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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第九章 ~蟲殺の墜園~
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弐・第九章 第四話


 そうして家を出てすぐに俺が見たものは、この世の地獄だった。


「……なんなんだよ、これは……」


 アルベルトのヤツが力なくそう呟くのも無理はない。

 眼前にあるのは、三級市民街と二級市民街を区分ける城壁で……

 その城壁の足元には、何十もの機甲鎧の残骸と十数匹の黒い蟲の死骸が転がっていた。

 ……いや。

 それだけならば、戦場でよく見かける程度の光景でしかない。

 そんなものは、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身と化した俺は、それなりに見慣れている自負がある。

 ……だけど。

 その機甲鎧の残骸と、蟲の死骸に混じって……武器も持たない、ただの民間人の死体が転がっているのだから話は別だ。

 

「ひでぇ、な。

 ……コレ、は」


 気付けば俺の口からも、そんな言葉が零れ出ていた。

 恐らく地に伏したままの彼らは……三級市民街に住んでいた連中だろう。

 突如現れた蟲の来襲から逃れるため、必死にこの城壁まで逃げてきて、中へ逃れようと城壁に縋りつき……

 そのまま、蟲と機甲鎧との戦いに巻き込まれたのだろう。


 ──二級市民街の連中は、城門を通さなかったのか。


 そこら中に転がっている死体は、その悲惨な光景が浮かんで来るような……本当に凄惨な有様だった。

 機甲鎧に踏まれてグチャグチャの原型を留めない臓物をまき散らした皮と骨だけが飛び散った人間だったらしきモノ。

 城壁の上から射殺されたらしく蟲用の槍によって地面に磔にされている死体。

 飛び散った蟲の体液を浴びて身体中を溶かされたのだろう、死体と言われても今一つ首を傾げそうな、どろどろの赤い物体へと半ば変質した物質。

 蟲に食われて残り少なくなった、手足の切れ端や上半身だけの死体などの、人間だと思われる欠片。

 そして、逃げ惑う群衆に踏み潰され死んだらしき……幸いにして原型を留めている死体。

 ……そういう死体が、城壁の下周辺に腐るほど転がっていたのだ。

 サーズ族を率いてべリア族を皆殺しにした俺でさえ、目を背けたくなるような光景が、眼下に広がっている。


 ──この世界では……こんなのが、許されるのか?


 その惨状を前に、俺は拳に力を込め、歯を食いしばる。

 とは言え、既に死んだ彼らに何がしてやれる訳もない。

 俺はゆっくりと彼らの死体を踏みしだきながら、城門へと機甲鎧を進める。

 そうして、俺たちを乗せた機甲鎧が、城門の真下までたどり着いた、その瞬間だった。

 ガインと甲高い音と共に、俺の機甲鎧に巨大な槍が突き刺さる。


「~~~~っ!」

 

 完全に油断していて、防御に権能を回していなかったことが仇となったのだろう。

 胸甲を突き破り俺の頭上に現れた、その蟲用の槍に驚いた俺は、慌てて機甲鎧を一歩下がらせる。

 そうして怯んだ俺の機体目がけ、次から次へと頭上から何か硬質なものがぶつかって来る。


 ──なん、だ?


 幸いにして、油断さえしなければその程度の攻撃なんざ、俺の機甲鎧に通じる訳もない。

 あっさりと機甲鎧の装甲はそれらの攻撃を弾き返してしまう。

 ……そして。

 攻撃が放たれて来た頭上を向いた俺たちの目に映ったのは……


「下がりやがれっ!

 三級の、下民どもがっ!」


「黒の、犯罪者上がりがっ!」


「てめぇらなんざ、とっとと、蟲に食われてしまえっ!」


 俺たちの……あれだけの苦労をして蟲皇を倒してきた俺たちに向けられる、蔑視と憎悪と嫌悪、だった。

 彼らにしてみれば、黒と赤のどっちつかずの配色だった俺の機体を……砂に汚れ蟲皇との戦いでボロボロになった俺の機体を、滅んだ三級市民街で蟲と戦い、運良く生き残った「黒」と間違えたのかもしれない。

 そうして俺が……蟲皇を倒して賞賛と歓迎で迎えられる筈の俺が……何故か自分に向けられている殺意と悪意を信じらず、ただ固まっている間にも……

 壁の上から投られた石が、弩から放たれる槍が、次から次へと俺の機体へとぶつかり続ける。


「お、おい、お前らっ!」


 いい加減に見かねたのだろう。

 アルベルトがそう叫ぶが、城壁の上の連中は、そんな『最強』の赤機師の声を聞こうともせず、次から次へと石や槍が俺の機体を撃ち続ける。

 例え俺たちを「黒」と間違えているにしても……いや、だからこそ、腑に落ちない。

 だって、壁で遮られているとは言え、同じ人間……蟲と戦う同士の筈だろう?


 ──これ、が、この世界の、人間、かよ。


 その事実に俺は……失望を隠せない。

 ……そう。

 リリスや子供たちを殺した犯人が特別だと思っていた。

 だからこそ、特別凶悪な犯人たちを殺せば……テテニスに頼まれたように蟲を滅ぼして、残りの人間は助けてやらなければならないのだと。

 ……だけど、現実はどうだ?

 城壁の上にいるなりそこないの兵士たち……恐らくは徴兵された二級市民街の連中だろう、二級市民街で普通に生きていた筈のコイツらは……平然と三級市民街の連中を見殺しにして戦いを、自分たちの命を優先している。

 逃げてきた下位の市民を放置したまま戦い、非戦闘員を守ろうとすら考えていない。

 壁の周りに散らばっている死体の中には、どう見ても戦えそうにない、女性も子供も老人も混ざっているというのに、だ。

 ……いや、違う。

 壁の上に並んでいるコイツらの顔には、紛れもなく愉悦が見え隠れしている。

 抵抗できない、城壁の下にいる哀れな機甲鎧を、安全なところから一方的に撃つのが楽しくて愉しくて仕方ない、という……そんな表情を。

 恐らくは、この調子でこの城壁の下に転がっている人たちを、蟲のついでという感覚で遊び半分に撃ち殺したに違いない。

 何しろ、今は小康状態なのか、周囲に生きている蟲はおらず……三級市民街の生き残りを助けることに、危険が伴う訳でも何でもないのだから。


 ──なぁ、テテ。

 ──お前は、この世界を救ってくれと言っていたけど。


 俺は目を閉じて、今はもういなくなった同居人に心の中で問いかける。


 ──リリスを、子供たちを殺した連中を……

 ──こんな真似を平然とする連中を……


 ──お前は、救ってくれと言ったのか?


 そんな俺の問いかけに、答えは返ってこない。

 ……来る、筈がない。


「おいっ!

 お前たちっ!

 俺たちを、通してくれっ!」


 流石に耐えかねたのか、同乗しているアルベルトがそう叫ぶものの……圧倒的優位に立ち俺たちを見下している連中にその叫びは届かない。

 ただ手に持った石を投げつけることで、圧倒的に優位な自分の居場所を確かめ続けるばかりだった。


 ──こんなクズ共を助けるために、お前は、命を、賭けたのか?

 ──こんなクズ共のために、リリスは、子供たちは犠牲になったのか?

 ──こんな、クズ共を……

 

 ただ……俺の内に吹き荒れ始めた殺意に呼ばれたかのように、風一つ吹いてなかった筈の街中には、突如として突風が吹き荒れ始める。


 ──ああ、もう、どうでも良い。

 ──こんなクズ共、助ける価値なんざ、ない。


 結局、俺の思考回路は、あっさりとその結論を導き出していた。

 ……そう。

 俺が助けようと思ったのは、あの劣悪な地獄でも誰かを助けようとしていた、生き延びようと必死に頑張っていた、テテニスとリリスと、子供たちであって……

 ……こんな、人を見下し、石を投げ、鬱憤を晴らすような、クズ共じゃない。


 ──もう、帰ろう。


 そうと分かれば、こんな糞みたいな世界に用はない。

 俺は完全に失望し尽くした所為か、この世界そのものに対する興味を完全に失っていた。

 それでもただ一つ、未練があるとすれば……


 ──マリアフローゼ姫と一発ヤって……

 ──いや、枯れるくらい、満足するまで堪能して……


 それだけを果たせば……蟲皇を倒した報酬さえ貰えれば、後はもうどうでも構わない。

 滅びようが喰われようが、殺そうが殺されようが……こんな糞共も、こんな世界も、どうだって構わない。

 こんなクソみたいな世の中なのだ。

 リリスを、子供たちを殺した連中だって、いちいち捜し出す手間をかけずとも……ただ放っておくだけで、勝手に無様な死に方を晒すことになるだろう。

 ……とは言え、目の前にいるこのゴミを掃除するくらいは……行きがけの駄賃だ。


 ──俺に攻撃をしかけたクズ共。

 ──その報いは、きっちりと受けさせてやる……


 この世界への失望ついでとして、俺が城壁の上へと殺意を向けた、その時だった。

 カンカンカンと、小さな『何か』が、俺の機甲鎧の装甲を叩き始める。

 当然のことながら、装甲を叩き続けるソレは……周囲の生身の人間たちにも等しく降り注ぎ始めていた。


「いってぇええええ、何だこりゃあああああっ!」


「塩だっ! 塩の塊が降ってきやがるっ!」


「……なん、だ、これ?」


 城壁の上で悲鳴が上がり始めるのを、アルベルトは奇跡を目の当たりにしたような表情で見上げていた。

 だけど、俺にとってはそんなこと、驚くほどのものでもない。

 ……この惨状は、一度経験しているのだから。


 ──ああ、そうか。


 塩の、嵐。

 俺の殺意が限界に達した時に現れる……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能の一つ。

 どうやら俺は……俺の殺意は、自分が思っている以上に、限界寸前まで溜まっている、らしい。


 ──だけど。


 だけど、まだ……何もかもを壊して満足する訳にはいかない。


 ──姫を……マリアフローゼ姫を、この手で、抱く、までは。


 その欲望だけを支えに、俺は必死に殺意を抑え込むと……機甲鎧を操って城壁へと歩み寄る。

 正直、今の俺にとってはこんな城壁……ただ岩を積み上げただけの壁に過ぎず、足止め程度の意味しか持たない。

 手首から先のない、機甲鎧の右腕を城壁へと添える。


「……お、おい、兄弟?」


 近くでアルベルトが困惑の声を上げるものの……俺は意にも介さず、機甲鎧の右腕に権能を込める。


 ──消えろっ!


 俺が軽くそう念じるだけで、蟲の攻撃を耐え抜いたその城壁は、あっさりと塩の塊になって消え失せていた。

 ……高さ十メートル超、周囲数百メートル分の城壁全てが塩へと化し、崩れ落ちて果てる。


「うぁあああああああああっ?」


 砂が崩壊する音に紛れて、幽かに悲鳴が聞こえたものの……上にいた連中がどうなったのかは、正直知らない。

 と言うか、知ったことではない。

 ただ俺はこの世界最後の心残りを求めるべく、機甲鎧を前へと歩かせる。


「……何だ、これ、は?

 お、おい、きょうだ……ぃ……」


 アルベルトのヤツが何かを叫んでいたが……すぐにその言葉は勢いを失って尻すぼみとなっていく。

 恐らく今の俺は、眼前で奇跡を見たコイツですら口をつぐむほど、凄まじい表情をしているのだろう。

 自分でも怒りに我を忘れている自覚がある。

 必死に激怒を抑えている所為か、奥歯は軋む音を響かせている。

 指はこわばり、いつ操珠を握り潰してしまうか分からないほどだった。

 そんな俺を、見かねたのだろう。


「済まない、兄弟。

 彼らも……必死、なんだと思う」


 アルベルトがそんなことを、語り始める。

 壁上の連中を殺しても俺の怒りが全く治まっていないと理解したに違いない。


「蟲の脅威は、「下」へ行けば行くほど、身近なものになっていく。

 だから、誰もがみんな「上」へ行こうと必死で働く。

 それが、この世界のルールなんだ」


 『最強』という二つ名を持つ赤機師の告げるその言葉の意味くらい、分かっているし、知っている。

 テテを……あの最下層である島の外で必死に生き抜いてきた彼女を、俺は良く知っていたのだから。

 そんな彼女が必死に「上」へ上がろうと足掻いていたのをこの目で見たのだから。


「みんな、必死なんだ。

 蟲に、食われたくないから。

 少しでも上へ行こうと、何でもする。

 ……して、しまう」


 ──そう、か。


 そのアルベルトの声の、言外に含まれた意味を理解し、俺はようやく理解した。

 ……リリスが、あの子供たちがどうしてあんな悲惨な目に遭ったのかを。


 ──犯人は、「上」へ行こうと、したのか。


 老蟲の被害、蟲皇討伐によって機師が大量にいなくなるなど……この巨島では緊急事態と思われる事態が、ここ最近多発していた。

 だからこそ犯人は、蟲の被害に真っ先に遭うだろう三級市民街から逃れるために、金を欲したのだろう。

 一級・二級・三級市民街を仕切るのは、純粋に税金を納めているかどうか、なのだから。

 早い話が……犯人は、手っ取り早く金を手に入れたのだ。

 ……蟲に喰われないがために、子供を食い物にして。


 ──だったら、おかしいのは……

 ──この、社会システム、全て、じゃないか?


 アルベルトの声を聞いて、俺はようやく自らの怒りと殺意を向ける先を見い出していた。

 とは言え、もう俺の意識はこの世界から離れてしまっている。


 ──だけど。

 ──もう、どうでも良い、よな。


 ……そう。

 俺はもう、人々を助けようとも、社会を変えようとも思わない。

 リリスを殺した犯人を見つけ出したならば、周辺で転がっている死体よりもまだ遥かに悲惨な目に遭わせてやろうとは思うものの……今の俺には、そこまでして必死に犯人を捜し出そうというほどの怒りは残っていなかった。

 はっきり言ってしまえば、こんなクソみたいな世界なんざ、変えようとも救おうとも……滅ぼす気力すらも湧き上がらない。

 ……この世界で、俺が興味を残しているのはただ一つ。

 この世界最高の美少女である、マリアフローゼ姫だけなのだから。


「だから、俺は変えようとしたんだ。

 蟲皇を倒し、人々を蟲の脅威から解き放てば……

 階級で分かれている社会を変えてしまえば……

 こんな凄惨な光景を、見ずに済む、筈、だから」


 下級市民から成り上がったらしきアルベルトは後悔を滲ませながらそう呟くが、俺はそんな懺悔に興味なんてない。

 ……と言うより、ウザい。

 あの片足の少女と、子供たちが殺されてしまった今となっては……そんな懺悔も後悔も、何の意味もないのだから。

 そうして、俯くアルベルトの頭頂部が視界に入った所為だろうか?

 俺はふと、気付く。


 ──そう言えば、コイツもこの世界の人間、だった、よな?

 ──「上」へ行くためなら、餓鬼どもを殺す連中と、同じ。


 だとすると……


 ──コイツも、いつ、俺を、裏切るか、分からないってこと、か。


 それと同時に理解する。

 今、コイツがいるのは俺と同じ機甲鎧の操縦席。

 つまり……蹴りを入れるだけでその頭蓋叩き潰せる場所にあるという事実に。

 その事実を前に、俺は片足を上げ、その頭蓋を踏み潰そうとして……


 ──待てっ!

 ──まだ、今は、殺すなっ!


 自分の中に生まれた衝動を、俺は必死に抑える。

 膨れ上がった俺の怒りと憎悪は、ここで蹴りを入れて殺すよりも遥かに『楽しそうな殺し方』を思いついていたのだ。


 ──そうだよな。

 ──コイツが裏切るとしたら……どうせ国王と姫の前、だろう。


 俺は機甲鎧を操縦しながらも、その光景を思い浮かべる。

 王様と姫の前で、手柄を横取りしようと裏切ったコイツの四肢をもぎ取って……


 ──動けないコイツの目の前で、マリアフローゼ姫の処女を奪うのも、楽しそうだ。


 今の俺なら、それくらいは出来る確信がある。

 あの頃よりも「力」が増した実感がある今の俺なら……機甲鎧の群れを全て軽々と薙ぎ払い、護衛を皆殺しにしてでもソレを実現出来るだろう。


 ──見ていろよ、アルベルト。

 ──俺は、お前が考えているよりも、遥かに上手だということを見せてやる。


 俺はそう内心で告げると、知らず知らずの内に浮かんでいた笑みを必死に殺し、平静を保つ。

 ……いや。

 そうして俺は、空想の中で残酷な憂さ晴らしをすることで、目に映る周りの人間を片っ端から潰しかねない、身体の奥から噴き出し続ける殺意を、自分の中に必死に封じ込めていたのだった。

 そのまま俺たち二人の会話は途切れ……俺の駆るボロボロの機甲鎧はゆっくりと二級市民街を通り過ぎる。

 そこから後は何の障害も存在しなかった。

 一級市民街は蟲の来襲など他人事だと思っているらしく、アルベルトの顔を見て驚きはしたものの、城門は相変わらずフリーパスで。


「アルベルト及びガルディアよ。

 では、王の御前に進むが良い」


 そうして俺たちは、国王の前へ……

 王城の最上階にある謁見の間へと案内されたのである。


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