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後輩 野々村ありさ

 私には血の繋がった実の姉よりも大好きな人がいます。喜ばしいことにお姉様と呼ばせてもらって、初等部にいる頃からお世話になっているんですう。自分で言うのも何だけど、とっても可愛がられてます。でも私が高等部に入学してからぜんぜん連絡が来なくなって、新年度になってからは部活も来ていないとか。もともと不定期の上にやりたい人が来るなんてスタンスの部だから来なくても変じゃないですし、お姉様はご多忙な方。でも、折角同じ部に入ったのに残念すぎますう。信頼できる筋の情報によると今日はお姉様が部室にいらっしゃるそうですから、先回りしてしまいました!



「お姉様、まだですかねえ…」



 そわそわしながら意味もなく鞄を開け閉めして、何度も扉を振り返る。待つこと数分、部室の扉が静かに開かれた。パッと勢い良く振り返った先には夢にまで見たお姉様の姿が。お姉様は私を見て一瞬驚いた顔をする。



「お姉様!お久しぶりですっ」

「ごきげんよう。ありさちゃん」



 にっこりと可愛らしい、いや美しい…いや魅力的な…とにかく素敵な笑顔を浮かべたお姉様に私は文字通り飛び上がった。完璧に着こなした白いセーラー服はお姉様の為に誂えたかのようです。お姉様の艶やかな黒髪がサラリと背中に流れるのをうっとりと眺める。ああ、なんて素敵なの…。



「先生はまだいらっしゃっていないのね。ありさちゃんが一番かしら?」

「先生なら今日は遅くなるって連絡がありました。他の子もまだみたいですう」



 おかげで私はお姉様と二人っきりです!隠しきれない喜びで声が上ずった。先生ありがとう!このままずっと来なくても大丈夫ですよ!興奮する私とは対照的に、お姉様は何時も通りの表情だ。



「そうなの…。私、実は新年度になって今日が初めての部活動なのよ。新入部員の子に挨拶したかったのだけど」

「お姉様、他の新入部員の子は皆来れないんですよう。挨拶がまだなら月曜日にでも教室に伺います!」



 困り顔のお姉様に思わずそう言った。本当はお姉様と二人っきりになる為に新入部員には釘を刺しておいたのだけど。だって、お姉様はお忙しくて中々お会い出来なかったんですもの。校内にいる時は月宮様か百合さんとご一緒ですからお邪魔出来ませんしねえ。百合さんはともかく、月宮様とご一緒の時にお邪魔すると怖いですから。お二人でいる時は邪魔しないのが暗黙の了解ですし。



「ありがとう。でも、そこまでしてくれなくても大丈夫よ。近いうちにまた来れるようにするから。それよりも、ありさちゃんが箏曲部に入部していたなんて知らなかったわ」

「そうなんです!私もお姉様と同じ部だって知らなかったんですけど、嬉しいです!」



 嘘だけど。お姉様がいらっしゃるから入部したんですけど、正直に言わなくてもいいですよね!箏曲部に入る為に入学前から沢山手回しましたけど、お姉様のファンクラブに許可をとるのは本当に大変でした…。ふふん、お姉様と私の中を邪魔しようなんてそうはいきませんけどね。お姉様と話しながら、私は使う必要のないペンケースを取り出した。勿論、お姉様に私のシャーペンを見てもらうために。不自然に見えないように、何食わぬ顔をして。




「あら、それもしかしてゆきしま水族館の?私も持ってるの」

「あっ、本当ですね!お姉様とお揃いだなんて嬉しい!」

「ふふ、本当?お兄様と水族館に行った時に買ってもらったのよ」

「そうなんですかあ。私も先週行った時に買ったんですぅ」

「そうですの?あそこはペンギンが可愛らしいですよねえ」

「えっ?ええ、ほんとに」



 実はその水族館には行ってないからよく知らないんですけどお。執事に買わせちゃったし。でもお姉様がこんなに楽しそうにしてるなら行けばよかったですねえ。そうしたらもっと色々お話出来たのに、よく知らないから話を合わせられないですう。あーあ。



「そういえば、最近同じものを持ってる方が増えましたの。それ程近い水族館ではないんですけど」

「えっ?ええーと、テレビで紹介されたとかじゃないですかあ?」

「そういうことなのね。ずっと不思議だったの」



 納得してるお姉様には申し訳ないですけど、シャーペンが学内で流行ってるのは皆がお姉様の真似してるからですよお。お姉様がとっても大切に使っているシャーペンをお揃いで持ちたかったんですよねえ。私のクラスの半分は持ってますし、学内で考えたらもっといるんじゃないですかねえ。そのせいで今じゃ手に入らないんですから。お姉様は学内で流行の発信元みたいなところがありますし。発言力が高くて美しくて、でも気が強いお姉様は言わば高嶺の花。憧れはあっても仲良くなるのは難しいお姉様の持ち物をこっそり真似する人は多いのですう。そうだ!シャーペンと言えば…。



「そういえば、お姉様のクラスに転校生が来たって」

「ええ、立花さんですね。仲良くしてますわ」



 知ってますよう。お姉様ファンクラブの要注意人物ですから。ファンクラブルール5、『公的な用事とお姉様から話しかけられた場合を除いて、お姉様に話しかけても良いのはファンクラブ会員ステージ三以上とする』とルール24、『お姉様の持ち物は故意に五つ以上真似してはならない』を堂々と破った不届きものですからねえ。他の方の報告では他にもルールを破っているみたいですし、ファンクラブとしては第一級の排除対象ですう。まさかあの程度のスペックでお姉様に近付く輩がいるなんて思いもしなかったので、正直後手に回ってますけど、そろそろ本腰入れないといけないです。ただ、お姉様がどう思ってらっしゃるのか聞いておかないと。お姉様の意にそぐわないことだけはしないように気を付けないといけませんからねえ。



「仲良しなんですか?」

「ええ」



 お姉様は困ったように、少しだけ笑みを浮かべた。何か弱味でも握られて仲良くしてるんでしょうか?あんな取り柄のない女がお姉様の目に留まるなんて有り得ませんもの。でもお姉様に限って、あの庶民と仲良くせざるを得ない弱味なんてあるかしら?責任感の強いお姉様なら教師や月宮様にあの庶民のことを頼まれたなら放っておけないでしょうけど、百合さんによると誰かに頼まれたというわけでもなさそうだし…。仮にお姉様が良いと言ったとしても、ベタベタベタベタと図々しいですけどね。お姉様は傅かれるべき存在であって、誰かのお世話をするような方ではないんですからっ!



「お姉様…何か困ってることありますか?」

「え?特にないですけど」

「それ、ならいいんです」



 不思議そうに小首を傾げるその仕草は可愛いですけど、悩みがないなんて嘘だ。いつもはこう聞いたら、悩みなんてなくてもそれらしい話をしてくれますもの。私に話すつもりがないというさりげない拒絶にがっくりと肩を落とす。百合さんにすら話さないのだから、当然と言えば当然ですけど。



「そうだ、立花さんてどんな方なんですか?」

「学術特待で転入した方で、とても勉強が出来るんです。趣味も私とすごく似ていて、話も合いますの」

「そうなんですかあ。趣味っていうのは、その…」

「よく聴く音楽も同じですし、好きなブランドも同じですし、好きな食べ物なんかも同じなの。すごく似てるのよ」

「そ、そうなんですか」



 あの女がお姉様と趣味が同じなんて絶対に有り得ないです!三ツ星レストランで総料理長の経験もある人の料理を毎日食べて、オペラから日本雅楽まで一流の音楽を聴き、生粋のお嬢様として一流のものだけに囲まれて育ったお姉様と庶民中の庶民のあの女と趣味が同じなんて有り得ませんわあ。百合さんが警戒してるのはこういう理由ですかあ。一体どんな理由で身の程知らずにも、お姉様に近付いてるのかしら。普段のお姉様なら邪な気持ちで自分に近付く相手には容赦しませんのに、あの女にだけは妙に優しい…というか気にかけ過ぎていますわねえ。遠慮している、とも言えます。まさか転校生だからなんて理由ではない筈。



「…お姉様は立花さんがお好きですか?」

「好き、というよりも…好きになりたいんです」

「好きになりたい、ですか?お姉様は立花さんがお好きではないということですか?」



 ならばどうして仲良くするんですか?好きになりたいなんて、そんな義務的な言い方はお姉様らしくないですう。気に入った相手なら本人が気付かないくらい巧妙に絡め取って依存にも近い忠誠を差し出させればいい。嫌いな相手にも、自分と敵対する相手にも、容赦しないのがお姉様じゃないですか。あんなにべたべたとする人間、いつも通りにとっくに退学させるか、親ごと僻地に飛ばしてしまえばいいものを、何を戸惑っていらっしゃるのでしょう?あの女が何の目的を持って近付いているのか様子見しているのでしょうか。お姉様の家が目当てなのか、婚約者の遥貴様目当てなのか、はたまたお姉様自身が目的なのかで対処法も異なりますから、それならば納得出来ます。でも。だからといって。



「お姉様が好きにならなければいけないような人じゃないと私は思います…」

「そうね。私もそう思ってたわ」



 ふっ、と微笑んだお姉様の顔は笑っているのに泣いているように見えた。思ってたって、どういう意味なんでしょう。あの女が転校してからまだ一月。この短期間で一体何がお姉様を変えてしまったの?



「あの子と仲良くすることこそが私の定めであり罰のですから」

「お、ねえさま…?」

「そんな顔しないで。今の私は幸せなのだから」



 嫌だ。全然幸せそうな顔じゃありません。そんな風に儚く微笑むお姉様は初めて見ました。定めとか罰ってなんですか?お姉様は一体何を背負われているのだろう…。知りたかったけど、思い詰めたような青褪めた顔のお姉様に聞くことは出来ませんでした。ま、お姉様に直接聞く必要なんでありませんものねえ。きっと、お姉様が私に期待していることはひとつ。あの女の全てを調べて吊るし上げてやりますからあ、お姉様は待っててね♡



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