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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第九章 ~蟲殺の墜園~
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弐・第九章 第九話

「……り、り?」


 ドアから出て来た片足の少女を見て、俺の口はそんな呟きを発していた。

 だけど、なけなしの俺の理性は……その事実を否定する。

 だって……彼女が、生きている筈がない。

 何しろその小さな顔は、左目を中心として鋭利な刃物で突き立てられた、大きな穴が開いているのだから。

 何しろ彼女の小さな身体には、胸や腹にかけて数え切れないほどの、刃物痕が残っているのだから。

 ……いや、それどころか。


「……どうなって、やがる?」


 家の中から次から次へと、死んでいる筈の子供たちが……その悲惨な最期を見せつけるような身体をしたまま、歩み出て来たのだから。

 首が千切れている子供、胸に巨大な穴が開いている子供、腹を一文字に切り裂かれて腸がはみ出している子供……総勢、十名ほどの子供が、その無惨な身体を見せつけるかのように、俺の方へと近づいてくる。


「……よくもやってくれたね」

     「やってくれたね、ンディア」

           「ね、ンディアナガル」


 生きているとは思えない子供たちの十数個の口は、まるで示し合わせたかのように……タイミング良く俺への恨み言を口にする。


「……どうなって、やがる?」


 そのあり得ない光景に、俺は目を見開いていた。

 そもそも、あの重傷で子供たちが動けることが、生きていることがあり得ない。

 そして、子供たちが、手にあの紅の結晶で出来た槍を手にしていることがあり得ない。

 いや、それ以前に……子供たちの背中に、四枚の背翼と一枚の尾翼が幻視出来る、この状況そのものがあり得ない。

 ……いや、違う。

 俺は一度……この現象を目の当たりにしたことがある。

 アレは……


「……創造神、か?

 今さら、どういう、つもりだ?」


 前の世界……塩の砂漠を思い出した俺は、そう尋ねていた。

 眼前の子供たち……いや、その死体を操っているだろう、この世界の創造神とやらに。


「どういうつもりもなにも……貴様が」

             「貴様が、我が子供たちを……」


「生きとし生きる全ての存在を、滅ぼして」

       「全ての存在を、滅ぼしてしまったんだろう?」


 子供たちはよたよたと操られるように右へ左へと、俺を囲うように歩きながら……その中の、右前方を歩く腹を縦一文字に掻っ捌かれた女の子と、左を歩く男の子の腕に抱えられたままの頭がそう告げる。

 左右から完全に同じタイミング、完全に同じ抑揚で、だけど別人の声が聞こえる不快感に、俺は顔を歪ませていた。


「その所為で、肉体を失った私が操れる身体は」

            「私が操れる身体は、こんなものしか残っていなかったのさ」


「だからこそ、私の器足りえないこんな身体に、我が権能を」

              「こんな身体に、我が権能を分けているのだよ」


「損傷が比較的軽く操るのに支障のない」

            「支障のない、この十三個の身体をね」


 咽喉を掻っ切られている女の子が、頭蓋を割られている男の子が、干乾びた腸をはみ出している男の子が……

 胸に大穴を開けている男の子が、顔面を切り裂かれ散る女の子が、そして焦点すら合わない目でこちらを見つめるリリが、俺に向けてそう答える。


「そもそも、貴様の召喚を防ぎ切れ」

        「召喚を防ぎ切れなかったのが私の痛恨の」

                     「私の痛恨の失敗だったよ」


 子供たちの死体を操りながら、創造神はそう語る。

 そんな中、リリが……その顔を大きく貫いた刃物痕以外、生前と何も変わらない顔で前に一歩踏み出してくる。


「あれは、そう……蟲皇の召喚術を食い止めたところで、この小娘を育てていた娼婦が、貴様を呼び寄せてしまったのがそもそもの失敗の始まりさ。

 お蔭で……我が計算が随分と狂ってしまったものだ。

 この小娘が、ここまで生き延びたことを含めて、ね」


 リリスの身体を操る創造神は、自らの身体を指さしながらそう告げる。

 まるで俺がこの世界に来たこと全てが過ちであったかのように……リリスを、蟲の餌とされていた彼女を助けたことが、過ちであったかのように、彼女は語る。

 ……助けた当の本人である、リリスの身体を使って。

 まるで俺が助けた行為そのものを否定するかのように、今はない右足から紅の義足を生やしながら、彼女の身体を操る創造神は言葉を続ける。


「尤も私が抵抗した所為で、貴様は上空高くから喚ばれる羽目になっていたようだけどね」


「……あれは、貴様の所為、か」


 創造神のその言葉に俺は、この砂の世界に召喚された時の……はるか上空から弾き出され、自由落下によって凄まじいダメージを喰らったのを思い出す。

 ……考えてみれば、確かに不思議だったのだ。

 俺が蟲皇の残骸と巨島との中間点に召喚されたのは、テテニスとあの男が俺を召喚し合った所為なのだろう。

 だが、右と左から引っ張り合ったところで、空高くから吐き出される訳がない。

 アレはつまり第三者の……創造神ランウェリーゼラルミアの妨害とやらの所為で起こったアクシデントだったらしい。


「何故、てめぇが、俺を……」


「何故と、貴様が聞くのかい?」


 全身の痛みを思い出して怒りに顔を歪ませた俺の問いに返ってきたのは、同じように怒りに顔を歪ませた、リリスの声、だった。

 彼女はまるで俺に周囲を……何もなくなったこの世界を見せつけるように、大きく両手を広げる。

 そして、その事実に俺が怯んだそのタイミングを見計らっていたのだろう。


「この事態を招いておいて?」

「この惨劇を招いておいて?」

「この破壊を招いておいて?」


 周囲の子供たちが、子供たちの死体を操る創造神が、そう告げる。

 ……まるで、俺を責めるかのように。


「この世界の、生けとし生きる者全てを崩壊させておいて?」


「……ぐ、くっ」


 創造神の……締めくくるかのように放たれたリリスの身体から放たれたその声に、俺は返す言葉を持たなかった。

 俺にどういう意図があったとしても、この世界がどれだけ腐っていても、俺がこの世界を全て破壊させる元凶になってしまったのは間違いないのだから。

 それでも……


「それでも、俺は、誰かを、救おうと……」


「はははっ。まだ言っている」

       「言っているのかい、その戯言を」


 縋るように呟いた俺の言い訳を、創造神ランウェリーゼラルミアはあっさりと笑い飛ばす。


「何が可笑しいっ!」


「だって貴様は、何かを救おうなんて、していないだろう?」


 自分の生き方を否定された俺は怒りに思わず怒鳴り散らす。

 ……だけど。

 俺の怒声に返ってきたのはそんな……呆れたかのような創造神の声、だった。


「っ、違う。

 俺は、リリを、テテニスを、子供たちを……」


「ははっ」


 創造神の言葉を否定しようと俺の放った叫びは、リリスの身体が放った笑い声によってかき消されてしまう。

 そのままリリスの身体を使う創造神は、人形じみた動作で肩を竦めながら言葉を続ける。


「だから、それが戯言に過ぎないのさ。

 貴様がしていたのは、ただの現実逃避だよ。

 私の妹の世界を滅ぼした、大勢の人を手にかけた……その責任から逃れるために、いや、その失敗から目を逸らすために、現実逃避をしているに過ぎない」


 リリスの身体は、その小さな身体には不釣り合いなほどの紅の槍を、俺に向かって突きつけながら、そう告げる。

 ……俺の、この世界での行動全てを、完膚なきまでに否定する言葉を。


「だからこそ、救おうという意思があっさりと砕ける」

「欲望に負ける」

「殺意に負ける」

「行動が一貫しない」


 続けて、周囲の子供たちが、俺を責める言葉を続ける。

 ……次から次へと。


 ──そんな、こと、は……


 俺は、その数多の小さな口から放たれた言葉を否定しようと内心で声を上げるものの、俺の口は言葉を放とうとはしなかった。

 ……自覚は、少し、あったのだ。

 ただ、誰かを救おうとすることよりも……その場その場で他に大事なことを優先していた、だけで。

 ……俺のこの力があれば、人を救うなんて容易いだろうと、甘く見ていただけで。

 決して……それを現実逃避をしていた、訳、では。


「……結局、貴様の語る『救済』など、ただの自分勝手な言い訳に過ぎないのだから」


 創造神の言葉を、必死に否定しようとする俺に向けて、操られたままのリリスの口からその否定全てを打ち消すような声が放たれる。

 俺は首を左右に振り、その言葉を振り払い、叫ぶ。


「違う。

 違う違う違うっ!

 それでも俺は、子供たちを、リリを、テテニスを、救おうと……」


「だったら、何故この世界も滅ぼしたんだい?」


 俺の否定の叫びは、紅の槍を唯一持たない……千切れた首を両手で抱える男の子の口から放たれたその問いによって、あっさりとかき消されていた。


「貴様がトドメを刺したあの中には」

「貴様が怒りを向けた天上の民以外にもたくさんの人がいて」

「その中には、娼婦も子供も赤子も老人も」

「この子供たちよりも恵まれず、この子供たちよりもか弱い」

「そんな数多の命があったというのに」


 胸に大穴を開けた子供が、頭をかち割られた子供が、腹を切り裂かれた子供が、胸を突き刺された子供が、咽喉を掻き切られた子供が、順番に口を開き、俺を責める。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能でも防げない、その糾弾の嵐に……俺は周囲の子供たちを直視することも出来ず、俯いたままただ歯を食いしばるだけだった。


 ──だけど。


 だけど、今を思い出してもアレは……

 ……あの連中を、許せる、訳がない。


「それは……この世界が、腐って、許せない、から」


「そうだね。

 ……腐っていたのは認めよう」


 ひねり出すような俺の声に返ってきたのは、意外にも己の非を認める創造神の呟きだった。

 その声に顔を上げた俺に、リリスの身体はその手にした紅の結晶を見せつけながら、言葉を続ける。


「私を信奉していたあの者たちへの迫害を見かねて、私が権能の一部を……あの紅の結晶を彼らに渡したのは、確かに間違いだった」


 創造神は、紅の槍を塩に突き立てながら、そう呟く。

 たったのそれだけで、俺の権能によって辺り一面にまき散らされた塩は、一瞬の内に消え去り、周囲はただの砂の大地へと変貌を遂げていた。


 ──なっ?


 その凄まじい奇跡を目の当たりにした俺は、今さらながらに彼女が……彼女の身体を操っている存在が、この世界の創造神であると実感する。


「その所為で彼らはあのンガルドゥームを生み出し、こうして世界を砂に変え、他の民を見下すようになってしまったのだから。

 世界の滅びを招く一因が彼らにあったのは……貴様の言い分は、確かに間違いじゃないのだろうね」


 一面に露出した砂を、その手に持った紅の槍で突き刺しながら、リリスの身体を操る創造神はそう告げる。

 意外にもその行動は死んだ者たちへの哀悼のようにも思えてしまう。

 だけど……今は、そんな彼女の行動に注意を払う必要もない。

 俺は、俺の行動は、間違っていないのだと、そう、『彼女に』伝えなければ。


「……そうだ。

 だから、俺は、あのクズみたいな連中が、そのクズ共に飼われている奴らが、許せなかったんだ。

 全ては、あの紅石とやらがっ!」


 俺がそんな言い訳がましい行動をしてしまったのも……

 もう亡くなっているとは言え、創造神が操っているその身体が……共に暮らし、同じ食事を摂り、同じ部屋で幾夜も過ごした、リリスのモノだったから、だろう。

 ……だけど。


「「「はははっはっはっはっはっはっは」」」


「はははっ。

 ……それを、貴様が口にするのかい?」


 俺の言い訳に返ってきたのは創造神の……いや、創造神が操る子供たちの、四方八方から響いてくる、心の底からの哄笑だった。


「……何が、可笑しいっ!」


 その余りにも大きな笑い声に……周囲の子供たちが、いや、子供たちの残骸に四方八方から笑われるという事態に、俺は苛立ち……叫ぶ。

 その俺の怒鳴り声を聞いても、創造神は……創造神に操られた子供たちは笑いを止めなかった。

 その笑い声の中、リリスがやはり笑いながら、俺に問いかけてくる。


「だって、考えてもみてくれ。

 彼らが一体、何をしたと言うんだい?」


 その問いに対する答えは簡単だ。

 周囲に幾らでも……四方八方見渡す限りにソレは広がっているのだから。


「この世界を、砂へと変えたっ!」


「そうだね。

 でも彼らは自らの島を開放して、外の民を助けていたんだよ?」


 次に放たれた……千切れた頭を両腕で抱えた子供の口から放たれた、その問いに対する答えも簡単だった。

 連中が助けた奴らをどういう風に扱っていたか……俺はこの耳で聞いている。


「奴隷として、だろうがっ!

 壁を作って差別し、個数管理なんて勝手な理屈で殺し合わせ、自分たちが偉い存在だと信じて疑いもしないっ!」


「でも、彼らが紅の結晶を使わなければ、誰一人として助からなかった。

 そもそも、個体数が増え過ぎれば自滅するのは本当のことさ。

 ……それでも、彼らの行動が悪だったと?」


 その次の、頭がかち割られて目玉が飛び出ている子供の口から放たれた創造神の問いに、俺は一瞬口ごもる。

 確かにそれは一理はある。

 犬猫だってすぐに増え過ぎて飼えなくなるからこそ……あちこちに捨て犬や捨て猫の話が溢れ返っているのだから。


 ──だけど。


 だけど……許せない。

 人間は、犬や猫とは違うのだ。

 何よりも、テテニスを死に追いやり、リリスや子供たちが殺される原因を作り、アルベルトを殺したあの連中を……

 ……許せる、訳がない。


「蟲を生み出し、人々を恐怖で支配していたっ!」


「それも、彼らの立場を考えればそう間違ったことじゃない。

 一方的に個体調節をする訳でもなく、恐怖だけで支配する訳でもなく。

 機甲鎧を与え、蟲と戦う術を……希望をもたらしたのも彼ら自身じゃないか」


 俺の叫びに返ってきたのは、胸が半ば断ち切られた子供の、呆れたような声だった。

 それが例え事実だったとしても……そんな言い分、認められない。

 認められる筈がない。

 連中は俺のことを……いや、世界のために命を落とした、テテニスを、エルンストを……そしてアルベルトを、闘犬とあざ笑っていたのだから。


「連中はっ!

 その有様を見てっ!

 笑っていただろうがっ!

 てめぇの、身体の一部などという、訳の分からないモノを手にしたってだけで、傲慢にもっ、神になったつもりでっ!」


 その腹の奥から吹き上がってくる激情に任せ、俺は創造神に操られし子供たちへと怒鳴りつける。

 これ以上の戯言を、一言だって許してなるものかと、拳を握りしめて。

 ……だけど。


「「「……まだ、分からないのかい?」」」


「……何の、ことだ?」


 俺の怒声に返ってきたのは……十数名の子供たちの口から一斉に放たれた、心底呆れたかのような声だった。

 怒りの機先を制された俺に向けて、創造神に操られた子供たちは言葉を続ける。


「突然与えられた」

「神の力で慢心し」

「人の有害を」

「勝手に区別し」

「自分勝手な判断で救い」

「殺し」

「彼らの死を」

「無力を」

「努力を」

「あざ笑う」

「貴様は」

「それが」

「気に入らないのだろう?」


 創造神に操られた子供たちは次から次へと語り手を変え、右から左へと順々に一言ずつ俺に告げていく。

 複数の相手が次々と語るその声に、俺は不快感を隠せない。

 ……いや、違う。

 コイツの言っている当然のその言葉が、何故か、気に入らないのだ。

 これ以上聞いてはいけないような、そんな予感がある。

 だけど。

 創造神の操る子供たちは、俺のそんな予感を意に介すこともなく、また次々と言葉を紡ぎ始めていた。


「気に入らないのも当たり前さ」

「今まで自分のやってきたことを」

「敢えて目を逸らしてきたことを」

「鏡に映して」

「目の当たりにさせられたようなものだからね」


 子供たちがそう告げたその言葉の意味を、俺は飲み込むよりも早く……最年長であり最もよく顔を見知ったリリスが俺へと一歩踏み出し……

 トドメとばかりに、口を開き……その言葉を、口にした。


「だから、彼らに貴様が怒りを覚えるのは当然だ。

 何故なら人はその感情を……

 ……同族嫌悪、と呼ぶのだから」


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