番外編【蒲公英の咲く頃に】
番外編【蒲公英の咲く頃に】
~海、由佳里、波、桜、ゲルプ編~
「わー、すっごいねー!」
辺り一面黄色の花。
蒲公英の花で埋め尽くされていた。
此処は海たちの世界。
ゲルプが遊びに来ていたのだ。
「十三の支配する世界にも咲いてるけど、こんなには咲いてないなぁ」
ゲルプは感心するように呟いた。
「確かにあっちではあまり見なかったわね」
由佳里がお茶を淹れる準備をしながら微笑んで言う。
「そういえばこの間桜さんが蒲公英を沢山植えるって張り切ってましたよね」
波が微笑みながら告げた。
「あ、はい。頑張って植えようと思ってます。いつかあっちの世界も蒲公英で一杯になるといいなぁ…って」
桜が微笑んで告げる。
「へぇ。波、そんな話、僕聞いてないんだけど?いつ聞いたの?」
「え?ちょ、直截ではないけど…その…メール、で…」
「もしかして波と桜って良い仲なの!?」
海の言葉におどおどと返答する波。
その間に割って入ったのはゲルプだ。
「良い仲なんて、そんな…!ただ、メールを、時々、する、ぐらいで…」
「そ、そうですよ!別に僕らは…!」
波は赤くなりながら手を横に振った。
桜も慌てて手を振る。
「へー…波と桜かぁ…お似合いだよねぇ?ゆか…いたっ!」
ぽか、と由佳里がゲルプの頭を叩いた。
「由佳里、何するの…」
「下世話な事聞かないの。失礼でしょう?」
「だって~…」
「それと海。貴方だって聞ける立場じゃないんじゃないの?」
「ぅ…」
由佳里に指摘されて、海は黙り込む。
「え?海?」
波は驚いたように海を見る。
「どうせ波には話してないんでしょう?」
「それ、は…そうだけど…」
「え、なに?」
由佳里と海の会話に入っていけないゲルプと波と桜。
ゲルプと波と桜は首を傾げて二人を見ていた。
「あのね、波、桜、ゲルプ。私たち、半月前ぐらいから付き合ってるの」
「え、えぇ!?」
由佳里の告白にゲルプと波と桜は同時に驚く。
波は海を見るが、海はそっぽを向いてしまう。
「え、え、いつの間にそんな仲になったの!?由佳里!?」
「ゲルプ、落ち着いて?海とはそんなに仲が良かった訳じゃないんだけど…色々話してく内に仲良くなってね?それで自然と…って感じなの」
驚くゲルプを他所に、由佳里は柔らかい感じで言う。
「ほえ~…由佳里と海かぁ…驚いたなぁ…」
「海、どうして話してくれなかったの?」
「…だよ」
「え?」
「話辛かったんだよ!波、いつも携帯弄ってにこにこしてるし!どう切り出せばいいのかわかんなかったんだよ!」
海は逆ギレ状態でまくしたてた。
そんな海に由佳里は苦笑する。
「まぁ、そんな訳だから波も桜と仲良くしてあげて?彼も寂しがり屋だから。海と一緒で。ね、桜?」
「え?あ、あの…えっと…」
「え?あ、はい…」
桜は真っ赤になってうつむいてしまった。
波は由佳里の言葉に思わず頷いた。
「海!由佳里の事泣かしたら承知しないからね!」
「君に言われたくないんだけど…」
ゲルプの言葉に海は冷たく言葉を返した。
ゲルプはガーンといった感じてショックを受ける。
「まぁまぁ皆仲良くお茶にしましょう?折角綺麗に蒲公英も咲いているんだし」
由佳里は微笑みながらランチマットを引き、準備をしていたお茶を用意した。
「そ、そうですね、お茶にしましょう!」
波が微笑んでいう。
そして他の皆も頷き、皆でお茶をすることにした。
願わくば、こんな日常的な幸せが、続きますように――。
・・・・・
~クヴェレ、ヴィオレット編~
「いい天気ですね、ヴィオレット」
「そうだな」
十三の支配する世界中庭。
クヴェレの車いすを押しているヴィオレットの姿があった。
「…ヴィオレット、これは?」
「ん?」
クヴェレが地面に咲いている花を手に取った。
黄色い、花を。
「あー…なんだったかな…蒲公英…つったか?」
「蒲公英…」
「クヴェレは見るのが初めてだったな、確か」
「えぇ…貴方は見たことがあるのですね」
「救世主の桜が育ててたのを見たことがあるんだよ。で、波が飾ってたのを覚えてる」
「そうですか…小さいけれど…綺麗な花ですね…」
クヴェレは蒲公英を見ながら微笑む。
そんなクヴェレを見てヴィオレットも思わず微笑んだ。
もう、昔のクヴェレは居ない。
冷徹で、冷酷なクヴェレは。
人を殺してまで人の上に立とうとするクヴェレは、居ないのだ。
「…ヴィオレット?どうしました?」
微笑んでいるヴィオレットを見て、クヴェレは不思議そうに首を傾げた。
「ん?いや、なんでもねぇよ。倖せだな、って思って」
クヴェレの髪を撫で、ヴィオレットは優しく微笑んだ。
「そうですか。…えぇ…倖せ、ですね…こんなにも身近にあったものなのですね…私はそれに気付かず遠ざけていた…手を少し伸ばせば届く距離にあったものを…自分で遠ざけて……気付くのが遅すぎましたね…」
クヴェレは何処か哀しげに告げた。
その声は今にも泣きそうだった。
ヴィオレットはそんなクヴェレを優しく抱きしめる。
「ヴィオレット…」
「遅いなんてことはないんだ、クヴェレ。確かに俺たちは過ちを犯した。でもやり直せるんだ。今でも間に合うんだ。何度だって、何度だって、倖せは掴めるんだ。だから…だから諦めることだけは、しないでくれ」
ぎゅっと強く、それでいて優しく抱きしめながらヴィオレットは言う。
クヴェレは回された腕にそっと触れ目を閉じ、頷く。
「えぇ…ヴィオレット…。貴方についていきます…もう過ちを繰り返さない様に…貴方とこの世界で倖せになるために…」
閉じた瞳から涙が一筋こぼれた。
クヴェレは倖せを感じていた。
今までにはない程の倖せを。
満たされなかったものを満たしてくれるのは、ヴィオレットだった。
それだけは忘れてはいけない、と自分に言い聞かせた。
そして、この腕だけは決して――離してはいけない、と強く思っていた。
・・・・・
~ロート、ヴィント編~
十三の支配する世界、教会跡。
ジャリ…と音を立ててロートが歩いている。
蒲公英が一本、咲いていた。
強いのね、とロートは思う。
そして。
「ヴィント…」
戦いの日が、懐かしかった。
ロートはそう思っていた。
あの日、ヴィントは死んだのだろうか。
自分の嫌な予感はよく当たる。
だとしたら、ヴィントはもう、居ない。
だけどそれは、その予感だけは外れていてほしい。
あの時残っていたのはヴィオレットだけ。
指輪だけを残して、ヴィントの姿はなくなっていた。
ならば、ヴィントが生きている可能性もある。
もしも。
もしも本当に神様が居るのならばどうか――。
ジャリ…。
「!?」
不意に足音が聞こえた。
ロートは慌ててそちらを向く。
其処には――
「ロート」
優しい笑顔のヴィントが立っていた。
「ヴィン、ト…?」
ロートは眼前の光景が信じられない、という風に首を傾げた。
本物、なのだろうか。
生きていたのだろうか。
ヴィオレットは殺さないでいてくれたのだろうか。
「本物だよ、ロート。触ってみるかい?」
くす、と笑ってヴィントがロートに近づく。
そしてロートの手を握った。
「ヴィント…」
「…あの日…ヴィオレット、だっけ?彼がね…」
・・・・・
『…殺さないのかい?』
『殺された事にしといてくれ。いつか…多分あんたが出てこれる日も来る』
『?どういう…』
『今は何も聞かないでくれ。今は…俺の言葉に従ってくれ。悪いようにはしない』
『…わかった』
・・・・・
「て、訳でね。身を潜めてたんだよ」
「そうだったんだ…」
ヴィオレットは薄々気付いていたのかもしれない。
いつか、クヴェレの悪事が止められることが。
それならば、被害は少ない方がいいと、ヴィオレットは考えていたのだろう。
「ヴィオレットのやつ…」
「でも、彼のおかげで、また、君に逢えた」
「それはそうだけ、ど…!」
ロートが言葉を言い終える前にヴィントがロートを抱きしめた。
突然の事に、ロートは驚きを隠せなかった。
「ロート…君に、逢いたかった…逢って、抱きしめたかった…」
「ヴィ、ヴィント…?」
「三年前も後悔してた…魔法協会へ、俺が移れば良かったのはわかってた。でもそれが出来ない理由もあったんだ、色々と。だから…君を手鼻さければいけないことが、悔しかった」
優しく強く、ヴィントはロートを抱きしめ続ける。
「今…こうしてるじゃない。それでいいじゃない。今倖せなら…それでいいじゃない…」
ロートはヴィントの背に腕を回し、小さく笑った。
ヴィントは驚いたようにロートに顔を向ける。
「確かにあの日の事も、三年前の事も悔やむことはいっぱいあるわ。でも、大事なのは今でしょ?あたしはそう思うんだけど?違う?」
「そう…そうだな。ロートの言うとおりだ。君は本当にいつでも正しいな」
「当たり前でしょ?」
くすくすとロートとヴィントは笑い合う。
そしてヴィントはロートから少し離れる。
「ロート、指輪は持ってるかい?」
「え?えぇ…はい」
ロートはヴィントに貰った指輪をヴィントに渡す。
ヴィントは膝をつき、ロートの左手を取る。
「ロート、俺と結婚してください」
「え!?」
「駄目かい?」
突然の事にロートは戸惑いを隠せない。
ヴィントは首を傾げた。
ロートは暫し考え、少し恥ずかしそうにして、
「…いいわよ、あんたと結婚出来る奴なんてあたしぐらいなんだから!」
と、言ってのけた。
ヴィントはくす、と笑ってロートの左薬指に指輪を嵌めた。
「よろしく、ロート」
「よ、よろしく…」
またぎゅ、と抱きしめ、ヴィントは言った。
ロートも恥ずかしそうに言った。
二人ならきっと怖くない。
この先の、未来も永遠に――。
・・・・・
~椿、ブラウ編~
椿の世界。
ブラウが遊びに来ていた。
「ねぇ、椿ちゃん、あれは何?」
「え?あぁ、あれは電車」
「デンシャ?」
「うーんと…人を乗せて走る高速の乗り物?」
「へー、凄いね!」
うまく説明できない、と椿は自分を恨んだ。
だがブラウにとっては何もかもが新鮮で、嬉しそうだった。
そんなブラウを見るだけで、椿は倖せだった。
再開して以来、行ったり来たりを繰り返している。
その度に知らなかったことを知ったり、さらに深く知ったり、としていた。
そんな生活が椿は嬉しかった。
だが一つ不満もあった。
ブラウが、突然来ていることだ。
テレパシーが使えるのに、ブラウは突然来る。
サプライズ、とブラウは言うが、何の用意もしていないと、椿は焦ってしまうのだ。
例えば、学校から帰ってきたとき。
玄関を開けるとブラウが待っている。
しかも暗い中で。
それはそれは驚きだし、正直怖い。
だが当の本人は『驚いた?』とのほほんとしている。
多少怒るが、それでも許してしまうのは惚れた弱みだろうか。
「椿ちゃん?」
「え?あ、ごめん、何?」
つい考え込んでしまっていた椿は声をかけられ慌てて顔を上げた。
何度も呼ばれていたのだろうか。
だとしたら、とても失礼な事をしてしまった。
「いや、何か真剣な顔してたからさ。何かあったのかなーって」
「あ、ううん。なんでもないの。ちょっと考え事っていうか…なんていうか…」
「?」
まさかブラウのサプライズについて考えてたとは言いにくい。
ブラウは良かれと思ってやってくれているわけだし…と椿は思った。
「…あ、椿ちゃん」
「え、な、何?」
「目、閉じて?」
「え?」
「いいから!」
「う、うん」
ブラウに言われるがまま、椿は目を閉じた。
またサプライズだろうか…と椿は思った。
すると何かが髪に刺さった感覚があった。
「いーよ、目開けて!」
「?」
椿は目を開く。
だがこれと言って変わりは…。
「はい、鏡!」
「あ…蒲公英?」
ブラウに渡された鏡を覗くと、自分の髪に蒲公英が刺さっていた。
「椿ちゃんの髪、黒いから黄色の蒲公英が栄えるね!」
「あ、ありがとう…」
「…今度は本物、あげるから…」
「え?」
「あ、なんでもないよ!」
ブラウが何かを呟いたようだったが椿には聞こえなかった。
椿は首を傾げるが、ブラウははぐらかしてしまった。
『なんだったんだろう…』
椿は不思議に思うが、あえて聞くことはしなかった。
いつか、話してくれると思ったからだ。
「ね、椿ちゃんはさ、指輪とか、好き?」
「指輪?」
少し聞きにくそうに聞いてくるブラウに首を傾げる椿。
椿は少し考える。
「嫌い…ではないけど?」
「良かった!」
椿の曖昧な答えにブラウは喜ぶ。
『あんな答えで良かったのかな?』
椿はまた不思議そうに首を傾げた。
「あ、あのさ…」
「何?」
「これ、貰ってくれないかな…」
そう言ってブラウが取り出したのは白い石のついた指輪だった。
「指輪…」
「き、気に入らなかったら言ってくれていいから!」
珍しくブラウは慌てていた。
椿は少し考えてから指輪を手に取り右手の薬指に嵌めてみた。
「わ、ぴったし」
「そりゃ、オーダーメイドだし…」
「綺麗だね」
「き、気に入ってくれた…?」
「ブラウ、これ買うとき凄い考えてくれたでしょ?」
「ぅ…」
椿の言葉にブラウは言い返せなかった。
それはそれは考えた。
何度も何度も店を出たり入ったりした。
それに石もどれがいいか何時間もかけて選んだ。
ブラウは相当真剣だったのだ。
「それが、凄く嬉しい。だから気に入ったよ、これ」
「ほ、ホント!?」
「うん。それにブラウがくれるものは何でも嬉しいし」
椿は微笑んで言った。
ブラウは嬉しそうにする。
「ありがとう、ブラウ」
「へへ…」
こんなにも大事にされたことがあっただろうか。
椿はそんな事を考えていた。
自分のために命をかけてくれる人。
椿もブラウのためなら命をかけれる、と思った。
「ブラウ、帰ろうっか。ご飯にしよう?」
そっとブラウの手を握り、椿は言った。
ブラウは驚きながらも椿の手を握り返し頷いた。
「椿ちゃんの料理は美味しいから何にしようか迷うな」
そんな夫婦みたいな会話をしながら夕空の下を二人歩き出す。
いつまでも、いつまでも。
こんな日々が続きますように。
どうか皆の倖せが永遠であります様に――。
―終幕―