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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐・第八章 ~蟲皇~
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弐・第八章 第五話


「くたばり、やがれぇええええええええっ!」


 先手を取ったのは俺だった。

 どんな相手だろうと、俺の膂力は何もかもを薙ぎ払えるのだから、何処でも良いから一撃をぶつけてしまえば良い。

 そう判断した俺は、機甲鎧を操り、横薙ぎに渾身の一撃を振るう。

 ……だけど。


「……なん、だと?」


 信じられないことに、俺の権能を込めた渾身の一撃は、漆黒の機甲鎧の持つ槍剣によってあっさりと受け止められていたのだ。

 ……この、俺の、渾身の、一撃が、だ。


「ぐ、くっ。

 流石は、同類、か……」


 とは言え、コイツも無事ではなかったらしい。

 俺の一撃を力づくで受け止めた所為で、漆黒の機甲鎧全体が横合いにブレていたし、受け止めた戦斧を弾き飛ばすことも出来なかった。

 ……どうやら受け止めるだけで精一杯だったらしい。

 どうやら権能でも膂力でも、少しばかり俺の方が勝っているのだろう。


 ──止めたことには、驚かされたが……

 ──このまま、押し切るっ!


 あっさりとそう決断した俺は、戦斧を握る両腕に力を込めると、そのまま相手を押しつぶそうと全身に力を込める。


「おおぉっ?」


 ただ強引に前へ一歩踏み出すだけで、蟲皇の憑代たる漆黒の機甲鎧はあっさりと後ろに弾き飛んでいた。

 しかも、体勢を崩している。


「悪いが、これで終わりだっ!」


 そして、その隙を逃すほど俺は甘くない。

 俺は戦斧を振り上げ、渾身の力を込めた一撃を叩き落とす。

 その戦斧が眼前の機甲鎧を真っ二つに叩き割る。

 ……かに思えた。


「……若いな」


 俺の振るう凶器が眼前に迫っているにも関わらず、蟲皇の憑代はそう呟いたかと思うと……迫りくる戦斧に向けて、その手の武器を叩きつける。

 さほど力も入ってないように見えたその一撃によって、俺の戦斧は軌道を逸らされてしまい……俺の戦斧はただ直下の蟲の死骸に大穴を開けることしか出来なかった。


 ──受け流し、だと?


 塩の砂漠で戦巫女にしてやられた、膂力をいなす『技術』を再び目の当たりにした俺は、慌てて機甲鎧を背後へと下がらせる。

 ……だけど、遅い。


「ぐ、くそっ?」


 ヤツの槍剣は俺の機甲鎧の左腕を見事に貫きやがった。

 ……そう。

 コイツの一撃は、あのアルベルトの斬撃を何度喰らっても重大な被害を受けなかった、俺の権能に守られた機甲鎧の装甲を……いとも容易く貫いたのだ。


 ──馬鹿なっ?


 絶対無敵の確信が揺らぐという、あってはならない事態に、俺は動揺を隠せなかった。

 動揺が機甲鎧に伝わった所為だろう。

 ……俺の操る機甲鎧の動きは極端に鈍ってしまう。

 そして……その致命的な隙を同類が見逃してくれる筈もない。


「隙だらけだぞ、異界の神よっ!」


 蟲皇の憑代がそう叫んだかと思うと、その漆黒の機甲鎧の、左手の五指が突如として歪み……漆黒の幼蟲が五匹俺に向かって跳びかかってくる。


「ちぃぃいいいっ!」


 少し前に「我が権能たる蟲」という言葉を聞いていながらも、その事態を想定していなかった俺は、完全に対応が遅れていた。

 ……その所為だろう。

 所詮は攻撃力もない幼蟲だと分かっているにも関わらず、俺は反射的にその幼蟲を、戦斧を持った右手で振り払ってしまう。

 ……だからこそ、漆黒の機甲鎧が次に放った突きを、俺は避けることすら叶わなかった。


「……ぐっ?」


 次の瞬間、隙だらけだった俺の機甲鎧の左足を漆黒の槍剣が貫いていた。

 ……痛みは、ない。

 痛みはないが、身体の一部と錯覚している機甲鎧の脚に金属が貫いていく感覚に、俺は不快感を隠せない。

 しかも……その一撃で足を止められた俺の機甲鎧の、俺が乗っている胸甲へと向けて、蟲皇の憑代は槍剣を構えている。

 振り払おうにも、コイツがいるのは戦斧が効力を発揮する内側で……梃子の原理の所為で俺の戦斧は、漆黒の機甲鎧の左腕一本によってあっさりと受け止められる。


「これで、トドメだな?」


 ──負ける、のか?

 ──この、俺が?


 俺はその迫りくる漆黒の槍剣をただ茫然と見ることしか出来なかった。

 ……敗北。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を得て以来、初めて味わう敗北というその感覚を信じることが出来ない。

 だからこそ俺は、自分の機甲鎧を易々と貫いたその武器が俺へと迫りくるのを、ただ眺めているだけだったのだ。

 ……だけど。


「ガルっ!」


 この場にいる人間は俺一人ではなかった。

 テテニスの駆る漆黒の機甲鎧は、その槍を全力で蟲皇の憑代へと突き出す。


「ちぃっ?

 家畜がっ!」


 勿論、コイツは俺の同類であり……幾らテテニスが赤機師の中でも飛び抜けた「力」を持っているとは言えど、その装甲を貫くことは叶わない。

 その一撃はあっさりと腕の装甲によって阻まれてしまう。

 だけど……流石の蟲皇の憑代とは言え、その威力を無効化することは出来ないらしく、僅かながら、その漆黒の機甲鎧は体勢を崩す。


 ──今、だっ!


 そして、その隙を逃す俺じゃない。


「離れ、やがれぇえええええっ!」


 見出した一瞬の隙に俺は機甲鎧を駆り、眼前の漆黒の機甲鎧を蹴り剥がす。


「ぐ、ぉおおおっ?」


 膂力ではこちらの方が上なのだ。

 漆黒の機甲鎧は俺の蹴りに抗うことすら出来ず、十メートルほど吹っ飛ぶものの……空中で一回転してあっさりと着地をしてみせる。

 転がったところへ戦斧を叩きこんでやろうと身構えていたのだが……流石にそこまで甘くはないらしい。


 ──いや、アレは……


 蹴りのダメージを逃すために、自分で跳んだの、だろう。

 ……事実、ヤツの機甲鎧には、足跡くらいはついているものの、装甲版の凹みすら見受けられないのだから。


「ガル、大丈夫かい?」


「……悪い、助かった」


 気遣うようにこちらへと近づいてきたテテニスに、俺は軽くそれだけを告げた。

 本当はもう少し感謝したいところなのだが……正直、今はそれどころじゃない。

 眼前で武器の調子を確かめるように、こちらを威嚇するように、その槍剣を振るう漆黒の機甲鎧の実力は、さっき敗北寸前まで追い込まれて思い知らされていた。


 ──強い。


 俺の膂力を受け止めるほどの腕力。

 俺の装甲を易々と貫くほどの攻撃力。

 俺の一撃を軽く受け流すほどの戦闘技術。

 そして、不意を突いた筈のテテニスの攻撃も、俺の蹴りにも対応する判断力。

 はっきり言って、一対一なら勝てる気がしない。

 だけど……俺は一人じゃないのだ。


「……ガル、アタシが背後に」


「ああ、頼む」


 テテニスの呟きに、俺は軽く頷と、蟲皇の憑代と真正面から殴り合う覚悟を決める。

 視界の端ではテテニスの機甲鎧が走っているのが見えるが……

 彼女を「家畜」と侮っている所為か、ゆっくりとこちらへと向かってくる漆黒の機甲鎧は、そんな彼女の様子など目にも入っていないらしい。

 そのまま、ただまっすぐに俺の方へと歩みを進めて来る。

 そして……その槍剣が俺を射程に収めるまであと三歩という距離まで近づいてきた。


 ──行ける、か?


 敵を眼前に迎えた俺は……戦斧の柄を掴む右手と、さっき貫かれた左脚の調子を確認していた。

 さっき貫かれた左腕はもう動かない。

 左脚の方は筋繊維を完全に破壊された訳ではないらしく、動かないことはないものの……少しだけ違和感が残っている。

 相手が未だに無傷だと考えると、かなり分の悪い勝負だろう。

 ……だけど。


 ──いや、行けるっ!


 俺はそう心の中で叫ぶと、戦斧を握りしめ、振りかぶる。

 蟲皇の憑代が槍剣を構えて大きく踏み込んできたのと、俺の戦斧が放たれたのはほぼ同時だった。

 このままでは……双方の武器がお互いの機甲鎧を貫いて終わるだろう。

 ……いや、例え、そうなっても……


 ──破壊力差で、俺の勝ちだっ!


 そう見切った俺は、そのまま戦斧を振り払う。

 一撃の威力勝負に持ち込めば、俺が負ける道理はないと判断したからだった。

 ……だけど。


「……なっ?」


 突然、漆黒の機甲鎧の膝関節が「逆方向」へと捻じ曲がった所為で……俺の戦斧の切っ先から敵の機体が消えていく。


 ──そんな、バカなっ?


 機甲鎧が人体を模している以上、起こり得る筈のない「関節が逆に曲がる」というその光景に、俺はただ茫然と戦斧を空振りすることしか出来なかった。

 ……いや、想像しなくてはいけなかったのだろう。

 コイツは先ほど、左手の指を蟲へと変えていた。

 つまり、コイツがその気になれば……機甲鎧の何処であろうとも、蟲へと変えることが出来てもおかしくはないのだから。


「これで、終わりだな」


 そうしている間にも、瞬時に膝を正常に戻し、上体を起こした漆黒の機甲鎧が俺の方へと槍剣を振りかぶり……


「させるかっ!」


「……ぐっ!」


 幸いにして、背後から突きかかったテテニスの槍によって、その一撃が振り払われることはなかった。

 その間に俺は機甲鎧を背後に一歩下がらせると、再び戦斧を構え直す。

 テテニスも無茶な追撃をする気はないらしく、槍を構えながら背後へと下がる。


 ──ヤバ、かった。


 再度逃れられた窮地に、俺は思わず額を拭っていた。

 事実……機甲鎧があんなことを出来るなんて、俺は想像すらしていなかったのだ。


 ──老練、ってヤツか。


 俺は要所要所で虚を突かれる事実に、ただ歯噛みするばかりだった。

 運良く……いや、テテニスのお蔭で助かっているものの、次の攻撃でも助かるとは限らない。


 ──コレは、ヤバい、か?


 何しろ、コイツは同類である。

 もしアレの直撃を喰らえば……俺でさえもタダでは済まないだろう。


 ……『自分の命が、かかっている』


 こうして一度距離を取ってお見合いになり、その事実を理解してしまった所為か……俺の胸の奥から久しく忘れていた『保身』という感情が湧き上がり始めていた。

 その些細な感情を操珠が読み取ってくれたのだろう。

 俺の機甲鎧は、知らず知らずの内に一歩後ろへと下がっていた。

 そんな俺の怯懦を知ってか知らずか……テテニスが漆黒の機甲鎧の後ろへと回り込み、気を引こうと構えていた。


 ──そうかっ!


 確かにこの漆黒の機甲鎧は、俺の攻撃を逸らし虚を突き、見事に俺を圧倒して見せた。

 だけど……背後から不意打ちを食らい、動揺した状況ならそれも叶わないだろう。


 ──なら、俺がやるべきことはっ!


 俺は前へ一歩大きく踏み出すと……右腕に渾身の力を込めて、戦斧を振りかぶる。


「おぉおおおおおおおおっ!」


 戦斧に渾身の権能を込めた所為か、つい俺の口からは雄叫びが零れていた。

 そのままもう一歩前へと踏み込み、蟲皇の憑代まであと一足一刀という距離まで迫る。


 ──だが、これなら……


 幾らこの漆黒の機甲鎧が卓越した使い手であっても……俺のこの一撃から目を逸らすことなど叶わないだろう。

 丁度そのタイミングで、テテニスの機甲鎧が蟲皇の憑代の背中へと槍を突き立てようと走り、それを見た俺が最後の一歩を踏み出そうとした。

 ……その時だった。


「いい加減、家畜風情に目をかけるのは止めろ」


 漆黒の機甲鎧が突然、右上から左下へと……何もない空間を切り裂く。

 全く意味のない行動で、俺とテテニスによって前後から狙われている身としてはあり得ない行動としか思えない。

 だけど、何故か俺はその行動が……何らかの意味があるものだという確信を持っていた。


 ──何だ?


 とは言え、今は戦闘の最中である。

 少しばかりその行動への疑問が浮かび上がってきたものの……今さら渾身の一撃を止められる訳もない。

 そのまま、テテニスの突撃とタイミングを合わせた戦斧を、ただ勢いに任せて漆黒の機甲鎧へと叩きつけ……

 ……ようとした、その瞬間。

 背後から急襲をかけていた筈のテテニスの機甲鎧が、何もされてないままに倒れ込み……その勢いのまま地を滑る。


「何、がっ?」


「……阿呆が」


 テテニスの異変に慌てる俺だったが……既に漆黒の機甲鎧は俺の射程に入っている。


 ──くそ、ったれぇえええっ!


 挟撃が失敗したところで、今さら攻撃を止められる訳がない。

 破れかぶれの心境で、俺は戦斧を叩きつけるものの……その一撃を予期していたのだろう。

 あっさりと戦斧は受け流され……気付けば、バランスを崩した俺の機甲鎧の右脚には、漆黒の槍剣が突き刺さっていた。


「……今度こそ、終わりだな」


 ……そして。

 両脚を貫かれてバランスを崩した俺に、次の一撃が躱せる訳もない。

 俺の機甲鎧はあっさりとその一撃に右腕を斬り飛ばされ……完全に戦闘力を失ってしまていた。


 ──く、くそっ!


 自らの敗北を悟った瞬間、俺は戦闘力を失った機甲鎧を放棄し、中身のまま外へと飛び出す。

 眼前では漆黒の巨大な機甲鎧がゆっくりと飛び出した俺へと振り返るところだった。

 恐らくコイツは、機甲鎧を失った俺を特に脅威とも思っていないのだろう。

 その動きは遅々としていて……今すぐ俺にトドメを刺そうとはしていなかった。


 ──くそ、どうすればっ!


 何も持たない俺は、眼前に迫るその巨大なプレッシャーに歯噛みする。


「……く、くそ」


 俺の目は、その漆黒の機甲鎧の背後に、闇色の巨大な蟲を……恐らくは蟲皇『ン』にして地上殲滅兵器ンガルドゥムを幻視していた。

 自分と比べるのも馬鹿馬鹿しいほどとの、とんでもない巨体から放たれるその圧力に、俺の手は震え、足は竦み……もうこれ以上戦おうという気すら起こらない。

 俺はそのプレッシャーに押され、ゆっくりと後ずさりながら、助けを求めるかのように周囲へと視線を這わす。


 ──そもそも、テテニスは何をやってんだ、畜生っ!


 ふと倒れ込んだまま動かない機甲鎧が視線に入った俺は、思わず八つ当たり気味に内心でそう叫んでいた。

 ……その叫びが、聞こえたのだろうか?


「あはははははははははははははははははははっ!

 なにこれ、うごかないっ!

 うごかないうごかないうごかないっ!」


 その黒の機甲鎧から突然、状況にそぐわない甲高い笑い声が放たれ始めたのだ。


「……テテ、ニス?」


「あははははははははははっ!

 そうか、アタシなんて、所詮、アタシなんてっ!

 あはははははははははっ!」


 狂ったようなけたたましい笑いを上げ続ける機甲鎧は、だけど全く動こうとしない。

 ただひたすらにテテニスの笑い声が、この蟲皇の死骸の内部に反響するばかりだった。


「……テテ?」


 俺は背後に構える漆黒の機甲鎧を一瞥し、襲ってくる気配がないのを見届けると慌ててテテニスの乗る機甲鎧へと駆け寄った。

 そのまま力ずくでその動かない機甲鎧の胸甲を引きはがす。


 ──っ?


 そうして俺がコクピットの中で見たものは……


 砂に化した両腕を見つめながら狂ったように笑う、同居人の姿、だった。


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