五月②
五月九日 木曜日 晴れ
朝教室に行くと、花巻さんにいきなり謝罪されてしまいました。昨日お願いした立花さんの部活案内で入部する部活を決められなかったとかで…。まさか昨日一日で決められると私も考えていなかったので、そんなに謝っていただくことではないんですが…。花巻さんはきっちりした方ですから入部までサポート出来なかったことに気を病んでいるようです。立花さんは立花さんでどこの部に入るか決めかねています。困り顔の立花さんに対して百合ちゃんが「吹奏楽部は貴女を歓迎しませんから」なんて言ってしまって、立花さんと険悪な雰囲気になってしまいますし。本当ならお二人を離すべきなんですけど、立花さんは私の側から離れませんし、かと言って立花さんを孤立させるわけにもいきません。前回の二の舞になりかねませんから。いつまでも百合ちゃんの善意に甘えているままではいけないとはわかっていますが、どうすればいいのか。取り敢えず、立花さんは色々な部を兼任していた筈なので、迷っているなら仮入部してみることをお勧めしました。ですが、考えていた部は昨日花巻さんに止めた方がいいと言われたそうです。我が校は少し特殊ですから花巻さんが止めるのも分かります。ただ、よくよく聞いてみるとどの部も前回に立花さんが入っていた所ばかりです。前回大丈夫だったことが何故今回だけ…?とりあえず、まずは仮入部して考えてみてはとも言ったのですが、立花さん曰く、花巻さんの言うことは特別なので従っておいた方がいいそうです。まあ確かに花巻さんはしっかりしていますから、転入生の立花さんが頼りにするのは正解でしょう。それに、前回の立花さんが一番仲良くしていたのも花巻さんでしたから…。
五月十日 金曜日 くもりのち晴れ
百合ちゃんと立花さんは相変わらず険悪な雰囲気です。私は百合ちゃんと離れるつもりはないですし、立花さんが孤立しない為にも突き放す訳にはいきません。というわけで、他に友人をつくってもらいましょう。ただ、適任者がいないんですよね…。立花さんが唯一仲良くしていたのは花巻さんですけど、今の立花さんと花巻さんは全然仲良くしていない事に気がつきました。というよりも会話したのも一昨日初めて見たような気がします。何故か花巻さんは立花さんを嫌っているようですし、立花さんは立花さんで、花巻さんのことをどうでもいいと思っているみたいなんですよね。思い返してみると、以前のお二人も友人というよりは協力者というか、利用関係というか…。放課後に一緒にいるのは見たことがないですし、花巻さんは他のお友達と一緒で、立花さんは生徒会の方や風紀や図書の主だった委員の方と一緒にいましたし。あら?なんだかおかしいわね。
確か前回の五月では既に私が立花さんをかなり目の敵にしていましたから、クラスメイトの皆さんも右に習えとばかりの態度で立花さんは孤立していました。立花さんはそうなる前からその出自ゆえにクラスでは浮いていましたし、孤立させることは難しくありませんでした。そうして、クラス内で話す相手と言えば花巻さんか遥貴様だけになって。花巻さんは遥貴様に立花さんのことを頼まれていたようです。つまり私がきっかけで立花さんと花巻さんは仲良くなったということでしょうか?薄々分かってはいましたが、前回とは異なる部分が多々あるようです。私が変わったから皆も変わっているのかしら?それとも他にも理由があるのかしら。ただ、遥貴様が立花さんに一層お優しい態度を取られるようになって、余計に立花さんを嫌うようになった記憶はあります。今考えると生徒会長として立花さんが孤立していくのを見過ごすわけにはいかなかったんだと分かります。ただ、遥貴様は私の嫌な部分も知っていましたし、こういう事態も始めてではなかった筈なのに、立花さんにだけは親切な態度だった理由がわかりません。遥貴様なら自らお優しい態度を取ることで立花さんが益々孤立して虐めが激化していくのもわかっていらっしゃった筈ですのに…。
五月十一日 土曜日 くもり
今日は短縮授業で二限目までしかなかったので、久し振りに部室に行ってみました。習い事が忙しくて部室に行くのは新学期が始まってから初めてです。部室にいたのは一年生のありさちゃんだけでしたが、久し振りにゆっくりと琴を楽しむ時間を得ることが出来て良かったです。ありさちゃんは初等部の頃からのお友達で、妹のように思っている可愛い後輩です。それに、自分で言うのもなんですけど、とても好かれていると思います。ありさちゃんには知らぬうちに随分心配をかけてしまっていたみたいで、立花さんについて色々と聞かれました。ありさちゃんにも立花さんと仲良くすることを反対されました。立花さんのことでは百合ちゃんにも心配させてしまっているし、本当は仲良くするべきではないのは分かっているんですが、そうもいかないのが悩みの種です。立花さんについてはありさちゃんがどうするのか様子見ですわね。意外と過激な面を持つ子なので、そのうち実力行使に出るかもしれません。ありさちゃんに排除される程度ではないことはわかってますが、立花さんの目的がどこにあるのか知るにはいい機会です。転校してから全くと言っていいほど、遥貴様と接触がないことから見て、遥貴様が目的ではない可能性も考えられます。ただそうなると私と仲良くするメリットもありません。本当に私と仲良くしたいのか、他に目的があってのことなのか、今度こそ見極める必要があります。
五月十二日 日曜日 晴れ
私の家にいらっしゃった遥貴様から衝撃的なことを聞かされました。このまま立花さんの部活が決まりそうになければ、生徒会の庶務にスカウトする予定があるのだとか。遥貴様は乗り気ではないようですが、生徒会顧問の楢崎先生が立花さんを推しているとのことです。もし庶務になれば忙しい生徒会の仕事の最中、遥貴様と立花さんはずっと一緒にいることになります。そんなの耐えられません!動揺する私に遥貴様はそんなことにならないようにするから大丈夫、なんて笑っていましたが、知ってしまったからにはぼやっとしている暇はありません。なんとかして立花さんの部活を決めさせなくては。転校生の立花さんが生徒会なんて通常ならば有り得ませんが、楢崎先生は前回も今回も私を嫌っている方ですし、あまり油断出来ないんですよね…。お兄様の同級生とかで、私が妹と知った瞬間からものすごく嫌われています。私の嫌がることを全力でやろうとするので困ります。学生時代に二人の間で何があったのかは知りませんが、本当に迷惑です。とにかく、明日から立花さんの部活探しに力を入れなければなりませんね。部活さえ始めれば、立花さんが新しい友人関係を築けるかもしれないです。
五月十三日 月曜日 晴れ
立花さんに部活について尋ねると、新聞部へ入部しようか迷っていると言われました。とりあえず立花さんに入りたい部活があることにホッとしました。生徒会との兼任も可能なので油断は出来ませんが、「このままどこの部にも入らなければ」という前提条件はなくなりそうですね。私個人の意見としては、新聞部はとても良いと思います。ただ新聞部部長の柿谷はかなりの曲者ですから、立花さんにどんな影響を及ぼすのか未知数ですね…。前回の立花さんは新聞部には近寄りもしなかったですし、どうなるのか予想出来ません。今日から仮入部するらしいので、暫く様子を見るしかありませんね。そういえば、楢崎先生からはまだ生徒会への推薦のことを聞いていないようでした。もしかしたら教員三人以上と生徒会役員半数の推薦が必要という条件が満たせていないのかもしれません。しかし、楢崎先生の手腕ならばあっという間に推薦条件を整えてしまいそうです。
百合ちゃんには推薦のことを話しておきましたが、やっぱりいい顔はしなかったです。余計に心配されてしまいましたが、知ってしまった以上、百合ちゃんに黙っているのも嫌ですし…。楢崎先生が推薦人ということは言いませんでしたが、気付いているでしょうねえ…。
五月十四日 火曜日 晴れ
今日は朝からお兄様の機嫌が悪いです。低血圧のお兄様は、朝は不機嫌そうな顔をしていることが多いですけど、仕事の最中も不機嫌そうな雰囲気のままだったとか。私と喧嘩でもしたのかと確認しにきた秘書の皆さんが嘆いていました。お兄様が感情をそのまま顔に出すのは本当に珍しいです。朝の不機嫌そうな表情だって、出張の時など外では絶対に出さないことを知っています。何があっても動じないお兄様が感情を露わにするのは、自意識過剰でなく私のことだけです。ただ、私が何をしても絶対に怒ることのないお兄様が何に対して怒っているのか検討も尽きません。何せ、家を没落まで追い込んだ時でも私の味方であり続けた人ですから。私が根本的原因なのは間違いないのですが、お兄様は私に対してはいつも通りの態度で接してきますし、特に何も言われません。ここまで機嫌が悪いのは中等部の時に遥貴様との婚約が正式に決まった時以来です。松山の様子も何だかおかしいし、何かあったとしか考えられません。でも、二人が私に言わないということは知らなくても…知らない方がいいということなんでしょう。こういう時は知らない振りをして、お二人が言ってくれるのを待つのが一番ですわね。