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戸惑う心達

三話【戸惑う心達】




「神よ…我が主よ……」

白い壁、白い光の差し込む窓、そして白い十字架。

男はその十字架の元で祈りを捧げていた。

「モーント様、カミサマの調子は如何ですか?」

「調子も何もありませんよ、ヴィント。神は…全てに平等……この世界に、必ずや奇跡を起こして下さるでしょう。神は何よりも気高く、何よりも美しい……嗚呼、神よ…我らが主よ…」

「……自分の世界入っちゃったよ」

モーントと呼ばれた男は自分の世界への扉を開けたようだ。

ヴィントと呼ばれた男はふぅ、とため息をついて十字架を見上げた。


『カミサマ、ね……偶然生まれて…しかも、何も出来ずに十字架に縛り付けられてる……そんな風にされてて、ホントにカミサマは倖せ、なのかねぇ…』


『つば、き……椿…』


・・・・


此処は魔法協会の中庭。

椿はぼーっと池を眺めていた。

「…承諾したものの…これから、どうなるんだろう…」

「あら、河野さん?」

「え?あ…田宮、さん…?」

微かに驚いて椿が顔を上げる。

田宮由佳里。

ゲルプという錬金術連合の使いの一人が連れてきた、【救世主】だ。

「あぁ、由佳里でいいわ。でも、良かった…人影に気付いて、声をかけてみたものの、人違いだったら如何しようかと思ってたの」

由佳里はふわり、と笑って告げた。

「じゃあ…あたしも、椿でいいです。……実は、あたしも…返答したものの、名前が間違ってたりしたら如何しよう、って思ってて…」

つられたのか、椿も笑って答える。

「…ちゃんと、笑えるのね」

「え?」

「あ、その……椿、初めて会った時から笑顔がなかったから…笑う事に臆病になってるのかと思ってたの」

「…あ……もしかして…心配を…?」

「別にそういう訳じゃないの。まぁ…確かに心配はしてたかもしれないけど。でもね?だからって、椿が申し訳なく思う必要はないのよ?なんていうか…癖なのよ、私の」

「由佳里…優しいね…それに、強い……あたしなんて、これからの事とかで、悩んでばっかりで…」

「……そんな事ないわ。私は、優しくも強くも無い。本当は、怖い…」

「由佳里…」

椿には驚きの言葉だった。

いつだって自信…いや、穏やかで前向きな由佳里からそんな言葉を聞くとは思っていなかったからだ。

「…あ、でも、今まで普通の高校生だったのに、今別の世界にいるなんて不思議な感じよね。滅多にできる体験じゃないわ。…そう思うと、何だか怖い、っていう感じよりも……少し楽しいの。…不謹慎だとは思うんだけど」

由佳里はかすかに慌てて取り繕うように笑った。

本心なのか、嘘なのか、それは椿にはわからないけれど――

「…由佳里は、やっぱり強いと、思うな…」

呟くような言葉はそれしか出なかった。

「…強くないわ。…ただ、こんな考えでも持ってないと…押し潰されてしまうのよ」

「由佳里…?」

「あぁ、何でもないの。気にしないで?」

「なら、いいけど…」

暫しの沈黙。

走ってくる足音が二人に聞こえた。

「あ、由佳里いたー!」

「ゲルプ…何してるの?」

「ゲルプの選んだ救世主さんよ、あんまゲルプを一人にしないでやってくれや。こいつ、ガキだから直ぐ泣くんだよ」

「ぼ、僕、ガキじゃないもん!ヴィオレットだって、選んだ救世主が視界から消えるとオロオロする癖にー!!」

「なっ…!う、うるせぇ!!だまらねぇと、舌引っこ抜くぞ!!?」


『…由佳里と話してて、少しはまともに思えるようになってたけど……やっぱり、この面子見てると…無理、かも…』

椿はヴィオレットとゲルプのやり取りを見ながら思った、

子供の喧嘩だ、と。

そう思ってため息を吐いた。

「ちょっと、二人とも。何か用事があったんじゃないの?」

流石の由佳里もため息を隠せなかった。

だがあくまでも冷静に、穏やかに言葉を紡ぐ。

「ん?おぉ、そうだったぜ。海、波!こっち来いよ!」

ヴィオレットの声に、海と波がやってくる。

海の方は機嫌が悪そうだ。

「…気安く話しかけないでくれる?僕、貴方の事、信用出来ませんし…この後も、信用するつもり、ないんで」

「海、何て事言うの!あ、あの…海がご迷惑お掛けしましたっ!!」

行こう、と言って海は波の手を取る。

そして歩き去ってしまった。

これではヴィオレットのメンツ丸つぶれでは――

「いやいや…やーっぱ、かーわいいよなぁ♪」

――撤回しよう。

ヴィオレットはただの馬鹿だ。


『…確か、海さんがお兄さん、だったよね…?そういえば、海さんって…会議室でも反発した人だったっけ…?でも、波さんの言う事は、それなりに聞くみたいだし……海さん、波さんを大事に思ってるのかな…?だから、波さんが危険な目にあわないように…反発したり、するのかな…』

そう椿は考えていた。

「…可愛い子達ね。海君の方は、波ちゃんを物凄く大事にしてるし…波ちゃんも海君を大事にしてる……でも、海君は素直じゃないのね」

「お、判るか?そーなんだよ!いやー…だから可愛いんだけどな♪…っと、俺はそろそろ行くぜ?あの二人を追い掛けねーとな。じゃーな」

由佳里が少し笑って言うとヴィオレットは我が事のように喜んだ。

そして手を振って去っていく。

「…あぁいうのを、親バカ…とでも云うのかしら…あ、いえ…救世主馬鹿…?」

由佳里は何気に酷いことをさらっと言ってのけた。

椿は由佳里に対するイメージが一瞬だけ変わった気がした。

「由佳里っ、僕等もそろそろ帰ろ?錬金術の練習、途中だったでしょ??」

「え?あぁ…そうね。そろそろ帰りましょう……ゲルプが泣いたりしたら厄介だわ」

「ぼ、僕、泣いたりしないよっ!!」

「はいはい…。それじゃ、椿…またね。難しく考え過ぎない様にね」

由佳里はゲルプを宥めながらも、椿に優しく告げ、ゲルプと共に去って行った。


椿『難しく考えない様に、か……其れが一番難しいんだけど……。……でも、由佳里も震えてた…本当は怖いんだ……なのに、由佳里はそんな事さえ感じさせない様に振舞って……海さんは物事をハッキリいえてるし…波さんは、そんな海さんをサポートして……あたしは…何も、出来てない…』

深く考え込まない様に、が一番難しい。

特に今の椿にとっては。

もやもやした考えが頭の中を取り巻いていた。


「あ、椿ちゃん、こんなトコに居た♪」

不意に聞こえた明るい声。

椿は声の方を見る。

ブラウだ。

彼はどうしていつも明るいのだろう、なんて少しだけ椿は考えていた。

「ブラウ、さん…」

「あれ?椿ちゃん、何かあった?」

「いえ…何でも」

「そう?ならいいけど……っと、そうだ。俺の事、ブラウ、でいいよ?さん付けは慣れてないしさぁ?後、敬語もなし!ね?」

「……判った」

「オッケーオッケー♪さて、此処はそろそろ冷えてくるし…部屋に戻ろ?」

「あ、うん…」

明るいブラウに促されて、椿はブラウと部屋へと向かった。

「いや~…でも、ごめんねぇ?」

「…何が?」

「いやさ?面白そう、ってだけで…巻き込んじゃってごめん、って事」

「…!」

パン、と頬を叩く音が静寂に響いた。

椿がブラウの頬を叩いた音だ。

「った~……椿ちゃん、結構力あるんだねぇ」

「何が……何が、面白そうよ!こっちは必死で悩んでるっていうのに…貴方、何も判ってない!こんな時でさえ、ヘラヘラ笑って……人を莫迦にするのもいい加減にしてよ!!貴方なんて…大っ嫌い!!」

何時もとは違く、感情を爆発させた椿。

抑えきれない怒りを無理やり抑え込んで立ち去った。

「…仕方ないじゃんか…俺だってやりたくやってる訳じゃないんだしー…」

叩かれた頬をさすりながらブラウはいじけたように言った。

そして徐にペンダントを取り出した。

ロケットペンダントのようでブラウは中を見て呟いた。

「…お前が生きてたら…やっぱ、こうして俺を叩いたりした、のかな…」



・・・・・



「っ…ぅ……何、なのよ……もう…っ…!」

泣きじゃくる椿。

ふと足音が近づいた。

「あ……こ、河野、さん…?」

「…っ…?…佐野、さ…っ……」

桜だった。

桜は心配そうに椿を見ている。

「ぁ…あの…ど、どうか…した…んですか…?」

「何でも…ない、んです…ごめんなさ…っ…」

「で、でも……。――あ、そうだ…こ、これ、河野さんに、あげます…」

「…蒲公英…?」

椿は突然の贈り物にかすかに驚いた。

自分たちの世界と同じ花が咲いている事にも。

それを、桜がくれたことにも。

「さっき…咲いてたのを見掛けて、綺麗だな、って思って……思わず、摘んで来ちゃったんです。あ、ボク、花が好きで………あ…!ご、ごめんなさいっ!ボク、自分の好きな事とかについて話し出すと止まらなくて…そ、それで……学校でも、その…変な目で見られたりとか、してて…」

最初は桜とは思えないほどハキハキと喋っていたが、途中で我に返ったかのようにあたふたしだした。

椿は、涙がいつのまにか止まっていることにも気づいていなかった。

「……あたしは、良い事だと、思いますよ?興味の対象なんて関係なく、自分の好きな事に熱中できる……それって、凄い事だと、思います。あたしには…出来ないです………佐野さんは、強いんですね」

「ボ、ボクは強くなんて……ただ、ボク…決めたんです……蒲公英の様になろう、って…」

「蒲公英の様、に…?」

「はい。…蒲公英って、凄く強いんです……踏まれても、踏まれても、負けずに、倒れずに、また咲いて………だから、ボクも…嫌われても、蔑まれても…負けない様に、倒れない様に…向かい風とかになんて、絶対、負けない様に……そう、生きようと思ってるんです」

椿に渡した蒲公英を見ながら桜は微笑んだ。

「…やっぱり、佐野さんは強い、です……あたしは、何も出来なくて…何をしていいかも判らなくて…皆、それぞれの意思とか…役割みたいなものとか……そういうの、ちゃんと判ってるのに…あたしは…」

「河野さん…」

また泣きそうになりながら椿が言う。

そんな椿に桜はかけてやる言葉が見当たらなかった。


「あら、二人揃って、なーに辛気臭い顔してんの?」

なんとなく把握してるけど、という様子のロートがやってくる。

「あ、ロ、ロートさん…河野さんが、その…」

「……あんた、椿とか云ったわよね?」

「え…?あ…はい…」

「あんたねぇ?泣いてたって、何も解決しないのよ?あんたが会議の場で云ってた『約束』っていうのが何かは知らないけど、それを果たす為に此処に残る事に決めたんじゃなかったの?」

「それ、は…」

「ロートさん…そ、それは、ちょっと…冷た過ぎるんじゃ…」

「桜は黙ってなさい。それとも椿。あんたの云ってた『約束』ってのは…別に果たせなくてもいいようなもんな訳?大体、今更救世主をやめる、って云ったら…死ぬだけよ?クヴェレ殿は任務が無事遂行されるまで、あんた達を帰すつもりはないんだから。それに、あたし達下っ端の錬金術師や魔法使いだけじゃあんた達を元の世界に返すことはできないんだし?」

淡淡とロートは言葉を紡いでいく。

椿はうつむいてしまった。

「…『約束』は、如何しても果たしたい、です………だけど、あたしが死んでも…悲しむ人、居ないから…」

「だ、駄目です!河野さんが死んで、悲しむ人が居ない訳ないですよ…!!」(

「佐野さん…」

「河野さんが死んだら、ボクは哀しい、です…田宮さんや仲原さん達や…ロートさん達だって、きっと同じ気持ちです!」

「…桜、落ち着きなさい。――どう?椿。桜はこう云ってるけど?…勿論、あたしだって折角知り合った人物……しかも異世界の住人が、死んだりしたら哀しい気持ちになるわ。他の奴等はどーだか知らないけど」

「…でも…あたし、何も出来なくて…」

「出来ない、じゃなくて、しない、の間違いじゃない?あんた、最初から何も出来ない、って決め付けてるんじゃないの?」

微かにあきれた様子でロートが言う。

出来ない、じゃなく、しない。

そんな考え、椿は持っていなかった。

「自分は何も出来ない、って思い込んでんの。勿論、それが努力をしてみての結果だったなら文句は云わないけどね?あんたは、努力さえしてない。『出来る事を探す』んじゃない。『やれる事をやってみる』っていうのが大事なのよ」

「やれる事を、やってみる…」

「…もうひとつ、教えてあげる。あんたは一人じゃない。皆、助け合ってるのよ。……少しは信頼しなさいな」

「ロートさん……そう、ですね………やってみます、あたし。何をやるかはまだ判らないけど…少しずつでも、自分のやれる事を」

椿はロートの言葉に決意したかのように頷いた。

やれることをやろう。

少しずつでも。

一歩ずつでも。

踏まれても、蹴られても負けない、蒲公英のように。


「椿ちゃーん?」

遠くから近づいてくる聞きなれた声。

「あぁ、ほら、来たわよ?あんたを一番心配してて、大事にしてる奴が♪」

ブラウの声に気付いたロートがくすくすと笑って告げた。

「な…!じょ、冗談やめてください!!」

椿は焦ったようにロートに言う。

尚もロートは笑っていた。

「あ、椿ちゃん、居た居たっ!探しちゃったよ~」

「…さっきは、ごめん……つい…」

「いやいや、あれは俺にも責任あるでしょ?だから、おあいこ、ね?」

「……うん、そうだね」

ブラウの穏やかな声に、椿は小さく笑って頷いた。

「それじゃ、そろそろ帰ろ?色々、教えなくちゃいけない事もあるし」

「うん。…佐野さん、ロートさん、ありがとうございました。やれるだけ、やってみますから」

「あ、あの…また、何かあったら…その……相談、してくださいね…?」

「決めたからには、しっかりやんなさいよ?また泣き言聞くのなんて御免だし」

「はい」

椿はしっかりとした口調で答える。

きっと決意は決まったのだろう。

そしてブラウと共に去って行った。

「…男と女の関係って…複雑だよねぇ…」

「男と女の関係…ですか…?」

「ん?あぁ…桜はまだ知らなくてもイイコトよ。いや、寧ろ…桜ほど、純粋な子って今時珍しいし……もういっそ、ずっとそのままで居て!って感じだし~…」

「…何だか、意味がよく判らない、です…」

「判んなくていーのよ。さて、と…あたし達も帰ろっか。錬金術について、桜にはもっと詳しく教えないといけないし」

「あ、はい」

何処かロマンスでも追い求めてるかのようなロートに追いつけない桜。

だが、そのアンバランス差もいいのだろう。

二人は自室へと戻って行った。


・・・・・


『雰囲気が、あいつの妹そっくり……あいつが扱いに困ったり、接し方に悩むのもよく判る気がするわ…』

自室に戻ったロートは独り、思っていた。

何かを懐かしむ様に、ペンダントを握りしめて。


・・・・・


『あたしのやれる事…まだ、よく判らないけど……とにかく、目の前の事からやっていかなくちゃ…。明日から、ブラウが魔法を教えてくれるみたいだし……それに、やるって決めたんだもん。もう、迷ったりしない…逃げたりも、しない……あたしにやれるだけの事を…やってみせる…』

決意表明をするように椿はベッドの中で思う。

そしてゆっくり目を閉じ、明日へ備えた。





















三話、終了。

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