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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第九章 ~蟲殺の墜園~
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弐・第九章 第七話

 下民と呼ばれていた家畜共の全滅を見届けた俺は軽く肩を竦めると……再び幾多の画像へと視線を移す。


「一斉射、放てっ!」


「白機師団、前へっ!」


 そこでは、白い機甲鎧の集団と黒い蟲共との間で戦いが始まっていた。

 百機近くの機甲鎧が一斉に壁の上へと並び、大盾を構え長槍や長剣を手に、次から次へと城壁を這い上がってくる黒い蟲共を迎撃し始める。


「いけっ!

 我が機師たちよっ!

 色付きの下民共とは違うところを、見せつけてやるのだっ!」


「ああ、蟲共なんざ、殺せっ!

 殺し尽くしてしまえっ!」


 貴族とか名乗るクソ共が、意気揚々とそう叫ぶように……確かに、白い機甲鎧たちは「特別」だった。

 言うなれば「黒」の連中の防御力に、「青」の機動性、「赤」の攻撃力全てを兼ね備えていて……一体の機甲鎧が剣を横薙ぎに払うだけで、黒い蟲共はあっさりと胴が引き裂かれ、臓物を周囲にまき散らす。

 そこで行われていたのは、戦いと言うよりも屠殺に近い……そういう凄惨な光景が広がっていた。


「よし、よし、よしっ!

 そのまま一気に殲滅してしまえっ!」


「いくら黒い蟲共とは言え、無限に湧き続けられる訳もないっ!」


 玉座の周囲にいるクソ共が白の活躍を見た所為か、調子に乗ってそう喚く。

 ……だけど。

 幾ら「白」共が頑張っても……所詮、多勢に無勢なのだ。

 そして、彼らが頼みとしている城壁でもすらも……蟲にとっては『ただの食料』に過ぎない。


「く、くそっ!

 畜生~~~~っ!」


「ガルンナエスが食われたっ!

 くそ、どうすればっ?」


「足場が、畜生っ!

 こいつら、城壁を喰ってやがるっ!」


 抵抗虚しくあっさりと物量差に一機一機と飲まれ、更に、足場を崩されて落下して食われ……挙句に仲間の剣を喰らって倒れるなど、少しずつ少しずつ数を減らしていく。


「……こ、こんな、筈、では」


「このままじゃ、我々も……」


 そうして、白機師たちの旗色が悪くなってきたことに気付いたのだろう。

 御貴族様たちは、口々にそんな言葉を呟き始めていた。

 尤も、国王という名の権威だけのクソに憚ってか、流石に大きな声で不安を口にすることは出来ないようだったが。

 とは言え……白い機甲鎧の数が一機ずつ減っていくに従い、その声は少しずつ大きくなり始めていた。


「……ぐ、くっ!

 ええい、我が精鋭は何をやっているのだっ!」


 玉座に座ったクソはそう叫ぶが……一人が叫び喚いたところで戦況が変わる訳もない。

 集団戦という名のただの数の暴力は、ゆっくりとゆっくりと物量の多い方へとその天秤を傾け続ける。


「隊長っ!

 このままでは……

 一時、撤退をっ!」


「何処へ逃げるというのだっ!

 この島以外、我らの行く場所などないっ!」


 城壁を守る「白」は一機一機が強く……そして此処を抜かれたら何もかもが終わりだと自覚しているのだろう。

 退くこともせず、怯懦に逃げ始める者もおらず、泣き言さえも激励によって蹴散らして、ただ必死に蟲を屠り続け……だからこそ、戦況はゆっくりとしか変化しない。

 だけど……徐々に徐々に、彼らの敗色が濃くなっていくのは、誰の目から見ても明らかだった。


「やらせはせんっ!

 やらせてなる、ものかぁああああっ!」


「隊長~~~~っ!

 畜生、こいつらぁああああっ!」


「うわ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 畜生畜生畜生畜生ぁあああああああああああああああっ?」


 ──そろそろ、だな。


 必死に耐えている白機師たちの、悲痛な叫びと絶叫と絶望の声に、俺は肩を軽く竦めて視線を映像から引き離す。

 これ以上は……ただの殺戮劇が続くだけで、もう意味もないだろう。

 その様を見るのもそれなりに面白いのだろうが……今は、この場に残っている、俺を見下し、アルベルトを殺し、テテの死を無駄にしやがったクソ共の処理が残っている。


 ──どうせ死ぬんだったら、全ての望みを絶ち切り、絶望の中で殺さないと、な。


 そう考えた所為か、俺の顔は自然と笑みを浮かべていた。

 そんな俺の行動が、どうやら彼らの自制を崩す、最後の引き金になったらしい。


「た、助けてくれっ!

 貴様なら……貴方なら、蟲から逃れる術を知っているのだろうっ!」


「金なら、幾らでも出すっ!

 だから、だから、どうか、我々だけでもっ!」


 クソ共の一部……五匹くらいが、俺へと駆け寄ってきたのだ。

 ……必死に命乞いをしようとするその姿勢は、もう見苦しくて反吐が出る。

 だから、俺はそいつらに向けて、満面の笑みを浮かべると……


「お、おお。

 助けて、くれるのかっ!」


「さっそく、貴方様の望みを叶えよう。

 幾ら、幾ら必要だっ?

 何をして欲しいっ!」


 俺の笑みに希望を見い出したのだろう。

 クソ共の顔が明るくなったのを見届けた俺は、ゆっくりとテラスへと指を向け……


「飛び降りろ」


 笑顔のまま、そう、命じる。


「……は?」


「蟲に喰われたくないんだろう?

 だったら、飛び降りて、死ね。

 そうすれば、生きている内は、蟲に食われないだろう」


 俺の言葉の意味が分からなかったのだろう。

 いや、もしくは信じたくなかったのが正解かもしれない。


「……そ、んな……」


 一匹目のクソは現実逃避を始めたのか、その場にへたり込み、首を左右に振り始める。

 三匹ほどのクソは、俺が救い手となり得ないことに気付いたのか、俺からゆっくりと距離を取り始めていた。

 残った一匹のクソは、思い通りにならない俺にブチ切れたのか、突然顔を真っ赤にしたかと思うと、いきなり俺の頬を殴りつけ……


「うぉおおおおおおおおおおおっ?

 腕が、腕がぁあああああああああっ?」


 その暴挙の代償として……腕が塩と化し、ゴミのようにあっさりと砕け散ることとなってしまう。

 そして、腕を失ったそのクソは、砕けた右腕を抱えたまま、悲鳴を上げながら謁見の間をうろうろと歩き回り、周囲に鮮血をまき散らした挙句。

 ……何を思ったかテラスから自らの身体を放り投げていた。


「……馬鹿か」


 飛び降りていったクソに俺はそう呟くものの……別に何か感慨がある訳でもない。

 すぐに肩を竦めて気を取り直すと、視線を残りのクソ共へと向ける。


「俺は、命じた筈だ。

 ……死ね、と。

 例外はない」


 そして、冷酷にそう言い放つ。

 笑みを消し、まるでゴミを見下すかのように……さっきまでこいつらが浮かべていたのと同じ視線を、神にも等しいと錯覚していたクソ共へと向ける。


「うぁああああああああああああああっ!」


 その視線に耐え切れなくなったのか、それともこの状況に耐え切れなくなったのか。

 クソの中の一つである太った牝豚が突然、この世の終わりのような悲鳴を上げ、身体中の脂肪を醜く揺らしながら、テラスへと駆け寄り……その勢いのまま飛び降りて消えていく。

 このままだと確実に訪れる『最悪の未来』から逃れようと……蟲に喰われるよりは飛び降りて死んだ方がマシだと、そう判断したのだろう。

 事実……白い壁に映る画像は、もはや戦いの体をなしていなかった。

 ただ白い機甲鎧が蟲に喰われ、徐々に徐々に人の形を失っていく……そういう惨劇が続いているだけである。

 そしてその情景は……テラスから見ても、いや、城の何処から見ても分かるのだろう。


「な、なんだ、貴様らっ!

 ここを、何処だとっ?」


「お前たち、それでも天空人かっ!

 恥を、恥を知れっ!」


「うるさい、どけぇえええええっ!」


「そこまで蟲が来ているんだよぉおおおおっ!」


 そんな騒ぎにふと俺が謁見の間入口の方へと視線を向けると……メイドや城に詰めていたらしき衛兵、コックや庭師など数多の人々が助けを求め、ただ上へ上へと逃げ場を探して来ていた。

 もはや王の権威すらも関係ないらしきその連中は、衛兵の制止にも関わらず、あっさりと謁見の間へと走り込んで来て……

 だけど、謁見の間に駆け寄ってきた奴ら全員は、俺の姿をその瞳に映した途端……何故か足を止めていた。

 死にもの狂いで、狂気に血走っていた筈の連中が、一人残らず、だ。


「きゃっ」


 そんな中でも、ドジなヤツはいるらしい。

 後ろから駆け込んでくる、俺の姿を見ていないヤツに押されたのだろう。

 群衆から一歩前へと、三十代くらいのメイドが一人、押し出されて転がっていた。


 ──お?


 そのメイドに見覚えがあった俺は、彼女にゆっくりと歩み寄る。

 俺のそんな何気ない動作だけで……怯えた顔をした群衆は、その転んだメイドに近づくまいと、自然に距離を取っていた。

 ……まるで彼女を、俺への生贄として捧げるかのように。


「あ、貴方、は……

 いえ、貴方様は、一体……」


 以前、道案内をした俺の姿を直視した彼女の顔に浮かんでいたのは……ただ恐怖だけだった。

 ……前と比べても、俺の姿は何も変わっていない筈なのに。

 俺の身体から吹き上がるような権能が、彼女に何かを幻視させたのかもしれない。

 その恐怖に顔を引き攣らせたメイドは、助けを求めるかのように周囲を見渡し……

 すぐに血に伏したままの『最強』の姿を見て固まったかと思うと、何故か全てを諦めたかのような吐息を吐き出し……


「ああ、そう、なのですね。

 最愛の彼を失った、貴方は……

 ……我々に、罰を、下す、のですね」


 彼女は、何故かそんな……訳の分からないことを言って、手を組み、目を閉じて観念するかのようなポーズを取り始めていた。

 彼女の思考回路はさっぱり理解出来なかったが……まぁ、彼女だけを助けてやるほどの義理はない。

 だけど、罪を悔いている彼女は……一応、顔見知りには違いなかった。


「世話になった、せめてもの慈悲だ。

 苦しませないように、逝かせてやる」


「……はい」


 メイドが頷いたのを見た俺は、ソレが可能という心中の確信のまま、静かに彼女に向けて手をかざし……彼女へと権能を優しく流し込む。

 それだけで、あっさりとその女性は純白の、ただの塩の塊となり……直後にバランスを崩して地に倒れ、あっさりと砕け散って果てていた。

 ……苦しむこともなく、怯えることもなく、ただ静かに散って行った彼女を見届けた俺は、ゆっくりと視線を周囲へと向ける。

 周囲の連中は、まるで俺と視線を合わせるのを拒むかのように、俺に向けて慈悲を乞うかのように、頭を伏していた。

 だが、今さらもう遅い。

 ……テテニスもリリスも子供たちも、もう生き返っては来ないのだから。

 こいつらが生み出した蟲によって砂に変わったこの世界が、命が、元通りにはならないのと同じように。


 ──ん?


 不意に、この王城全体に僅かながら揺れが走る。

 どうやら蟲共が巨島の端まで……この王城までその胃袋へと収め始めたらしい。

 尤も、俺たちが立っている王城そのものが巨大で安定しているのか、それとも蟲共が気を利かせてゆっくりと齧ってくれているのか……その揺れはそう大げさなものではなかったが。


「どうやら、そろそろ終わりのようだな。

 さぁ、国王陛下様。

 この下賤なる闘犬めに、何か御言い残すことは、御座いますか?」


 と、俺がそんな慇懃無礼極まりない言葉で、嘲りの言葉を吐き捨てる。

 ……激怒の表情を浮かべながら玉座に座り、だけど俺に向けて罵声の一つも口にしようとしない……王冠を被った臆病者のクソに向けて。

 俺の言葉への返事はない。

 ……ある訳がない。

 この期に及んで……もはやこの王城にしか人間が残っていないこの状況で、王の権威も何もかもある筈がないのだから。

 そう考えた俺は、王冠を被ったそのクソの負け惜しみを期待しながら待つ。

 だけど、クソはクソなりの矜持があったらしい。


「馬鹿はどっちだ。

 我らにはまだ切り札が残っておるわっ!」


 王冠を被ったクソはそう大声を上げると、天に向けて……いや、天上にいるだろう神へと向けて手を伸ばす。


「我らを創造せし神ランウェリーゼラルミアよっ!

 我らに救いをっ!

 この邪悪を討つために、古の聖剣を再び我らに与えたまえっ!」


 その叫びはただ静かに謁見の間に響き渡っただけだった。

 ……そう。

 何も起こらない。

 起こる訳がない。

 超越者たる神が、人間なんざ……救う訳がない。


 ──もし、そんな神がいるのなら……

 ──テテニスが、あんな形で死ぬ必要なんざ、なかった。

 ──リリスを、あんな目に遭わせる、訳がないっ!


 その事実を知り尽くしていた俺はその王冠を被った道化師の滑稽な芝居を笑い飛ばそうと、息を吸い込む。

 だけど。

 信じ難いことに……奇跡は、起こったのだ。


「お、おおおおっ?

 奇跡、だっ!」


「神よっ!

 感謝いたします」


 その叫びに応えたかのように、テラスの向こう側……恐らくは遠くの砂漠の果てから、紅に輝く剣がこの場へと飛び込んできた。


「……馬鹿なっ?」


 祈りに神が応えるという、そのあり得ない事態に、俺の口からは思わずそんな叫びが放たれていた。

 そんな俺に向け、王冠を被ったクソは、勝ち誇るような笑みを浮かべる。

 しかしながら……その傲慢な笑みもそう長くは続かなかった。

 その紅の剣……恐らくは蟲皇の憑代が手にしていた聖剣は、テラスから室内へと一直線に飛んできたかと思うと……


「……なん、だと?」


「馬鹿な、何故……」


 ……身体中から血液を全て失い、既に絶命した後のアルベルトの亡骸の上に浮かんでいたのだ。

 まるで、その横たわったまま動かない青年が『聖剣に選ばれた勇者』だと言わんばかりに。


「くく、くくくくっ」


 その事実に気付いた俺の口からは、知らず知らずの内に笑みが零れ出ていた。

 ……それも、仕方ないことだろう。

 窮地に追い込まれたコイツらが最後の最後に救いを求めた聖剣の勇者は、コイツら自身が『闘犬』と断じて、無価値に手を下した……当のアルベルトだったのだから。

 このクソ共の、まさに自業自得としか言いようのない有様を目の当たりにして、笑いが堪えられる訳がない。


「き、きさまぁああああああっ!

 せめて、この俺がっ!」


「……ウザい」


 壇上で雁首を並べていたクソの一つ……さっき賭けをしていたべリア何とかと呼ばれていたクソが、一体何を勘違いしたのか、アルベルトの亡骸の上に浮かぶ紅の聖剣を手にし、俺へと斬りかかって来た。

 だけどソイツは、所詮は何の訓練も積んでいない、聖剣に選ばれてもいないただのクソでしかない。

 俺がその紅の剣に渾身の拳を叩きつけるだけで……真紅に輝くその剣はあっさりと砕け散る。


「ひ、ひぎゃああああああっ?」


 拳の威力が強すぎたのだろうか?

 分不相応にも聖剣を手にしたそのクソは、俺が放った拳の衝撃に耐えられなかったのか、指と上腕が明後日の方角へと向いたらしく、変な悲鳴を上げていた。

 だが、まぁ、そんなクソ……もうどうでも構わない。

 ただ少しだけやかましかったので、黙らせる意味で腹に指を突き刺してやる。


「~~~~~~っ」


 激痛に声すら上げることも出来ないまま、そのクソはアスファルトの上に落ちたミミズのように跳ね回るが……まぁ、やかましくなければそれで構わない。


「……さて、と」


 顔を上げた俺が周囲を見渡す限り、立ち並ぶどのクソの顔にも、絶望以外の色が見えなくなっていた。

 隅の方では耐え切れなくなったらしく、クソの数匹が自らの短剣で自らの首を突き自殺しているのが目に映る。

 恐らく彼らは、蟲に喰われるよりは、テラスから蟲の中へ飛び降りるよりも、そうして自害した方がマシだと思ったのだろう。

 早い話が……この場に居座るクソ共は、もはや「死」以外に救われる道がないところまで追い込まれているらしい。


 ──そろそろ……何もかもを終わらせる頃合い、だろう。


 そう考えた俺が、蟲がどこまで迫っているかを見ようと、テラスに向けて足を運ぼうとした。

 ……その時だった。


「ま、待って下さいっ!」


 純白のドレスに身をまとった美少女が、玉座の隣から駆け寄ってきて……

 少しだけ躊躇いを見せた、その直後。


 意を決したかのように、白いドレスを身にまとった彼女は……俺の胸へと飛び込んできたのだった。


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