弐・第六章 第四話
俺の口から出かかった「何故?」という台詞は……結局、放たれることはなかった。
……理由なんて、考える必要もなかったのだ。
──嫉妬、か。
彼女たち……レナータ・レネーテ姉妹の義兄である『最強』アルベルトは、マリアフローゼ姫以外を見ようとはしていない。
レネーテが死んだ今でも、それは変わることなく……
……レナータには、それが許せないのだろう。
実の妹が死んだからこそ、その妹の死を悼みはすれど……未だに姫様姫様と彼女たちの方を振り向こうともしないアルベルトが。
……いや、アイツを此処まで惑わしたマリアフローゼ姫が。
──世界を破滅に導く、ね。
その割には大げさな言葉を使っていたが……まぁ、レナータが大げさに吹いているだけだろう。
俺がそう内心で考え込んでいる内に、タイムリミットが来たらしい。
窓の向こう側……祝賀会場が一瞬ざわめいたと思うと、すぐに静まり返る。
室内に俺が視線を向けると、誰も彼もが跪き、頭を垂れているのが目に入って来た。
……どうやら姫様を始めとする王族が会場にたどり着いたらしい。
「手を、貸しなさい。
……私を、ううん、この身体を、犯したいんでしょう?」
その事実を悟ったレナータは、夜叉の形相でニヤリと笑うと……さきほどの手付にサービスを足したつもりか、胸元と太ももをチラッと見せつけてくる。
女性に慣れてない俺は……テテニスのような売春婦でもない、処女そのものだろうレナータのその白い肌に我を忘れてしまい……
「私が先行する。
もししくじったら、アンタがフォローをお願い」
そう言って祝賀会場へとその小さな身体を躍らせていた。
──っ?
慌ててその無謀な計画を止めようと手を伸ばすものの……彼女の胸にあった少し控え目の小さな谷間と、純白の太ももに加えギリギリ見えそうで見えなかったその上にあるだろう下着への期待に意識を奪われた分、俺の身体は出遅れてしまう。
──バカかっ!
──成功する訳……いや、成功してもっ?
……そう。
たったのそれだけで王族の暗殺を行うなんて……無謀極まりない、と言うよりも、成功するような計画じゃない。
上手く姫様を殺せたとして、どうやって逃げるつもりなのだろう?
この機師ばかりの祝賀会場で、更に王城の周囲には白い機甲鎧が囲っていて、そしてこの巨島以外の何処にも逃げ場なんてない、こんな世界で……
「……ああ、そうか」
少しだけ考えて……すぐに彼女の動機を理解した俺は、そうぼんやりと呟いていた。
──死ぬ、つもりなのか。
レネーテが死んだことへの虚無感、アルベルトがそれでも自分を振り向かない失望、そしてこの砂漠であの蟲と戦い続け、妹と同じように無惨に自分も死ぬかもしれない絶望。
そんな自分に希望を見い出せなくなったからこそ、彼女は「姫様暗殺」という術を選んだのだろう。
……不慮の事故とは言え、レネーテを殺してしまった俺を共犯者に……巻き添えにしようと画策して。
──さて、どうする?
俺は彼女を追いかけて祝賀会場に足を踏み入れながらも考えていた。
実のところ、俺の膂力があれば……この場にいる機師を皆殺しにして姫様を殺すくらい、そう難しくはない。
何しろ、今、俺が柱の一本をへし折って振り回すだけで……王様の訓示を聞くため、無防備に直立している機師共の半分以上を挽肉と化すことが出来るのだから。
「ちょ、ガル、あんた、さっきの女……」
室内へと入った俺に向けてテテニスが何か話しかけていたが、今はいつでもOKと言われている売春婦よりも、目先の処女の方が大切だ。
彼女を一瞥しただけで無視し、俺は思考を続ける。
──逃げることも、まぁ、問題ないだろう。
誰も彼も殺し尽くすだけで構いやしない。
俺が派手に暴れれば暴れる分、兵士たちはレナータを構ってはいられなくなる。
そうすれば……後は据え膳を頂くだけ。
「未だにこの王国における懸念の全てがなくなった訳ではない。
だが、諸君らの働きによって、戦いのない世の中が……諸君ら機師たちが命を失うことのない社会が近づいたことは紛れもない事実である」
王様のものらしき声が祝賀会場に響き渡る中、俺は目立たないように祝賀会場の隅を歩き、王族のいる位置を……レナータが暗殺を実行しようとするだろう場所へと近づきながら、更に考えを続けていた。
──3Pじゃなくなったのが残念だが……
それでも……今日は憎悪に歪みあまりにも様変わりしていたものの、レナータ一人でさえ十分過ぎるほどの美少女なのだ。
確実にヤれる約定を取り付けた以上、それを頂かない術はない。
俺はさっきチラ見させて貰った少女の身体を頂く妄想を脳裏に浮かべながら、ゆっくりと王族が並ぶ場所へと近づいていく。
「あくまでこの祝賀会は祝いの場に過ぎない。
諸君らの働きに対する報酬は、必ず形あるものを約束する。
それだけの働きを、諸君らはしてくれたのだっ!」
人込みをかき分けてその場に近づいていくと、長々と演説を続けていた王様の顔がようやく視界に入ってくる。
「てめっ、何を考えて……っ?」
周囲の連中は強引に人込みをかき分ける俺に迷惑そうな視線を向けるものの……俺の顔を見た途端、口をつぐんでしまう。
それどころか、ソイツらは俺から身体を遠ざけようと周囲の人間を巻き込みながら数歩ほど寄ってくれるお蔭で、実にスムーズに前へと行けるようになった。
……あの戦いで俺がコイツらに与えた畏怖というものは、王様の威光よりも大きなモノだったらしい。
「話が長くなったが、諸君らの働きに相応しい地位と報酬を約束しよう。
そなたたちのお蔭で、我々はこうして平穏無事に暮らしていけるのだ。
事実、この王国においての犯罪率は年々……」
そうして王様の話を聞き流しつつ、やっと最前列付近へと身体を滑り込ませることに成功した俺は……最前列にアルベルトの姿を見つけ、脱力する。
──どうやら間に合ったな。
コイツがこんな場所にいるということは、まだレナータは暗殺を実行していないらしい。
俺は気になって周囲を見渡すものの、生憎と人込みのど真ん中で……周囲の連中の頭くらいしか見えない。
こんなところで小柄なレナータを見つけ出すのは至難の業だろう。
「で、あるからにしてこの国の基盤は人なのだ。
即ち、そなたたちのことである。
だからこそ我々は、そなたたちの働きに対し……」
人混みの向こうでは王様と一目で分かる、ひげ面で金髪の中年がワイングラスを片手に持ったまま何かを呟いている。
話をまともに聞いていないが、何となく話題がループしているような……まぁ、どうでも構いやしないだろう。
とりあえず、今はレナータが飛び出してくるのを阻むことが出来たなら……
いや、出来るならば……アルベルトのヤツと協力して……
──と言うか、コイツ。
──何処を、見てやがるんだ?
そう考えて前へと少しだけ進んだ俺は、当のアルベルトの様子に首を傾げていた。
さっきからコイツの頭は、真正面にいる王様の方を向いておらず……王様のもう少しばかり右の……
「~~~っ?」
そんなアルベルトの視線を辿った俺は……思わず息を呑んでいた。
──これが……マリアフローゼ姫っ!
アルベルトのヤツが見せてきたあの肖像画は……実は酷い出来の、ろくに実物を表してもいない代物だったらしい。
それほどまでに、彼女は凄まじい美少女だった。
……あの塩の砂漠で手に入れかけた、戦巫女セレスが霞んでしまうほどに。
長い金髪、白い肌。
青い瞳に、意外と豊かなその胸。
……いや、幾ら言葉を並べ立てても、その美貌を言い表せる訳がない。
これは本当に、何とかって創造神が気まぐれに創り出した、俺のための奉納品だとしか思えないくらいの美少女である。
──ああ、一発で惚れた。
──蟲皇を、狩る。
そして、決断する。
……俺の初体験の相手は、彼女しかいないと。
それも……強引に力づくなんかじゃなくて、蟲皇ンとやらを蹴散らして救国の英雄となって、完全に俺に惚れさせてから、数百回数千回、あの身体を堪能し尽くす。
アルベルトを利用し、邪魔をするようなら背後から屠る。
文句を言う貴族がいれば巷で流行っているらしい、俺が殺してやった『機師殺し』とやらの真似事をして、一匹残らず暗殺してやるのも良いだろう。
そう俺が決意し、唇を吊り上げた。
……その時、だった。
「マリアフローーーーーゼぇええええええええええっ!」
突如、人混みの中から一人の少女が飛び出してきたかと思うと……まっすぐに王様の後ろのマリアフローゼ姫へと突進する。
「な、こ、こいつっ?」
「速いっ?」
王様の周囲にいた衛兵が彼女を留めようとするが……生憎と青機師としてスピードに特化しているレナータの動きは、機甲鎧との連動の所為かとんでもなく素早く……
……あっさりと脇を抜かれてしまう。
その少女の突撃に気付いた俺は、必死に人混みをを抜けようとするものの……ここで惨劇を作り出す訳にもいかず、なかなか前へと進めない。
そうして立ち往生したままの俺の眼前で……鬼の形相をしたレナータが、その手に隠し持っていたらしきナイフをまっすぐにマリアフローゼ姫へと突き出し……
「レナータ……ぐぅっ?」
その兇刃は……自らの身体を盾にと飛び込んだアルベルトによって防がれる。
刃を受け止めたアルベルトの右腕からは、鮮血が流れ始める。
とは言え、レナータは所詮、肉体的には小柄な少女に過ぎない。
アルベルトの上腕筋に締めつけられた刃は、彼女の細腕では、もう引き抜くことも叶わなくなったようだった。
「アルバっ!
どいて、ソイツはっ!
ソイツだけはっ!」
「バカ野郎っ!
何を考えているんだ、お前はっ!」
二人が騒いでいる間にも……近くの衛兵が暗殺者を屠ろうと近づいてきていた。
……いや、違う。
「コイツ、生きてここから帰れるとは……」
「バカ、殺すなっ!
背後関係を洗う必要があるっ!」
レナータがしでかそうとしていたのは、王族暗殺。
衛兵たちも単独犯とは考えていないらしい。
あのままじゃ取り押さえられ……拷問され、全てを、いや、俺のことを……
──まずいっ!
最悪の未来を予期した途端、俺の身体は自然と前へと走り出していた。
邪魔な人間を蹴散らし……何人かの骨を砕いたような感触があったが、意に介すこともせず、ただ走る。
そうして押し問答をしていた二人は……派手に人混みを蹴散らす俺に気付いたのだろう。
「兄弟っ!」
アルベルトが安堵の声を上げるのと同時に。
レナータも義兄と同じく……俺という共犯者の乱入に、勝利を確信したかのような笑みを浮かべていた。
俺は目の下にクマを浮かべ、狂気に血走った目と、憎悪に歪んだ顔をしたレナータと。
兇刃に怯える青い瞳の、絶世の美貌をした、マリアフローゼ姫を視界に捉え……
──決断を、下す。
そのまま力を込めた右腕を、ただまっすぐに……
「……は、ははっ?」
感触があまり感じられなかったのは、彼女の胸が薄い所為ではなく……俺が、彼女の命を奪うことへの罪悪感があったから、だろう。
多少の罪悪感に手先が鈍ったとは言え……それくらいで殺傷力が変わるほど、俺の膂力は大人しくない。
俺の突き出した手刀はまっすぐにレナータの乳房を貫き、その後ろの胸骨も肺も、その後ろの胸骨と背肉と皮膚までもを突き通していた。
「……っ」
そして、俺の手を締めつけるように彼女の胸が収縮する。
生暖かい血液が手を濡らし、それよりも少しだけ温かいヌルっとした肺の感触が……彼女の命を奪ってしまった事実を、俺に実感させていた。
「……そう。
何もかも、あの、女、が……」
死が確定したことに気付いた彼女の唇は……そう呟いた、気がした。
勿論、肺を貫かれた彼女の口からはただ血が噴き出るばかりで……声にもなっていなかったが。
そして、彼女は手刀で胸を突き刺したままの俺を見つめ、憑き物が落ちたかのような穏やかな笑みを浮かべると……
「呪われろ、この悪魔……」
声にならない声で、俺の耳元にそう囁く。
その囁きに動揺した俺が右手の力を緩めたことで……彼女の身体は重力に引かれ、ゆっくりと床に崩れ落ち。
鮮血が豪華な絨毯を、徐々に徐々に赤く染め上げていく。
そんな彼女の身体が、いつものように塩と化してしまわないのは……俺が心の何処かで躊躇った所為、だろうか?
ただ俺はそのレナータだった、さっきまで温かかった肉の塊を見下ろし……胃の内容物が逆流しそうな痛みと、咽喉の奥の苦みに、必死に歯を食いしばる。
──ちく、しょう……。
ヤれるのが確定していた美少女をこの手にかけた後味悪さに、俺は血まみれの拳を握りしめ、震えを抑え込みながら……目を閉じる。
その暗闇の中、必死に手を伝った血と肉と臓物の感触を、温かさを記憶から振り払おうと首を振る。
だけど……そんなことが叶う訳もなく。
ただ茫然と、歯を食いしばって右手の感触と、こみ上げてくる吐き気に耐える。
──殺すしか、なかった。
とは言え……俺には、他に選択肢なんてなかったのだ。
マリアフローゼ姫か、レナータか……あの場面ではどちらかを選ばなければならなかったのだから。
そして……憎悪の所為か美少女の面影すらもなくしたレナータと、絶世の美少女であるマリアフローゼ姫と。
二人の価値は……天秤にかけるまでもない。
そして、俺を道連れにする気満々だったレナータを生かしておけば、間違いなく俺はお尋ね者になり……マリアフローゼ姫を正攻法でこの手に抱くことは叶わなくなる。
……だから、俺の選択に間違いは、なかった。
──殺すしかなかった、けど……
だけど、死んでしまったレナータが……俺のモノになるのが確定していたあの美少女の身体が、処女が、ただ惜しい。
そうしてレナータの血が絨毯を赤く染め尽くした頃……野次馬たちがやっと我に返ったのか、周囲にざわめきが満ち始める。
「て、てめぇっ!
何も、何も、何も、殺すことはっ!」
その段になってようやく事態が呑み込めたのか、レナータの義兄であるアルベルトは激昂して顔を真っ赤に染めながら、俺の胸ぐらを掴んでくる。
……激情のあまり痛みを感じていないのか、レナータの刃が突き刺さったままの右腕で。
だけど俺は……そうして憎悪を向けられることには慣れている。
その膂力と剣幕を正面から軽く受け止めた俺は、アルベルトに向かって首をゆっくり左右に振ると……
「彼女は、レネーテの後を、追いたかったんだろう。
そして、義兄であるお前に、殺されたかったんだと思う」
その「憶測」をまるで「真実」のように口にする。
……とは言え、ただの嘘八百ではないだろう。
あれだけの動きを見せる彼女だったら、こんな祝賀会の機師たちの眼前で暗殺を試みるよりも、王城に忍び込む方が遥かに暗殺の成功する可能性が高かった筈だ。
そして……そんな彼女がアルベルトを見ても彼を迂回しなかった。
レナータは、アルベルトに殺されたかったと考えて……まず、間違いない。
「……だが、兄弟。
彼女を……お前に殺させる訳にはいかない。
……そうだろう?」
悲痛な顔を取り繕って……俺はアルベルトにそう告げた。
その部分は、俺にとっては適当に舌先三寸で取り繕っただけの、ただの三文芝居だったが……意外と効果はあったらしい。
俺のその言葉に、アルベルトは顔を歪めると……
「あ、ああ、あああああ。
そう、だ。そう、だよ。
何もかも……姫を狙おうとした、レナータが、悪い、んだ。
分かっては……分かっては、いるん、だよ」
結局。
アルベルトは顔を悲しみに歪め、そう床に崩れ落ちてしまう。
そんな『最強』の姿を見下ろしながら、俺は安堵のため息を吐いていた。
──助かった。
──まだ、コイツは利用価値があるから、な。
今、折角の駒であるコイツを失う訳にはいかないのだ。
トチ狂って俺に向かって切りかかってきたりしたら、流石に殺さざるを得なくなり……そうすると蟲皇を屠る苦労が増える。
マリアフローゼ姫を頂くことに労苦を厭うつもりはないが……どうせだったら楽をして姫様を頂きたいのが俺の本音だった。
「……あの」
と、近くで囁かれたその声に振り向いた俺の眼前には、いつの間にか絶世の美少女であるマリアフローゼ姫が立っていた。
近くで見ると現実味がないほどの美少女である彼女に、俺は我を忘れてしまい……こんなに近くにいるにも関わらず、力づくで奪おうという気すら起こらない。
「よくぞ、私を兇刃から救ってくれました。
感謝します、赤と黒の機師よ」
姫様はそう告げると、優しげに微笑む。
俺はただそれだけで息を呑み……手を伝い落ちるレナータの血の感触すら忘れて立ち尽くしてしまう。
アルベルトのヤツも俺と同じらしく……義妹を亡くした哀悼すらも忘れ、ただ茫然と座り込んだまま動かなくなっている。
「い、いえ。
我々はただ、当然のことをした、までで……」
「あ、ああ。
機師としての、勤め、だ」
アルベルトの動揺した声に続けて放たれた俺の声は……『最強』のヤツと同じように酷く掠れ浮ついたものだった。
アルベルトのヤツの緊張が、どうやら俺にも感染してしまったらしい。
そんな俺たちの硬直を見抜いたのだろう。
マリアローゼ姫はゆっくりと俺たちの方へ……血の染み込んだ絨毯にも、胸に大穴を開けたレナータの亡骸すらも意に介さずに踏みしめて歩み寄ると。
「貴方たちのどちらかが、蟲皇ンを倒し、王国に平和をもたらす日を楽しみにまっております、機師さま」
少しだけ頬を赤く染めながら……そう、微笑む。
──っ?
その笑みの破壊力は、俺の脳裏を焼き尽くすほどに強力で……俺は完全に呆けてしまっていたように思う。
気付けば眼前からマリアフローゼ姫の姿どころか、王様の姿も衛兵たちの姿すらなくなっていて。
そうして、この祝賀会場に残されたのは黒と青と赤の機師たちと、料理を運ぶメイドたち……後はさっきまで青機師として生きていた、レナータだった肉の塊だけ、だった。
「じゃあ、お開きにするか」
「そう、だな。
死体の近くで飯を食う気にはなれん」
「バカ女が、何をトチ狂いやがったんだか。
人様の迷惑を考えやがれってんだ」
王族がこの場から消えたことで、みんなが我に返ったのだろう。
機師たちはレナータだった肉塊に忌々しげな視線を向けると、もうお開きになった祝賀会などに用はないと、三々五々散り始める。
俺はそんなむかつく連中の後頭部を殴り、脳漿をぶちまけたい衝動に駆られるが……
──此処で短気を起こしても、姫様は手に入らない、な。
その事実を思い出し、大きく息を吐き出すことで、何とか殺意を鎮める。
……連中はいずれ殴り殺してやるにしても、戦場のドサクサか人気のない場所で上手く潰さないと色々と面倒だろう。
そう決断した俺は、まだ崩れ落ちたままのアルベルトの姿に視線を軽く向け……
「ほら、いつまでも俯いていないで、さっさと帰るぞ。
……せめて、人として弔ってやろう」
アルベルトを力づけるようにそう告げると、レナータだった肉片を軽々と持ち上げる。
お姫様抱っこをしたその死体は、まだ生暖かく……匂いこそ鉄さびと臓物臭に消されてしまい感じられないが、この柔らかさも弾力は、彼女が死んでしまったことが嘘のようで。
──畜生、勿体なかった、よな。
その感触に俺は思わず歯噛みしていた。
彼女の持ちかけてきた取引が別のモノなら……例えばアルベルトを殺せとか、王様の命を取ろうというモノなら。
俺は、この身体を好き放題眺め触れ舐め嗅ぎ……色々と出来た筈、だったのに。
「すま、ない、な。
本来なら、俺が……」
「いいさ、兄弟。
俺とお前の仲じゃないか」
俯いたままのアルベルトに俺はそう明るく装ったような声をかけてやる。
『最強』という二つ名を持つコイツが落ち込んだままでは……利用価値が激減してしまうだろう。
──もし世を儚んで自殺などされたら、これまでコイツのウザさを我慢してきたのが水泡と帰してしまう。
そんな俺の打算に気付くこともなく、アルベルトは涙に濡らした顔を上げ……力なく、だけど確実に少し微笑んで見せた。
「……男同士の友情、素敵」
ふと、そんな時、俺たちの様子を遠くで伺っていたメイドの一人……此処へ案内してくれた彼女が発したそんな呟きが耳に入ってくる。
だが、彼女の眼の中に何やら妖しい輝きを見て取った俺は、何となく背筋が寒くなり、敢えて彼女の呟きは無視することにした。
事実、変な目で見られるだけで、特に害はなさそうだったし。
……と、俺が視線をメイドから外した時のことだった。
視界の端……祝賀会場から去っていく面々の中に、見知った顔を見かける。
「……テテニス?」
彼女はゼルグムのおっさんと連れ立って、赤いマントの偉そうな人……恐らくは赤機師団の団長っぽいおっさんの後ろを歩いて祝賀会場を出て行った。
「……また仕事か。
相変わらず大変だな」
あの様子では、俺の望みとは逆の形の3Pか、それともお偉いさんの前でおっさんとアレコレするプレイなのか……まぁ、まっとうな代物じゃないだろう。
とは言え、貴族様相手の仕事をしていると聞いたから、別に不思議とは思わないが。
それよりも、今は……
「どうした、兄弟?
早く、レナータを、家に……」
「……ああ、そうだな」
今はまず、レナータを……俺が命を奪ってしまった少女を、何とかしなくてはならない。
俺は両腕に抱いた少女の肢体の重みに、テテニスのことを頭から締め出し、さっさと祝賀会場を後にしたのだった。
そして。
この時、テテニスを追いかけなかったことを俺が後悔するのは……わずかその二日後のことだったのである。