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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第九章 ~蟲殺の墜園~
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弐・第九章 第六話


「……早く、殺処分して下さいな。

 その闘犬の視線、気持ち悪くて仕方ありません」


 マリアフローゼ姫の、小さくて可憐な唇から吐き捨てるようなその言葉を聞いた瞬間、俺は脳を破城槌で殴られたような衝撃を受けていた。

 ……だって、それはないだろう?

 この世界に来たばかりの俺は兎も角、今俺の腕の中で息を引き取ったアルベルトは……マリアフローゼ姫に懸想するがために、必死に戦い抜いてきたんだぜ?

 それを、闘犬如きと……見下す、のかよ……


「はっはっは。

 確かに、そうだな。

 そろそろ引導を下してやるか」


「ええ、そうですな。

 姫にしてみれば、家畜から下卑た視線を向けられ続ける訳ですからな。

 可憐な乙女には耐えられないでしょう」


「これはこれは。

 ベリアベルゼ卿もなかなか手厳しいことを」


 王冠を被ったクソと、貴族という名のクズ共が下卑た声で笑い合うのを聞きながら、俺は眼前の白い壁に映し出されている映像の一つ……巨大な蟲に挑む、とびっきり早い青い機甲鎧二機の姿を見て、今さらながらに理解していた。


 ──ああ、そうか。

 ──コレが、お前の言っていた「真実」か。

 

 あの祝賀会の時……レナータがトチ狂ってマリアフローゼ姫を殺そうとしたことを思い出す。

 姫のことを「世界を滅ぼす諸悪の根源」と語っていたことを。

 ……彼女は知っていたのだ。

 マリアフローゼ姫が……いや、この貴族たちが赤い蟲を生み出していたことを。

 そして機師たちが命を懸けて蟲と戦っている光景を、コイツらが賭けの対象として笑いながら見ていたことを。


 ──ああ、だから、か。


 自らの片割れが蟲と戦って死んだ直後に、そんなことを聞かされたら……

 そして自らの想い人であるアルベルトが、それでも姫様への懸想を止めないのだから……彼女がマリアフローゼ姫を殺そうと思い立つのも当然だと言える。


 ──くそ、アイツの方が、正しかったってことかよっ!


 アルベルトの身体から噴き出す血が俺の手を濡らし……その生暖かい感触が、レナータの心臓を貫いた感触を思い出させる。

 歯を食いしばりながら、俺は、その事実に必死に耐えていた。


 ──そう言えば、派閥なんてのも、あったっけか。


 テテニスが『機師殺し』として暗殺した、赤機師団の団長や長老派の人たちは……それを知って反旗を翻そうとしていたのかもしれない。

 だけど……彼らの賛同する連中は全て、蟲皇討伐の名の下に、黒い蟲と戦って散ってしまっている。


 ──あの青機師も、何かを言いかけたっけ。


 塩の平原で名も知らぬ青機師が叫ぶのを、機甲鎧で握り潰したのを思い出しながら、俺はこの世界を旅した記憶を思い出していた。

 ……そう。

 幾つものヒントがあったのだ。

 おかしな階級社会、機甲鎧という不自然なロボット、砂漠化した世界、巨島へと襲いかかってこない蟲、王家に支配されていた水、緋鉱石という奇妙な物質、市民街と貴族街を仕切るあり得ないほど大きな壁。

 数々の、この世界の歪さを知らせる、ヒントが。


 ──俺は、そんなのを、見ようとも、せずに。


 ただ、好き勝手やって、ただ邪魔者を殺して、力にモノを言わせるばかりで……

 そう反省した俺が、身じろぎをしたその瞬間。

 俺の懐からは色を失った皇玉が転がり落ちていた。

 その血に染まる皇玉を見ても、貴族という名のクソ共は特に慌てることもなく、ただ笑い声を上げるだけだった。


「……ああ、それは蟲皇の核か。

 蟲皇本体が崩れ落ちた以上、それはもう不要なガラクタに過ぎん」


「後生大事に持ってくるとは。

 下民にはそんなガラクタがお似合いということでしょうな、はっはっは」


「仕方ないじゃありませんか。

 下民共は、食料どころか水さえも我らの汚水を呑まねば生きていけぬ身。

 ……哀れな生き物なのですから」


 貴族という名がつくだけのクソが、そう笑うのを聞いて、俺は顔が歪むのを抑えきれなくなっていた。

 確かに『下』では下水を飲んで暮らすしか出来ない連中ばかりが揃っていた。

 ……だけど。

 だけど、まさか……市民街の連中が飲んでいた井戸が、あれだけ美味いと思って飲んだ井戸の水が……まさかコイツらの下水だった、だなんて。

 そんな俺の表情を見て、クソ共は笑い声を大きくする。

 それが面白かったのだろう。


「そうであったな。

 ほら、神にも等しき我々が慈悲深く、貴様らのために与えてやっている肉だ。

 残さず食えよ、下民」


 国王が笑いながら、紅石(こうせき)に手を触れて何かを創り出し、俺に向けて放り投げる。

 べちゃりとアルベルトのの身体から流れた血の中に放り投げられたソレは……手のひら程度の、赤い幼蟲で……

 投げ捨てられた時に腹が潰れ、周囲に体液が散らばったが、床が溶けることはなく……どうやら赤い蟲共と違って酸の体液を持たない、食用の個体らしい。


 ──ちょっと、待てよ、おい。


 つまり、何か?

 コレが、俺たちの食べていた肉ということは……

 俺たちは……蟲の脅威に怯え続けていた筈の市民街の平民たちは、蟲を喰って生きてきた、ということか?

 このクズ共に世界を奪われ、このクズ共の汚水を飲み、このクズ共の創った蟲に怯えながら、このクズ共の創った蟲を喰って、生きて、きたと。


 ──それは……まさしく、家畜じゃないか。


 蟲皇の憑代がこの世界の人間のことを「家畜」と呼んでいたのを思い出す。

 アレはまさしく的を射ていたのだ。

 この世界の人間は、ただコイツらに飼われ、怯え、従い、戦わされるだけの、ただの家畜に過ぎないのだから。


 ──う、ぐっ?


 その余りの悪趣味な『餌』に俺はもう耐え切れなかった。

 アルベルトの亡骸を放り捨て、その場に蹲り、胃の内容物全てを吐き捨てる。

 俺の『友人』と笑いあいながら作った、下手くそ極まりない焦げた干し肉と塩まみれのスープを。

 ……そう。

 耐え切れなかったのだ。

 こんなゲス共が差し出した『餌』が胃の中にあることが。

 こんなゲス共が差し出した『餌』を有難がっていた自分自身が。


「ったく。

 床を汚すなど、所詮、下民は下民か」


「……もういいでしょう、みなさん。

 本当に、気持ち悪い」


 床に吐瀉した俺を笑っていたクソ共を止めたのは、意外にもマリアフローゼ姫だった。

 ……だけど。


「さっさと次の、下民と戦わせる生き物の話をしましょう。

 蟲というのにはいい加減飽きましたわ」


 マリアフローゼ姫の口から出て来たのは俺を庇う言葉でもなければ、悪趣味な同族を窘めることばでもなく。

 ただ、次の闘犬の対戦相手に対する言葉、だけ、だった。


「そうだな。

 酸の体液というのは少しばかり趣味が悪過ぎた。

 折角の闘犬の、無謀なまでの勇敢さが見られなくなったからな」


「次はもう少し動きの遅い生き物にしましょう?

 私は、硬い生き物の方が好きですわ。

 だってじっくり戦いを見られるんですもの」


「ああ、そうだな、マリアフローゼよ。

 それよりもまず、この下民の始末を付けねばならぬ」


 親馬鹿、なのだろうか?

 王冠を被ったクソは、人間を食い殺す生き物について嬉々として話すマリアフローゼ姫へと笑みを返した直後、俺に視線を向ける。

 実の娘に向けていたのとは打って変わって、ゴミでも見るかのような視線を。


「そろそろ知りたいこともなくなっただろう?

 まぁ、貴様も闘犬としては悪くなかった。

 ……余の賛辞を冥土の土産とするが良い」


 王冠を被ったクソが、そう吐き捨てるのを聞いて……

 俺は……ようやく理解した。


 ──この世界に生きる人間、全てに……


 ──生きる価値なんざ、ない、ということをっ!


 そう決めると、後は簡単だった。

 悲しみも怒りも悔しさも何もない……穏やかな気持ちのまま、俺はゆっくりと立ち上がると、アルベルトの胸に突き刺さっている槍を手に取る。


「……はっはっは。

 自棄になったか、下民風情が」


「もしかして……この場にいる全員を相手にするつもりなのかな?

 貴様が幾ら卑紅石(ひこうせき)で強化された者とは言え、純粋な紅石(こうせき)を手にした者を相手なのだがな」


 国王という名のクズが俺に向けてそう諭すが……知ったことではない。

 俺はクズの声など意にも介さず、ただ手の中の槍に自らの権能を込め始める。


「いえいえ、陛下。

 それでこそ、闘犬というものでしょう。

 私は一方的な殺戮に賭けるとしますよ」


「なら俺は一人返り討ちに賭けよう。

 ここで負け分を取り戻さないとな」


「はっはっは。

 ベリアフレド卿はいつもその強気の所為で財産をスっているというのに。

 懲りない方ですな、全く」


 呑気なもので、クソ共は未だに賭け事に必死らしい。

 だが、もう、それも終わりだろう。

 俺は手の中の槍を振りかぶると……


「はっはっは。

 なら、これを合図としますかな。

 衛兵たちよ、かかれっ!」


 白機師団長である細長いクソ爺のその声を合図に、衛兵たちの手から俺に向け、紅の槍が放たれる。

 アルベルトのヤツを貫いたのと同じく……十数本の槍が。

 ……だけど。


 ──この程度、かよ。


 俺はその聖なる攻撃を避けようともしない。

 ……いや、避ける必要がない。

 創造神の身体の一部である紅石とやらが幾ら強力でも、この俺の身体を、権能を貫くことなど出来ないと……俺は頭の何処かで直感していた。

 事実、その紅の穂先は俺の身体を貫くことなど能わず……ただ槍が突き刺さったところに、小石が当たった感触がある、程度だろうか。

 そのまま、俺は手に持った槍を振りかぶり……

 衛兵たちが信じられないという表情で、平然としたままの俺と自分の手を見比べている中、俺はその手に持った槍を、放つ。

 ……国王という名のクソと、マリアフローゼ姫の方目がけて。


「ひぃっ!」


「きゃっ」


 二人とも荒事には慣れていないのだろう。

 俺の投擲モーションを見るだけで、あっさりとその口から悲鳴を零していた。

 ……だけど。

 俺は、こいつらなんか狙っていない。


「何だ……何処を、狙って……」


 ……ああ、そうだ。

 こんなクソ共を処分するのに、俺の手を汚す必要なんてない。

 この世界には、このクソ共を始末するのに相応しいゴミ処理役が存在しているのだから。


「……馬鹿なっ!」


「創造神ランウェリーゼラルミアの身体の欠片がっ?」


 俺の放った槍が何を貫いたかを見て、クソ共が口々に悲鳴を上げていた。

 こいつらの言葉通り、俺が狙ったのはここに立ち並ぶクソ共じゃない。

 こいつらに「神にも等しい」という思い上がった地位を約束させている、力の結晶。

 ……紅石(こうせき)だ。

 そうして呆然と立ち尽くしているクソ共に向けて、俺は穏やかで優しげな……慈愛に満ちた笑みを浮かべ……

 

「破壊と殺戮の神、ンディアナガルの名において命じる」


 そう、ゆっくりと名乗り……


「この場にいる、全ての人間よ。

 ……死ね」


 何故かソレが出来ると確信を込めて、指を鳴らす。

 ただそれだけで、俺の放った槍に貫かれていた紅の結晶に一瞬でヒビが入り。

 紅に輝いていたその結晶は、鈍い白色の、塩の結晶へと変色し……


 ──砕け散っていた。


「ば、馬鹿なっ!

 貴様、何をっ、こんなっ?」


「いや、そもそも……貴様、自分が何をしたのか分かっているのかっ!

 このままでは、我らの地位がっ!」


「いや、明日以降の水や食料がっ?

 また平民共の口減らしをしなくてはっ!

 貴様の所為だ、この愚か者がっ!」


 紅の結晶が砕け散った光景を目の当たりにしたクソ共は、顔色を真っ青にしたまま口々に俺を責める言葉を吐き出す。

 ……あまりにも信じがたい光景だった所為だろうか。

 自分たちが如何に滑稽なことを口走っているかすら理解していないらしい。

 俺はそのクソ共が慌てる中をゆっくりと歩き、さっきまで機師たちを映し出していた白い壁へと向かう。


「こ、こいつっ!」


 のんびりと歩く俺の姿を見て職務を思い出したのだろう。

 一人の若き衛兵が俺に向けて槍を突き出してきたものの……俺は意にも介さない。

 事実、その突き出された槍を受けても俺の身体には傷一つつかなかった。


「ひぃっ?」


 それどころか、俺を突き刺した筈の槍の穂先は、純白の塩の塊へと化していた。

 自分の眼前にいる存在が、常識の枠外の、神そのものであると思い知ったらしく、その若き衛兵は、腰を抜かして座り込み、床に尿をまき散らし始めていた。


 ──所詮、雑魚か。


 いつもの俺ならば、こんなクズでも自分に殺意を向けたのなら、即座に頭蓋を踏み砕くか、腹腔を踏み潰して臓物を散らばらせるくらいはしただろう。

 ……だけど、今の俺はそういう気分じゃない。

 怯えたままの衛兵から視線を逸らした俺は、理由も分からないまま「こうすれば俺の望みが叶う」という、俺の中にあるその確信に従い……白き壁に手を触れ、権能を込める。


「こ、これは……」


「蟲、共がっ?」


 それだけで、俺の中にあった確信の通り……俺が望む光景を、その白き壁は映し出し始める。

 二級市民街にある城壁を守る機甲鎧が見ている光景を。

 こいつらが張っていたという紅石の結界が崩れ、雪崩とも津波とも言い表せるほど大群の黒い蟲共が、一斉にこの島へと押し寄せている……この世の終わりとしか表現出来ないような光景を。


「き、き、来やがったっ?」


「く、くそっ!

 撃て、撃て、畜生っ!」


 機師たちは叫び声を上げて応戦するが……あまりにも数に差があり過ぎる。

 そもそも……二級市民街の壁は俺が権能によって大穴を開けている所為で、モノの役にも立ちやしない。

 機甲鎧も、残された城壁の上で弩を放っていた市民も、二級市民街を守っていた城壁の残骸すらも、何もかもが一瞬の内に蟲に喰われ、ただの砂へと化して行く。


「うわぁあああああっ!

 父さん、母さんっ! たすけっ……」


 次の瞬間には、その光景を映し出していただろう機師は、あっさりと蟲の波に呑まれながら、必死に両親に助けを求める叫びを上げ……

 そのまま画面は白い壁しか映し出さなくなる。

 だが……その光景を見た者ならば、一目で分かっただろう。

 このままでは、この巨島に生きる全ての者が、あの黒き蟲に喰われ、ただの砂になるだろうということが。


「ば、馬鹿なっ!

 このままでは……」


「ど、どうすればっ?

 へ、陛下っ?」


「それより、こいつをっ!

 この事態を引き起こしやがった元凶をっ?」


 クソ共が喚き、俺に殺意を向けるのを、俺は鼻で笑う。

 その命令に従って衛兵たちが槍を俺に向けて突き出してくるが、やはり俺は意にも介さない。

 何しろ俺に触れただけで、その紅の穂先はただの塩の塊へと化すのだから。


「どうした?

 ……賭けないのか?

 ご自慢の、資産とやらを」


 俺にまとわりつく衛兵たちを無視したまま、俺は怯えるクソ共を鼻で笑う。

 ……そう。

 こいつらを殺すのは、俺じゃない。

 破壊と殺戮の神である俺であってはならない。


「き、き、き、きさまっ?」


「な、な、何をっ!」


「どうした?

 楽しいだろう?

 お前らが金を賭けて必死に眺めていた、蟲と命懸けで戦う光景だっ!

 笑えよ、ほらっ!」


 俺の叫びを聞いたクソ共は、顔を真っ赤に染め、額に血管を浮き出させ、喚き散らし始めていた。

 だが、俺はそんなクソ共を完全に無視したまま右手の権能を操り、白き壁に映る映像を操作する。

 次に映っていたのは、恐らくは一級市民街と二級市民街を隔てる城壁の上に立つ……恐らくは機甲鎧を駆る青機師の視点だろう。

 その機甲鎧の視界には、徐々に徐々に迫ってくる黒き蟲共の群れと……それから必死に逃げ惑う老若男女を問わない人間の群れが映っていた。

 その機師の見ている中で、老人が男に蹴倒される。

 子供が蹴り飛ばされる。

 婦人が突き飛ばされる。

 誰も彼もが我を争って城壁へと必死に走ってくるのを、その機師はジッと見つめていた。


「蟲の、来襲だぁああああああああああっ!」


 そう叫んだのがその青機師だったのか、それとも他の誰かだったのかは分からない。

 ただ、ソイツらは手に槍を持ったまま……だけど、動こうとはしなかった。

 そして、蟲共は徐々に徐々に逃げ惑う群衆へと襲い掛かり、血と臓物と手足を散らばらせながら、家も道も地面も何もかもを喰らい尽くして行く。

 どうやらあの黒き蟲共は、人間も城壁も家も巨島の大地も、等しくただの「食料」らしい。

 どうやらその所為で……人の脚でも蟲から逃げることくらいは出来るらしい。

 とは言え……それも城門の前までだった。


「開けてくれぇえええええっ!」


「畜生っ!

 ここを開けろぉおおおおおっ!」


「助けてぇえええ、お願いよぉおおおおおっ!」


 閉ざされたままの城門の前で、群衆たちは悲鳴を上げる。

 だけど……それを見ている青機師は動かない。

 ただひたすらに、ゆっくりと迫りくる黒い蟲の群れを見つめるばかりだった。

 ……いや、それどころか。

 二級市民街を守る任に就いていた筈の、青い機甲鎧が群衆を文字通り蹴散らし、大地を真っ赤な肉塊で染め上げながら、城壁を叩き始めたのだ。

 ……機甲鎧の手に握られたままの、巨大な槍で。


「開けてくれぇえええっ!

 俺は、こんなところで、死にたくないっ!」


「馬鹿野郎っ!

 門が壊れるだろうがっ!」


 群衆を平然と見捨てていた城壁の上の連中でも……流石に機甲鎧での攻撃は看過できなかったらしい。

 城壁に備えてあった弩を使い、城門を破ろうとしていたその青い機甲鎧をあっさりと串刺しにしてのけた。

 倒れた機甲鎧は数名の群衆をミンチへと調理した上で動かなくなり……外れた弩の大矢を受けて串刺しになった男が、それでも必死に生き延びようとと、手足をじたばたと動かしているのも見える。


 ──ああ、そうだ。


 その光景を見ながら、俺は唇を吊り上げていた。

 

 ──この世界の人間は、こうでなきゃ、な。


 ……そう。

 テテニスの死を無駄にした、この世界の連中なんざ。

 リリスを、子供たちをあんなに残酷に殺したこの世界の連中なんざ。

 こうして惨たらしく、惨めで哀れに情けなく……どうしようもなく、何の意味もなく、ただ無駄に死んでいかなければならない。


「き、貴様っ!

 やめさせろっ!

 こんな、酷いことをっ!」


「……何故だ?

 貴様らがやっていたことだろう?

 ほら、笑えよ、賭けろよ、楽しめよっ!」


 一人のまだ若い、貴族という名のクズが何やら喚いていたので、俺は笑いながらそう告げてやる。

 俺のその笑みを見たクズは、ただそれだけで腰が引けたように息を呑んだものの、それでも気が済まなかったらしい。


「く、狂ってるぞ、貴様っ!

 このままじゃ、貴様もっ!」


「……だから、何だ?」


 そのクソの悲鳴を、俺は鼻で笑う。

 こいつらみたいなクソ共と、俺の立場が同じだと思っているその事実に。

 俺は破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身。

 あんな蟲が何匹何十匹何百匹何千匹何万匹いようと……何の障害にもならないだろう。


 ──そう、だよな。


 俺の中の確信が告げている。

 あんな蟲共如き……俺に触れようとしただけで、ただの塩の塊と化して散るだけになるだろう、と。

 その俺の笑みを見て、さっきまで喚いていたクソは口を塞いで黙り込んでいた。


「ふひひひ。

 これは、夢だ。

 悪い、夢なんだ……起きたら、母さんが……」


 そうしている間にも、さっきの青機師は現実逃避をしているかのようにただ立ち尽くしたまま、そんな訳の分からないことを呟き……

 ……悲鳴すら上げないまま、蟲の口がアップで映し出され……

 その次の瞬間には、画面は消え失せていた。


「ははっ。

 ほら、次は一級市民街だぞ。

 蟲たちは、何処まで来るだろうなぁっ!」


「……く、くそっ!

 コイツはもう放っておけっ!

 早く、白機師団に防衛網をっ!」


「そうだ、市民街など無視しろっ!

 何としても、壁で……我々の土地を守るんだっ!」


 結局、何をやっても効果のない俺を、このクソ共は無視することに決めたらしい。

 俺はその命令を鼻で笑うと……視線を映像へと向ける。

 今度は一体の見る映像だけではなく、適当に十体ほどの機甲鎧へとピントを合わせてみたのだが……


「う、ぐっ」


「……これは、このままでは……」


 見える光景は全く同じだった。

 逃げ惑う市民と、力なき者が蹴飛ばされ、踏み倒され、蟲の餌食になる。

 ただ一つだけ違うのは、この一級市民街には工房が……機甲鎧を製造する工房があったということである。


「くぉら、さっさと離れんかっ!

 ここは、死守させてもらうっ!」


 ──あ、ラズルの爺さん。


 そんな中、灰色の……機甲鎧を作るための簡易な機甲鎧に乗った、一人の爺さんが大声を張り上げていた。

 とは言え、暴徒の集団と言うのは、爺さん一人でどうにかなるモノでもない。

 装甲版もないその作業用機甲鎧はあっさりと人の波に呑まれて身動きが取れなくなり、暴徒に足を取られて倒れて、操縦者は投げだされ、そのまま人の波に呑まれ……


「……あ~あ」


 群衆がその上を延々と走っていくのを見て、俺は思わずそんな呟きを零していた。

 ラズル技師がどんなに腕が良かろうとも……あの勢いの群衆に踏みたくられて、生きている筈がない。

 と言うか、そこも徐々に徐々に蟲が近づいてきているのだから、例え彼が生きていたところでもうどうしようもないだろう。

 そうして蟲共は人ゴミを喰らい、工房を喰らい、守りに当たっていた赤い機甲鎧を喰らい……ついに巨大な壁へと突き当たる。

 これでもう……家畜は……三級・二級・一級の市民たちは一人たりとも残っていないことになるのだろう。


 ──まぁ、どうでも良いけどな。


 テテを追いやった、リリスを見殺しにした連中に、慈悲なんざ必要もない。

 ……いや。

 あれだけ残酷に殺された片足の少女に報いるためにも……この世界の全てのクズ共になんざ、慈悲の欠片さえも、くれてやる訳にはいかないのだから。


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