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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐・第七章 ~『機師殺し』~
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間章 ~ 出発前夜 ~


「……疲れ、たぁ」


 ようやく部屋へと帰りついた俺は、ベッドに倒れ込みながらそう呟いた。

 本当についさっきまで、出征の雑務で大忙しだったのだ。

 ……食料の輸送に、機甲鎧の整備、武器や盾など物資の配備。

 人員の確保は「白」……貴族連中が担当してくれるらしく、何もする必要もなかったが、だからといってどうにかなる量の仕事でもない。

 修理したばかりの機甲鎧に乗り込み、食料や水、武器を右へ左へと走り回り。

 その挙句、殺気立った工房の連中に怒鳴られ続けたのだから、もう本当に身体中が重苦しいことこの上ない。


 ──つーか、出征ってこんなに慌ただしいものか?


 こうして横になり、ゆっくりと考える時間が生まれて初めて……今さらながらに俺は、そんな疑問を抱いていた。

 何しろ、国王が口にした出発の日時は……明日の昼である。

 出征人数が百名程度という、地球の歴史から考えると遥かに小規模な出兵とは言え、幾らなんでもスケジュールが無茶な気がしてならない。

 機甲鎧や食料にそれなりの余裕があったにしても、そして日常的に機師たちは蟲との戦闘を続けてきたとは言え、流石にこれは……

 それもこれも……


 ──『機師殺し』がいるから、かもな。


 俺はドアの向こう側に視線を向ける。


「~~~っ!」

「……っ!!」


 当のテテニスはさっきから何やらやかましく……どうやら珍しく、リリス相手に喧嘩をしているようだった。

 ……まぁ、それも仕方ないだろう。

 テテニスは『機師殺し』なんて自殺行為をしていたのだ。

 ことの重要性を理解していない他の餓鬼共は兎も角、リリスは身内として彼女の愚行を怒る権利があるのだ。

 姉妹か母子か……間柄はよく分からないものの、二人は紛れもない家族で……喧嘩をするくらい、まぁ、普通だろう。


 ──しかし、思ったよりも簡単に帰してくれたもんだ。


 重犯罪者どころか、即座に死刑になってもおかしくないテテニスの身柄を、こうして三級市民街へと解き放ってくれた国王の一存には、ただ感謝するしかない。

 少なくともそのお蔭で……こうしてテテニスとリリスが大喧嘩をすることが出来るのだから。

 と言っても、機師たちもそこまで能天気ではなく……テテニスは何もされずに解き放たれた訳ではなかった。

 彼女の右腕には何やら黒い布がまかれていて……どうやらアレが緋鉱石の力を封印しているらしい。

 だからこそ、あれほど世間を騒がせた『機師殺し』は、ただの娼婦へと戻っていて、こうしてドタバタと家中を騒がすほど暴れ回っても、少女を必要以上に傷つけることもなく……


 ──それにしても、騒々しいな?


 さっきから騒がしいことこの上ない。

 幾ら何でもこれは、本気の掴み合いをしているとしか思えない……そういうレベルの騒音が響き渡っている。


「ったく、何をやってんだか」


 その騒ぎを流石に聞きとがめた俺はベッドから上体を起こす。

 正直に言って、今日一日の重労働の所為で身体はダルく、このまま寝入ってしまいたい欲求が強かったが……これだけ騒がれては流石の俺でも気になって眠れやしない。

 と、俺がそうして立ち上がろうとベッドの脇に足を付いたその瞬間を狙っていたかのようにドアが開き……


「やぁ、ガル。

 まだ起きてるわね?」


「……来ました」


 テテニスとリリス、二人の同居人が俺の部屋へと入って来たのだった。




 二人の様子は、酷く対照的だった。

 黒の下着と薄手のキャミソールという、相変わらず下着同然の格好をしているテテニスは、生憎と身体中に包帯を巻かれていて色気も何もあったものじゃない。

 ……尤もコレは、俺が放り投げた所為ではあるが。

 リリスもいつもとは随分と様相が変わっていた。

 彼女もテテニスを真似たのか、いつもの寝巻とは違い、妙に裾の短いキャミソールを着ていて……いつもとは雰囲気が随分違っていた。

 と言うか、幾らなんでも裾が短過ぎるのだろう。

 ……少女がさっきから必死に手で足を隠そうとしているのが目に入る。


「……何の、用だ?」


 そんな二人の様子に何処となく嫌な予感を覚えた俺は、ベッドに座ったままそう尋ねていた。

 そんな俺の前に、テテニスは突如平伏しやがった。


「本当に悪かったっ!

 アタシのために、あんたまで……」


「いやいやいや。

 ……気にするなって。

 大したことは、その、してない、さ」


 瞳を潤ましながら頭を下げるテテニスの雰囲気に動揺した俺は……何とかそれだけを告げる。

 と言うか……頬を赤く染めながら、上目使い俺を見つめる娼婦のその姿は、胸元の谷間が強調されている上に、キャミソールは透けて彼女の肢体の形がよく分かり……

 幾ら包帯だらけとは言え、異性に慣れていない俺としては、女性を感じさせるに十分すぎる色香を放っていて……俺は必死に、娼婦として鍛えられただろう彼女の色香から視線を逸らしていた。

 それでも……網膜に焼付いた女性の肢体は離れない。

 さっきから俺の心臓は、洒落にならない速度で脈打っている。


「でも、その所為で、ガルディア様まで、蟲皇となんて……」


「だからさ、アタシたちが来たんだ。

 せめて、最期の夜くらい、ってね」


 悲しげに俯くリリスの言葉を遮って、テテニスはそう笑い……その身体を隠すにはあまりにも心もとないキャミソールを肩からずらし、床へと落とす。

 例え透けるほどに薄手とは言え、肌を遮る一枚があるのとないとでは、随分と違う。

 俺はまたしても彼女から大きく視線を逸らすこととなってしまった。


「て、テテ……そんな、いきなりっ」


「つーか、服を着ろ、服をっ!

 何を考えてるんだっ!」


「あんたたちがのんびりしているからさ。

 今日一晩しかないってのにさ」


 俺とリリスの抗議にもテテニスに動じた様子もなく、いやむしろ開き直るかのように堂々とそう告げると……そのまま彼女はリリスの背を大きく押していた。


「わわっ」


「おわっ?」


 片足の少女はそれだけであっさりとバランスを崩し、俺の座るベッドの上へと……いや、俺の身体の方へと倒れ込んでくる。

 ……その所為だろう。

 彼女の来ていたキャミソールの裾が大きくめくれあがり、その下にあった小さなお尻が俺の視界へ入って来た。


 ……は?


 俺は一瞬、自分が何を見たのか理解できなかった。

 だって、娼婦であるテテニスじゃあるまいし、まだ『そういうこと』が出来そうにないリリスまでもが、そんな恰好をしているなんて。

 ……いや、そういう意味では「理解できない」と言うよりも、「理解したくない」というのが正しかったのだろうか?

 尤も、リリスもすぐに裾がめくれ上がったことに気付いたのか、慌てて裾を掴んでお尻を隠してしまったが。

 そのまま顔を真っ赤に上気させ……俺を上目使いに睨む。


「……見ました?」


「あ、ああ。

 と言うか……何故、穿いてない、んだよ?」


「だって、さっき、テテが……」


 しどろもどろな俺の問いに、少女は背後の母でもあり姉でもある女性へと抗議の視線を向ける。

 だけど当の本人は悪びれた様子もなく、肩を軽く竦めると……


「あんたらがそんなんだから、アタシがこうして背中を押さなきゃならないんじゃないか。

 ったく。

 ……大体、ガル。

 あんた、何故、まだリリに手を出してないんだい?」


 堂々と俺に向けてそう問い正してくる始末である。

 俺は下着姿の彼女の詰問に思いっきり動揺し、口を開き、口を閉じ……


「……どうして、それを?」


 結局、そうやって質問に質問を返すことしか出来なかった。


「さっき、問い正したよ。

 脱がせて開いて、この目で確認した」


「……幾らテテでも、酷い」


 それが、さっきの騒動の一因なのだろう。

 ……控え目で大人しい雰囲気が先立つリリスでも、そりゃ抵抗して当然だった。

 今も裾を必死に伸ばし……その部分を何とか守ろうとしているようにも見える。


 ──と言うか……


 そんな少女のしぐさに俺は、さっき何気なく放たれたテテニスの、その言葉が何を意味するか理解してしまう。

 理解した以上、俺の脳みそは自然とその光景を……少女に娼婦が性の手ほどきをするような光景を想像してしまい……


 ──う、ぁ……


 気付けば俺の口は、知らず知らずの内に生唾を飲み込んでいた。

 そんな俺の反応に気を良くしたのだろう。

 テテニスは少しだけ笑うと……そのまま下着姿の身体を、俺とリリスが重なり合っているその上から近づけてくる。


「だから、さ。

 二人にはアタシが、手ほどき、して、あげないと、ねぇ?」


 頬を紅潮してそう笑うテテニスの、娼婦そのものの表情から……俺はあっさりと目が離せなくなっていた。

 そうして俺の視線が胸の谷間から、その少しだけ存在を誇示している胸の先端、そして贅肉の欠片もないのに柔らかそうなお腹と、おへそ、そしてその下の小さな布きれへと視線が向かった、その時。


「そうじゃないでしょ、テテっ!

 テテだってっ!」


 そんな俺を現実に引き戻したのは、リリスのそんな叫びだった。

 そのまま彼女はその小さな身体に似合わない大きな動きで立ち上がると、テテニスの身体を引っ張り……俺の上へと投げつける。


「テテも、ガルディア様と、シたいんでしょっ!

 だったらっ!

 そう言えばいいじゃないっ!」


 そして、叫ぶ。

 顔を真っ赤にして、目の端に涙を浮かべ……ただ湧き上がる激情を堪え切れないかのように。


「私を、私なんかをっ!

 ……こんな私なんかに気を使わずにっ!」


 その絶叫は……恐らくこの片足の少女がずっと溜めこんでいた本心なのだろう。

 とは言え、幾ら本心であったとしても……自分自身の価値を認めないようなその少女の叫びは、母代わり姉代わりの彼女にとっては、受け入れらる筈もない。

 俺が止める暇もなく……テテニスの手が、少女の頬を打つ。


「~~~っ、バカっ!

 あんたは、どうしてそんなっ!」


「だって、そうでしょうっ!

 この足じゃ、こんな足じゃ、テテみたいに生きることも出来ないっ!

 ずっと同じベッドにいたのに、ガルディア様だって……何もしてくれなかったっ!

 だったら、こんな私なんてっ!」


 そんな、自分自身を無価値と断じるリリスの叫びに……ずっと共に暮らしていた家族の絶叫に、テテニスは怒りすら忘れて固まってしまっていた。

 だけど、一番のダメージを喰らったのは……恐らくはこの俺、だったと思う。

 餓鬼だ餓鬼だと、手を出すにはまだ早いと……端っから脳内で切り捨てたこの少女を、知らず知らずの内に、ここまで追い込んでいた、なんて。


「ガルディア様は、お姫様のところへ、行っちゃうんだからっ!

 だったら、こんな、私なんてっ!

 いっそ、いっそ……いなくなった方がっ!」


 少女の叫びを聞いた俺は、自分自身の不甲斐なさを理解し……知らず知らずの内に奥歯を噛みしめていた。


 ──何を、やっていたんだ、俺はっ?


 子供に手を出さないなんて、当たり前のことだと思っていた。

 胸がないような、毛もまだ生えてないような餓鬼なんて、性欲の対象とすら思っていなかった。

 ……だけど。

 だけど……彼女は俺なんかよりもずっと自分のことを考えていて、未来のことを考えていて。

 そんな彼女の涙を見た俺は……今さらながらにこの片足の少女を一人の人間として扱ってこなかった自分に気付く。


 ──もう少し、一人の少女として扱ってやらないと、な。


 そして、そう内心で反省する。

 尤も……こんなぺたんこの相手を、一人の女性として見るなんてのは、少しだけ努力を必要とするだろうけれど。

 少女は胸のうちを全て吐き出した所為か、裾が思いっ切りめくれ上がっていて……その、なんだ。

 ……やっぱり毛すらも、生えてない、ように、見える訳で。

 正直なところ、こんな少女に何かをしようとは思えないのが実情だったが……


「馬鹿、だねぇ。

 あんたは十分に女としてやっていけるさ。

 ……ねぇ、ガル」


 小さなその胸のうちを吐き出した少女を抱きしめながら、テテニスはそう俺に視線を向ける。

 母代りの女性に抱きしめられたリリスも、真っ赤に腫らした瞳で、恐々と俺を見つめてくる。

 その二人の視線を受けた俺は……欠片の偽りもなく、欠片の躊躇もなく、大きく頷いていた。


 ──ああ、そうだ。


 こんな俺なんかよりもしっかりと先を見据えている少女が、真っ当に生きられないとしたら……そんな世界は間違っているとしか思えない。

 少女の告白を前に俺は何も言えなかったものの……だけど俺の胸中を、片足の少女は酌んでくれたのだろうか?

 言いたいことを叫んで気が抜けたかのようにため息を一つ吐いて表情を緩めると、下着姿のテテニスへと視線を向ける。


「私は……言いたいことを言った、から。

 だから……次は、テテの番」


 その視線に、テテニスは俺の方へと視線を向け、逸らし、再びこちらへと顔を向ける。

 頬を紅潮させ、視線を俺と合わせるのを怖がるような彼女の表情は、今まで共に暮らしてきて、下着姿でも身体を支払おうと言った時でさえも、一度も見たことがなかった……

 ……恥じらいという感情を浮かべていた。


「……はぁ。

 ……アタシも、さ。

 こんな商売しているから、あんまり将来をどうのこうのって、考えたこともなかったんだけど」


 俺から視線を逸らしたまま、テテニスは蚊が鳴くような声で、そう呟く。

 正直に言って……いつもサバサバして、恥じらいの欠片もない彼女が、頬を染め、俺と視線を合わせるのを怖がるような、そういう少女っぽい表情を見せると……その、対応に困る。


「だけど、さ。

 あの時……アタシを助けてくれた、あの時。

 ……思ったんだ。

 もし、もしも、その、アタシが、子供を、産むんだったら……

 あんたの子が、いいなって、ね」


 テテニスのその言葉は……紛れもない、告白だった。

 突然過酷な「下」へと叩き落とされ、その地獄の中で娼婦として生きてきて、肉体的接触なんか日常茶飯事だった彼女の告げた……紛れもない告白。


 ──あ、う、え、あ、う、あ、え?


 そんな彼女の告白に……俺はやっぱり何も言葉を返せない。

 口を開き、そして閉じ、また開き……何かを告げなきゃと焦るものの、生憎と声が音となって零れ出ない。

 ただ一つだけ……自分の頬が酷く紅潮しているのが分かる。

 心臓がバクバクと早く脈打ち、非常に落ち着かない。


「だから、さ、ガル。

 今晩くらいはアタシと……アタシたちと……」


「え、えぇっ?」


 テテニスはそう告げると……家族の告白を聞いて部屋から出ていこうととしていた少女の腕を無理やり引き寄せると、そのまま俺の身体へとしなだれかかってきたる。

 彼女の女性として成熟した身体が、その体温が、ちょっと薬草臭いのを含めて女性女性した体臭が……俺の理性を酷く揺さぶって来る。


 ──だけど、俺はっ!


 そんな彼女から視線を逸らしつつも、俺は首を左右に振って理性を必死に取り戻そうとしていた。

 今の今でも俺は……初体験はあの美貌を誇るマリアフローゼ姫とシたいと思っている。

 あの絶世の美少女と、どう考えても処女で優しげで高貴で……どんな世界を辿っても唯一無比と思えるほどの、彼女と。

 ……だけど。


「ガルディア、さま。

 ……私、も」


 テテニスに手を引かれたことで、彼女に対しての遠慮を捨てたのだろう。

 視線を逸らした先にはリリスが……初体験への恥じらいと恐怖からか、顔を真っ赤に染めて、がたがたと震え、瞳には涙を浮かべながら……

 それでも必死にキャミソールの襟元をずらしてその白く細い肩を見せつけ、精一杯の誘惑をしようとしている少女の姿が見えて……


 ──う、ぐっ。


 ……そんな二人の姿を見た俺は、このまま彼女たちとベッドインという未来を脳裏で何となく想像する。

 と言うか、正直な話……理性がかなりヤバいことになっていた。

 そして……頬を赤く染めたテテニスと、瞳に涙を浮かべるリリスの顔を交互に見たとき、俺はふと抵抗を諦めていた。


 ──それも、いいのかも、な。


 レナータ・レネーテ……双子の処女姉妹との3Pとはいかないが、テテニスとリリスの二人も義理母娘、義理姉妹のようなものである。

 それに何だかんだで一つ屋根の下で暮らしてきた所為か、それなりに気心の知れた相手である。

 魅力十分な身体つきのテテニスは、娼婦だからこそ経験豊富で……色々とリードしてくれそうだし。

 ペタンコのリリスは子供子供していてちょっとアレだけど……処女で初々しい。

 ……どっちも片方なら微妙な相手ではあるが……二人合わせれば、ちょうど良い感じである。


 ──まぁ、この二人だったら、悪くない、かも、な。


 俺がそうして力を抜いたのが分かったのだろうか?

 テテニスの右手が……胸元に置かれていた手が、まるでくすぐるかのように、ゆっくりと下へ下へと、腹を超え、へそを超え、そしてその下へと……


「くっ」


 くすぐったいような、だけど抵抗できないような感覚に、俺は歯を食いしばって声を漏らさないようにするだけで精一杯だった。

 そうして我慢するだけで、抵抗をしなかった所為だろうか。

 彼女の手は、俺の脚の間へと触れ……


「……ガル」


「な、なん、だ?」


 不意に放たれたテテニスの、その声の深刻さに目を見開いた俺は、思わず慌てて問い返していた。

 正直な話……俺は普通の高校生とそう変わりないと思っているのだが。


「その、さ。

 ……やる気を出してもらわないと、アタシとしても、困る、と言うか……」


「……は?」


 その彼女の声に、俺は一瞬だけ考え込み……そして気付く。

 ……そう。

 この期に及んでも俺の身体の一部は、その、なんだ……所謂一つの戦闘モードに切り替わっていなかったのだ。


「娼婦だったアタシなんかじゃ、物足りないって言うつもり?」


「……やっぱり、私、なんて」


「い、いや、そんな、筈、は……」


 ジト目で睨みつけてくるテテニスと、涙を浮かべるリリスに、俺は慌てて自分の股間に視線を落とす。

 とは言え、当然のことながら……焦ったところで何かが解決する訳もない。

 これから百人以上を相手にする予定の、俺の最終兵器は……ただ静かに下を向いたままだった。


 ──そんな、バカな……

 ──まだ一人に対しても使ってないってのにっ!

 

 肉体の一部が本来の任務を放棄してストライキに入るという絶望的な状況に、俺は冷や汗をかきながら必死に脳みそを回転させていた。


 ──そんな、筈はないっ!

 ──俺は、無敵なんだっ!

 ──破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身っ!

 ──数多の戦場を超えてきたっ!

 ──これからハーレムを築き、数多の美女美少女を侍らす人生を送る男なんだっ!

 ──何か、心当たりは……っ!


 かなり慌てていた所為か、色々と要らぬことを考えたような気もしたが……

 そうして必死に考えたお蔭で、原因はすぐに思い立った。

 本日の朝早く……テテニスと相対したあの時。


 ──思いっきり、蹴飛ばしやがったんだよな、コイツ。


 その理由が分かった途端、俺は……腹の底から湧き上がる激情を、堪え切れなかった。


「てめぇの所為じゃねぇかっ!」


 ……つい。

 その事実に思い当たった俺は、つい右拳を眼前の娼婦へと叩きつけてしまっていた。


「んべぅっ!」


 テテニスのそんな奇妙な叫びと、彼女の身体が左の壁へと吹き飛ぶのはほぼ同時だった。

 そのまま彼女の身体は、壁に突き刺さり……動かなくなる。


 ──や、っち、ま、った。


 衝動的に拳を振るったとは言え、ここまでしてくれた彼女の命を絶ってしまったその事実に、俺の拳はただ震えるばかりだった。


「……テテ?」


 ──く、そっ!


 妙に煽情的な下着に覆われた、その尻を見ながら片足の少女が呆然と呟くのを聞いて……俺は覚悟を決める。

 彼女の死体に視線を向ける、その覚悟を。

 ……だけど。


「痛いじゃないかっ!

 ったく。

 死んだらどうするつもりなんだいっ!」


「~~~~っ?」


 まるでコントのように壁から身体を引きはがし……テテニスは抗議の叫びを上げていた。

 彼女が生きているという、その事実に俺は安堵のため息を吐き……


「……悪い」


 ただ、それだけを口にする。

 家族の生存に安堵したのか、ベッドの上で腰を浮かしていた少女も身体中から力が抜けたかのように、ベッドへと崩れ落ちていた。


「でも、コレは……その。

 お前が、思いっきり蹴飛ばしたから、だろうが」


「蹴飛ばすって……ああっ!」


 言い訳がましい俺の呟きに、彼女も朝方のことを思い出したのだろう。

 何処となく気まずい表情をしたまま、俺の股間へと視線を落とす。


「その、大丈夫かい?

 ……えっと、その、潰れたり、とか」


「いや、それは問題ない、んだが……」


 ……多分、潰れたら悶絶するレベルじゃ済まないだろう。

 アレは無茶苦茶痛かったし、悲鳴すら出ないレベルの激痛だったものの……そういう致命的な激痛じゃなかった、筈で。

 

 ──ああ、大丈夫だ。


 ……触ってみると、ちゃんと球形の物体が二つある。

 その事実に俺は心の底からの安堵のため息を吐いていた。

 そんな俺の隣でテテニスは……大きな落胆のため息を吐きやがる。


「とは言え、それじゃ、今夜は無理、なん、だよねぇ。

 せめて、最期の夜くらいって思っていたんだけど……」


「……つーか、さっきから最期の夜ってなんだよ?

 俺は、蟲を軽く潰して、さっさと生きて帰るつもりなんだが?」


 彼女の呟きの意味が理解できなかった俺は、素でそう告げていた。

 その時のテテニスの百面相は、かなり見物だったと思う。

 落胆に沈んでいた彼女の顔が、驚愕に目を見開き、信じられないとばかりに歪み、直後に希望に微笑みかけ、すぐにそれを打ち消すような絶望に戻ったのだから。


「……生きて帰るって、あんた。

 相手は、あの、蟲皇だよ?

 この世界を砂漠に変えた、その元凶とも言われている……」


「だから何だ?

 勝算があるから、ああ言ったまでだ」


 彼女の声に、俺は素でそう答えていた。

 ……そう。

 蟲皇ンだか何だか知らないが、俺は破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身である。

 一つの世界の人間全てを殺し尽くし、創造神までもを屠り世界を滅ぼした、最強最悪の存在だ。

 ……蟲如きに殺される訳がない。


「……はぁ。

 確かにあんたなら……本当に勝てちゃうかもね」


「勝てるじゃなく、勝つんだよ。

 そうすれば、何もかもが上手くいく」


 拳を握りしめながら、俺はそう呟いていた。

 事実、蟲皇を討ちさえすれば……何もかもが上手くいくのだ。

 この蟲に怯えて壁の中に住む人々を救い、テテニスを無罪放免にさせ、討伐報酬で子供たちの生活を安泰にして、俺は姫様を頂き……


「……じゃあ、帰ってきたら、今夜の、続き、を?」


「ああ、そう、だな」


 その未来を想像したのだろう。

 顔を真っ赤に染めながら、それでもおずおずと発せられたリリスの呟きに……俺は笑いながら頷いていた。

 ……そう。


 ──それも、悪くはない、な。


 今は蹴られた所為でストライキを起こしている俺の最終兵器ではあるが、数日経てば元気を取り戻してくれるに違いないのだから。

 そんな未来を思い浮かべた俺は、軽く笑うと……


「なら、軒先に黄色いハンカチでも吊るしておいてくれ」


「……黄色い?」


「何だい、そりゃ?」


 何となく呟いた俺の一言に、異世界の女性たちは首を傾げていた。


 ──まぁ、そりゃそうか。


 彼女たちがそれを知らなくても無理はない。

 あれは確か……親父が懐かしいと呟きながら見ていた、遠い昔の映画で……

 内容も俳優も何もかも全く覚えていないものの……何故か妙にタイトルだけが記憶に残っている。


「故郷の、おまじない、かな?

 ……幸せを呼ぶとか、そういう感じの」


 適当な記憶を掘り起こしながらの俺の呟きに、二人の異性は顔を緩めると……


「そりゃ、生きて帰らないと、ねぇ」


「……はい、待ってます」


 満面の笑みを浮かべながら、俺にそう告げたのだった。

 そのまま俺たちは、何となく一つのベッドで丸まって眠ることとなり……

 流石の俺も疲れていたらしい。

 目を閉じた途端、すぐに眠りが訪れ……


 気が付けば、翌日の朝になっていたのだった。


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