最終決戦
十二話【最終決戦】
「…だから云ったじゃねーか。救世主に私情を挟むな、ってよ」
呆れた声でヴィオレットがブラウに言う。
ブラウは横たわり息を荒げながら切り返す。
「……自分でも、気付かない内に…こういう気持ちになって、たんだ……俺は…後悔してない……」
「ヴィオレット…余り苦しませては可哀相です……息の根を止めて差し上げなさい」
クヴェレが冷静に冷酷に告げた。
ヴィオレットはそんなクヴェレに頷く。
「了解しました。……悪ぃな、お別れだ、ブラウ。……貫け、我が敵を…凍て付く刃よ…」
『……椿ちゃん…』
少し悲しそうに名前を思い呼び、ブラウは目を閉じた。
「…アイシクルソード!」
氷の剣が、ブラウに向かって放たれた。
「具現せよ、火の壁…ファイアウォール!!」
突如聞こえた海の声。
ブラウの目前に火の壁が現れ、氷の剣とぶつかり相殺される。
「…今の声…!?」
払われた火の壁。
其処にはもう一つの世界へ行った筈の7人の姿。
「じゃーん♪見たか!救世主の力!」
ゲルプが威張るように元気よく言った。
「あんたが威張るな、っての…」
そんなゲルプにロートがため息交じりに突っ込んだ。
「椿、ちゃん…?…何で、戻ってきた……早く、逃げろ…!!」
ブラウは眼前の光景に驚きながらも声を張り上げた。
「…わざわざ戻ってくるか?普通」
ヴィオレットは呆れた感じで呟く。
「戻ってきてくれて有難う御座います。…殺しに行く手間が省けました」
クヴェレは冷笑してる感じで言う。
「…あたし達は救世主として選ばれたんです。なのに、まだ、何も救ってなかったから…戻ってきただけ」
椿はしっかりとした声でクヴェレたちに告げた。
「おやおや…何を仰るかと思えば……莫迦ですね、私が統治者になれば、世界は変わるのです。救世主の救いなど、必要ないのですよ」
「莫迦はどっちだよ。あんたみたいな自分勝手な奴が統治者の世界なんて、直ぐ壊れるのが判んない訳?」
「世界は、平等であるべきです。…でも貴方では、平等にする事なんて、出来ないと思います。貴方は自分の事しか考えてないから…」
「海や波の云う通りだと、私は思うわ。貴方は、世界を統べる器ではない」
「本当に、世界の事を思っているなら…今の貴方の様な行動は…取らないと思います。貴方は…間違っている……でも、それに気付けていないんです」
「確かに、統治者が変われば、世界は変わるかもしれない。だけど…貴方が統べる世界は、何の意味さえ持たない世界になるだけ……自己中心的な人に、世界を統べる力なんて、ある訳ないから。貴方では、世界を良い方向へ変える事なんて…絶対に出来ません」
救世主たちが次々と反論の声をあげていく。
クヴェレは冷笑さえやめ、冷酷な顔になった。
「…良い度胸ですね、私に反発するとは……私からのささやかなお礼です。…今直ぐに殺して差し上げましょう。ヴィオレット、やりますよ」
「了解しました、クヴェレ殿。…恨むんなら、自分達の愚かさを恨めよ?………火の守り神よ、我に御身の力を授けん…鋭き矢となりて、敵を討て……ファイアアロー!」
「させない…!…水よ……我が前に集まり、我等を守りたまえ……アクアフィールド!」
波の防御壁により、ヴィオレットの火の矢は止められ。
「錬金術は調合だけが全てじゃない。それを教えてあげるわ。…ゲルプ、アレは桜より、そっちの救世主様のが得意だと思うから…任せたわよ」
ロートは何処か楽しげにゲルプに告げた。
「お任せあれ♪由佳里!あの岩を使って、アレを!」
ゲルプも楽しそうに由佳里に告げた。
「判ったわ。…錬金術師・田宮由佳里の名において、具現せよ…!」
由佳里は頷き、真剣に唱えた。
「何!?がっ…!」
由佳里が言葉を云い終わると同時に、ヴィオレットの背後にあった岩が人型に具現し、ヴィオレットを殴り飛ばし。
「…具現術…!…薬の調合だけを教える様に云っておいた筈なのに…何故…!?」
クヴェレは驚きを隠せなかった。
何故自分の方針に逆らったのか、と。
「ロートがね、“もしもの時に備えて”教えておくべきだ、って云ってたんだよね。最初は意味が判らなかったけど…ロートは勘付いてたみたいだから、そう云ったんだね。やっと意味が理解出来たよ~」
「ん?あぁ、だって…クヴェレが“薬の調合だけ”教えておけば良い、って云ったでしょ?でも、教会には神様を倒しに行く予定だったのよ?なのに、“薬の調合だけ”なんて、おかしいと思ったのよ。それに…お祖父様から、錬金術を人に教える際には、責任を持って全てを教えなさい、って云われてたし。…お祖父様の教えを忘れてなくて正解だったって今なら思えるわ」
流石お祖父様、と言わんばかりにロートは笑う。
クヴェレは悔しそうな顔をする。
「…貴方を救世主探しの任に就かせたのは失敗だった様ですね……其処まで頭が廻るとは…流石錬金術を発見し、連合を立ち上げた人物の孫なだけはある……ですが、これで終わりだと思わない事です」
クヴェレは悔しそうだが、諦めてはいないようだ。
「…椿さん、貴方はブラウさんの回復を……ボク達で、クヴェレさんやヴィオレットさんは引き止めておきますから」
桜が椿にだけ聞こえるように言う。
椿は一瞬驚くが、
「…判った」
内心は納得できてないが頷いた。
「…降り注げ、星の光…トゥインクルレイン!」
「……我を守りたまえ、闇の壁…ダークフィールド」
「連なり、敵を射抜く矢とかせ、氷柱達…アイシクルアロー!」
「具現せよ、火の壁…ファイアウォール…!」
海と波、クヴェレとヴィオレットの攻撃魔法と防御魔法は強くぶつかり合う。
両者譲らず、といった感じだ。
「じっとしててね?…光よ…全て照らせし光よ、我に治癒術を授けん……キュア!」
椿の使った術により、ブラウの傷が癒え。
「椿ちゃん…」
「話は後で聞くから。今は動いちゃ駄目だよ?傷は癒えたけど…あれだけ出血したんだから、動いたら倒れちゃうかもしれないし……ね?」
「…判った…有難う……」
ブラウは何かを言おうとしていたが、椿の言葉で何も言えなくなってしまった。
苦笑をして頷いていた。
「苦手なんて云ってられる状況じゃないわよね…桜、貴方も具現術を。桜は人型はかなり苦手だったし…そうね、地面を使えばいいわ。判るわね?」
ロートは少し早口で桜に命令を出す。
「あ、は、はい!…錬金術師・佐野桜の名において、具現せよ…!」
桜は緊張気味に返事をし、地面に手を置いて唱える。
桜の言葉の後、地面から柱が何本も一気に出てきて。
「な…!きゃっ!」
「クヴェレ殿!」
柱はクヴェレに直撃し。
ヴィオレットは間一髪で避けた。
「今なら…!…舞い上がれ、黒煙の楔…素早く動きて敵を討て……ダークウェッジ!」
海の詠唱後、黒い鎖が、クヴェレを空中で捕らえた。
「くっ…!
クヴェレは苦しそうな声を上げる。
「くそ…!…深々と降り積もれ、全てを凍らす……ぐっ!」
「錬金術師・田宮由佳里の名において、具現せよ…!」
クヴェレを助けようとしたヴィオレットの詠唱は、由佳里の錬金術によりヴィオレットの背後で具現した人型の岩に、せき止められ。
「…冷たき守り神よ…我に力を授けたまえ……アイシクルレイン…!」
波が魔法を発動させる。
海の魔法と、由佳里の具現術に動きを封じられているクヴェレ、ヴィオレットは避ける事も出来ずに、魔法を喰らった。
「きゃぁぁっ!」
「ぐ…っ!!」
海の魔法は解かれ、クヴェレは地面に落ち。
同時に、由佳里の具現術も解かれ。
「…っ…!」
「…く、そ…!」
クヴェレもヴィオレットも苦しそうな声をあげていて。
「…勝敗は決したわ」
ロートが冷静に告げる。
「でも…トドメをささなきゃ…ずっと、同じ事を繰り返す事になると思う…」
ゲルプが哀しげに告げた。
「そうね……救世主様達、見たくなければ目を瞑ってて」
「ロートさん…」
「あいつはもう動けない。ミスはしないわ」
ロートは短剣を取り出し、クヴェレへ近づき。
「…負ける、なんて……そんな筈…っ…!」
クヴェレは苦しそうに息をしながら何処か混乱している様子だ。
「ロート…お願い」
ゲルプは珍しく真剣だった。
ロートはゲルプの声に頷き。
短剣を振り上げ、クヴェレ目掛けて振り下ろそうとする。
その時。
「止めろ!…っ…止めてくれ!!」
ヴィオレットが叫ぶように声を張り上げた。
「ヴィオレットさん…」
ヴィオレットは這い蹲りながら、クヴェレへ近づく。
ロートは短剣を構えたまま、一歩後退り。
「…愛してるんだ…この人を……だから…頼む、殺さないでくれ…」
「ヴィオレット……駄目だよ、クヴェレは絶対に同じ事を繰り返す。終わらせなきゃ!」
ヴィオレットは珍しく涙目だった。
だがゲルプは反論する。
「俺が…俺が、同じ事は繰り返させない!だから…頼む……!!」
「今更信用出来る訳ないじゃん!…ロート!!」
必死で懇願するヴィオレットに尚も反論するゲルプ。
催促するようにロートの名前を呼んだ。
ロートは何も云わず、再び短剣を振り翳す。
「…や、止めて下さい!!」
波がクヴェレとヴィオレットの前に飛び出した。
「波!?」
ゲルプは驚いた声をあげる。
「ヴィオレットさんは、クヴェレさんの行動を、悪い事だって判ってたんだと思います。それでも…自分も罪を背負う事になるとしても、クヴェレさんの為に行動してたんだと、今なら判るんです。…だから…ヴィオレットさんを信じてあげて下さい!クヴェレさんを、殺さないで……お願いします!!」
「…僕からも、頼むよ」
波は真剣だった。
そんな波を後押しするように海も頼み込む。
「波…海…」
ヴィオレットは驚いたように名前を呟いた。
「勘違いしないでよ?僕は別にあんたや、そいつを許した訳じゃない。…でも、もう一回ぐらい信じてやっても良いかな、って思っただけだし…」
「…私も、信じてあげて欲しい」
「由佳里!?」
「クヴェレさんや、ヴィオレットさんがした事は、許される事じゃない……だけど、今のヴィオレットさんは、信じてあげて良いと思えるの…」
由佳里は何処か優しさを含んだ声で告げた。
「ボ、ボクも…ボクも、信じてあげて欲しい、です……お願いします…!!」
桜も必死に頼み込んだ。
「……あたしからも、お願いします。…ヴィオレットさんだって、次が無い事は判ってる筈です。愛してる人を失いたくなんてない筈…だから、ヴィオレットさんの言葉は信じてあげて良いと思います」
椿も少し間を置いて、頼み込んだ。
「…あんた等、お人好し過ぎ。でも、其処まで云われちゃ、やる訳にもいかないわね」
ロートは短剣を捨て、クヴェレ、ヴィオレットから離れる。
その後、ヴィオレットはクヴェレを抱き締め。
「お前等…悪ぃ…ありがとな…。…クヴェレ…もう終わったんだ、全部…」
「まだ…まだ終わりなんかじゃ……私は世界を…」
「クヴェレ…もういいんだ……もう、いいんだよ…」
ヴィオレットは優しい声でクヴェレに言った。
「全てを支配しようとしないで…もっと別の方法で世界を変えていきましょう?全てを支配して世界を変えるんじゃ、教会がしていた事と変わらなくなってしまいます。…もっと、良い方法がある筈です」
「…っ…」
優しく告げる椿の言葉に、クヴェレは泣き出してしまい、言葉さえ紡げず。
「支配する事が、世界を変えるって事じゃない。…この世界は、根本から変えるべきだと思う。まぁ、手伝える事は手伝ってあげるよ」
「直ぐに変えようとしなくていいんです。ゆっくりと変えていけば…大丈夫ですよ、皆、一人ではないんです……私も、手伝いますから」
「そうですよ。人も、世界も、直ぐには変えれないものです。だから、ゆっくりで良いんです。必ず、変える事が出来る筈です。…ボクも、手伝います。いえ、手伝わせて下さい」
「…貴方は、過ちを過ちと知っています。そして、過ちを繰り返していては、何も出来ない事も…。そんな貴方を、私は信じてます。だから…私達にも手伝わせて下さい。世界を変える、手伝いを」
「…ロートが云うように、お前等…本当お人好しだな……だけど、感謝してる。有難う……もう、こんな事は起こさせねぇ。約束する…」
救世主たちの言葉にヴィオレットが苦笑交じりに言う。
だがそれは真剣で。
過ちをもう犯させない。
愛する人の守り方を、もう間違えない、とヴィオレットは心に誓った。
・・・・・
「結局、最後まで助けて貰っちゃったな」
「あたしは、あたしのしたい事をしただけだよ。それと、伝えたい事もあったし…」
魔法協会の一室。
椿とブラウが机を挟んで座っている。
ブラウは苦笑交じりに言っていたが、椿が微笑んでいう。
だが最後は何やら言いにくそうだった。
「伝えたい事?俺に?」
「うん…その……ブラウ、あたしの事…好き、って云ってくれた…でしょ?」
「え?あ、あぁ……云った、けど…その……」
「…あれって…ホント?」
両者とも恥ずかしそうにしながらも、椿が問いかける。
「あ、当たり前だよ!幾ら俺でも、あんな嘘吐かないって!……俺は、椿ちゃんが好きなんだ。誰より…大事に思ってる」
珍しくブラウは真剣だった。
それだけ、椿が大事なのだろう。
「あ、有難う…。……あたしね、元の世界に戻って…気付いたの」
椿は恥ずかしそうにしながらも、ゆっくりと切り出した。
「気付いた?…何に?」
「…あたしの、本当の気持ちに。あのね…あたし……自分で気付いてなかったけど、ブラウの事…凄く大事に思ってるの。ブラウが、好きだ、って云ってくれたからじゃないよ?…気付かない内に…あたしも、ブラウを、大事に思ってて……その……好きに、なってたみたい…」
「…え…そ、それ…本当?」
「あ、あたしは…嘘吐くの、嫌いなの。……貴方が、好き。本当だから」
ブラウが身を乗り出して聞くと椿は恥ずかしそうにそっぽを向いて答える。
だが目線だけは、ちゃんと合わせて。
「椿ちゃん……有難う。凄く嬉しいよ、俺」
「…あたしも、嬉しい。あたしは死んでもいいと、ずっと思ってた……でも、今は違う。あたしを好きだって云ってくれて…大事に思ってくれてる、貴方が居るから……生きていたい、って本気で思ってる」
「…あぁ、生きててくれないと…俺、辛いよ。何よりも、君を失うのが怖いんだから」
椿が言うと、ブラウが優しい声で言う。
何よりも、お互いがお互いを失うのが怖い。
もう何も、失いたくないのだ。
「…大丈夫…貴方が、居てくれるから。貴方が思ってくれてるから…」
「そっか、良かった…。…あ、そうだ…救世主の皆の事はさ、明日になったら…元の世界へ返すから」
「そう…判った」
「有難う、色々と。是でこの世界は変われる、必ず。……本音を云えば、帰したくないんだけどな、椿ちゃんの事…」
真剣にブラウはお礼を言う。
だが途中からは苦笑交じりになってしまう。
「ブラウ…」
椿は何かを言おうとするが――。
「でも、帰さないといけないよな。…だけど、覚えていてくれ。姿は見えなくなるけど…俺は何時でも椿ちゃんの傍に居る事を。だって、この世界と椿ちゃん達の世界は繋がってるんだから。……だから、サヨナラは、云わないよ」
ブラウの言葉に遮られてしまう。
まぁいいか、と椿は思って微笑んだ。
「…うん、サヨナラは要らない。だって…また必ず逢える、って確信してるから」
「……有難う、椿ちゃん…」
椿の優しい言葉にブラウは微笑んだ。
そう、必ず逢える、と椿は確信していたのだった。
そして全ては終わり。
椿達は元の世界へと、還った。
十二話、終了。