思い出したくない過去
七話【思い出したくない過去】
「ちょっと其処の阿呆面魔法使い」
「…誰が阿呆面だ…。…何だよ」
「優しいロート様からのご忠告よ。有難く聞きなさいな。…救世主様を、あんたの妹と混合するのは止めなさい」
「…別に混合なんてしてない。大体、お前には関係ないだろ」
「確かに関係ないわ。だけど…今のままじゃ、あんた…必ず後悔する。同じ事を繰り返す可能性だって…」
・・・・・
「ネーベル!」
「お兄ちゃ、ん……」
ブラウと同じ金の髪の少女。
ネーベルと呼ばれた少女は咳き込みながらブラウを見つめていた。
「遅かったですね、ブラウ。貴方は約束を違えました。私は云いましたね?ヴィントの監視を任せる、と。どんな事でも全てを話しなさい、と。…ですが、貴方は全てを話す事をしなかった。私に気付かれなければいいと思ってたんですか?」
冷たい声でクヴェレが言う。
ブラウは焦りながらも言葉を紡いでいく。
「上官!…た、確かに俺、破りました……!どんな罰でも受けます!だから…ネーベルだけは…!!」
「貴方を失う訳にはいかない事を判っているでしょう?…大丈夫、苦しまずに逝かせて差し上げますから」
「…助け、て……お兄ちゃん……」
ネーベルは涙を浮かべてブラウを呼ぶ。
ブラウはネーベルに近づこうとするが見張り役の所為で近づけない。
「ネーベル!上官、やめてください!!」
「さようなら、ネーベル」
「ネーベル!!!」
ブラウの悲痛な叫びは空しく。
ネーベルの心臓めがけて剣が突き刺さり、ネーベルは意識を手放した。
「…ネー、ベル…」
放心状態のブラウは見張り役が離れたため、ネーベルへふらふらと近づく。
「…ブラウ、是で判りましたね?私との約束を守らなければ、どうなるかを…」
「…ネーベル…」
「……御機嫌よう、ブラウ」
今は何を言っても無駄か、とクヴェレは想いその場を後にした。
独り、残されたブラウはネーベルの亡骸を抱いて涙を流した。
「…ネーベル……ごめん…ごめんな……!ネーベル…!!」
まだ温かい、生きているかのようなその温もりが涙を止めさせなかった。
・・・・・
「っ…!黙れ!お前には関係ないって云ってんだろ!!」
ロートに言われ、過去を思い出したのかブラウは珍しく怒りをあらわにした。
ロートはそんなブラウを見てため息をつく。
「…あんたって、昔からホント変わらないわね」
「……とにかく、お前には関係ない。俺に是以上関わるな」
多少の冷静さを取り戻したブラウはそれだけ言い残し、立ち去った。
『…重症だわ。救世主様が、最後にはどうなるか…考える余裕すら持ててない。……ブラウ…あたしはただ…妹を失った時の苦しみや哀しみ…それをもう一度あんたに味わさせたくないだけなのに…』
・・・・・
「…冷たき守り神よ…我に力を授けたまえ……アイシクルレイン!」
無数の氷の刃が的に向かっていき。
「うん…大分慣れてきたかな…」
椿は少し安堵した様子で微笑んだ。
「…き…椿…」
「姉さん…!?姉さんでしょ!?ねぇ、今何処に…」
突如聞こえたか細い声。
だが椿が聞き間違える筈がない。
たった二人だけの家族なのだから。
「…私の事は…もう忘れて……帰るのよ、椿…」
「何を云ってるの!?あたしが姉さんを忘れられる訳ないじゃない!!」
丹「お願いだから、椿…元の世界へ……」
「姉さん!!行かないで!!」
「椿ちゃん?如何したの?そんな血相変えて…」
ドアを開けてブラウが入ってくると椿の様子に首を傾げていた。
「あ、ブラウ…今姉さんが…!」
少し慌てた様子の椿。
ブラウは尚も首を傾げた儘だ。
「お姉さん?いや、でも…」
「…取り乱してごめん。でも、本当に聞こえたの。私の事は忘れて元の世界へ帰りなさい、って…姉さんはそう云ってた…」
「…それを、お姉さんが?」
「え?あ、うん…それがどうかしたの?ブラウ?」
「ん?あぁ、いや…何でもないんだ。…椿ちゃんは、俺の妹によく似てるな…」
最後の方は苦笑交じりにブラウが言う。
椿は首を傾げた。
「俺の妹もさ、魔法がうまく使えないと悩んだりして…心配性でね。俺が遠征で帰りが遅かったりすると、凄く心配してて……」
・・・・・
「悪かったって!遠征の後、皆でちょっと打ち上げしてたんだよ」
「お兄ちゃんてば、何時もそればっかり!私がどれだけ心配してるか、判ってないんでしょ!」
「んな事ないって。俺は、何時だってお前を思ってるんだから」
「…ならいいけど。今度は早く帰ってよね?」
「あぁ、判ってるよ」
・・・・・
「ブラウ?」
「ん?…あぁ、ごめん。ちょっと昔を思い出しててね」
反応のない事に首を傾げていた椿に苦笑をしたブラウ。
「そう…いい妹さんだったんだね」
「あぁ…凄く…いい奴だった…」
椿が微笑んで告げると、何処か寂しげにブラウは頷いた。
「ブラウ…?」
そんなブラウの様子を椿は心配そうに見つめて。
「二人とも、邪魔すんぜ」
コンコン、とドアをノックして人が入ってきた。
「ヴィオレット?何の用だよ」
人の正体はヴィオレットだった。
「クヴェレ殿からのご伝達だ。皆、会議室に集まる様に、ってな」
「クヴェレ上官が?…判った。椿ちゃん、行こう?」
「あ、うん」
椿は頷き、身支度を整えた。
「…ブラウ。あんま私情を挟むなよ、救世主には」
『ロートといい、ヴィオレットといい…皆して何なんだよ……。俺は私情なんか挟んじゃいない。ちゃんと救世主は救世主だって割り切ってる。妹と…あいつと混合したりもしてない。俺は…警告される様な事なんて、何一つないんだ。ちゃんと…割り切ってるんだから…』
・・・・・
「よく来ましたね。さぁ、お座り下さい」
椿とブラウは一番最後だったようだ。
他の全員が着席している。
ブラウと椿も着席をした。
「皆様を呼んだのは他でもありません。…教会へ参ろうと思います」
冷静に。
あくまでも冷静にクヴェレが言う。
「ついにこの時が来たんだ~…」
「…それで、僕等は教会へ向かえばいいんですか?」
ゲルプが驚いてる様子の中、海が冷静に問いかける。
「えぇ。救世主の皆様には、教会へ行って頂きます」
「…面倒だけど仕方ないね。是で終わりに出来るんだし」
ため息交じりに海は言った。
そうこれで終わりなのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!救世主達だけを行かせるんですか!?」
ガタッ、と音を立てて椅子からブラウが立ち上がって声を荒げた。
「無論、そのつもりですが?」
「そんなの危険過ぎます!俺は反対です!!」
冷静なクヴェレに食い下がらないブラウ。
だがクヴェレは。
「ブラウ、黙りなさい。何時から貴方は上官に命令出来る様になったのです?」
「でも…!」
「クヴェレ様?あたしもブラウの意見に賛成です。救世主様方はまだ其処まで強くない…五人で行かせるなんて、負けに行かせる様なもんですし」
ロートが助け船、と言わんばかりに微笑んで口をはさんだ。
ロートが口をはさむと、次が出てくる。
「ぼ、僕もです!確かに救世主の皆は、大分強くなったけど…でも、今のままじゃ死んじゃう可能性のが高いです。だから…!」
「クヴェレ殿。俺等もついていけばいいんじゃないですか?その方が安心でしょう?…色々と」
ヴィオレットは何処か意味ありげに言って見せた。
ロートはそこを聞き逃さなかったが、あえて言及しなかった。
今はその時ではない、と。
「……仕方ありませんね。では、皆に行って貰いましょう。作戦開始は明日、正午。準備はそれまで整えておく様に」
クヴェレはため息交じりに告げたが、何かを企んでいるようにも見えた――気がした。
各々解散し始める。
「明日、か…是で僕等も元の世界に帰れるんだね」
海がため息交じりに告げた。
「そうね、明日…終わらせなくちゃ」
波が緊張しながらも柔らかく告げる。
「大丈夫よ。皆居るんだもの…きっと大丈夫」
由佳里が安心させるかのように優しい声で言う。
「…頑張りましょうね」
桜は笑みを含んだ感じで言った。
・・・・・
『準備はもう始まってた…クヴェレさんは用意周到なのね。…姉さん…姉さんは、帰れって云ったけど…あたし、逃げたくない。だから、戦うわ。…皆が居るから、大丈夫。……姉さんを見付ける為にも…頑張るから』
七話。終了。




