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空っぽの心

十話「空っぽの心」




「……っ…」

「神よ…何故泣くのです?私達の配慮が足りませんか?」

涙を流す十字架の磔の少女。

モーントは心配そうに声をかけていた。

「……」

少女は何かを喋っているようだがモーントには聞こえず、少女はただ首を横に振るだけだった。


「おっじゃましまーす♪」

「おや…ヴィントでは歓迎の宴には足りませんでしたか……まぁ、良いでしょう。ようこそ、我等が神の眠りし、教会へ。私は大司教モーント=クロイツ」

ゲルプが明るい口調でドアを開けて入ってくるとモーントが十字架から視線を移して挨拶をする。

そしてまた十字架へ向き直った。

皆の視線が十字架へ向き。

「…姉さん…!?」

十字架を見るなり、椿が驚きの声を上げた。

「椿ちゃん?」

「間違いない…あれは姉さんだわ…。…姉さんを下ろして!姉さんを返してよ!!」

椿は感情を抑えきれない。

だがモーントは。

「姉さん?何を仰っているのです、この御方は神様なのですよ?」

意味が分からないと言った様子で椿を見た。

「何云って…!」

『椿…モーントは…悪くないの……彼を責めないであげて…。彼は可哀相な人なのよ……私が此処へ来る前までは、それは酷い扱いを受けていたみたい…。そんな中で、彼の心は空っぽになってた……その心の波長に私が合って…私は此処へ来ていたの。そして神だと崇められる様になった…』

椿の頭の中へ響く声。

姉・牡丹の声。

「心の波長…?それは…姉さんの心も空っぽだった、って事?」

『…私は正直、疲れていたの…両親が居なくなって、椿と二人で生活してて……楽しかった。だけど、現実はそんな甘くはなかったの。毎日の様にこなさなければいけなかった、キツい仕事……それでも頑張ってきてた……でもあの時は…疲れきってしまっていたの…』

「姉さん……そんな辛い思いをしてたなんて知らなかった…ごめんなさい…。今度からはあたしも手伝う!何でもするわ!だから…だから、一緒に帰ろう?姉さん!」

『出来ない…彼が居るから……彼を独りにはしたくないの…あの人は…私と同じだから……』

牡丹は今にも泣きそうだった。

椿もモーントも大事で、でも椿にはたくさんのものがあって、モーントにはなくて。

だからこそ、モーントを一人にはできなくて。

そんな牡丹の心の葛藤があるのだろう。


「椿ちゃん、お姉さんと話せるのは君だけだから俺等には判らない。だけど…俺等はモーントを消して、神様も消さなきゃいけないんだ」

「そんな…!あれは姉さんなのよ!?消すなんてそんなの…!!姉さんを消すぐらいなら、あたしが消える!」

ブラウが何処か辛そうに言うと、椿が必死に止めた。

それも一番嫌な方法で。

「椿ちゃん、何云って…!」

「…いいのよ。どうせあたしが死んでも、哀しむ人なんかいないから。でも姉さんは違う!死んだら哀しむ人が大勢居るのよ!!」

「落ち着いて、椿ちゃん!君が死んだら、哀しむ人は居るだろ?お姉さんが一番哀しむんじゃないのかい!?」

「そ、それは…」

ブラウの言葉に椿は返す言葉が見つからなくなる。

確かに姉は哀しむ。

でも、姉が死んだら、自分も哀しむ。

ならどうしたらいいのだろう。

葛藤が椿を巡る。

「椿、そんなに厭なら、あんたは目を閉じて耳も塞いでなさいよ。…甘い事云ってる場合じゃないんだからね」

「そうだよ、救世主…じゃなかった、椿!彼等を消さなきゃ、君たちの世界だって危ないんだよ!?」

ロートは何処か冷たく、ゲルプは慌てて告げた。

「でも…椿さんのお姉さんが見付かったのに……この方法しかないなんて…」

「……駄目だわ、何も思い付かない…無力過ぎる、私達は…」

「こんな…こんなの酷過ぎる…!椿さんのお姉さんがあそこに居るのに……是が運命だって云うの?…だったらそんな運命、要らない…!!」

「確かに認めたくない…。だけど、もしも僕が同じ立場に立っていたら……波の意見を尊重するよ」

救世主たちは互いに言葉をかけあう。

だが何も見つからない。

【カミサマ】を消すために此処へ来た。

だが椿は姉を探しに来た。

そしてその姉は目の前に居る。

なのに、その姉を、消さなければいけないなんて――。


『…椿…お願い……私を…』

「い、嫌…!折角逢えたのに!ずっとずっと探してたのに!!此処で終わりなんて嫌だよ…!!」

椿はとうとう泣き出してしまった。

牡丹は哀しくも優しげな声で言葉を紡ぎ始めた。

『聞いて、椿……今この世界も、そして私達が居た世界も、滅ぼうとしている……。…でもね…私が消えれば、終わる事なのよ…?…それに…私の体は消えても…貴方の心の中には、ずっと生き続けてるから…』

「姉、さん…っ…!」

「椿ちゃん…」

泣いている椿にかけてやる言葉がブラウは見つからなかった。

ただ呆然と見つめているだけで。

「ちょっとブラウ!やるのかやらないのかハッキリしなさいよ!やらないなら只の足手まとい…帰って貰うわ。……やらなきゃいけない事も、世界にはあるのよ」

ロートは何処か冷たく、だが寂しげに告げた。

それはきっとヴィントの事を思い出したからだろう。

「判ってる!……椿ちゃん、如何する?君が決めていいんだ…見届けるか…それともこのまま逃げ出すか……君の思い次第だよ」

ブラウは椿に優しく問いかけた。

逃げてもいい。

無理して戦うことはない、と。

「……逃げ、ない…っ……辛くても…姉さんを…見届けたい、から…」

椿は涙を拭い、決心したようにブラウを見た。

「判った。…ロート、そっちは任せた!」

「判ってるわよ!さっさと行けっつーの!!」

ブラウの言葉にロートは苛立ち交じりに答える。

ブラウと椿は別ルートで十字架へ向かった。

「神の御前で無礼な…厳罰に処しますよ?……貴方達の心も浄化して差し上げましょう…聖なるこの音で……ディスコード」

モーントの声を合図に教会内に響く不協和音。

幾つもの交わらない音が反発しあう様に流れ。


「確かに教会さんのこの音はきっついけど…ボク等だって何の準備もしてこなかった訳じゃないんだから!由佳里!」

珍しくゲルプが怒ったような口調で言葉を紡いだ。

「あ、えぇ…是ね?」

由佳里はいつもと違うゲルプに少し戸惑いながらも、小さな薬瓶を取り出し。

「皆、是飲んで!全部を軽減させる事は出来ないけど、半分以上は威力を弱くさせる事が出来るから!」

「…怪しげな物体…」

「でも、飲むしかないじゃない?」

「だいじょーぶよ。ゲルプだけじゃなく、あたしと桜、由佳里も加えた四人で作った力作なんだから♪」

ロートが自信ありげに言った。

…胡散臭さは上がったようだ。

「ど、毒は入ってません、から…」

桜がフォローするように苦笑して言う。

椿とブラウ以外全員が薬を飲み。



『…如何して人は争わなければならないのかしら……あの人だって、本当はこんな事望んでない筈なのに……傷付いて、傷付けて…その先に何がある訳でもないのに…。……椿…早く来て……そして終わらせて…この苦しみの連鎖を…断ち切って…』

哀しげに牡丹は呟く。

苦しみの連鎖。

哀しみの連鎖。

断ち切ってほしい、と切に願って。



「姉さん…っ…!」

軽く息切れしながら椿は十字架へ辿り着く。

「…椿…心配掛けてごめんなさい……でも、如何しても帰れなかった…あの人を残しておけなかったの…」

「…姉さん…あの人の事を…?」

辛そうに言う牡丹に椿はかすかに驚いたように問いかけた。

「……恋愛感情ではないかも知れない…でも、私はあの人を独りに出来ない………傍に居てあげたかったの…」

「姉さん…」

辛そうな牡丹。

そんな牡丹に何を言っていいのか判らず、椿は黙ってしまう。

「…貴方が、神様、ですね?」

そこへブラウが冷静な声で問いかけた。

「…私は自分が神だなんて思ってません。でも、此処の人は皆神と呼びます…あの人も……だから私は…貴方がたの云う、神様、なんでしょうね」

「……神様、最期の言葉はありますか?」

ブラウは尚も冷静に問いかけ続ける。

「ブラウ…!」

椿は焦った。

ブラウは本気だ。

このまま、終わらせるつもりだ。

「椿ちゃん…見届けるんだろう?…もう、時間がないんだよ」

ブラウは冷静だった。

だが悲しげでもあった。

椿はそんなブラウにかける言葉がなかった。

「……あの人の…モーントが倖せだと感じる道を選ばせてあげて欲しい、です……私はそれだけで充分ですから…」

牡丹は何処か笑った感じで告げる。

「判りました。……連なり、敵を射抜く矢とかせ、氷柱達…」

「姉さん…!……降り注げ、星の光…」

ブラウは冷静に。

椿は涙を流して。

「…椿…有難う……」

優しい声。

それは昔と変わらない、姉・牡丹の、声。

「…アイシクルアロー!」

「…っ…トゥインクルレイン!」

強い光と風が放たれ…破壊された十字架に、牡丹の姿は既になく。

同時に、流れていた不協和音も止まり。


「…神様…そんな、まさか神様が殺されるなんて…」

モーントは驚きを隠せず、声が震えていた。

信じてきた、唯一無二で信じてきた神が居なくなったのだ。

「神様も、人だって事だよね。それなのに追い込んだのは誰なんだか」

「海!そんな事云っちゃ駄目よ!」

「何でさ?僕は本当の事を云ってるだけだろ?」

悪態吐く海に波は慌てて止めに入った。

例え真実でも、言っていいことと悪いことがあるのだ。

「…嗚呼…神様……私にはもう何も出来ません…何をしていいのかも判りません…神様…」

「あんたが云う神様、って人は…あんたが倖せだと感じる道を選んで欲しい、って云ってたよ」

うわ言の様に神様神様と呟くモーントにブラウは寂しげに告げた。

するとモーントは十字架があった場所までふらふらと歩いていき――

「私の倖せは、貴方と共にある事……私は貴方の元へ参ります……フューネラル」

響く葬送曲。

曲にあわさるかの様に光柱が上がり。

曲は、段々と聞こえなくなる。

曲が止まると、光柱は消え…其処に居た筈のモーントの姿は無い。


「…ま、まさか…あれって…」

「……其処まで神様を思ってたって訳ね、奴は。でも、あれが奴が選んだ【倖せの道】なのよ」

桜が驚いているとロートがため息交じりに言った。

二人は一緒になることで、倖せを選んだのだ。


『…あたしは、是で本当に独りなんだ……唯一の家族だった姉さんまで居なくなって……ううん、この手で、殺して……。モーントさんと姉さんは…姉さんが云う様に心の波動があってたのかもしれない…だからお互い惹かれ合って……空っぽの心を満たしてたんだ。…あんな最悪な結末を取らなきゃいけない程、お互いは離れられなくなってたんだね、姉さん…』

椿はあふれ出る涙を拭いながら牡丹を思った。

空っぽの心を補い合っていた二人。

その二人は最期まで、一緒だったのだ。


「…是で…世界は救われたのね…」

「他の誰もが、何も知らないところで…世界はこんなにも変わってた。それにさえ気付けなかったなんて…」

「如何して…こんな結末になってしまうの…?是が運命なら、酷すぎる……余りにも、酷すぎるよ…」

納得いかないという感じの救世主たち。

しかしこれが現実。

避けられぬ。

変えられぬ。

運命だったのだ。


「よぅ、待たせたな…って、なーんだよ、皆して辛気臭い顔しやがってよ?」

「っ…ヴィオレットの莫迦!何でこんな結末になっちゃうのさ!!魔法協会ではどういう風な事になるか判ってた筈でしょ!?なのに何で…何でなの!!

ゲルプが泣きながらヴィオレットをポカポカ殴り。

「…波をこんなに泣かせたのはあんた達がこんなトコロへ連れて来たからだ……最悪だよ」

海もヴィオレットに悪態吐くように告げた。

「…ヴィオレット…ヴィントは…?」

ロートは不意に問うた。

「あ?あぁ…是を渡してくれってよ」

一瞬挙動不審になったヴィオレットだが、黒い石のついた指輪をロートに投げ渡し。

「…ヴィント、今更………莫迦なんだから、本当…」

投げ渡された指輪を握りしめ、ロートは涙を堪えた。

「あ、あの…ロート、さん?」

「ん?あぁ、ちょっとシンミリしてただけ。柄にも無いって感じよねー?…ま、戦いなんてさ、終わっちゃえばこんなもんなのよ。割り切らなきゃ…生きていけないわ」

桜に声をかけられ、ロートは無理して明るく見せた。

涙なんて、絶対に見せずに。

「ロートさん…」

「やーだ、そんな心配しないでよっ!あたしはだいじょーぶだって!」

「無理、しないで下さいね…」

明るく言うロートに桜は心配そうに言った。

そんな桜の優しさに、ロートは思わず――

「……ありがとう」

泣きそうな声で言ってしまった。


『ブラウが教会へ入っていたら…あたしは教会に入れた。でも、逆もまた然りでしょ?ヴィント…如何してブラウが魔法協会へ入ったのを知った上で教会へ入ったの…?あたしは…皆が一緒じゃなきゃ錬金術連合以外には所属できないって知ってたでしょ?お祖父様が創設者なんだもん、錬金術連合から出れる訳ないじゃない……。だけど…ヴィントが一緒だったら、お祖父様は許してくれてた…。……今になって、三年も前に欲しがった指輪くれるなんて…卑怯だよ、ヴィント……』

指輪を見ながらロートは涙を一筋流した。

今さら過去には戻れない。

戻れないけれど、今でもロートの心の中のヴィントは――。


・・・・・


『椿ちゃん…辛いよな……だけど、こんな時如何したらいいんだ?俺は……俺じゃ何も出来ない、か…上官に聞いてみようかな……何か判るかも知れないし…』

ブラウはすべてが終わったこれからの事を考えていた。

椿達を還すことは決まっている。

だけど、その前に何かしてあげれないだろうか、と考えていた。

このまま、辛い想いをした儘還すだなんて正直嫌だった。

明日、クヴェレに報告がてら聞いてみよう。

そう、ブラウは心に決めた。


・・・・・


『とりあえず本部へ戻ってきたけど…明日はまた会議室か……あそこは堅苦しくて苦手なのよね……でも行かなくちゃ…ずっと此処に居る訳にもいかないし……。…姉さん……姉さんは、倖せだったの?あたし、姉さんが倖せだったなら…この選択も仕方なかったと思ってるよ、今は。…あたしは大丈夫だから……姉さんは、あたしの中で生きているんだから…』

部屋へ戻ってきた椿はベッドへ腰かけ、今日の事を思い出していた。

まさか姉が【カミサマ】だったとは思わなかった。

でも、姉が倖せだったなら…。

それでもいい、と思える。

椿は最期の優しい牡丹の声を思い出して、ベッドに横たわった。
























十話、終了。

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