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赤い瞳の噂 ②

 二時限目が終わると、三時限目が開始する前に二十分の休憩時間が挟まれる。なんでも今から十年以上昔、この高校に君臨していた、とある男が、とある事件を解決した際に、学校からその権利をもぎ取ったらしい。十時のおやつを食べるために。


 今は、そんな如何にも嘘っぽい曰く付の休み時間。


「うー。酷いですよ。世界君」


 世界の机に突っ伏しながら、向日葵は低く唸るように声を出し、


「自業自得だろうが」


 椅子の背もたれに体重をかけた世界が答える。絶妙なバランス感覚により四本ある足の内、二本の足は宙に浮いていており、背もたれ側の足だけで立つ椅子の上に世界は当たり前のように座っている。去年、密かにこの技が学年中でブームを起こしたことを向日葵は知らない。


「お前らが会話に盛り上がりすぎたんだろ?」


 興味なさそうに次の化学の教材を斜め読みする世界は、どうやったらこのうるさいチビを自分の席から離せるかを考えていた。


 事の発端は……なんて大袈裟にいう必要もないのだが、要は遅刻した向日葵と選択科目が同じなのに言ってくれなかった世界に不平を漏らしている。二時限連続の授業を終えた後、向日葵はそんな中身のない話を世界と続けていた。


 二人が選択したのは美術で、これは完全なる偶然の一致で合って他意はなく、先週の選択授業の時間はクラスの役員等を決める時間になっており、世界は選択授業が同じなど全く知らなかった。なので、文句を付けられても「知らなかった」とか「身から出た錆」としか言いようがなく、そんな言葉で納得するほど向日葵は大人ではなかった。


「そりゃ、世界君はいいですよ? 忍君と女の子二人に囲まれて銀色と赤色の光の国の住人フィギアを楽しくデッサンできたのですからね」


 机にしがみ付いたまま体を揺らし、不満をあらわにする向日葵。遅刻した罰として、先生と二人きりでデッサンしていた事も、世界にして見れば知ったことではなかった。ちなみに言えば、一緒に組んだ女子はどうも苦手で、世界も世界でこれなら向日葵と組んだ方が良かったか? とも思いはしたが、口が裂けても言わない。


「おう」ガタガタと向日葵が揺らす机がついに世界の膝に当たり、全ての椅子の足が床に音を立てて着地する。「あーあ。休み時間中やってるつもりだったのに。ほれ、席に着け」


 下らない暇潰しも強制的に終了させられ、次の始業まであと七分。持っていた教材の背で向日葵の頭を叩き、起立を促す。


「うー、私化学の先生苦手です。それに、なんか既視感ありますし」


 頭を叩かれながらも、向日葵は話を続行。手加減されている内は離れる気はないらしい。

 左手で向日葵の頭を木魚の如く叩き、右手で携帯のフリップを開く。


「あ、涼ちゃん。おかえり」

「ただいま。楽しそうね」


 片づけが長引いたのか、遅れて帰ってきた書道組みに涼を見つけた向日葵は精確な間隔で落ちてくる教材から抜け出し、涼を右手で呼び寄せる。


「なんでだよ。なんで人を呼ぶんだよ。五分前には席に着いとけ」

「まあま、落ち着いて。アメちゃんいる?」

「いらねーよ。今からじゃ授業中にその棒付のアメ玉をなめにゃあならんだろうが」

「私、ほしいです」「よしよし」


 授業開始五分前。二人は当然のように世界の周囲の机から椅子を引っ張り出し、勝手に座る。授業直前まで、世界の周辺に座ろうとする人間は少ない。


「それで聴いています? 携帯なんかかまっちゃって。メルアド教えてくれないくせに」

「お前達、耳ついてる?」


 追い払っても動く気配のない二人に世界は頭を抱え、絶対に教えてなるものかと心に決める。


「けちいですね。まあ、いつか絶対ゲットしてみせますから良いですけど」

「忍に聞いとこうか?」

「本当ですか?」

「うーん? 半々かな? あいつ何考えてるかわかんないし。断ることはないと思うけど、高校入ってからぜんぜん話さなくなったし」


 忍よ、幼馴染からもそんな評価なのか。世界は呆れると同時に深く納得もする。一応番号は交換してみたが、四文字以上の返信が帰って来た事はない。そもそも、お互いに自分から連絡をするようなタイプでもないので未だにあまり深い交流を携帯でしたことがない。


「アドレスの件はお願いします」ちらりと時計をみて、まだ話せる時間があることを確認する。「科学のあの先生ですよ。私に恨みでもあるのでしょうか? なんだか私に対する発言に棘があるような気がするのですよ」

「誰に対してもそうだってあの先生、いい大学出ていて、神知教のプログラム生の候補にも選ばれたって意味のわかんない事いってたし。候補生に落ちて、なりたくもない教員になったって聞くよ」

「要するに、変にプライドが高いんだよ。なんかプライドを逆撫でる事言ったんじゃあないのか?」


 二人は向日葵を励ますように、科学の担当教諭の愚痴を溢す。世界も涼もあまり好意を懐いていない。と言うか苦手だった。


 神知教と言えば世界の頭脳の大半が集まる場所と噂される、揺らぐ事のない世界一の研究所だ。神を否定し、神を超えるためにありとあらゆる事象を解き明かす、狂気の研究者達の巣窟。プログラム生として世界中からエリート達が集められ、さらにその中でも優秀な人材のみが、一線で研究者として活躍することが出来る。候補生になったと言うだけで一流の企業から引く手数多だ。


 その候補生であった人間がこんな県立高校で教鞭を振るっていると言うのもおかしな話だが、その優秀さが故に、その他の研究施設に行くのを拒んだのかもしれない。


 なんにせよ高いプライドがどこに言っても邪魔をするようで、この学校でもかなり嫌われた教師の一人である。

 

 二人の話を聞いて、自分への風当たりに対する強さに謎を深め、デジャブの理由に気がつく。自分がなにか近しいモノを感じたと思っていたが、なるほど。通りであの白衣に見覚えがあるはずだ。あれは第七研究街の白衣だ。


「言ってないですよ。真面目に授業のオリエンテーションにも参加しましたし」


 もしかしたら、神知教街の人間だと言うだけで自分は嫌われているのだろうか? それだったら逆恨みも甚だしい。


「じゃあ知るかよ」


 真面目に参加していなかった世界は再び一人椅子でバランスゲームに挑み始める。始業まで後一分。


「あれ? ご機嫌斜めですか?」

「それを訊ねるお前は凄いよ……」


 呆れた声で溜息が漏れ、ガタンと椅子が音を鳴らす。


「さて向日葵ちゃん、席に着きましょうか。座れなくて困っている人がいますし」


 返事をして向日葵が立ち上がり、椅子を戻したその時。音を立てて黒板側の扉が開く。入ってきたのは白衣を着た、目つきの鋭い男。絶対に愛想笑いをしそうにない男だった。


「席に着け。日向お前だ」


 教室を見渡した鬼頭教諭の第一声がそれだった。別に聞こえなくても問題ない、独り言のような台詞が向日葵に聞こえる。


「他にも座ってない人はいるじゃないですか」


 聞こえても言いように呟いたが、鬼頭教諭は何も言わず教壇に立ち、点呼を取り始める。そうやって、向日葵にとって気まずい雰囲気のまま三時限目は開始された。


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