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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐・第八章 ~蟲皇~
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弐・第八章 第一話


 翌日。

 三級市民街の奥……砂漠と繋がるあの巨大な門の前で、俺たち蟲皇討伐隊の壮行式というものが壮大に行われた。

 とは言え、国王がわざわざ三級市民街まで足を運んでまで行ったのは、延々と下らない話ばかり。

 その挙句に、訳の分からない儀式っぽい行事と、白機師団長の糞爺が俺たちを前にさんざん喚き散らすばかりという……壮行式とは名ばかりの、ろくでもない代物だった。

 しかも、その間中……俺たちはただ機甲鎧を立たせたまま、黙って聞いていなければならないという苦行である。

 まぁ、壮行式なんて偉そうな名前がついているものの、要は『朝礼のちょっとだけ大げさなモノ』だと思っていて間違いはないだろう。

 幸いにしてマリアフローゼ姫も壮行式に出てきてくれたお蔭で、退屈することはなかったものの……それでもただ美少女の笑顔を見つめ続けるのも飽きてくる。

 突風が吹いて姫様のスカートが翻ったりすれば話は別だが……生憎と今日は無風でハプニングなんて起こりそうになかった。

 取りあえず、美少女観察にも飽きてきた俺は、足元に転がっている水と食料へと視線を移す。


 ──これが二週間分、か。


 塩漬けの肉に、塩漬けの果物と野菜。

 そして七つの皮袋に詰められた水と……確かに節約すれば二週間くらいはもつのかもしれない、という程度の水と食料が機甲鎧に乗せられている。

 周囲の広々とした砂漠の中に、この程度の水と食料だけで放り出すとは……まさに追放以外の何物でもないと思えてしまう。


 ──だからこそ、死刑と同じ扱い、か。


 もしこの状況で、アルベルトのヤツが蟲皇の居場所を突き止めていなかったらと思うと……真面目に寒気がしてくる。

 寒気に身体を振るわせた俺が視線を前方に向けると……最前列に並んでいる赤機師団の中の、そのど真ん中に立つ一際スリムな赤い機甲鎧が目に入る。

 ソレは速度と威力を重点的にカスタムした、アルベルトのヤツの機甲鎧だった。

 俺とは競争相手であり、いつか最大の敵となりそうなヤツではあるが……それでも今はその存在に感謝するしかない。


 ──しかし、派手に見送ってくれるものだ。


 俺たちを見送るためか、討伐隊の周囲には俺たちの倍ほどの数を誇る、白い機甲鎧が並んでいる。

 連中は普通の機甲鎧と比べても一際大きく、更に複雑で豪華な装甲に身を包み、けた違いに切れ味の良さそうな槍や剣を手にしていた。

 正直な話……俺たち討伐隊が外へ行くよりも、この連中に蟲皇の居場所を教えた方が、任務成功率が上がりそうな、そんな錯覚にも襲われる。


 ──ま、俺がいなけりゃ、だけどな。


 そうして壮行式に退屈し切っている俺が何気なく周囲を見渡していると、白い機甲鎧のまだ外側……俺たちを見送りに来たのだろう群衆の中に、その場にそぐわない子供たちの姿が見えた。


 ──ったく、泣き虫だな、アイツ……


 それを率いているのは片足の少女で……どうやら見送りに来てくれたらしいが、その顔はぐしゃぐしゃで、瞳も真っ赤に腫らしている。

 そんな彼女が手にした黄色い、マントのようなサイズの布きれを振っている様子は……昨晩語った俺の適当な言葉を信じていると言うよりは、その適当な言葉に縋っているだけ、という方が正しいのだろう。

 取りあえずは周囲に見つからないように、小さく機甲鎧を動かして手を振ってみたが……彼女たちはそれに気づいてくれただろうか?

 そうしている間にも、長々とした壮行式は終わりを告げ……


「我らの双肩に、人類の未来がかかっているっ!

 この国を、家族を……俺たちの手で救ってみせるぞぉおおおっ!」


「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 そんなアルベルトの檄を受けた蟲皇討伐隊百七名は、雄叫びを上げる。

 俺はその轟音の中、黙って周囲の機師たちに視線を向けていたものの……誰も彼も、この蟲皇という人間の天敵に思うところがあったのだろう。

 全員が全員、気合に満ちた叫びを上げていた。


 ──すげぇ意気込みだ。

 ──これなら、行けるっ!


 彼らの戦意は、俺にその確信を抱かせるのに十分なほどの高揚を見せていた。

 絶望的な戦場へ向かうというのに、誰一人として気後れした様子もないのだから……彼らの気合が伺えるというものだ。


「では、蟲皇討伐隊、出陣っ!」


 そして俺たちはアルベルトの号令に従い、そのまま揃って正門を抜け……蟲以外の生存を許さない、砂漠という名の地獄へと足を踏み入れたのだった。




 ……だけど。

 砂漠を機甲鎧で行軍するというのは、俺が想像していたよりも遥かに困難を極めた。

 まず何よりも、歩き辛い。

 砂漠の上で何度か戦った記憶はあるが、まっすぐに歩くだけという単純作業は、意外と神経を使う。

 そして、熱い。

 今はまだ朝方でそれほど日差しもキツくないからまだマシだが、これが真昼間になったらと思うと……今から気が遠くなる。

 その挙句に……


「おいっ!

 そっちからもう一匹出やがったっ!」


「畜生っ!

 ザルンズが足をやられたっ!」


 足元の砂地から、次から次へと蟲が湧いてくるのだ。

 流石に老蟲は見当たらず、成蟲もその大きさ故に近づいてくるだけで何となく分かる。

 しかしながら……小さな幼蟲が相手だと、見つけるだけでも至難の業である。

 その上、風が吹く度に砂塵が巻き上がり、視界が遮られる。


「くそっ、まだ門から出たばかりなのにっ!

 もう五体もやられたか、畜生っ!」


 ……アルベルトがそう吐き捨てた通り、俺たちは幼蟲の奇襲に後手後手に回り続け、既に機甲鎧が五機も犠牲になっていた。

 ……いや。

 正確に言うと、幼蟲という存在は、一撃で機甲鎧を屠るほどの力は有していない。

 だけど、蟲に食いつかれた機師たちは、下手に機甲鎧とシンクロしている所為か、嫌悪感に幼蟲を叩き潰し……その酸の体液で自滅し続けているのだ。

 勿論、放っておけば次から次へと幼蟲が湧いてきて……幾ら機甲鎧が頑丈でもその内に破壊されてしまうだろうが。


「くそ、取りあえず、島に戻って……」


「馬鹿かっ!

 もう門は閉じられているに決まっているっ!」


「てめぇら、手を動かせっ!

 また来やがったっ!」


 そして最悪なことに……蟲の体液が仲間を呼ぶのか、それとも俺たちの機甲鎧が砂漠を踏みしめるその音が原因なのかは分からないが……

 蟲は次から次へと俺たちの方へと群がってきている。


 ──畜生っ!

 ──餌に群がるピラニアかよ、こいつらっ!


 俺は戦斧で幼蟲を二つに切り裂き、その凄まじく臭い真紅の体液と、ピンク色の内臓を周囲にまき散らしながら、そう内心で叫んでいた。

 事実、この蟲共は……あの門を通り過ぎた時から延々と、俺たちを付け狙い続けているのだ。

 一応、蟲の攻撃には波があり、休む暇くらいはあるのだが……もしコレが延々と続くとなると……

 そうして蟲に奇襲を受け続けた所為か……蟲皇討伐隊の面々には、巨島から出発したあの時の戦意は既にない。

 遅々とした砂上の行軍に、熱砂に太陽、そして次から次へと襲い掛かってくる蟲の前に、人間の未来よりも、自分が生き延びることで精一杯になっているのだ。

 そうしている間にも、俺の隣の機甲鎧目がけ、蟲が大口を開けて跳びかかってくる。


「何で、蟲がこんなに湧いているんだよ、畜生っ!」


「……そりゃ、老蟲を屠ったからだな」


 その蟲の口を戦斧で叩き潰しながらの俺の叫びに答えたのは、俺が助けた見知らぬ赤機師だった。

 顔も名前も知らないが……声の感じからして、恐らくは三十代くらいのおっさんだろう。


「……あ?」


「あ~、若造は、知らねぇか。

 老蟲が死ぬと、身体に残っていた卵から幼蟲が生まれるんだよ」


 その赤機師は幼蟲を槍で牽制しながらそう告げる。

 そうしている間にも、俺は足元から生えてきた幼蟲の口へと蹴りを入れて頭を赤い肉片へと変えながらも、赤機師の言葉に耳を傾けることにする。


「んで、その幼蟲は老蟲の死骸を喰って大きくなる。

 ……こんな具合に、機甲鎧を喰らえるくらいに、なっ!」


 その赤機師が手にしていた、真紅の薄い輝きをまとった槍が蟲の口を切り裂いたところで、俺はようやくこの蟲だらけの状況の原因を理解していた。


 ──俺の、所為か?


 少なくともあの時、俺は……老蟲の死骸を完全に潰さなかった。

 ……いや、潰せなかったのが正しいのだろう。

 何しろ俺が真っ二つに切り裂き、肉塊へと……いや、塩の塊へと変えたのは上半分のみ。

 砂の中にあった下半分は、気にする余裕すらなかったのだ。

 どのみち、あの巨体の下半分は砂の中に埋もれていて……手の出しようもなかったのは事実ではあるが……


「ま、貴様らの所為じゃないさ。

 老蟲を倒すなんざ、神話の英雄だけだと思っていたからな。

 ……生き残れよ、若造。

 このゼルムゼスに、蟲のいない未来を見せてくれ」


 赤機師のおっさんはそう呟くと……幼蟲の体液で錆びた槍の先端を見つめ、それを投げ捨てる。

 どうやらこのゼルムゼスとかいうおっさんは、「赤」の中でもあまり強い方じゃないらしい。

 少なくとも槍を赤熱化することは出来るようだが……それでも槍の先端を「幼蟲の体液で錆びつかせてしまう」程度の能力しかないのだから。

 そのままおっさんは予備の武器を取りにだろう、隊列を離れて真鍮部隊……荷物を運ぶ非武装の黒い機甲鎧の群れへと向かい……


「う、うぉおおおおぁああああああっ?」


 突如、足元から湧いてきた見慣れた成蟲に喰らいつかれ……そのまま砂の中へと引きずり込まれてしまう。


「お、おい、おっさんっ?」


 慌てて俺は救援に向かうが……もう遅い。

 俺の戦斧が射程内へと入ったその時には、既に赤い機甲鎧の欠片も砂の上には残されていなかった。


 ──くそ、このままじゃ……


 砂の中から奇襲を喰らい続ける展開に、俺は歯噛みするしかない。

 どうせ名前も知らない捨て駒連中とは言え……出来ればもっと上手いところで、大激戦が予想される蟲皇との戦いで消費したいのだ。


 ──こんな意味もない場所で次から次へと擦り減っていくのは、流石に……


 そうして俺が近くの機師に群がっている幼蟲を屠っている間に、戦況はゆっくりと変わっていた。

 抵抗を続ける機甲鎧を美味しくない獲物だと判断したのだろう。

 蟲たちは自然と後方の……武器のない真鍮部隊とその荷物へと標的を定め始めたのだ。


「ガルっ!

 こっちも手伝っとくれっ!

 コイツら、荷物を狙ってるっ!」


「ああ、了解っ!」


 真鍮部隊の護衛をしているテテニスの叫びに、俺はそっちへと身体を向ける。

 テテニスの手に巻かれていた黒い包帯は出発時に解かれていて……今の彼女はアルベルトのヤツと同等の動きをしている。

 とは言え、流石にこの状況は多勢に無勢だった。


 ──くそっ、前に出過ぎたっ!


 ……そう。

 指揮者であるアルベルトも、遅々とした進軍に気が逸っていたのだろう。

 前へ前へと進みたいその一心で、蟲を切り裂いて進める「赤」連中が前方に固まり……真鍮部隊の護衛と言えば、青や黒の連中しか残っていない。

 そんな状況では、幾らテテニス一人が頑張ったところで……数多の蟲相手に荷物を守り切れる筈もない。


 ──くそ、アルベルトのアホがっ!

 ──間に合えっ!


 と、俺が彼女の援護に向かおうと上体を傾げた、その時だった。


「ふひゃひゃひゃひゃひっ!

 その獲物は、俺様のだぁああああああっ!」


 一機の赤い機甲鎧がそんな叫びを上げながら、俺の隣を凄まじい勢いで走り抜け……

 機甲鎧の身長と同じサイズの長剣を真紅に輝かせながら、蟲たちの真ん前へと飛び出したのだ。


「ひゃっはぁあああああっ!

 狩り放題じゃねぇかぁああああああああああああっ!」


 ソイツは心の底から楽しそうな、そんな叫びを上げつつ……その長剣を振るう。

 右へ左へと身体中を使って剣を振り回し、ついでに真鍮部隊の機甲鎧までその長剣の餌食にするソイツの戦い方は……


「無茶苦茶、だ、アイツ……」


 思わず俺がそう呟いてしまったのも無理はないだろう。

 事実、ソイツは一切の防御を考えない大振りで、仲間のことすら気遣う素振りも見せず、ただひたすら暴れ回る……竜巻のようなヤツだったのだから。


「エルンストっ!

 もう少し考えて暴れやがれっ!」


「やかましいんだよぉおおおっ、アルベルトぉおおおっ!

 オレは、オレの好きなようにやらせてもらうぜぇえええええっ!」


 いつの間にか俺の隣にまで後退してきた、隊長である筈のアルベルトの抗議すらもソイツは一切意に介さず、そのまま長剣を振るい続けていた。


 ──『狂剣』エルンスト、か。


 その暴れっぷりと、アルベルトの叫びに俺は……いつぞやで聞いた名前を思い出す。

 確かにアレは狂剣と名前がついてもおかしくはないだろう。

 保身を考えず、敵味方の区別もなく、ただその長剣を手に暴れ回るなんざ……どう考えても正気の沙汰じゃない。

 ……俺も似たようなことをやった覚えがあるが、雑魚は雑魚だし、俺自身は死ぬつもりはないので少し違う。


「ああ、くそっ!

 みんな、離れろっ!

 だからアイツは嫌なんだよ、くそったれっ!」


「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!

 分かればいいんだよぉおおおおっ!」


 アルベルトがそう指示を出した後は……『狂剣』エルンストの独壇場だった。

 凄まじい速度で長剣を振るい、保身などを一切考えず、狂気そのものを振りまきながら嬉々として蟲を屠り続けていく姿は、まさに災害そのものとしか言いようがない。


 ──すげぇ。


 正直なところ、俺はコイツと戦っても負ける気はしない。

 多分、あの老蟲と相対しても、コイツの長剣は分厚い皮膚に阻まれて意味をなさないだろう。

 ……だけど。

 狂気じみた殺気と、身体中を使った長剣のリーチ、「青」顔負けの機動力、そして……このとんでもない連打の回転数。

 それらは幼蟲、成蟲相手には十二分に効果的だった。

 次から次へと成蟲や幼蟲を屠るその姿には、腹を空かせた蟲さえも怯ませるらしい。

 元々、機甲鎧の抵抗に怯んで荷物を狙い始めた蟲共は、その赤い機甲鎧の大暴れっぷりを見てようやく諦めたのか。

 数分後には、蟲の群れは俺たちから離れ逃げ去って行った。


「何なんだ、アイツは……」


「『狂剣』エルンスト。

 ……赤機師で俺と並ぶと称されるヤツさ」


 蟲の撤退を喜ぶよりも、遥かに困惑の大きかった俺は……ついそう呟いてしまう。

 その呟きに答えたのは、いつの間にか隣に来ていたアルベルトのヤツだった。


「畜生がぁあああああっ!

 もっと楽しませやがれってんだぁああっ!」


 『最強』という二つ名を持つアルベルトの呟きを聞いた俺は、成蟲の残骸に長剣を突き立てながら狂気じみた叫びを上げているその機甲鎧へと視線を移す。

 そんな俺の視線に気付いたのだろうか?

 あの赤い機甲鎧は蟲の死骸への冒涜を止めると……俺たちの方へとゆっくりと歩み寄り、胸甲を開く。

 出て来たのは、長い金髪の、チャラい感じの男だった。


「よぉお、お二人さん。

 こんなに楽しい遊び場に連れて来てくれて、ありがとぉなぁ」


 出て来たソイツ……恐らくはエルンストという名の赤機師は、狂気に満ちた笑みを浮かべたまま、そう告げる。


 ──コイ、ツ……


 その笑みを見たところで、俺は気付いてしまった。

 ソイツの耳に緋色のピアスが、ソイツの腕には緋色の石を埋め込んだブレスレット、十指全てにはめられた指輪にも……

 ……そう。

 エルンストという名のこの男の身体中あちこちが……緋鉱石で埋め尽くされているという事実に。

 慌てた俺は、確認するかのように背後の赤い機甲鎧……アルベルトに視線を向ける。

 

「……ああ、そうだ。

 コレが、緋鉱石を身に着けたものの、なれの果て、だ。

 緋鉱石は装着者の精神を狂わせる……副作用、というヤツだ」


 俺の視線に気付いたのだろう。

 アルベルトの操る機甲鎧は……重々しくそう頷く。


 ──それじゃ、テテニスは……


 アルベルトが頷くのを見た俺は、知らず知らずの内に遠くで砂場に立ち尽くす黒い機甲鎧へと視線を向ける。

 そこでは元娼婦の操る機甲鎧が、周囲の「赤」や「青」とも馴れ合うことなく、たった一人で佇んでいた。

 ……『機師殺し』という二つ名を持つ彼女を、周囲の連中が忌避しているのだろう。

 だけど、俺には……彼女はこれほどまでに気が狂っているとは思えない。


 ──何か、条件があるのか?


 緋鉱石を使った回数か、もしくはその頻度か……狂気に精神がヤられる度合いにも、個人差があるのかもしれない。

 そうして同居人を俺が『狂剣』から注意を逸らした……その行為が気に入らなかったのだろうか?


「はっ、言ってくれるぜぇええぇっ。

 こうして「力」を得たお蔭で、こんなに楽しいってのによぉおおっ!」


「バっ?」


 エルンストはそう叫んだかと思うと……突然、俺たちの方へと斬りかかって来やがったのだ。

 胸甲を開き、その身を操縦席から半ば放り出したままで。

 ……まさに『狂剣』。

 その訳の分からない行動に俺は少しだけ不意を突かれたものの、そう慌てることもなく戦斧を握りしめ……


 ──足を引っ張るような、こんなゴミは要らない、よな。


 赤い機甲鎧の一撃を俺は喰らう覚悟を決めると……そのイカれたバカに向け、殺意を込めた戦斧を横薙ぎに振り払う。

 丸見えの操縦者……『狂剣』エルンストの身体目がけて。

 と、俺が戦斧を振りかぶった、その瞬間だった。

 俺の殺意に気付いたのか、エルンストは大きくバックステップを取り、戦斧の範囲から身体を逸らすと……


「ふひゃひゃひゃひゃっ!

 あの状況で、防御すらしようともしねぇっ!

 しかも、しかもっ、しかもっっっ!

 仲間相手に躊躇せず刃を向けるったぁっ!

 ひゃひゃぁっ、てめぇ、気に入ったぜぇっ!

 俺はエルンストってんだ、よろしく頼むぜぇ?」


 突然、そう笑い始める。

 その喜怒哀楽どころか喜殺という二つの感情しかないような『狂剣』に、俺はただ茫然と見つめるばかりだった。


「……何なんだよ、このバカは?」


「そういうヤツだ。

 戦力としては申し分ないんだが、な。

 珍しく気に入られたんだから、上手く扱ってくれ」


 俺の呟きに返ってきたのはそんな……何もかもを諦めたようなアルベルトの呟きだった。

 どうやらエルンストとかいうこのクズは、赤機師団でも扱いに困っている類のイカれ野郎らしい。

 ……無理もない。


「それよりも……先に進むぞ。

 蟲が離れたこの隙しか、進軍が出来ないんだからな。

 兄弟は『機師殺し』と『狂剣』を頼む」


「そういう連中を俺に押し付けんなよ、畜生」


「頼りにしてるぜ、兄弟。

 さぁ、全員、進軍開始だっ!

 被害の大きい連中は、輸送部隊に合流してくれっ!」


 そうして。

 そのアルベルトの号令によって、またしても俺たちは熱砂の砂漠を前へ前へと進み始めたのだった。


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