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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第九章 ~蟲殺の墜園~
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弐・第九章 第五話


 謁見の間は、前回祝賀会を行った広間のまだ更に上、最上階と思しき場所にあった。

 城に入るところで機甲鎧から下りた俺とアルベルトは、案内する兵士の後ろを追って廊下を歩き、階段を上り、螺旋階段を上り、上へ上へと歩き続け……

 謁見の間に着いた時にはもう、俺の体力よりも気力の方が滅入っていた。


 ──うぜぇ。

 ──こんな茶番に、体力、使わせるな。


 どうしてこうお偉い人ってのは、高い場所に住む傾向にあるんだろう。

 俺は上ってきた疲労よりも、ここまで登ってきた無駄な時間に対して内心で毒づくと、周囲に視線を見渡す。

 謁見の間は簡単に説明するならば、体育館くらいの広さがあり、入り口から玉座の方へと、段々高くなる構造になっている。


 ──意外と、厳重な警戒、だな。


 俺の企みを看過した訳でもないだろうに、謁見の間にはたくさんの兵士の姿があった。

 入り口から玉座へと続く赤い絨毯の周囲には、切っ先が赤く輝く槍を手にした衛兵たちが三十人ほど控えている。

 アルベルトの裏切りに備えて突破法を考えてみたが……まぁ、あの赤い槍が全て聖なる槍だとしても、そう労苦にはならないだろう。

 聖なる武具を使われれば、流石の俺でもダメージを受ける。

 だけど、例え聖なる武具と言っても、正当な使い手以外が手にしなければそう大した脅威にはならない……そんな確信が俺の中にある。


 ──んで、あっちが、お偉いさん達ってか。


 兵士たちよりも上段の、少しばかり高いところには偉そうな服を着た連中が二十人ほど並んでいて……あれは機師とまた別の、更に上位の貴族連中ということだろう。

 良く見てみるといつぞやで顔を合わせた覚えのある、何とかって名前の細長い爺……白機師団団長の姿も貴族連中に混じっている。


 ──んで、あっちが王様の椅子、か。


 その上の端の玉座には、いつか見たことのある国王が座っていて、その脇には相変わらず凄まじい美貌を誇る、ウェディングドレスのような純白の衣装に身を包んだ、俺のマリアフローゼ姫が立っている。

 ……そしてその奥。

 玉座の真後ろには、まるで玉座を照らすかのように巨大な緋鉱石……いや、緋鉱石よりも遥かに赤く輝く、巨大な結晶があった。

 その色はまるで……蟲皇を貫いていた紅の槍にそっくりで……

 そうして俺がその紅の結晶に目を奪われていたことに気付いたのだろうか。


「では、アルベルト及びガルディア。

 両名とも、前へ進むが良い」


 俺たちを案内した兵士がそう告げるのを聞いて、我に返った俺は、アルベルトと足並みを揃え、謁見の間へと足を踏み入れる。


 ──テラスまであるのか。


 謁見の間の右手には祝賀会場と同じようなテラスがあり、この高さだと恐らく巨島全体を一望できるに違いない。

 左手には純白の壁があり、何の飾りもないのが少しだけ不思議ではあるが。

 自分の初体験の場所を覚えようと、俺は周囲を見渡しながら歩く。

 そうしてアルベルトと並んだまま謁見の間の中間辺りまで歩いた、その時だった。


「……おっと」


「お、おい?」


 隣を歩いていたアルベルトのヤツが突然バランスを崩し、俺の方へと倒れ込んで来たのだ。


 ──やっぱり、か。


 俺は『最強』の赤機師と名高いアルベルトの身体を反射的に支えながらも、冷え切った視線でその挙動を見張り続けていた。

 必ずコイツは皇玉をすり取るだろうと……俺の挙げた手柄を自分のモノにしようとする筈だと予測を立てて。

 ……だけど。


「……気を付けろ。

 何か、雰囲気がおかしい」


 アルベルトは俺の懐から皇玉をすり取る訳でもなく、ただ耳元にそう告げると、すぐに体勢を整える。


「大丈夫か?

 ……もしかして、怪我を?」


「いえ、問題ありません」


 隣の兵士の問いにアルベルトはそう答えると、まっすぐ玉座の方へと視線を向けて、さっきの一幕が幻だったかのようである。

 俺は懐の奥に転がっている皇玉をさり気なく手で確認しつつも、先ほど見せたコイツの挙動を理解できず、ただ首を傾げていた。


 ──何のつもりだ、一体。


 確かに姫様の身体から注意を逸らして周囲を伺ってみると……並んでいる数多の衛兵から殺気が放たれているのを感じる。

 アルベルトのヤツが危惧するのも、分からなくはない。

 しかし……考えてみればそれも当然のことだろう。


 ──何しろ、マリアフローゼ姫を頂く訳だからな。


 あれだけの美少女である。

 多少のやっかみどころか、強烈に殺意を向けられても仕方ないだろう。

 とは言え、この程度のことで腰が引けるくらいなら、救国の英雄になんざなるべきじゃない。

 俺は周囲から放たれる殺気に軽く肩を竦めると、そのまままっすぐ前へと歩き……玉座の前へたどり着き、アルベルトのヤツを見習い、跪く。

 どうせここにいる連中全員、アルベルトが裏切った瞬間、逆らおうとするヤツは皆殺しにする予定なんだ。

 慣れぬ礼儀作法とやらも、いけ好かない面を並べている貴族連中に頭を下げることも……姫様を頂くための前置きと思えば、そう辛くもない。


「アルベルト及びガルディアよ。

 その方ら、表を上げよ」


 やがて、国王の声が謁見の間に響くのを契機に、俺は顔を上げる。

 そうして周囲を見渡すと……アルベルトが危惧するのも不思議じゃないほど、周囲の連中が殺気立ち過ぎているのが気になった。

 いや、若い男である兵士たちは仕方ないとは思う。

 だけど……もうナニも枯れ果てたような爺や、でっぷり太ったおばはん貴族までもが俺へと怒気を向けているこの状況は、やはり、何かおかしいような……

 その思わぬ殺気に俺が首を傾げている間にも、国王が口を開く。


「その方ら、よく蟲皇『ン』を……ンガルドゥムを滅ぼしてくれた。

 余からも礼を言わせてもらう」


 その言葉を聞き、国王の穏やかな笑みを見た俺は、ほっと安堵の息を漏らしていた。

 どうやら周囲からの殺気はただの嫉妬らしい。


 ──考えてみれば、当たり前か。


 マリアフローゼ姫を頂くということは、王族になるということである。

 正直に言って俺は、王家を継ぐつもりもなければ、権力なんぞに興味すらないのだ。

 ……もうこの世界に興味を失った俺としては、この連中を皆殺しにした後で、あの美少女を飽きるまでヤり尽くせれば、それで構わない。

 もし権力を得たとしても、リリスたちを襲った強盗共を血祭りに上げる以外……こんなクソみたいな世界では、もうやりたいことすら思い浮かばないのだから。

 それでも……宮中で策謀を巡らすことが仕事のコイツらからしてみれば、一足跳びに出世してしまう俺を見るのは、まぁ、色々と複雑なのだろう。


 ──そんな暇があるなら、もうちょっと政治をしっかりしやがれってんだ。


 そう内心で毒づきつつも、殺気の理由に納得し、俺は肩の力を抜く。

 ……と、俺が緊張を解く瞬間を見計らったのだろうか。


「……などと、言うと思ったかっ?」


 さっきまで穏やかな笑みを浮かべていた筈の国王の顔が、いきなり怒気に歪んだかと思うと、その右手が振り下ろされ……

 それを合図にして、周囲の兵士たちの手から、紅の切っ先を持つ槍が、俺たち目がけて放たれる。


 ──なん、だと?


 俺はアルベルトの裏切りに備えていたつもりだったが……王が、兵士たちがそんな暴挙を行うことは全く予期していなかった。

 その所為か、俺はたゆっくりと迫りくる槍を、ただ呆然と見つめることしか出来ず……

 ……その時、だった。


「馬鹿野郎っ!

 何をやってるっ!」


 俺と違って兵士たちの行動を予期していたのだろう。

 突如、アルベルトのヤツが俺へと跳びかかって来たかと思うと……

 ……飛んできた十本余りの真紅の槍によって、その身を貫かれる。


「……あ?」


 アルベルトの身体から飛び散った血が俺の頬を汚しても……俺は、眼前に立ったままのアルベルトのヤツの行動を理解できない。

 ……いや、この状況を理解できない。

 何故、蟲皇を討伐した俺たちが狙われる?

 何故、国王がその指示を下す?

 何故、アルベルトがこの場面で俺を庇う?

 だって……俺はこれから、蟲皇を討伐した褒美を受け、国王との約束でマリアフローゼ姫を頂く筈なのだ。

 そして……これから裏切る筈の、アルベルトの四肢を、引き千切った後、喚くコイツの前で、無理やり姫の処女を頂く、予定で……


「馬鹿、野郎。

 お前は、上手く、逃げろ。

 いき、ろよ、きょう、だぃ……」


 『最強』という二つ名を持つ赤機師であっても、肉体的にはただの人間に過ぎない。

 十本もの真紅の槍によって身体を貫かれたアルベルトは、それだけを告げると、力尽きたかのように、その場に崩れ落ちる。


「……お、おい?」


 眼前で崩れ落ちたアルベルトを思わず抱えながらも、俺はまだこの状況が理解できなかった。

 大体……あんな槍程度、俺にとっては何の意味もない。

 もし聖槍と同じ効力を持っているにしても、ちょっと痛い程度でしかない。

 そんな俺を、庇う、なんて。


 ──コイツ、俺の身体のこと、知らなかった、のか?


 考えてみれば……俺はコイツの前では機甲鎧に乗って権能を振るうばかりで、無敵の身体と無茶苦茶な膂力を振るったことはなかった気がする。

 つまり、コイツは俺のことを、機甲鎧を上手く操る『ただの人間』だと思い込んでいた訳で。

 いや、緋鉱石を身体に埋め込んだ『狂剣』エルンストのような……膂力だけに優れた、肉体的にはただの人間と同じだと思い込んでいたのかもしれない。


 ──待てよ、なんだよ、それは……


「ったく、闘犬の分際で蟲皇を狩るなど、余計な真似をしてくれおって。

 お蔭で封じられていた黒き蟲共が島へと群がり……結界を張るためにまた紅石が大きく失われてしまったではないか」


 身体から血を噴き出すアルベルトに向けて、国王はそう告げる。

 ……まるで、虫けらを見下すかのような冷たい視線を俺たちに向けながら。


「我々を愉しませる闘犬の分際で、王国全ての根幹たる紅石を失わせる真似をするなど、何と下劣な。

 所詮、下民は下民ということか」


「……まさか、そんなの」


 だけど俺は、そんな国王の声すら耳に入らず、血を噴き出し続けるアルベルトの身体を腕に抱えたまま、奥歯を噛みしめるばかりだった。

 だって、コイツは……

 ただ俺を兄弟と呼び、ただ俺と力を合わせて蟲皇を倒すことばかりを口にし、ただ俺と共に旅をして、ただ俺にまとわりついて来ただけで。


 ──待て、待て、待て。


 その事実に俺は思わず目を見開く。

 馴れ馴れしく話し合い、同じ目的を持ち、連れ立って旅に出て、共に行動をし、危険となれば忠告し合い、いざというときは身体を張ってでも助けようとする。


 ──世間ではそういうのを、『友達』というんじゃないだろうか?


 当の俺自身は、コイツのことをウザいと鬱陶しいと邪魔だと考え、絶対に裏切るだろうと猜疑心に凝り固まって、まともに相手をしていなかった。

 そもそも俺は、物心ついてから友人なんて一人もいなかったのだから、同性のヤツとの距離の取り方なんて分かる訳もない。

 ……だけど。

 だけど、コイツは、そんなこと、意に介することもなく……


「何んでだよ、この馬鹿野郎っ!」


 気付けば俺の口からはそんな罵声が零れ落ちていた。

 俺は……別に庇って貰わなくても、死ななかったのに。

 だからこそ俺は、コイツの忠告をただの杞憂だと切り捨て、耳を貸すこともなく……

 そんな俺を、コイツは、命を捨ててまで……


「何だ、闘犬が一匹生き残っていたか。

 だが、まぁ、それもすぐ終わる」


 俺の叫びを聞いたのだろう。

 このクソみたいな国の、虫けらの頂点が、俺に向けてそう吐き捨てる。

 まるで殺虫剤を撒き散らした後で、害虫がまだ生きていたかのように。

 ……破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身たる、この俺に向けて。


「……何故、だ?

 何故、こんなことをするっ!

 俺たちは、貴様らの言葉通り、蟲皇を倒してきただろうがっ!」


 この状況の理不尽さに……気付けば、俺はそう叫んでいた。

 アルベルトの死体から噴き出る返り血で身体中を真っ赤に染めながら。

 そんな俺の問いに返ってきたのは……上段から俺を、俺たちを見下ろす貴族と名のつくクソ共の、厭味ったらしい笑い声だった。


「はっはっは。

 闘犬の分際で、偉そうに吠える吠える」


「たかが、犬の分際で生意気なこと」


「まぁ、仕方ないじゃないですか。

 ソヤツは所詮、何も知らぬ哀れな犬に過ぎないのですから」


 圧倒的優位に立っていることがそうさせるのだろう。

 俺に向けてクソ共は笑い続ける。

 このクソ共を肉塊に変える権能を持つ俺が黙って耐えながらその笑い声を聞いていたのは、単純にアルベルトのヤツの死を未だに理解出来なかっただけに過ぎない。


「……そうだな。

 いつでも殺せる闘犬だ。

 冥土の土産に語ってやるか」


 その俺の沈黙を、死の恐怖で動けなくなっていると勘違いしたのだろう。

 国王という名のクソはそう笑うと、玉座から立ち上がり紅に輝く結晶に手を触れる。


「この紅石(こうせき)が全ての始まりだったのだ。

 世界を創造せし神ランウェリーゼラルミアの民たる我々が迫害されていた古の時代。

 我らを憐れんで下さった創造神が、自らの身体の欠片を授けて下さった、あの時がな」


 王冠を被ったクソはそう笑う。


「その力で我が祖先はこの天空城を築き、下民から逃れた。

 そして、天空城に逃れた我々の祖先は、あのンガルドゥームを創造したのだ。

 我々を迫害せし下民共を殲滅するためにな」


 紅の結晶に向かって、恍惚とした笑みを向けながら。

 まるでその石っころが世界で最も高価な宝石……いや、世界の全てであるかのように。


「尤も、下民共の亡霊に乗り移られた所為か、ンガルドゥームが暴走し……我らが浮遊城に牙を向いたのだ。

 あれは全くの誤算であったと伝え聞く」


「まぁ、神にも等しき我らの前では、些細な誤差であったがな。

 そのンガルドゥームも紅石の前では無力だったのは、貴様も目の当たりにしてきたことだろう?

 とは言え、力を使いすぎた所為でこの天空城は浮力を失い……ンガルドゥムによって砂漠へと変貌した、下民共の巣食うこの地べたへと墜ちてしまったのだがな」


 俺が無力なのを疑っていないのだろう。

 クソ共は口々にそう笑う。

 圧倒的優位に自分がいると勘違いした、汚らわしい笑みを浮かべながら。


「そして、寛大な我々は土地を失った下民共を哀れに思い、この天空城で受け入れてやったのだ。

 勿論、我々の住む場所と、連中の住む場所には壁を設けた上で、だがな」


 何気なく告げたクソのその言葉で、俺はようやく理解していた。

 貴族街と一級市民街の間にあった壁が、何故巨島周囲の壁と同じくらいの規模だったかということを。

 ……アレは、まさしくこの世界の境だったのだ。

 壁の外側にある蟲のいる「地獄」と、平民の住む「市民街」と、貴族の住む「楽園」を明確に区切る、人為的に引かれた境界線。


「尤も、所詮は下民。

 すぐに繁殖して増え過ぎた挙句、神にも等しき我らに反旗を翻す始末。

 紅石(こうせき)が生み出す物質も有限だということを知らぬ、無知な下民どもは性質が悪い」


「だからこそ、我々はンガルドゥムの眷属を模した、あの紅の蟲を放ったのだ。

 下民共の個体数を調整させるためにな」


「ついでに下民を三つに分断したのもその一環だ。

 ああ、あれはなかなか良い政策であった。

 蟲の脅威に怯えた下民共が勝手に潰し合ってくれたお蔭で、個体数調整が楽になったものだ」


 調子に乗ってクソ共が叫んだお蔭だろう。

 俺は、ようやく見つけ出したのだ。

 この世界を決定的に歪めている元凶を。

 ……あのリリスを、子供たちが殺されることになった、この社会を歪めている元凶を。

 全ての、邪悪の根源を。


「……そうか。

 全て、てめぇらの所為、だったのか」


 気付けば俺の口からはそんな呟きが零れ出ていた。

 俺としてはゆっくりと見上げたつもりだったが……怒気を隠し切れない。

 その俺の表情を見ても、自分たちの優位性が崩れるとは思っていないのだろう。

 ……クソ共は更に顔を歪めて笑い始める。


「はっはっは。

 何を憤っているのやら。

 そもそも蟲共と戦う術を与えてやったのは我々であるぞ?」


「そうとも。

 劣化し剥離した紅石(こうせき)……貴様らが卑紅石(ひこうせき)と呼ぶあの石と、蟲に抗うための機甲鎧を分け与えたのも我々なのだ。

 感謝して欲しいものだよ」


「貴様ら下民の生活水準と比べてみて……貴様らが自分たちであんな高等な兵器を作れるとでも思っていたのかね?」


 白機師団の団長とかいうやせっぱちのクソがそう告げるのを聞いた俺は、何も言い返せなくなっていた。

 ……確かに、おかしいとは思っていたのだ。

 食い物は不味い、井戸も手でくみ上げるような……地球で言えば中世程度の文明しかないこの世の中に、あんなロボット擬きがぞろぞろしている、なんて。

 とは言え、機甲鎧に乗って蟲と戦っている内に、ここはそういう世界だと慣れ切ってしまい、そんな疑問なんて何処かへ忘れ去ってしまっていたが。

 そもそも機師の誰一人として緋鉱石で動く以外、機甲鎧の原理を知らなかった。

 それこそが、コイツらの言葉が正しいという証明だろう。


「……尤も、我々もその分、楽しませてもらっているがね」


 とは言え、コイツらの行動は善意だけではないらしい。

 王冠を被ったクソはそう告げると、指を鳴らす。

 それを合図にして、左側の壁面……絵も飾りもなかった純白の壁面が光り始めたかと思うと、そこには数多もの映像が映し出されていた。

 ……映像。

 投射機のない映画、と呼んだ方が近いかもしれない。

 その白い壁に映し出されている光景は……


 ──蟲皇の憑代が見せた、アレ、か。


 その光景は、数多の機師たちが戦っている姿だった。

 蟲に喰われる者や、蟲の体液で溶かされる者、蟲を屠る者。

 なかでも一番目立つ大きな画面は……赤い機甲鎧が剣を手に、圧倒的な強さで蟲を屠る姿だった。

 どうやらアルベルトの操る機甲鎧を、他の誰かの視点で見ている光景、らしい。

 画面の動きの速さと、アルベルトばかりを視界に収めている様子からして……ひょっとしたらレナータ・レネーテの双子姉妹のどちらかが見ていた視点、かもしれない。


「ああ、そこの『最強』はなかなかの有望株だった。

 余の資産を増やしてくれて……これでも余はソヤツのファンだったのだがな」


「確かに。

 下民の中でも最下層の出ながら、ここまでやるとは。

 王の選定眼には驚かされたものです」


「ああ、本当に。

 お蔭で領地を半分失ったものですな、全く」


 俺の脳では、口々にコイツらが語っている意味が……最初は全く分からなかった。

 資産、領地、ファン。

 その言葉の意味と、コイツらが機師のことを「闘犬」と呼んでいた意味が繋がった瞬間に、ようやく俺は理解する。


 ──賭けて、やがったのか、コイツらっ!


 機師が蟲と命がけで戦っているのを、こうやって安全な場所で見ながら。

 平民たちが必死に蟲の脅威の中で暮らしている中を、こうして安全な場所で見ながら。

 その信じられない、信じたくない事実を前に、俺は首を横へ振っていた。

 そんな中、俺の唯一の救いは、もはやマリアフローゼ姫だけになっていた。

 周囲の貴族が気分の悪い笑みを凝らす中、彼女だけは俺たちに視線を向けないように、この残酷な宴から目を背け、不愉快そうな顔を隠そうともしていない。


 ──ああ、そうだ。


 彼女だけが、手に入るなら……

 これだけの美少女が手に入るなら……

 この世界に来た、意味、くらい……


「とは言え、姫に懸想するという分不相応な真似さえしなければ、無理な出征をして死ぬこともなかっただろうに。

 分を弁えぬのが下民とは言え、惜しいことをしたものだ」


 ……そう、俺が思っていたのに。

 そう唯一の救いを求め、姫の方へと視線を向けたと言うのに。


「ええ、全く。

 闘犬如きが私に触れられるとでも思っているのでしょうか。

 ……早く、殺処分して下さいな。

 その闘犬の視線、気持ち悪くて仕方ありません」


 絶世の美少女で、可憐で嫋やかな筈のマリアフローゼ姫が、吐き捨てるかのように、そう、告げたのだった。


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