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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐・第八章 ~蟲皇~
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弐・第八章 第四話

「……どういう、ことだ?」


 眼下に広がる光景に、俺の口からは自然とそんな呟きが零れ出ていた。

 日本から……こことは違う世界から来た異邦人である俺ですから、驚きを隠せないのだ。

 今まであの島の下で、延々と蟲の脅威に晒されてきたテテニスは……もう声も出ない有様だった。

 俺は一度目を閉じ、再び開き……自分の眼球がおかしくないと確認し……


「……どういう、ことだ?」


 もう一度、そう呟く。

 実際、俺は……真紅の尖塔までたどり着いた時、蟲皇との激戦が起こるのは想像していた。

 とんでもない数の、蟲の群れを切り抜けることさえも。

 ……だけど。


 ──どうなってるんだよ、一体っ!


 その尖塔に……いや、その真紅の槍に貫かれたのが原因なのか、蟲皇らしき巨大な漆黒の蟲の朽ちた死骸が転がっているのは、想像すらしていなかったのだ。

 蟲皇が死した時の名残か、身体の各部や近くの砂に、その真紅の尖塔と似たような、少し小さめの紅い槍が何本も突き刺さっていて……その戦いがとてつもなく激しかったことを想像させる。


「……そんな、だったら、アタシたちは……」


 隣で俺と同じものを見たテテニスが、呆然とそう呟くのを聞いて……ようやく俺は冷静さを取り戻していた。

 正直な話、蟲皇が死んでいるなら死んでいるで……俺としては構わないのだ。

 ……ただ蟲皇を倒したという証拠さえあれば。


 ──マリアフローゼ姫を手に入れさえ、すれば。


 蟲皇が死んでいるのであれば、巨島を襲っている蟲は何なんだとか、さっきの黒い蟲が何だったかなんてことすらも、どうでも構わない。

 ……俺は所詮、異邦人でしかないのだから。

 そう考えた俺は、その巨大な死骸へと機甲鎧へと進めることにした。


「ちょ、ガル。

 どうする、つもりだい?」


「頭にある皇玉とやらを手に入れるんだよ。

 そうすれば、蟲皇を倒した……蟲皇が死んだ証拠になる」


 その俺の呟きをどう感じたのだろう。

 テテニスは少しだけ何かを言いかけ、すぐに口を閉じ、目を閉じて俯くと……


「……確かに。

 アタシも生きて帰って、手柄がありゃ、それで……」


 俺にそう笑いかける。

 ……どうやら彼女なりに多少の葛藤はあったようだが、それを欲得で押し込めたらしい。

 そのまま俺たちは隣り合う形でまっすぐにその蟲皇の死骸へと足を進めたのだった。




 ……そうして。

 一体、どれくらい歩いたのだろう。

 正直、後ろに見える機甲鎧の足跡が、霞んで消えるほどに歩いてきた自覚がある。

 ……だけど。

 俺たちがどれだけ歩いても……その蟲の死骸には近づくことさえ叶わなかった。

 ……いや、違う。

 近づいていない訳ではない。



「……でけぇ」


 ……そう。

 蟲皇という名前は伊達ではない。

 幼蟲の数倍のサイズの成蟲の、その十倍ほどのサイズの老蟲の、その更に十倍ほどもありそうに見える。

 正直、この視界中に広がる頭だけで……機甲鎧を生産している工房ほどのサイズなのだ。

 もしコレが生きていたとしたら、機甲鎧の武装如きでは痛打一つすら与えられなかっただろう。


 ──だとしたら、この化け物を殺したのは誰だ?


 不意に。

 俺の脳裏にそんな疑問が浮かび上がる。

 この真紅の槍でこの蟲皇を貫いて殺せる相手なんて……聞く限りでは、この世界の創造神たるランウェリーなんとかって神様くらいじゃないのだろうか?


 ──って、神様、か。


 ふと思いついたその名前に、俺は軽く肩を竦めていた。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身となってしまった俺である。

 流石に神様の実在を疑うつもりはない。

 だけど……


 ──この世に神がいたところで……ソイツが人間様を救ってくれる保証なんざ、ないんだからな。


 ……そんな当たり前のことくらい、俺が一番よく知っている。

 少し前に俺をあの塩の砂漠に召喚し、破壊と殺戮の神ンディアナガルを植え付けて世界を滅ぼさせたのは、他ならぬあの塩に埋もれる世界を創り上げた創造神ラーウェアだったのだから。

 そんな要らぬことを考えながら歩いていた所為か……気付けば俺たちは随分と歩いていたらしい。

 顔を上げてみると、眼前には半ば砂に埋もれた、それでも機甲鎧の五倍ほどはある蟲皇の頭があった。


「……っと、ここから入れそうだな」


 そんなとてつもないスケールの蟲皇とは言え、コレは遥か昔に砂漠で朽ちた、ただの死骸でしかない。

 長い歳月、砂と風に晒された所為か、皮膚はミイラ化してあちこちがひび割れ、大きな亀裂に至っては機甲鎧でも内部へと入れるような代物である。


 ──確か、皇玉ってのは脳にある、って話だったな。


 俺たちは皇玉とやらを探すため、その死骸の中へと足を踏み入れる。


「……まるで洞窟、みたいだな」


 そこは……ただ砂があるだけの、巨大な空間が広がっていて……しかも蟲の体内の所為か、ひどく薄暗かった。

 あちこちにあるひび割れが採光窓の役割を果たしてくれている所為か、歩くのに困ることはないものの……探し物をするには少しばかり難儀しそうな暗さである。

 その挙句……蟲が生きていた頃の名残だろうか?

 空間そのものは広い癖に、ミイラ化した筋肉繊維の名残や、外から流れ込んできたらしき砂の山など、色々と障害物がゴチャゴチャしていて、遠くを見渡すことも叶わない。


「……これから皇玉ってのを探せってか?」


 その探し物をするにはあまりにも劣悪な条件に、俺が思わずそう呟いた。

 ……その時だった。


「やっと、我が召喚に応じ、来てくれたのか。

 ……異界の神よ」


 近くの物陰から漆黒の機甲鎧が一機現れ……俺に向けてそう語りかけてきたのだった。




「……異界の、神?

 ガル、あんた……」


 ソイツの声を聞いたのか、テテニスが俺の方に顔を向けながらそう呟く。

 ……だけど、今の俺はそれどころではない。

 この黒い機甲鎧は……聞き捨てならない言葉を口にしやがったのだから。

 

「……召喚、だと?

 何を、言っているんだ?」


「……そなたこそ、どういうつもりなのだ?

 我が召喚に応じたからこそ、この世界に来てくれたのだろう?

 それなのに長々と寄り道ばかりをして……何故すぐに我を解き放ってくれなかったのだ?」


 俺の問いに返ってきたのは、その漆黒の機甲鎧による質問だった。

 コイツの語っている言葉の意味はよく分からないものの……その声を聞いた俺は、この世界へ来た時に潜り抜けた、あの赤茶けた色の文字で描かれた魔法陣のことを思い出していた。

 つまり……

 

「俺をここへ……この世界へ呼び寄せたのは、お前だと?」


「……そうだ。

 我を、この牢獄から解き放ってもらうためにな。

 だからこそ、蟲共には、貴様を……貴様の気配を避けるように言い含めてあったのだ。

 蟲共は貴様を襲おうとはしなかっただろう?」


 俺の問いに頷いた眼前の機甲鎧は、そう言葉を続けていた。


 ──なる、ほど。


 道理で機甲鎧に乗って以来、俺は蟲に狙われなかった筈である。

 思い返してみると、巨島の周囲では蟲に狙われずに腹を立てていたものだが……アレも必然だったと言うことらしい。


 ──待てよ?


 そうすると、一つだけ疑問が残る。

 何故テテニスはこの場に来ることが出来たのだろう?

 あの黒い蟲共はテテニスを相手にしなかった。

 ……まるで、俺を眼前にしたかのように。


 ──だけど、違う。


 確か彼女は、機甲鎧に乗って初めて出た戦場で……赤い蟲に食いつかれていた筈だ。

 すると……巨島の周囲にいた赤い蟲共と、この周囲に巣食っていた黒い蟲共は、何かが違うというのだろうか?

 俺がそう思索に耽っている間にも、眼前に立つ漆黒の機甲鎧は話を続ける。


「尤も、何故か変な妨害が入り、この場へ呼び寄せることには失敗してしまったのだがな。

 ……まぁ、既に七十年も待った身だ。

 今となっては数十日程度、どうでも構わんがな」


 ──妨害?


 考えてみれば、俺がこの世界にやってきた時……凄まじく高い場所から放り出され、しかも四方八方が砂だらけの、どうしようもない場所に叩きつけられたのだった。

 今でも思い出すと身体の節々が痛むような、それほどのダメージを受けた覚えがある。


 ──つまり、あれは誰かの作為的な……


 と考え込む俺だったが……相変わらずコイツは、俺の思案など意に介すつもりもないらしい。


「分かったか?

 ならば、我を此処から開放してくれ。

 共にこの世界を砂に変えた、あの元凶共を滅ぼそうではないか」


 漆黒の機甲鎧は、俺に考える暇も与えないまま、そう語りかけてくる。

 ……だけど。

 コイツが何を言っているのかさっぱり分からない俺は、コイツの言葉に素直に頷くことなど出来やしなかった。


「……砂、に?」


「何をとぼけている?

 ……見ただろう?

 この一面の砂漠……この世の地獄を。

 アイツらが創り放った地上殲滅兵器ンガルドゥムにより、滅ぼし尽くされたこの世界を」


「……ン、ガル?

 コイツ、一体何を?」


「囀るな、家畜風情が。

 我は今、この御方と話をしている最中だ」


 流石に聞き捨てならなかったのだろう。

 横合いから話を聞いていたテテニスが、そんな疑問の声を上げるが……この漆黒の機甲鎧は彼女の声をそう一蹴すると、俺の方へと顔を向ける。


「我は、最後の地上の民として、アイツらに……天上人と名乗るあの糞共に一矢を報いてやらねばならぬ。

 故に、異界の神よ。

 我を、ここから……この真紅の楔から、解き放ってくれ。

 我はそのためにそなたを、この世界へと召喚したのだから」


 そう告げると、その漆黒の機甲鎧は胸甲を開く。

 精一杯に誠意を見せたつもりなのか、その胸甲の中から出て来たのは、全身をかなり鍛え上げられた金髪碧眼の……まだ若い男だった。


──だけど、違う?。


 見た目は二十代程度の若者に見えるのに……俺の目は何故か、その男をもう先の長くない老人のように幻視してしまう。

 そんな俺の視線に気付いたのだろう。


「……ああ、この身体か?

 現身を失ったこのンガルドゥムの憑代となったからな。

 ンガルドゥムの権能故に身体は年老いることなくても……我はもう七十年近く、封印の中に閉じ込められているのだ。

 ガタが来てもおかしくはあるまい」


 その男はそう呟くと、俺に視線を向け……


「そなたも、我と同じく……現身を失った神の憑代となっているのだろう?

 我には、分かる。

 そなたが、我の同類であるということがな」

 

 その男の自嘲めいた笑いに、俺はやっと理解していた。


 ──コイツも、俺と同じ、か。


 人間全てを殲滅するために生み出された破壊と殺戮の神ンディアナガルの中枢として選ばれ、権能を与えられたこの俺と。

 地上を殲滅する兵器の憑代として選ばれた、この男。

 ……そう。

 ンディアナガルを創造した神ラーウェアは、他の創造神の存在を仄めかしていた。

 だったら……ンディアナガルの他にも、世界を破壊しようとする存在がいてもおかしくはないだろう。

 そして、その異世界の破壊神にも、俺と同じ端末がいるのも不思議ではない。


「待て。

 何故、お前はそれに選ばれた?」


「単純に、我が、元の宿主を殺したからだ。

 ……地上の民を保護してくれる連中を信じ、紅石(こうせき)を埋め込んでまで蟲と戦い抜き、聖剣に選ばれし英雄と崇め奉られ……そして、愚かにもこの蟲皇を滅ぼすために意気揚々と向かい……

 死闘の末に、滅びかかった宿主を殺したのさ。

 先代の憑代が今際の際に語ってくれたお蔭で、この世界を砂に変えた元凶の存在を思い知らさたものの……気付けば、この皇玉が我が身に宿っていたのさ。

 それからは、この通り……皮肉にも新たな蟲皇の憑代として、蟲の死骸というこの牢獄に封じられ続けたという訳だ」


 自嘲めいた笑みを浮かべ、胸元に埋め込まれたその漆黒の宝玉を見せながら、男がそう告げる。

 男の言葉を聞いて、俺は祝賀会で見た大きな絵画のことを思い出していた。

 そして……そこに描かれていた、老蟲を二匹も討ち、蟲皇を滅ぼすために旅に出て、結局は帰らなかった男のことを。

 ……だけど。

 俺は首を振って、脳裏に浮かび上がってきたその昔話を振り払う。

 眼前のこの男は、そんな過去の物語よりも、遥かに聞き捨てならない言葉を吐きやがったのだから。


「封じられた?

 蟲皇の憑代という、お前を、か?」


 ……そう。

 俺と同類を名乗るコイツが封じられているということは……俺自身もコイツと同じように数十年間も封じられるかもしれないということなのだ。

 そんな洒落にならない状況は、何としても潰しておかなければならない。

 十日やそこら遊ぶくらいならまだしも……こんなろくな飯も服もゲームもない、砂だらけの世界に何十年もいるなんざ、俺に耐えられる筈がないのだから。


「ああ、蟲皇……地上殲滅兵器ンガルドゥムは創造神ランウェリーゼラルミアの欠片により創り出された兵器。

 だからこそ、創造主の呪縛に逆らうことは出来ぬ。

 ……外を見たであろう?

 ああして紅の槍によってンガルドゥム本体が縛られている以上、憑代たる我も、我が権能たる蟲共も……この死骸から離れることも叶わぬのだ」


 古の英雄は天上を……恐らくは、この死骸の向こう側にある、大地に突き刺さっている紅の槍を見上げながら、そう吐き捨てる。


「……創り、出された、と言うのか、コレが?」


 俺は周囲を見渡しながら……外から眺めた蟲皇の死骸を思い出しながら、呆然と呟く。

 事実……この蟲皇は工房で機甲鎧を創っているのとは桁が違う。

 小学校の図工すら真っ当な作品を作れなかった俺には、正直……想像も出来ない規模の話である。


「ああ、そうだ。

 この地上殲滅兵器ンガルドゥムは連中の手によって創り出された兵器なのだ。

 尤も……地上の全てを喰らい尽くし、砂漠へと変えたンガルドゥムは、ついにはヤツらの天空島へと牙を向いたのだ。

 慌てた連中は、ンガルドゥムを封じるために、莫大な量の紅石(こうせき)を使い。

 その所為で……この砂だらけの大地へと堕ちたという、如何にも滑稽な結末を迎えたのだがな」


 ふと俺に視線を戻した蟲皇の憑代は、顔を憎悪に歪ませながらもそう笑う。

 天上人とかいう連中の不幸が、心底楽しくて仕方ないという……獰猛な笑みを。


 ──コイツ、は……


 その狂気じみた笑みを見た俺は……コイツの怒りを理解してしまう。

 この男は、こんな場所に……蟲皇の死骸の中に閉じ込められ、死ぬことも叶わぬまま七十年という時間を無為に過ごすこととなったのだ。

 ……そんな地獄、俺に、耐えられる訳がない。

 何もかもを破壊し尽くしたいと願っても、別に不思議ではないだろう。


「だが、別の神により創られた、異界の神であるそなたならば、あの紅の槍を砕くことも出来よう。

 さぁ、早く我を解き放ってくれ。

 そして、共にあの天上人と……連中の糞で飼い慣らされた家畜共を殲滅してくれようぞっ!」


 同類と呼ばれ、同じ境遇であると知り……俺自身がコイツと自分を重ね合わせてしまった所為だろうか?

 俺はこの男のその問いかけに、思わず頷きそうになっていた。

 ……だけど。


「冗談じゃないっ!」


 俺たちの会話を聞いていたテテニスにとっては、ソイツの提案は聞き捨てならない代物だったらしい。


「コイツが何を言ってるか、分からないっ!

 分からないけどっ!

 あそこには……この世界には、あの子たちが住んでるんだっ!

 滅ぼすなんて、冗談じゃないっ!」


 彼女の叫びを聞いて、俺はようやく理解する。

 コイツを解き放つということは、世界を滅ぼすということは……リリスを、他の子どもたちを殺すということに等しくて……


 ──そんなこと、出来る訳……


 七十年間も閉じ込められたコイツの境遇には同情もするし、同類と聞いたことで親近感を覚えなくもない。

 ……とは言え、それとこれとは別だった。

 あの片足の少女に対して未だに欲情を覚えることはないし、恋愛感情なんざを持っている訳でもない。

 それでも、幾夜も共に寝起きして、それなりに情も移ってきた自覚がある。

 あの餓鬼共も、未だに名前どころか人数すら覚えていないものの……それでも同じ家に共に暮らしてきたのだ。

 この手であの餓鬼共を殺めるなんて……考えることすら拒否したい。


 ──だから……


 この蟲皇の端末に、復讐を思い留まらせるようにすれば……

 そう考えた俺が、口を開こうとした、その瞬間だった。


「最後の地上人たる我に口答えするなっ!

 あの糞共に飼い慣らされた、家畜風情がっ!」


 突然、男がそう喚き散らしたかと思うと、背中に背負っていた馬上槍のような剣のような奇妙な形状の武器を掴み、テテニスへと突き出したのだ。


「~~~~っ!」


 その男の突然の暴挙に、テテニスは完全に反応が遅れたらしく、その突き出される切っ先を静かに見届けるだけだった。


 ──間に、あぇええええええええええっ!


 俺はその突き出された武器に向けて、必死に戦斧を振り上げる。

 次の瞬間、蟲皇の死骸内に凄まじい金属音が鳴り響く。

 その音は……ヤツの武器がテテニスの機甲鎧の肩の装甲を削り取った音であり、俺の戦斧が漆黒の武器と衝突した音でもあった。

 ……そう。

 俺の戦斧は、何とか間に合ったのだ。


「何故邪魔をする、異界の神よ。

 我はただ家畜を駆除しようとしただけに過ぎないと言うのに」


 俺がテテニスを庇ったことがよほど信じられないのだろう。

 漆黒の機甲鎧は弾かれた己の武器を眺めながら、呆然とそう尋ねてくる。


「ふざけるなっ!

 人の女をいきなり殺そうとしやがってっ!

 てめぇこそ、何を考えてやがるっ!」


 そんな同類に対して、俺は思わず怒鳴り声を上げていた。

 ついテテニスのことを自分の女呼ばわりしてしまったが……まぁ、帰ったら俺のハーレム要員になる訳だから、そう間違ってはないと思う。

 ……どうせ飽きたらこの世界ごと捨てて帰るつもりだけど。

 その時には、一生暮らせるくらいの資産をくれてやる予定だし……まぁ、そう大きな問題も生じないだろう。


「ガル、アタシのこと、俺の女って……」


 背後ではテテニスが何やら呟いていたが、今はそれどころじゃない。

 さっき俺が怒鳴ってしまった聞いた所為か……眼前の漆黒の機甲鎧から洒落にならない殺気が放たれ始めているのだから。


「こんな家畜風情に絆されるとは……

 神をその身に宿す者にしては、何と情けない小僧よ。

 別に我は……貴様の片手と両足をもぎ取ってからでも構わぬのだぞ?」


 そして、眼前の黒い機甲鎧に乗る同類は、俺を見下し、蔑み、脅すような言葉を、吐き捨てやがったのだ。

 ……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ、この俺に向かって、だ。

 テテニスが殺されかかったこともあり、その一言を聞いた俺は、一瞬で頭に血が上ってしまう。

 俗にいう、カチンと来た、という奴だった。


「やれるもんなら、やってみやがれ。

 こんな場所に閉じ込められた程度の便所虫が、偉そうに粋がりやがってっ!」


「言ってくれるな、餓鬼がっ!

 家畜を守護する程度の神なんざ、我が討ち滅ぼし、家畜には神など不要だと証明してくれるわっ!」


 怒りに任せた俺の罵声に、殺意混じりの怒鳴り声が帰ってくる。

 ……売り言葉に買い言葉。

 それが俺たち二人の、神を宿した憑代同士の戦いの始まりだった。


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[一言] 口上の言い合いカッコいい。興奮する。
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