「話を聞けば確実だったが、多少、不確定でも動くしかないか」
兄貴分二人も直に表情を戻し、冷静に状況を振り返る。
「向日葵に新たな危害を加える奴が出る前にな」
世界がそう付け足すと、それが合図だったように、一がオープンカーの運転席に乗り込み、世界もマシンに跨る。行きつけの喫茶店に若干規定速度を超えたスピードで向かう。
十分後。到着した救急隊員が見たのは、意識を取り戻し痛みと恐怖に呻く高校生と、手の形にへこむガードレールだけだった。




