弐・第七章 第三話
馬車から下りた俺を待っていたのは、明らかに敵意剥き出しの瞳だった。
屋敷の敷地を囲う柵の、その周囲を取り囲むように並んでいる身なりの良い白い服を着た機師たちや赤や青の機師たち……テテニスを包囲している連中たちが向けてくるその視線に、俺は軽く肩を竦めてみせる。
──まぁ、無理もない、か。
機師暗殺を繰り返した『機師殺し』の身内と思われているのだから、それも当然だろう。
とは言え、五十名を超える機師がこちらを殺気混じりに睨みつけてくるその迫力は、気の弱い人間だったらそれだけで怯え竦んで動けなくなるほどの代物だった。
尤も……
──こういうの、慣れてんだよな。
塩の砂漠では百を超える兵団に、殺意と敵意を向けられ続けた俺である。
この程度……特に気にするほどのこともない。
実際……テテニスが下着姿でうろつく方が俺にとっては心臓に悪かった記憶がある。
そんな敵意と殺意を向けられた俺は、それらの視線を平然と受け止め……軽く安堵のため息を吐いていた。
──こんな場所にリリスを連れてこなくて、正解だったな。
……そう。
この場に立たされていたのが、俺ではなく……あの片足しかない少女だったらと考えるだけで、胃の上がズシリと重たくなってくる。
そういう意味では……こうして敵意を向けらるのが、俺でまだマシだと考えるべきだろう。
あの時、後ろめたい思いをしながらでも、適当な嘘を吐いた甲斐があったというものだ。
──だけどなぁ。
片足の少女の泣き顔を思い出した俺は、これから彼女の姉であり母親役でもあるテテニスをこの手にかけなければならない事実に、大きなため息を吐く。
事実……気合が入らない。
……入る、訳がない。
俺がそうして周囲を見渡している間に、アルベルトは「白」の中でも最も豪華な服を着た一人の老人と話し合っていた。
「アルベルトよ。
私は貴様に身内を連れてくるようにと命じた筈だが?」
「しかし、バルゼングス様。
彼は『機師殺し』と共に暮らしており、彼女の投降を呼びかけるのに最も適した……」
「馬鹿モノがっ!
「赤」の貴様如きが私の命に逆らえる立場だと考えているのかっ!」
どうやらその老人はかなりのお偉いさんらしい。
頭を下げるアルベルトに向けて、平気で怒鳴り散らしている。
いや、怒鳴るばかりか手にした鞘で、アルベルトの横面を殴りつける有様だった。
──ムカつくな、あの爺。
……軽くぶん殴っただけであっさりとへし折れそうな、弱そうな爺が偉そうにしている。
その訳の分からない事態に、俺は少しだけイラついて拳を握りしめる。
とは言え、当のアルベルトが俯いたままで抗議の声すら上げようとしていないのだ。
加えて、これだけの衆人観衆の中、お偉いさんとやらをぶん殴って、姫を頂く野望を台無しにする訳にもいかないだろう。
俺はこみ上げてくる殺意を抑え込み、ただ拳を握りしめるだけに留めていた。
「しかし、子供を盾にするなど、機師としてあるまじき……」
「いちいち口答えをするな、このクズがっ!」
人として正しい意見を吐いた筈のアルベルトの弁明は、ただ爺の怒りを買っただけに過ぎなかった。
激昂したらしき爺が、またしてもアルベルトの顔面をぶん殴ろうと鞘を振りかぶる。
──コイツっ!
俺と機甲鎧で互角の戦いをしてのけたアルベルトのヤツが一方的に殴られる。
その光景をいい加減見てられなくなった俺は、拳を握りしめ二人の間に割って入ろうと足を一歩踏み出す。
……そんな俺を押しとどめたのは、爺の背後にいた、どっかで見たことあるような中年のおっさんだった。
「その辺にしておけ、バルゼングス団長。
『機師殺し』は逃げられはせんのだ」
「こ、これは国王様っ!
どうしてこのような場所へっ!」
その中年のおっさんの一言で、ムカつく爺はあっさりと平伏してしまう。
どうやら偉そうなだけあって、権威に弱いヤツらしい。
って。
──どっかで見た記憶があると思ったら、国王か。
どうやらマリアフローゼ姫の父親が出張ってきたらしい。
しかし、どう見てもあの美貌の姫の胤になったとは思えないほど、美形でもなければ貫禄がある訳でもない。
マントは金糸をあしらった豪華極まりない代物ではあるが、王冠がなければそこら辺にいる貴族連中とそう変り映えしないようにしか見えない。
と、呆然と突っ立っていた俺に気付いたのか、その国王という権威持ちのおっさんは、俺の方へと視線を向け……
「その方か、祝賀会でも見たな。
『機師殺し』を説得するならよし。
出来ぬなら、見事討ち取って参れ」
「……了解」
礼儀を知っている訳もなく、この国の国王に頭を下げる謂れもないない俺は、ただそれだけを国王に告げると、まっすぐに長老の屋敷へと進み始める。
「貴様っ!
国王陛下にその態度はっ!」
背後では高血圧っぽい爺が何やら喚き声を散らしていたが、俺は意に介すこともなく石畳をまっすぐに歩く。
「兄弟、気を付けろっ!
相手を人間だとは思うなっ!
……生きて、帰れよっ!」
背後から告げられたアルベルトの暑苦しい叫びに、俺は軽く右手を上げて応え、そのまま屋敷の囲いを潜り抜け、芝生の整えられた緑の庭をまっすぐ屋敷へと歩く。
そうして広い庭の半ばまでたどり着き、屋敷の全貌を目の当たりにした時、俺は自らの目を疑うこととなった。
──何だ、これは……
死屍累々。
その光景を表現するならば、ただその一言こそが相応しいのだろう。
最初に見つけた芝生に倒れ込んだ兵士は、黒く焼け焦げていて、人の形を辛うじて保っているという有様で。
次に目にした屋敷近くで倒れ込んでいる機甲鎧は、胸甲周辺が焼け焦げ……中の人はそのまま蒸し焼きになったらしく、胸甲が半ば開いた状態で、隙間から指先が覗いている。
屋敷は内外で激しい戦闘が繰り広げられた所為か、機甲鎧の剣が突き刺さっていたり、人よりも大きな穴が開いていたり、一棟が丸々焼け焦げていたり……もうボロボロの有様だった。
──5、6、7……
そうして歩きながら数えてみると、屋敷の周囲には結局黒焦げた死体が十六も転がり……その上、機甲鎧も五体ほどひっくり返っている。
どうやらそれらの死体全てが生きたまま焼かれたらしく、庭の中心部にある噴水に身体や手や顔が向いているのが、印象的だった。
──これを、彼女が?
その凄惨な有様と、お人好しのテテニスの笑顔が結びつかず……未だに俺は『機師殺し』がテテニスだとは思えなかった。
いや、信じたくなかったのが正しいのかもしれない。
──この俺が、彼女を殺すしかない、なんて。
そんなことを考えながら歩いていた所為、だろうか。
「───っ?」
突如屋敷内から飛んできた槍に、俺は全く反応が出来なかった。
そのまま顔面を槍が貫く衝撃に、俺は身動き一つ出来ず、背中から地に叩きつけられてしまう。
──何が、起こった?
そうして大の字で寝ころびながらも俺は……未だに自分の身に何が起こったかを理解できずにいた。
頭が……頬が、少しだけ熱を持っている。
数秒後、ようやく俺は、ソレが「痛み」という感覚だと理解していた。
「ってぇ……くそっ!」
中学校時代、教師に辞書の角で殴られたような、そんな「痛み」の感覚に、俺は頭を押さえながら叫び、立ち上がる。
血は……出ていない。
どうやら槍の方が衝突のダメージに耐えられずにひしゃげたらしく、石畳には先っぽがへし折れた槍が転がっていた。
既に屋敷内に生きている雑魚機師たちがいないということは、この槍を放ったのは当のテテニスということで……
「てめぇっ! テテニスっ!
何しやがるっ!
いてぇだろうがっ!」
痛みという久々の感覚に、俺はついカッとなって折れた槍を踏みつけて砕くと、大声で屋敷の方へと怒鳴り散らす。
その声が聞こえたのだろう。
ふと屋敷に空いた穴から、人影が飛び出してきた。
「……ガル?
あんた、こんなところで何をやってんだい?」
あちこち破けてボロボロの挙句、煤まみれに汚れたドレスを身にまとったテテニスの口から放たれたのは、そんないつもと変わらない声だった。
その聞き慣れた声に、俺はさっきの怒りも忘れ、軽く安堵のため息を吐き……すぐに気を引き締める。
……俺は、彼女を、殺しに来たのだから。
「……これは、お前が?」
「まぁね。
もうさっきから邪魔ばっかりしてきて鬱陶しいったら」
未だに彼女が『機師殺し』であるという事実を受け入れたくなかった俺の、確かめるようなその問いに返ってきたのは……
……あれだけお人好しだった彼女の口から放たれたとは思えない、冷酷で残酷なその言葉だった。
それどころか、足元の焼け焦げた死体をまるでゴミのように蹴飛ばし、その細い脚の蹴り一つで死体を粉々に砕いた彼女は……今までと全く同じ笑みを俺に向ける。
「ったく、弱いくせにどうして向かってくるんだろうね。
ちょっと炙ったら悲鳴を上げて逃げ出す程度の、弱い雑魚の分際で、ねぇ」
その彼女が蹴飛ばした死体に、昨日眼前で息を引き取ったのを見届けたゼルグムのおっさんが重なる。
そして、気付く。
……気付いてしまう。
あのおっさんの身体も、この死体のように……焼け焦げていたことに。
「ゼルグムのおっさんも、酷い火傷を負って、死んだ。
……あれは、もしかして」
「ああ……ゼグ、死んだのかい。
一応、馴染みの客で、ちょっと仲良かったんだけど……ま、仕方ないか。
だって、ゼグのヤツ、弱いくせにアタシの邪魔をするんだからさ」
「それは……本気で言っているのか?」
テテニスの口から放たれたとは思えない……いや、思いたくないその声に、俺はただ首を左右に振るばかりだった。
だって……彼女は、違う、筈だ。
テテニスというこの女性は、あの地獄のような巨島の外で、身体を売って暮らしながらも……それでも子供たちを助けるようなお人好しなで。
一時は同居していたとか聞いた、そんな顔見知りを平然と殺してしまうような、そんな人間じゃない、筈なのだから。
……だけど。
「変なことを聞くんだねぇ、ガル。
あんたが身をもって教えてくれたんじゃないか?」
「……俺、が?」
「何を言ってるんだい。
あんたはリリを襲う蟲を追い払ってくれた。
あんたはリリを狙うチンピラ共を軽く蹴散らしてくれた。
アタシが一年間がかりで稼ぐ金の倍もあった借金も、いとも簡単に踏み倒してくれた。
その上、機師として出世して権力も金も手に入れて……」
そう告げた彼女は、俺に笑みを向ける。
……子供が絶対の信頼を置く相手に見せるような、無邪気な、楽しそうな笑みを。
そうして楽しそうな笑みを浮かべながらも、彼女は更に口を開く。
「だから、アタシは悟ったんだよ。
……この世は何もかも『力』さえあれば思いのままなんだって。
弱いヤツは力の前に平伏すしかないんだって。
何もかも全部、あんたがアタシに見せてくれたんじゃないか」
楽しそうに笑う彼女の声に……俺は返す言葉を持たなかった。
俺が通ってきた道は、確かに彼女の言葉通りなのだから。
人を殺し、蟲を殺し、力づくで何もかも押し通す。
……それでも。
「……違、う」
それでも、俺は首を横に振っていた。
力こそが全てなんて、間違っている。
確かに俺はそういう生き方をしてきたかもしれないけれど……力こそが全てなんて、それは絶対に間違っている。
世の中には他にももっと……何か、もっと正しいことが、ある、筈で。
「何が違うってのよ。
……アタシに優しくしてくれたのなんて、この世界であんただけだったっていうのにさ」
そんな俺の苦悩に気付くこともなく、彼女は俺に背を向け、近くにあった噴水の縁へと腰を下ろすと、更に言葉を続けていた。
「うちの両親はお人好しでさ。
何人もの友人の借金を肩代わりして、見事『下』に転落した挙句、強盗に殺されて終わり。
でも、税を払えず両親が『下』へと送られたあの時も、次の日に強盗に刺されて悲鳴を上げ続けていたあの時も……誰も助けなかった。
……何人も何人も、あの二人に助けられていた筈なのに」
自嘲気味に笑いながらの彼女の呟きに、俺は言葉を挟めない。
……挟める訳がない。
破壊と殺戮の神の権能を持っていたとしても……俺なんざ、人生経験すら足りてない、ただの餓鬼に過ぎないのだから。
「アタシだってそうさ。
『下』に落とされた次の日、両親の死体の前で処女を失ったあの時も、飢えに耐えかねて嫌々客に抱かれていたあの時も、金を払わない嫌な客に泣き寝入りしたあの時も、溜めこんだ金を盗まれたあの時も。
食べ物にもありつけなかったあの時も、水すらも飲めなかったあの時も、病気で死にかけたあの時も。
……誰も。
誰も助けてなんてくれなかったんだ」
激情に歪んだ顔で、吐き出すかのようなそのテテニスの声を……ただ俺は聞くことしか出来なかった。
彼女の歩んできた人生なんて、今の俺には想像すら出来やしない。
何度泣いて何度悔んで何度怨んで何度絶望して……そんな無力な人間の嘆きの声なんて知りたくもない。
……聞こうとも思わない。
だけど、それを語っている相手は同じ屋根の下で暮らしてきた、同じ釜の飯を食った相手で……
だからこそ俺は、耳を塞ぐ訳にもいかず、ただ黙ったままに彼女の言葉を聞き続ける。
「それでも、ただ奪われる側の自分を認めたくなくて、必死に子供たちの面倒を見始めて……客に抱かれるのも慣れてきて、やっと余裕も出来て。
そうして何とか生きていけると思ったその矢先に……あの豚にリリが攫われちゃって。
あの時、リリを探しながら……必死に祈ったもんさ。
この糞みたいな世界をぶち壊す神様がいるなら、何もかも薙ぎ払って欲しいって。
こんな地獄から……早くアタシを助け出してくれ、ってさ」
そう告げるとテテニスは顔を上げ、さっきまでの悲愴な表情を消し去り、まるで神に出会ったかのような笑みを浮かべる。
「そんな時に現れたんだよ。
……ガル、あんたが、さ」
「いや、俺は……」
彼女の純真な笑みに耐えかねた俺は、彼女の言葉を否定しようと口を開く。
だけど、それもテテニスは理解していたのだろう。
首を左右に振って俺の言葉を封じると、更に言葉を続けていた。
「正直、あんたがどうして『下』に現れたかなんて分からない。
アタシに優しくしてくれたのだって、ただの気紛れに過ぎないってのも分かってる。
最初はアタシの身体目当てかとも思ったんだけど……違うみたいだし、ね」
テテニスは少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、ボロボロに汚れ破れたドレスの裾を捲くり上げ、その太ももを俺に見せつける。
血と埃と煤に汚れたその脚は、それでも女性の柔らかさと丸みを雄弁に見せつけていて……ついでにその奥にある赤紫の小さな布切れが目に毒で。
「~~~っ?」
俺は慌てて彼女から視線を逸らしていた。
そんな俺の反応を、テテニスが楽しそうに眺めているのが分かっているが……どうしようもない。
と言うか……正直な話、不意にチラッと、相手が気付いていない状況で「見えた」ってのなら、嬉しいハプニングで済む。
だけどこんな……相手が分かった上で見せつけて来ているような状況じゃ、見えた嬉しさよりも、戸惑いと……喜んでいる自分を相手に悟られてしまう恥ずかしさが先に出てしまうのだ。
「そんなあんたを見て、分かったんだ。
優しいだけじゃ、何にもならない。
金を幾ら溜めこんでも、何の意味もない。
地位や権力だって、「力」の前では一瞬でなくなっちまう。
……そう。
優しくするのも、他人を蹂躙するのも、金を稼ぐのも地位や権力を手にするのも。
……結局は「力」があってこそ、出来るんだって」
「そんな、こと、は……」
「だから、アタシは手にしたんだ。
誰だろうと邪魔者を消し飛ばす、その「力」を……」
そう言って彼女はその右手の包帯を解く。
そこには……俺の予想した通り、緋鉱石が幾つも、彼女の柔らかな肌へと突き刺さっていた。
……痛みは、ないのだろう。
緋色の結晶が肉へと突き刺さっているにも関わらず、テテニスは平然とその石に触れているし……何よりも緋鉱石が癒着してまるで身体の一部のようになっているその光景は、不思議と痛ましさは感じない。
痛ましさは感じなくとも、ファッションピアスのような……何とも言えない異質さは拭えなかったが。
「それは……機甲鎧から取ったもの、だな?」
「そうさ。
こんな簡単に力が手に入るなんてねぇ。
……知っていりゃもっと早くこうしとくんだったよ、全く」
俺の問いに笑い返しながらも、テテニスはその手を噴水に浸ける。
「そうすれば、水だってこんなに……
あんなに苦労することもなかったってのにさ」
そういう彼女の手はかなり汚れていたのか……水を赤黒く汚していた。
血と煤の……彼女が奪った命の名残。
だけど、俺にはそんな彼女を責める言葉は浮かばなかった。
あの『下』での生活が……あの文字通り糞不味い水が如何に酷い代物かなんて、よく心得ていたし。
そもそも……命を奪うことに関して、俺は誰かを責められる義理じゃない。
──だけど、彼女をこのままにも、出来やしない。
……この任務には、子供たちの命がかかっているのだから。
だから、だろう。
「大体さ。
何でお前は、追われているんだよ、ったく。
こんな貴族のお屋敷にまで足を出向いて、さ」
話が途切れて俺の前からテテニスが逃げ出さないように……このまま話を続けて足を止めさせるべく、俺は何気なくそんなことを問いかける。
「ん~?
この屋敷の長老だかが、気に食わなかったんだよ。
こんなに水も金も地位も持ってるんだから、『下』の人たちを救おうともしないんだ。
……死んで当然だと思わないかい?
それに……あんたを暗殺しろなんて命令するしさ」
「……俺、を?」
……だけど。
その何気ない問いから飛び出してきたのは、俺という考えもしない理由だった。
戸惑っている俺にテテニスは軽く肩を竦めると、屋敷の方へと顔を向ける。
「ああ、そうさ。
ゼグのヤツも、「赤」の団長とやらも、ね。
あの夜、あんたが姫を庇ったのを見て……あいつら、あんたを「王権派」だと断定したらしいのさ。
んで、この力で偉そうな機師様を焼き殺し、軽く小銭を稼いでたアタシにお鉢が回ってきた、って訳。
勿論、リリの旦那を殺すなんて真似は許せなかったから、逆に焼き殺してやったけど、ね」
「……この、バカが」
何のことはない。
テテニスは相変わらず、俺にとってはただのお人好しの年上の女性で、リリスにとっては母親兼姉で。
どうやら彼女の本質は、ちょっとばかり「力」を手にしたところで……変わるほど柔なものじゃなかったらしい。
暗殺をして金を稼ぐ、家族のために外敵を打ち払う。
力を手にしたからこそ、やり方が少し変わっただけで、やっていたことは今までと……娼婦だった頃と何も変わりはしない。
──家族を思うあまり、ちょっとばかり無茶を仕出かしたって話、か。
あり得ないあり得ないと思っていたこの訳の分からない状況も、一言で言ってしまえば……ただそれだけの話だったのだ。