委員長 花巻皐月
お待たせしました。いつもより長めの話です。
私の通っている学校はちょっと、いや、かなり変わっていると思う。芸能人から始まり世界的ピアニストやアスリートの子供や、日本どころか世界でも有数の企業の重役の子供が大勢集まっていて、通うこと自体が一つのステータスになっている。そんな学校だから、学内におけるヒエラルキーも他の学校に比べるとかなり重要視されている。学校のヒエラルキーなんて外に出てしまえば関係ない、なんて一般論はここでは通じない。分野は異なるにせよ、トップクラスの人間が集まるここで足元を見られたら、将来に傷がつく。小さいようで大きな鷲宮学院という社会の中で、誰もが上を目指して努力する。もちろん、私だってそう。私は親が有名な画家で、私自身も絵の世界ではそれなりに注目されているからヒエラルキーの中では真ん中より上。クラス委員を勤めているのも大きいかもしれない。我の強い人間が多い学校だが、私のクラスは何の問題もなく纏まっている。勿論、私を中心にではなく、生徒会長の月宮様と篠原様を中心に、だ。このお二人はクラスどころか学内でもトップクラスの権力を持っている。
「花巻さん、少しよろしいかしら?」
麗しい声にハッと顔を上げると、篠原様がこちらを見ていた。まだ休み気分が抜けないクラスメイトを他所に、篠原様は凛とした隙のない空気を身に纏っている。同じ白のセーラー服を着ているのに着こなし方が全く違い、篠原様の周りだけ華やかに見える。
「はい」
「立花さんが部活見学をしたいそうなの。私はこれからお稽古でお付き合い出来なくて。申し訳ないのですけど、代わりに案内をお願いしてもよろしいかしら?」
困った表情で振り返った篠原様の後ろに転校生の立花さんがぼけっとして立っている。こんなことで篠原様の手を煩わせておきながら良いご身分だ、と内心で苛立った。篠原様を顎で使うような真似をして、図々しいにも程がある。
「勿論。今日は特に予定もないですから」
「助かります!ありがとう」
花が咲いたような笑顔を浮かべた彼女は本当に素敵な女性だと再確認する。私が委員長として円滑に活動出来るのは月宮様と篠原様のおかげである。それに、私個人のお節介な注意をクラスメイトが甘んじて受け入れてくれるのも、篠原様が私の言葉に頷いてくれるから。そうでなければ誰も私の言葉なんて聞かないだろう。お世話になりっぱなしの彼女に少しでも恩を返せるなら、案内くらいなんてことはない。勿論、嫌われ者の転校生相手でも。
「立花さん、花巻さんに案内をお願いしたので彼女に何でもきいてください。私よりもずっとお詳しいですわ!」
「え?でも私、桜ちゃんと行きたいのに」
「ごめんなさい。私はどうしても外せない用事がありますの」
申し訳なさそうな篠原様に対して、立花さんは不満げな表情を隠さない。目に余るその態度に教室に残っている生徒の視線が突き刺さっている。
「篠原様、あとは私にお任せください。このままではお稽古に遅れてしまいます」
「ええ、お願いします。本当にありがとう」
何度も振り返りながら教室を後にした篠原様を心底不満げに見送った立花さんに、私は溜息をついた。篠原様のお願いでなければこんな女とは絶対に関わりたくない。自分の席に座りながら、まだ立ったままの立花さんを見上げる。
「どんな部活を希望してます?全部を見るのは無理ですけど」
「え、ええと…前の学校ではテニス部だったんだけど」
運動部だったなんて。体育の授業で見たあの鈍さからは想像もつかない。大体、実力主義の我が校の運動部に途中から入るのには相応の実力がなければ馴染むのは難しいだろう。
「テニス部?うちの女子テニス部は強豪ですからちょっとやってたくらいじゃ、ついていけないと思いますけど」
「あ、マネージャーの方なの。テニスは全然出来ないんだ」
「マネージャー?そんなのテニス部だけじゃなくてどこの運動部も募集してませんよ」
「え、じゃあバスケ部とサッカー部も?」
「どちらもないでしょうね。我が校は特待制度も充実していますし、一流設備を求めて入学する将来有望な生徒は沢山います。その設備の一つとしてプロの方を雇っていますから、素人がわざわざマネージャーなどやる必要ありません」
それに、ここの生徒は基本的に誰かに尽くすということには向いていない。家柄や才能に生まれながらにして恵まれた者のみが入学する学校なのだ。特待入学の生徒も殆ど例外なくステータスの高い家柄の子供か所謂天才児で、誰かに傅くのは柄じゃない。生徒会の方々や篠原様など本当に一部の方だけは、そのカリスマ性に心酔した生徒が率先して彼らの手足のように働くが、それは例外中の例外だ。
「そんな、前は出来たのに…」
「ただの公立校と我が校が同じな訳ないでしょう。他に候補はありますか?」
ただの公立校と言った瞬間立花さんは変な顔をしたが、公立校と確固たる差があるのは事実である。
「じゃあ、ヴァイオリン…」
「楽器が出来るんですか?ヴァイオリンなら室内楽部ですね」
「あ、始めたばっかりであんまり出来ないけど…」
謙遜なのかそれとも真実なのかわかりにくい言葉に一瞬言葉に詰まる。
「本当に出来ないのならば入部はお勧め出来ません。室内楽部や吹奏楽部、声楽部などの音楽系の部は特待生も多いですし、そうでない生徒も幼い頃からやっている人や遅くとも中等部から始めているので…」
勿論、チャレンジは何歳からでも出来るし、それは素晴らしいことだと思う。しかし、周囲が平均以上に上手い生徒ばかりでは馴染めないだろうし、下手な人に合わせたりはしないから楽器を上達させるのに向いている環境ではない。
「で、でも私上手くなりたいの」
「ならば尚更入部はしない方がいいです。勿論、レベルの高い演奏を聴くことは大事なことですが、どの部もコンクールに向けて毎日練習していますし、上手くなる為にはそれなりの時間と練習量が必要です。成績の落とせない学術特待の立花さんにはあまり向いていないと思います」
「そ、そっかあ…」
「立花さんがどうしてもと言うなら止めはしませんけど」
立花さんは暫く考えてから、分かったと小さな声で呟いた。少し、言い過ぎたかもしれない。一応彼女の為に言ったのだけど…。
「じゃあ、演劇部とかはやってる?」
「演劇部なら公演日が近いので練習している筈ですけど、こちらも余りお勧めはしません」
「どうして?」
理由は簡単だ。篠原様の親衛隊の副隊長が演劇部のヒロインとして君臨しているから。馴れ馴れしく篠原様に纏わりついている立花さんはかなり目の仇にされている。ただそれを彼女に言っても仕方が無い。
「演劇部は初等部や中等部から始めているメンバーばかりですから、結束力が固いんです。中途入部は馴染みにくいかもしれません。演技力もプロ級と名高いメンバーも多いですから、役ももらいにくいですよ」
「そ、そう…じゃあ天文部とか行きたいな」
「天文部に近いものならありますけど、入部は難しいかもしれません。承認制の部活ですから」
「それなら大丈夫です!私星とか詳しいし!」
「それなら行ってみましょう」
私はすぐに立ち上がってさっさと教室から出た。どうでもいいけど、立花さんはずっと立ったままだったわね…。後ろについてくる彼女を振り返りながら天文学部の部室に向かう。天文学部は大学で学ぶような専門的なことまでやっていて、星の観測よりも物理学や数学、天文学を学ぶことに重きを置いているかなり特殊な部活だ。趣味と実益を兼ねて最近作られたばかりの新設の部活を何故彼女が知っているのか疑問だが。
教室から程遠くない部室棟にある天文学部を訪ねると、部長の福富淳也様が顔を出した。彼は生徒会の副会長と部長を兼任している異例の生徒であり、生徒会長の月宮様の従兄弟にあたる方だ。現生徒会唯一の三年生で、曲者の多い三年生を纏めさせるために月宮様が強引に生徒会からの引退を阻止したと、生徒会長選挙が行われた時に話題になった。つまり、学内ヒエラルキーのトップに君臨する人物である。いきなりの大物の登場に私は身を強張らせた。
「こ、こんにちは!私、立花美麗です」
「…はあ?」
なにこの女、とでも言いたげな彼の表情に私は一歩下がる。生徒会としての彼ではなく、天文学部部長としての彼は初めて見たが、普段の無愛想さに拍車がかかっている。
「ハッブルの法則とは?」
「えっと、なんだっけ…」
天文学部に入部したいと言った瞬間、福富様は無表情のまま聞いてきた。
「好きな天文学者は?」
「えっと」
それから幾つもの質問を繰り返したが、立花さんは一つもまともに答えることが出来なかった。天文学が得意なら好きな天文学者の名前くらい言えるでしょう…。私の感じた呆れは福富様も全く同じように感じていたらしい。
「この程度のことをすぐ答えられないなんて話になんないね。ここは天文学を学ぶ場なんだ。基礎的な問題を答えられない奴には向いてない。星の観測をメインに活動をしているのはプラネタリウム部だからそっちに行きな」
「そんな…私、今の問題に答えられるようになったら入れますか!?」
「今のは入部テストじゃないから。実際の入部テストは天文学の計測問題とか物理学を大学のテキストから出題してんの。君には無理」
それだけ言うと福富様は扉を閉めてしまった。明らかな拒絶である。扉を閉める前に心底哀れんだ視線で私を見てきたのが不本意だけど、仕方が無い。予想してた通りの展開なので、さっさと次に行こうと立花さんに声をかけようとして、彼女の凄まじい形相にギョッとした。
「淳也くんがこんな…なんで難しくなってるの?前はもっと簡単だったのに…他の所もそうよ…!」
「立花さん…?」
ぶつぶつと呟いている彼女が何を言っているのかさっぱりわからない。立花さんは福富様を知っているの?入部テストを受けたことがあるとしか思えない発言ですけど…。福富様が冷たい態度なのもそれに関係しているのかしら。それともただ単に立花さんが嫌われているのか…とにかく不気味。
「立花さん、こんな所にいても仕方ないし、どこか別の部を見に行きましょう」
「…もう行きたいとこなんてないもん」
「そう言わずに。部活に入ったら楽しいですよ」
言いながら、学術特待の立花さんは部活動免除が認められていることを思い出した。無理に進めることもないかな。でも篠原様にお願いされたんだし、最後までやりたい。
「…そういえば貴女は何部なの?」
「私は美術部です。絵が認められて芸術特待で入学したので、美術系の部活への入部が義務だったんです」
「ふうん」
聞いておきながら興味のなさそうな彼女にカチンときたが、そんなことで怒っても仕方ない。
「それより、他にどんなものに興味がありますか?」
立花さんが興味を示したのはテニス部、バスケ部にサッカー部、室内楽部、演劇部、天文学部…。運動部が多いけど、共通点ないな。でも、天文学部を除けば全国区での強豪だ。天文学部も優秀な人が集まるという点において一部の人からは注目されてるみたいだし…。
「あら?」
「なに?」
「いえ、なんでも…」
そういえば、今の六つの部には生徒会や委員会の有力者が入部している。共通点と言えばそのくらいだけど…いくらなんでも考えすぎよね。
「お勧めは書道部ですね。字は心が現れます。字を美しく書くのは淑女の基本ですから」
彼女のミミズののたくった汚い字で書かれたノートや書類を回収する度に恥ずかしくないのかと疑問に思っていたので軽くアドバイスする。
「あんまり興味ないかも…」
余りどころか全く興味のなさそうな表情に内心で溜息を吐いた。本人には言わないが、誰とも仲良くする気のない彼女はどこの部活に入っても浮いてしまう。ならば、個人で出来るものを選ぶ方がいいはずだが、本人はそれを望んでいないらしい。どうしたいのかさっぱりわからない。
「それなら、新聞部なんかはどうですか?癖のある人が多いですけど、部の特質上、家柄や本人の才能に左右されることはありませんし」
ただし、新聞部の部長は必ず家柄のいい人間が選ばれる。好き勝手に学内の情報をばら撒いているので、文句をつけにくくするためらしい。今年の部長は女好きでおまけに腹黒いので、あまり関わりたくないんですけど、問題児も多く集まるあの部なら立花さんの手綱を握るのも簡単でしょう。
「新聞部…」
「ええ、どうですか?」
「うーん…よく知らないから。ちょっと、考えてみるね」
「は?」
立花さんの言葉の意味が理解出来ずに首を傾げる。よく知らないも何も、転校してきたばかりの彼女が知っている部など殆どないだろう。勿論、鷲宮学院の部活はどこも学外に名声を轟かせるような部活ばかりだし、事前に調べている可能性もあるが、彼女の言い方はそういう感じではないとなんとなく、そう思った。
「今日はこれくらいでいいや。色々確認したいことも出来たし…。明日桜ちゃんにも聞いてみるね」
「え、ちょ」
不可解な言動の意味を考えていると、突然立花さんは走り去ってしまった。止める間も無く行ってしまい、廊下に一人取り残された私は呆然としながら彼女の後ろ姿を見送った。
「冗談でしょ…」
篠原様からのお願いを完遂出来なかったことに後悔し、明日には篠原様に大いに迷惑をかける立花さんの姿が容易に想像出来たことに落ち込んだ。やっぱりあの子は嫌いだ。
天文学部の質問のくだりは適当なので、深く考えずに読んでください…




