悪夢の始まり
二話【悪夢の始まり】
『何時もと同じ生活をする筈だった。なのに、気付いたら全く知らない世界に連れて来られて…大体、あの男、何者なの?あたしの事や、姉さんの事知ってるし…その癖、自分の事とか、この世界の事に関しては、話を逸らす様にするし……一体、何なのよ…』
・・・・・
コンコンとノックの音が部屋に響いた。
椿は怪訝そうにドアを見た。
やってくる人物は限られているからだ。
「椿ちゃーん♪制服のままじゃ、アレだしさ?着替え持って来たよ♪」
金髪の男が上機嫌にドアを開けて入ってくる。
椿は『やっぱり…』と思いながらも、
「…どうも」
と、会釈をした。
機嫌悪そうに。
「あれ…?もしかして、ご機嫌ナナメ?……そ、そんな怖い顔してると~…せーっかくの可愛いお顔が台無しだよ?」
男は空笑い。
それでも明るく、話しかける。
「……何か、他に用事ですか?」
椿はあしらうように告げた。
「あー…いや…この世界の……っていうか、此処の案内をしようかなー…なぁんて、思ってたり…」
男は空笑いのまま言う。
どこまでも胡散臭い、と椿は思った。
「…判りました」
「き、機嫌直してくれない…かなぁ?」
「……」
「つ、椿ちゃーん…?」
「……あの」
椿は自身で沈黙を破った。
男は少し焦り気味だった表情から笑顔に変わる。
「あ、何々??」
「其処に居られたら、着替え、出来ないんですけど」
「へ?あ…わ、悪いっ!」
椿の淡々とした言葉に、男は慌てて部屋を出た。
『…何なの、あの人……』
ため息交じりにそう想いながら椿は着替えていく。
見慣れない服だった。
ローブのような、薄い桃色の服だった。
椿はよくわからないが、男も似たような恰好をしていたな、と想い制服を脱いで着替えた。
しばらくして着替えて椿が出てくると、男が明るい笑顔を向けてきた。
「…これで、いいですか?」
「ん?お、似合うじゃん♪うんうん、いい感じ~♪」
「……どうも、有難う御座います」
「さ、さて…とりあえず案内をするよ。っても、大した場所じゃないんだけどさ。あ、ちなみに俺はブラウ。よろしくね」
男――ブラウは明るく告げた。
内心は椿の素っ気ない態度に困っているようだったが。
「…はい」
それでも椿は淡々とした言葉を返すだけだった。
二人は建物の中を見て回った。
椿にとっては、視たことのないものがあふれていたりして不思議な感覚だった。
「…と、まぁ…こんな感じかな?んで、此処が会議室。そろそろ人が集まるだろうし…皆に、椿ちゃんの紹介をしたいからさ、中、入ろ?」
「…あ、はい…」
椿の返事にブラウは頷き、会議室のドアを開けた。
「多分、皆来ると思うんだけど…」
「…?どうかしたんですか?」
「あ、いや…何でも、ないんだけど…」
何処か落ち着かない様子のブラウに椿は首を傾げた。
さっきまであんなに明るかったのに、と思って。
そんな考えの最中、会議室の扉が開いた。
「あら、ブラウじゃない?やっほー、お久しぶり♪相変わらずマヌケ面ね~?」
「げ…ロート…」
「ん?あっら~?新入りちゃん?やーだ、かっわいー♪」
ブラウは嫌そうにしていたが、ロートと呼ばれた赤の髪をツインテールにした女性が入ってきた。
そしてからかうように椿に話しかける。
「…あ…は、はじめまして…」
「あ、でも、ブラウと一緒って事は……なーるほどね~。ブラウ、いい子を見付けたじゃない?」
ロートの明るさに少しうろたえる椿を見て、くすくす笑うようにロートは言う。
「うるせーよ…。そっちこそ…お前が会議室に来るなんて、珍しいじゃんか」
ブラウはロートに怪訝そうに告げた。
椿は二人を見ながら、仲が悪いんだろうか…などと考えていた。
「あーら、此処に来る理由なんて決まってるじゃなーい?見付けてきたのよ、救世主を、ね?」
「…あっそ…」
「…救世主…?」
椿は二人の会話から聞きなれない単語を耳にした。
救世主。
それは一体…?
「あら、貴方…なーんにも知らされてないの~?やぁねぇ…ブラウってば、あいっかわらずお間抜けさんなんだから♪」
「こ、これから説明しようとしてたんだよ!」
「あー、はいはい。ま、先にウチの方を紹介するわね?さ、入って?桜」
ブラウはあしらうようにして、ロートは名前を呼ぶ。
ゆっくりと会議室の扉が開いて、眼鏡をかけた黒髪の少年――ロートに桜と呼ばれた人物が入ってきた。
「えっ、あ、あの、うわ…ぼ…ボク……だから…その…佐野……で…桜…です」
「もう、桜ってば…そんなに上がらなくていいって云ったじゃない」
非常に上がった様子の桜に、ロートはため息交じりに告げた。
桜はびくっとしながらロートを見る。
「…ま、いいわ。で?そっちの子、名前は?」
ロートは尚もため息をつき、椿を見た。
「…あ、あたしは…」
「お静かに。会議の場での私語は慎む様、お話してある筈ですが?」
椿が自己紹介しようとした瞬間、女性の声が遮った。
いつから居たのだろうか。
椿と桜は驚いたように相手を見ていた。
「ク、クヴェレ上官…!」
『げ、クヴェレ…』
緊張した様子のブラウと対称的にロートは嫌そうな顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「……申し訳ありません、クヴェレ殿」
そして淡々と告げた。
「まぁ、宜しいでしょう……他の者も、もうじき参ります。それまで静かにお待ちなさい」
クヴェレと呼ばれた女性は冷静に告げた。
「承知しました、上官」
「はーい…」
畏まった様子のブラウと、嫌そうにしているロート。
この二人はあくまで対称的だった。
「じゃ、じゃあ、椿ちゃん。其処、座って?」
「え?あ…はい…」
緊張した面持ちのブラウに椿は不思議そうにしながら席に座った。
「桜、貴方は其処に座って」
「あ、は、はい」
そしてしばらくするとまた会議室の扉が開いた。
「あ、失礼しまーす」
「失礼します」
背の小さな桃色の髪の少女と、背は普通ぐらいの栗色ロングの髪の少女が入ってくる。
「ゲルプ、そして救世主殿、どうぞお入りに…。挨拶は、後にしましょう。今はお座り下さい」
「あ、はい。じゃあ、由佳里、其処に座ろ?」
「えぇ…」
ゲルプと呼ばれた桃色の髪の少女は、栗色の髪の少女を由佳里と呼び、席に座らせた。
そしてまた暫しの刻。
会議室の扉が開かられた。
「邪魔しまーす」
「…失礼します」
「あ、お邪魔します」
紫の髪のがたいのいい男性と、薄青の髪をした少年少女が入ってきた。
少年少女はぱっとみでは区別つかないだろう。
「ようこそ、ヴィオレットに、お二方。どうぞ、お座り下さい」
「海、波、空いてるとこ座っとけ」
「はい」
「失礼します」
ヴィオレットと呼ばれた紫の髪の男は薄青の髪の少年少女――海、波に告げて席に着いた。
「皆、揃った様ですね…。では、お話を始めましょうか。…あぁ、その前に…救世主の皆様、私はクヴェレ=シュヴァルツ。【魔法協会】の者です。皆様を、此処へお招きしたのは他でもない…私達、【魔法協会】の者です」
「魔法、協会…?」
聞きなれない協会名に椿は首を傾げた。
他もそうだろうと思ったが、どうやら首を傾げたのは椿だけのようだった。
「はい。実は…此処、13の支配する世界では、現在大変な事が起こっています。13の世界…それは、3つの派閥に分かれていました。3つの派閥は、お互いを敵視していました。いずれ、世界を自分達の派閥で支配しようとしていたのです。…しかし…ある時、3つの派閥の一つ、聖職者の集まりである【教会】が、神を造り上げたのです…」
「3つの派閥?教会?神…?」
椿にはちんぷんかんぷんだった。
しかし他の人たちは淡々と聞いている様子で。
椿は自分だけが知らないのか、と少し焦ってしまった。
「はい。神を造り出すなど、禁忌中の禁忌。私達、【魔法教会】…そして、もう一つの派閥【錬金術連合】は、その神を消す為に、色々な手段を取ってきました。しかし…神を消す事など、出来なかった」
「…信じられない…」
「そうでしょうね…俄かには、信じられる話ではありません。しかし、事は重大です。その為、私達、【魔法協会】と【錬金術連合】は、お互いの争いを止め、一時的に手を結ぶ事になったのです」
「…それで…あたし達に、何の関係が?」
信じられない様子の椿が問う。
魔法、錬金術、神…。
全く訳が分からなかった。
「貴方方、異世界の方は救世主なのです。…詳しい話は、後々お話致しましょう。いきなり全てを話しても、混乱を招くだけです」
「……既に混乱気味ですけど…」
椿は聞こえない様に呟いた。
「さて、では…自己紹介をしておきましょうか。ブラウ、貴方から」
「あ、はい、上官。…俺は、【魔法協会】の一人、ブラウ=シュターン。クヴェレ上官の下で働いてて…今回、異世界に救世主を探しに行く任務を携わった者です」
椿の知っている明るい様子の彼ではなく、真面目にブラウは立ち上がって告げた。
「…ブラウってば、きもちわるー…」
そんな横槍を入れたのはロートだった。
「う、うるせぇっ!」
ブラウは小声で言い、椅子に座った。
入れ替わるようにロートが立ち上がる。
「ま、いーや。あたしはロート=ヒンメル。【錬金術連合】の者よ。ブラウとか、其処の辺に居る奴等同様、救世主を探す任務についてたの」
「其処の辺の奴等って…酷いよ、ロート…。…あ、僕は、ロートと同じ、【錬金術連合】の一人、ゲルプ=ブルーメです。救世主を探しに行ってました」
ロートに続くようにゲルプが立ち上がって挨拶をする。
そんなゲルプにロートはくすくす笑った。
「【錬金術連合】一の、泣き虫でお子ちゃま、なのよね~?」
「ち、違うよ!…ロートの意地悪!!」
今にも泣きそうな声でゲルプが言った。
「あー、うっせぇなぁ…。っと、俺は【魔法協会】の一人、ヴィオレット=シュリッツァーだ。いっちゃあなんだが、そこ等の奴より、全然腕が立つぜ」
すると、横槍を入れるようにヴィオレットが立ち上がって挨拶した。
「…ただの負けず嫌いの癖に…」
「ブラウ…てめぇ、喧嘩売ってんのか」
「お前に喧嘩を売ってる暇なんて、ないっつーの」
「てめぇ…!」
ぼそり、と呟いたブラウの言葉はしっかりヴィオレットに聞こえていて。
其処はまるで一触即発の雰囲気だった。
それを制したのは――
「静かにしなさい。…以上が、救世主を探す任務に当たっていた者達です。では…救世主の皆様、其方も自己紹介を願えますか?」
クヴェレだった。
諭すように告げた後、何処か優しそうに椿達に言う。
「…自己紹介、っていわれても…」
「いいじゃない。一応皆で自己紹介。ね?じゃあ、まずは私から。私は田宮由佳里。高校二年よ。ゲルプに云われて、此処へ来たの」
椿が困った様子でいると、由佳里が助け船かのように言葉を紡いだ。
「あら、ゲルプが連れて来たにしては、随分落ち着いた子ねぇ……まぁ、いいわ。ほら、桜、貴方も」
ロートは少し驚いたよう言うが、自分の【救世主】にも自己紹介を促した。
「あ…ボ、ボクは…その……佐野…桜、です…。…えっと…ロートさんに云われて此処に……あ、えっと…高校、一年…です…」
「おいおい…随分と上がり症じゃねーか。本当に大丈夫なのかよ…。やっぱ、うちが一番だろーな。な、海、波!」
「僕は、仲原海。高校一年です。始めまして、どうぞ宜しく」
「私は、仲原波です。海は、双子の兄で…。兄共々、宜しくお願いします」
ヴィオレットは勝ち誇ったかのように自分の【救世主】に自己紹介を促す。
海は何処か面倒そうに。
波は礼儀正しく告げた。
「…ヴィオレットの連れて来た子達の割に、すげぇ礼儀正しい…。あ、っと…椿ちゃん、君も、ね?」
かすかに驚いた様子のブラウは椿に自己紹介を促す。
「…河野、椿……高校二年です…」
何を言えばいいか判らないのか、椿は淡々とした、必要最低限の言葉だけを紡いだ。
「無事、自己紹介も済みましたね。…さて、救世主の皆様…貴方方に問いましょう。私達に、力を貸して下さいますか?」
「…僕は帰りたいんですが。大体、この世界の事は僕等には関係ありません。早く、帰らせてもらえませんか?」
クヴェレに言葉に海が言う。
「おや…それは、困りましたね…。貴方方に帰られては、困るんですよ」
「勝手に困ってて下さい。ほら、波、帰ろう」
「で、でも…」
海は立ち上がり、波に手を差し出した。
しかし、クヴェレは引き下がらない。
「現在の皆様の姿は、錬金術により造られし、ホムンクルス。其処へ意識を入れているだけ。…本当の皆様の体は、私達の手中にあります…意味がお判りですか?」
威圧感。
其れを椿は感じて、ぞくっとした。
「ホムンクルス、って…人工生命体…?でも、どう見ても自分の体…」
由佳里が首を傾げながら自分の体に触れる。
「ホムンクルス自体に、姿はありません。人の意識を流し込み、その意識のままに姿を形成する……ですから、皆様の“本当の姿”と変わりはありません」
「…わざわざ、ホムンクルスっていうのに、意識を入れる必要なんてある訳?姿も変わらないなら、意味無いと思うんですけど」
「皆様の“本当の体”では、魔法を使う事も、錬金術を身に付ける事も出来ません。その為、ホムンクルスを使っているのですよ」
「……つまり、あたし達が反対しても“本当の体”が無ければ、この世界から出られない……そして、体を返すつもりは…無い…」
「簡潔に述べてしまえば、生かすも殺すも、私達次第……もう一度問いましょう。私達に、協力して頂けますね?」
ふふ、とクヴェレは笑った。
そう。
クヴェレは【救世主】に拒否権など用意していなかったのだ。
「…卑怯な奴……判った、判ったよ。やればいいんだろ?」
「…海がやるなら、私も…」
「私は構わないわ。こんな貴重な経験、二度と出来ないでしょうし」
「あ…ボ、ボクも……た、頼まれた以上は…その、ちゃんと…やります…」
海の苛立った感じに波がびくり、としながらも柔らかい声で頷いた。
由佳里、桜も頷く。
「其れは有難い……椿さんも…宜しいですか?」
事務的確認。
椿はそう思った。
「…判りました。約束も、ありますし…一応、やります」
「全員了承頂けた様ですね。では、詳しい話はまた…。判らない事は、皆さんお付の者達にお伺い下さい。では、私は先に失礼致します」
クヴェレはそう告げ、席を立つと会議室を出ていった。
他の人物たちもパラパラと出ていく。
「椿ちゃん、色々あって、疲れただろ?今日は、もう休みなよ」
ブラウは緊張が取れたのか、優しい声で椿に告げた。
「…はい」
椿は小さくうなずいた。
・・・・・
『魔術…錬金術…神?一体、何なの、この世界……。…判らない事ばっかり……でも、姉さんを探せるなら………姉さん…必ず、見付けだすから…』
ベッドに横たわりながら椿は考えていた。
だが姉を見つけ出すと決めた以上、此処で生活するしかない。
椿は覚悟を決めて、目を閉じた。
二話、終了。




