教会襲撃
八話【教会襲撃】
「…我らが主よ…」
祈りを捧げ終えると立ち上がり、十字架を見つめるヴィント。
「…こんなんにされちまって、可哀相にな…カミサマ」
磔にされた少女に語り掛けるかのようにヴィントは哀しげに言う。
其処へ――
「おぉ、ヴィント。此処に居ましたか…」
モーントがやってきた。
「…モーント様…どうしました?」
十字架に背を向け、一礼をして礼儀正しくヴィントはモーントに問う。
「是から客人が来られると聞いたのでね…多分、魔法協会や錬金術連合の者でしょう…」
「そうですか……では俺…いえ、私の出番でしょうか?」
「いいえ、ヴィント…殺生は好みません……故に、丁重にお帰り頂く様、お話をしておいて下さい」
「……承知しました、モーント様」
何処か残念そうにしながらヴィントが出ていく。
だが口角は上がっていた。
「…神よ……我らが主よ……貴方は必ず守ってみせます…ご安心下さい…」
一人残ったモーントは十字架の磔の少女へ祈りを捧げていた――。
・・・・・
「椿ちゃーん♪調子は如何?」
「特別何かある訳じゃないけど?…まぁ、普通、かな」
「そっか…良かった」
明るい様子のブラウは椿の様子に安堵し、微笑んだ。
瞬間、ごんっ、と鈍い音がした。
「いってー…!」
「あら、ごっめんねぇ?まさか、今から殴りこみ…じゃなかった、教会へ行くっていうのに、ラブラブしてる奴等が居るなんて思わなくって~」
ブラウに当たったのは錬金術の本だったようだ。
当てたのは、ロートだ。
ロートはわざとらしく謝罪なんてして見せた。
「ロート…てめぇ…!大体、誰がラブラブしてんだよ!!」
「あらやだ。自覚症状なし?かっわいそー……其処まで鈍いのね、ブラウってば」
怒っているブラウにロートはわざとらしく大げさに驚いて見せる。
「うるせぇっ!自覚症状云々の話じゃねーだろ!!」
ブラウは尚も怒りながらロートに言った。
『…皆、平然を装ってるけど…やっぱり何処か辛そう…。…ううん、辛いんじゃない…怖いんだわ、きっと……だって、少しだけど…皆震えてる……。あたしだって…普通、って云ったけど…でも本当は怖い……あたし達で本当に何とかなるの?相手は神様なんでしょ?あたし達なんかが…敵うの?……こんなに不安になってたら駄目だよね。しっかりしなくちゃ……覚悟は決めてきたんだから』
・・・・・
暫くすると暗雲立ち込める教会へと到着する一向。
「…此処、怖い……僕、ヤだ…此処、嫌い……」
ゲルプは怯えているかのように震えていた。
「大丈夫よ、ゲルプ。独りじゃないんだもの…皆居るから……そんなに怯えないで」
「由佳里……うん、そうだよね………僕、頑張る!」
「…そうしてる方が、ゲルプらしいわ。大丈夫よ。ね?」
「うん!僕、大丈夫!皆も居るし…何より、由佳里が傍に居てくれるからっ!!」
「…えぇ、私は傍に居るわ。大丈夫」
由佳里の優しい声と口調に癒されたのか、ゲルプは明るさを取り戻していた。
由佳里は自分の微かな震えを気付かれない様に必死だった。
気付かれればゲルプに、いや、皆に迷惑を、心配をかける。
それだけは由佳里は避けたかった。
だからこそ、平常心を保っていた。
「…此処が教会、なんだね……何だか私達の世界にある教会とは違う感じ…暗くて……何だか、怖い感じがする…」
波はかすかに声が震えていた。
自分たちの世界の教会は清楚なイメージだったが、此処は暗雲立ち込めていて暗い。
嫌な感じのする教会だった。
「波、大丈夫だよ。波だけは…何があっても、僕が守るから。…あ、いや、勿論、皆にも協力はするけど…」
「…有難う、海…。……でも、海、変わったね」
「え?そ、そう…かな?」
「うん。だって、私以外の人の事も考える様になったし…でも、そんな海のが…私は好きだな」
照れ臭そうにする海に波は微笑んだ。
時分だけを思ってくれていた海も嫌いじゃなかった。
だけど今の皆を考えてくれる海のが、もっと好きだと波は思っていた。
「…僕は、ずっと波だけ居ればいいと思ってた。でも…それは僕のエゴだったんだよね。僕の感情だけで、波を縛ってた……そう、気付いたんだ。気付かせてくれたのは…由佳里とか…此処に居る人達だし……だから、その…」
「…海……そうね、私も…此処の人達には色々教えて貰ったわ。だから…助けてあげたい。皆で、一緒に戻りたい…そう、思うの」
「…うん…僕もそう…思うよ…」
恥ずかしそうな海と嬉しそうな波。
相変わらず反対な二人だが、気持ちは一緒。
其処は双子なのだ。
きっといつまでも、一緒。
「よし、皆集まれ。最終確認だ」
ヴィオレットが全員に声をかける。
「…何か何時もと様子が違うと気持ち悪いな…」
ぼそり、と海が呟く。
「海!失礼じゃない!」
「え?あ、ごめん…つい…」
波の言葉に海は苦笑した。
こういうやり取りにはヴィオレットは慣れていた。
「…お前らな……まぁいい。教会の見取り図はこの通りだ。神様とやらが居るのは最深部だろーな。其処まで、全力で行くぞ。ぜってー、教会の奴等の邪魔が入るから、怪我には気を付ける事。後魔法の使い過ぎで、最深部に辿り着いた時には疲れ果ててて、何も出来ない、じゃ意味がないからな?まぁ、んな事は云わなくても判ってるだろうが」
「…じゃあ、行こうか。時間が勿体無いし」
「うん!早く行こっ!!」
ギィィィと教会の扉を開く。
「静か……」
「誰も居ないって訳?」
――カツン…と響く靴音。
「ようこそ。我らが教会へ」
場に似合わない明るい声が暗い教会内から聞こえてきた。
足音の人物だろう。
「ヴィント…!?」
ブラウが驚いたように見つめる。
階段をカツンカツン、と降りてきたヴィントは蒼の髪をかき上げる。
「あぁ、ブラウ…久しいな、君と逢うのは。…ネーベルは残念だったね」
「…やっぱあんた、あの一件に絡んでたのね?」
「ロート…君に逢うのも久しいね。新薬の実験は今でもしてるのかい?」
「あんたに答える事なんてないわ」
「随分とつれなくなっちゃったねぇ…」
ロートは冷たくヴィントをあしらう。
ヴィントはくすくすと笑いながらロートを見つめていた。
「教会のヴィント殿には知り合いが多い事で……私と逢うのは初めてですね。魔法協会の一、ヴィオレットと申します。以後、お見知りおきを…」
「貴方がヴィオレット……成る程ね。…私は司祭、ヴィント=シュレヒト。宜しくお願いしますよ」
ロートからヴィオレットに視線を移し、ヴィントは一礼した。
「ところで俺…いえ、私達は神様に御用があって来たのですが?」
あくまで礼儀正しくヴィオレットが言う。
その様子にヴィントは笑う。
「普通に話して貰って構いませんよ。俺もそうしますから。…神様は奥に居ますが…モーント様に、皆を丁重に持て成しする様承ってるもので」
「…茶菓子は出るんすか?」
張りつめた空気の中、ヴィオレットは精一杯笑って見せた。
「お茶菓子は出ないけど…代わりに是をどうぞ?…御許に仕える事をお許し下さい…その御身の力にて、穢れを浄化する事を許し賜え…」
ヴィントが声を紡ぎ始めると、暗い教会内に光が集結し始めた。
「不味い!…風よ…その力、今我に授けん……緩やかに包み込み、我らを救う力を…」
ブラウが慌てて呪文を口にする。
「奏で、聴け、神の歌声……プレリュード」
「今こそ力を……ウィンドブロック!」
楽しそうに音楽を奏でるヴィント。
それを防ぐブラウ。
互いの技は同時だった。
辺りに強い風が吹き荒れる。
「きゃっ…!」
「此処まで強い風が来るって事は…」
「物凄いモノ同士がぶつかったって事になります…あの、ヴィントって人は相当…」
「強い、って事か……面倒だな…」
「…ぼ、ボク等に出来る事なんてあるんでしょうか…?」
全員が喋りづらそうにしながらも風に耐えていた。
そしてしばらくすると風がやむ。
「救世主の皆!戦いは始まったよ!やらなきゃ、やられちゃうんだから!!」
「は、はい…!えっと……あの人の場所があそこだから、ボク等の距離感は………よし。ロートさん、是で正しい筈です!」
「オッケー♪…じゃあ、是っ。桜っ!」
桜は錬金術の計算をし、ロートに告げる。
するとロートは適合薬剤を取り出し、桜の投げつけた。
「…えっと、是をこうして…こっちはこうで……出来た!行きます!!」
桜は出来上がった薬品をヴィントに向かって投げつけた。
「…聞け、破滅の音を……ラプソディー」
くすくすと笑いながら笛を吹くヴィント。
薬品が当たったと同時に狂詩曲が流れ。
辺りには霧が発生し。
「痛っ…!くそ…!」
ブラウの張っていた防御壁は消え。
ブラウは痛みに目を細めた。
「怪我人は下がってな!……深々と降り積もれ、全てを凍らす白き華よ……」
ヴィオレットはあしらうように告げ、その後真面目に詠唱を始め。
「…貫け、我が敵を…凍て付く刃よ…」
海も続くかのように静かに詠唱を始め。
「スノウシンク!」
「アイシクルソード!」
ヴィオレットと海の技は同時に放たれてヴィントへと向かった。
だがヴィントは動じず笛を回した。
「…我を守りたまえ、神へと続く、天使の声……アヴェマリア」
魔法が放たれると同時に、天使祝詞が流れ。
「ブラウ!…光よ…全て照らせし光よ……我に治癒術を授けん……キュア!」
心配そうにブラウの名を呼び、椿は詠唱して光術を使って傷を癒した。
「有難う、椿ちゃん…助かったよ」
「…あんまり無茶しないで」
軽く笑うブラウに、少し悲しげに椿は言った。
誰かが傷つくのは見たくない。
誰かを傷付けたくもない。
だけど、この戦いは逃れられない。
【カミサマ】を倒さなければいけないのだから。
だから、今は耐えなければいけない。
わかってる。
わかってる。
わかってる、けど。
「……ごめん、心配かけたね」
「…無事ならいいの」
いつの間にか流れていた涙を拭い、椿は微笑んだ。
何としても、無事に終わらせたい。
それだけを祈って。
「椿ちゃん…」
ブラウはそんな椿の名を優しく呼んだ。
「こらぁ!其処!イチャ付いてないで手伝いなさいよ!!」
横槍をいれたのはロートだ。
ブラウと椿はびくっとしたように焦る。
「い、イチャ付いてなんて…!」
「そ、そうですよ!あたしは別に…!」
「良いから早く手伝いなさいっての!」
「あ、由佳里!あそこ!!」
ゲルプが何かに気付いたように由佳里に言う。
「…間に合って…!」
霧に隠れていたヴィントが一瞬見え、其処へ由佳里が薬品を投げ付ける。
反応は無く、辺りは静かになり。
「…やったのかな?」
「……怖いぐらい、静かね…」
「嵐の前の静けさ、ってやつじゃない事を祈るだけだけど…」
海が言い、波が震え、由佳里が冷静に言う。
これで終わってくれれば――誰もがそう思っていた。
――だがその願い空しく、徐々に霧が晴れていき。
霧の中で無傷で立ち尽くすヴィントがおり。
「…まさか、一つも効いてないってのか!?」
流石のブラウも驚きを隠せないでいた。
あれだけ攻撃しても無駄なのか、と。
「俺にはカミサマが付いてるんでね…そんなまどろっこしい技、効きやしないんだよ」
くすくす、と笑ってヴィントが服の誇りを払いながら言う。
「また神様!?一体如何しろっていうのよ…!」
流石のロートも頭を抱える。
【カミサマ】
一体何者だと言うのだろうか。
「ブラウ、ロート…君達が教会へ来るなら助けてあげるよ?俺等は幼馴染じゃないか…こんな殺し合い、したい筈ないだろう?……そう、ロート…君だけでもいい」
ヴィントは何処か優しげに告げた。
そしてロートに手を差し伸べる。
「幼馴染!!?」
ゲルプが驚いてブラウ、ロート、ヴィントを見た。
「…あ、あたしは…」
ロートに微かな迷いが出た。
自分が行けば終わる?
誰も傷つかない?
なら行くべきなのだろうか?
だが信じていいのだろうか?
葛藤がロートの中を駆け巡る。
「思い出して、あの頃の事……俺等は何時も四人で遊んでたじゃないか。ネーベルも一緒に…四人で」
三年前の事を、とヴィントは語り始めた。
八話、終了。




