サヨナラは要らない
最終話【サヨナラは要らない】
そして、一ヶ月の月日が流れた。
『こうして、あたし達、救世主、と呼ばれてた皆は元の世界へ帰った。帰ってから知ったのは、救世主の皆の学校や家が、意外と近くだ、って事。だから、あたし達は帰ってきてからも頻繁に逢ったりしてた。13の支配する世界で起きた事や、自分達の今の状況とかを話したりして。…それと、ブラウには云わなかった事が一つある。勿論、他の皆は知ってる。ブラウには秘密にしておいた計画。それを、実行する日が…やって来た』
・・・・・
「あれ?ヴィオレット、此処にあった書類何処行った?」
「あぁ?知るかよ、んな事。こっちはこっちで手一杯なんだ、っつーの」
「マジかよ…あの書類失くしたのがバレたらクヴェレ上官に絶対怒られるってのに!」
ブラウは焦っている様子だった。
ガサガサ、と書類を探す音がし。
「…なぁ?やっぱよ、救世主が居なくなって、淋しいか?」
不意にヴィオレットがブラウに問いかける。
「へ?な、何だよ、いきなり…。…そりゃ、淋しいに決まってるだろ?でも、仕方ないんだ、皆はこの世界の住人じゃないんだから…」
「でも、何時だって逢えるだろ?」
「ん?あぁ…そうだな。心はずっと繋がってるから…何時でも傍に居れるよ」
ブラウは心底笑って答えた。
「おいおい、誰がお前の心中の話なんかしたんだよ。そーじゃなくて実際逢えんだろ?」
「は?何云ってんだよ、お前。頭おかしくなったか?」
「…お前、まさか知らねーのか?」
「何をだよ?」
「…あー…いや、何でもねぇわ。忘れろ」
「何だよ、それ。云いたい事があるならハッキリ云えよ」
「何でもねー、何でもねー」
苛立った様子のブラウを軽くあしらうヴィオレット。
こういう風景も懐かしいと言えば、懐かしかった。
「お前なぁ…ハッキリ云えっての!」
バンッ!と、ドアの開く大きな音がし。
「やっほ~♪相変わらず忙しそうねぇ?」
「書類に向かってる姿、似合わないよねー、ブラウとヴィオレットって♪」
ドアを開けて入ってきたのはロートとゲルプだった。
ロートは嫌味たっぷりに。
ゲルプは元気いっぱいに言ってのけた。
「似合わなくて悪かったな…仕事なんだから仕方ねぇだろ?」
「っていうか、ロート、お前、錬金術連合空けていいのか?爺さんの跡を継いで、錬金術連合の統治者になったんだろ?」
ヴィオレットが面倒臭そうに返事をすると、ブラウがロートに首を傾げて告げた。
「ん?あぁ…っていうか、統治者、って云っても、前みたいに統一者が全てを決める訳じゃないし?皆で協力してやってるからね、別に連合を空けてても問題はないわ」
ロートは軽く笑いながら答えた。
「そっか…そーだよな。この世界も随分変わったもんな…最初の内は皆困惑してたけど…やっぱ、一ヶ月も経つと皆も変わってくよな」
一ヶ月。
そう、あれから一ヶ月も経ったのだ。
短いようで長い、一ヶ月が。
「そーいう事♪それでね?今日来たのは、世界の安定も一段落したから、パーティーでもやろう、って話になったから、お誘いに来たんだ~♪」
「お、いいなぁ。俺は賛成だぜ」
ゲルプのお誘いにヴィオレットは書類を置いて賛成の意思を示した。
「何云ってんだよ、ヴィオレット。俺等、この書類の片付けを早く終わらせなきゃいけないんだぞ?パーティーなんかに参加してる場合じゃないだろ」
ブラウはそんな」ヴィオレットにため息交じりに告げた。
「それならご心配なく。クヴェレの許可は貰ってあるんだから。クヴェレも来るしね?」
ロートはふふん、と笑った感じで言う。
「クヴェレ上官も参加するのか?…いや、でも…俺書類が…」
「あぁもう、優柔不断なんだから!参加すればいいだけの話でしょ!」
戸惑うブラウにロートが苛立って言う。
「だ、だけど…」
「はーい、ブラウ参加決定☆さ、会場に行こ~♪」
「は!?いや、ちょっと待てって!痛っ…あんま腕引っ張んなー!!」
ゲルプ、ブラウの腕を引いて歩き出し。
ロート、ヴィオレットは後から着いていく。
そして会場到着。
「此処が会場でーす♪」
ゲルプが明るく言い放つ。
「随分遅かったですね」
先に居たクヴェレが苦笑交じりに言う。
「あぁ、ブラウの奴が駄々こねやがって……あ、いや、捏ねてまして…」
「良いですよ、ヴィオレット。何時も通りで。…そっちの方が、貴方らしいから」
「…そ、そうか?なら、いーんだけどよ…」
クヴェレは柔らかい感じでヴィオレットに言う。
クヴェレとヴィオレットはあれ以来普通の恋人になっていた。
上官と部下、という関係もそのままだが、それ以上の関係なのだ。
更にクヴェレはあの戦いで足を悪くし、車いすの生活を余儀なくされ、ヴィオレットが面倒を見ていた。
「…ところで、パーティーって云う割には、何だか人が少ないな」
ブラウが辺りを見渡して言う。
「良いところに目をつけたね、ブラウ!では、此処でスペシャルゲストの登場でーす☆」
そんなブラウをゲルプは見逃さなかった。
張り切って元気よく声を上げた。
「スペシャルゲスト?」
きょとん、とした声をあげるブラウ。
すると奥にあったカーテンが開く。
「…ブラウ、久し振り。元気だった?」
「え…?つ、椿ちゃん!!?」
ブラウがカーテンへ目を向けると、椿を含む救世主達五人が立っており。
「実は私達、元の世界へ帰る前に、ある薬を飲んだんです。ロートさんが調合してくれた薬を。効果は、時空転移です。ただ、時空転移が出来る様になるまで、一ヶ月かかっちゃって…。でも、是からは、何時でも私達は此処へ来る事が出来るんです」
由佳里が説明をする。
「ブラウと最後に話した時には、もう薬を飲んだ後で…効果も知ってたんだけど、ロートさんが、折角だから驚かせた方がいい、って云ってたから、ブラウには云わなかったんだ」
椿が苦笑交じりに言った。
「え、いや、是ってマジ?夢じゃなくて?って、夢な訳ないか、俺さっきまで雑務してたし……いや、でも…??」
「偉大なる錬金術師・ロート様を敬いなさい?こーんな良い薬を調合してあげたんだから」
「ロートさん、駄目ですよ、邪魔しちゃ」
桜が苦笑交じりに自信満々のロートに言う。
「はいはーい。判ってるわよ」
ロートは軽い口調で言った。
「…夢…じゃないよね?本当に」
「当たり前じゃない。…一ヶ月、長かった……ブラウに、早く逢いたかった」
「……椿ちゃん………俺も、逢いたかった……」
椿とブラウはお互いに見つめ合いながら照れ合いながら話をする。
「…これから、逢いたくなったら直ぐ来るから。あ、それから…ロートさん達が、もう一つ薬を調合してくれるらしいの」
想い出したかのように椿が言う。
「もう一つ?」
「テレパシーが出来る様になる薬みたい。…だから、ブラウも、逢いたくなったら…呼んで?直ぐに逢いに来るから」
「…あいつ、そんな薬まで……そっか…こりゃ、マジでロートを敬わなきゃいけないかもな」
「本当だよね」
二人は冗談ぽく笑い合いながら話を進めていた。
「元気そうだね」
「あぁ、お前等も…マジ元気そーで良かったぜ」
「クヴェレさんも…お元気そうで、何よりです」
「えぇ…あの時はお騒がせしてすみませんでした」
海と波に謝罪をするクヴェレ。
しかし海は――
「過去の話なんて、どうでもいいよ。今が平穏ならね」
と、何処か優しい口調で言った。
「…絶対厭味でも云うと思ったのに…海、お前…何か変わったな」
「そうなんです。海ってば、あれから随分変わって…昔みたく、優しくなってきたんです」
波は嬉しそうに言う。
昔みたいに、海が優しくなってくれて良かった、と。
「へぇ……良かったな、波!」
次の瞬間、ヴィオレットは波に抱きついた。
「きゃっ…!?」
「…この…変態!波からさっさと離れろ!!」
波からヴィオレットを引き剥がし、蹴り飛ばす海。
「いってぇ…!…そーいう所は変わってねぇのかよ」
「…ヴィオレット」
何処か怒った様子でクヴェレがヴィオレットを呼ぶ。
「あ、いや…わ、悪かった、クヴェレ!」
「…二人、うまく云ってるみたいだね」
「あいつの手の速さは変わってなかったけどね。…まぁ、平穏そうで何よりだけど」
波が微笑んで告げると、海が少しだけ嫌味を言った後、小さく笑って見せた。
「ゲルプ、元気だった?」
「うんっ!僕、元気だよ?由佳里は??」
「私も元気よ?…ゲルプの事だから、淋しくて泣いてたら如何しようかと心配してたけど」
冗談ぽく由佳里が言う。
「ぼ、僕泣いたりしないよ!!」
そんな由佳里にゲルプが慌てた感じで答えた。
「あら、由佳里逢いたいよぉ、って云って泣いてたのは何処の誰だったかしら?」
「…ロートさん…それって云っちゃっていいんですか?」
嫌味っぽく口を挟んだのはロートだ。
桜が苦笑する。
「ロ、ロートの莫迦!云わなくてもいいじゃんかー!!」
そしてゲルプが慌ててロートの口をふさごうとするがロートは逃げてしまった。
「…変わらないわね、ゲルプ」
「ロートさんも、変わってないです…皆さん、元気そうで何よりですね」
「本当…皆、変わらないわ。それに…凄く平和そう…良かった」
由佳里と桜が微笑んだ感じで会話をする。
何も変わっていない。
だが平穏になった。
そんな感じのするのが、今の十三の支配する世界だった。
「あ、そーだ!皆、折角だから乾杯しよっ!」
「そうですね…再会を祝して…」
ゲルプの提案にクヴェレが賛成をする。
「それじゃぁ…」
「乾杯!」
そしてゲルプの掛け声に合わせて全員で乾杯をした。
・・・・・
「…彼女達には、この先どんな未来が待っているかは判らない。きっと、苦難もあると思う。けれど、彼女達は独りではない…だから、きっと平気。…どうか、この世界の人達に……彼女達に幸福を。全ての世界の平穏が…永遠に続く様に。……彼女達に、サヨナラは要らない筈だから」
最終話、終了。