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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐・第六章 ~祝賀会~
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弐・第六章 第三話


 王城での祝賀会は、王城を使うだけあって凄まじく大規模なものだった。

 百人以上の機師が入ってもまだ十分に余裕のある広間、精密な彫刻の施された数々の柱、蝋燭の輝きを乱反射し、広間中に光を届けるシャンデリア、複雑な刺繍の施されたカーテンに、柔らかく鮮やかな絨毯。

 広間の端では楽団が某有名RPGの王宮の曲みたいなのを流してムードを盛り上げている。


 ──コレは、凄い、な。


 現代日本に慣れている俺ですら気後れするようなその空間に、最下層で過ごしたことのある他の黒機師たちは完全に圧倒されていた。

 ……無理もないだろう。

 あのゴミ溜めのような『下』で暮らしていた彼らにとってここはまさに『異世界』に他ならないのだから。

 実際、目の前に並んでいるテーブルに数々の豪勢な料理が並んでいるというのに、彼らはそれに向かって歩みを進めることすら出来ない有様で……

 さっきまで口やかましかった貴族様の黒機師団団長でさえ、その豪勢な宴に気後れしたのか訓示の一つすら口にしない。

 どうやら彼は彼で……王城に立ち入りを許されないレベルの、下の方の貴族らしい。


 ──付き合ってられんな。


 とは言え、俺は腹が減っているのだ。

 俺は周囲の硬直を無視して堂々とテーブルへと歩を進めると、そのまま近くにあったフォークを掴み、欠片の遠慮も躊躇もなく肉片を口に入れる。


 ──食えない、ことはない、が。


 その肉を口に入れた感想は、純粋にそんなものだった。

 香辛料が足りないとか塩気が足りないのも事実だが、何と言うか……肉そのものが味気ない気がする。

 余所で食べたのと違い、臭みはないので……腐ってる訳ではないのだが。

 安いファミレスで出てくる、味気のない冷凍食品の肉。

 簡単に言ってしまえば……ああいう感じの味だったのだ。


「……ま、こんなもんか」


 とは言え、今までの腐敗臭のする肉と比べると……食える範疇に収まっていることは事実である。

 吐き気がするほど不味かった『下』の料理や、食える範疇外の三級市民街の料理、塩気で何もかも誤魔化している感のあるリリスの料理よりは、かなりマシの部類に入る。


 ──なら、食い溜めしておかないとな。


 そう結論付けた俺は、未だに呆然としている黒機師団の連中を放っておいて、ただただ食い物を腹に詰める作業を開始する。

 「赤」や「青」の連中ももう食べ始めているし、別に問題はないだろう。

 それに、実のところ……この世界に来てから延々とろくな食い物がなかった所為で、空腹もそろそろ極限状態だったのだ。


 ──流石の俺でも、餓鬼から飯を奪うなんて真似は出来ないし、な。


 幸いにして破壊と殺戮の神ンディアナガルの恩恵のお蔭か、腹が減って力が出ないなんてことはないものの……食べられる時には出来るだけ食べておきたいのは事実である。

 ものの数分の間に、俺はローストビーフみたいな肉の塊を、大皿に乗っていた全て……恐らく数キロほどを平らげると、次はポトフみたいな煮込み料理へと取り掛かる。

 野菜も何処となく味気ないような、煮込んでいる筈の肉もやはり微妙な代物で、正直に言って味はやはり美味いとは言えないレベルだが、今はとりあえず……腹一杯食いたい。

 そんな俺の殲滅戦を目の当たりにした所為だろう。


「黒機師団、全員、突撃っ!

 アレに食い尽くされない内に、お前たちもかかれっ!

 ああ、各自、品位を忘れるなよっ!」


 珍しく気を利かせたらしき黒機師団長のその号令によって、「黒」の連中が料理に取り掛かり始めていた。

 飢えている連中が二十数名も食事に参加した所為か、一気に料理の減りが速くなり……メイドたちの動きが活発になって来る。

 そうして俺が深皿に入っていた三キロほどのポトフを平らげ、銀の皿に乗っていたパンらしき小麦の塊を一キロほど食い尽くし、更にはワインか何かで煮込んだ肉を二キロほど平らげた辺りで……

 ふと、会場の入り口辺りがざわつくのを耳にした。


 ──ん?


 やっとお腹が落ち着いた俺は、食欲よりも好奇心を優先し、その騒ぎの方へと視線を向け……


「……レナータ」


 俺はただ呆然と、彼女の名前を告げることしか出来なかった。

 それほどまでに、双子の妹を亡くしたばかりの少女の姿は、変わり果ててしまっていた。

 美しかった蒼い瞳は何か獲物を狙うかのように血走っていたし、艶のある金髪はボサボサで見る影もない。

 祝賀会だというのにドレスを着こむこともなく、青機師団の制服のまま……しかもあの時に戦ってから着替えてないのか、砂だらけの制服のままで。

 何よりも……愛嬌のある笑顔が魅力だった彼女の顔は隠し切れない憎悪に歪んでいて、もはや別人と言っても過言でない有様だったのだから。


 ──っ。


 彼女をそうした直接の原因である俺は、少女の変貌を見るに耐えず……視線を逸らし、食事へと視線を戻す。

 ……だけど。

 彼女の方は、そうではなかったらしい。


「見つけたわよ、ガルディア。

 ……来てもらうわ。

 嫌とは、言わないでしょう?」


 少女はまるで肉親の仇を睨むような鬼の形相で、俺をまっすぐに見つめていたのだった。




 祝賀会の会場から外へ……テラスへと出た俺たちは、何も言わずにただ夜空を眺めていた。

 たったの窓一枚を隔てただけで、宴の喧騒も音楽も遠い世界のように思えてしまう。

 それほどに……この場所の空気は重苦しいものだった。


 ──何か、言えよ、畜生。


 その空気に耐えかねた俺は、内心でそう毒づく。

 ……いや、ただ内心で毒づくしか出来なかった。

 肉親を失ったばかりの、鬼の形相をした彼女に向けて……この社交性ゼロの俺が何かを言える訳もなく。

 そして、さっきのレナータの形相を目の当たりにした俺は……彼女を放って宴の会場へと戻る勇気すらなく、ただ彼女が口を開くのを待つことしか出来ない。

 そんな拷問のような時間が、どれだけ続いたのだろう。


「色々考えたんだけどさ。

 ……アンタしか、浮かばなかった」


 いい加減、俺が痺れを切らし始めた頃、ようやくレナータはそう口を開く。

 その瞳は上空を睨みつけたまま、こちらを振り返ることもなく……

 そんな……訳の分からない一言を。


「……どういう意味だ?」


「アンタ、レネのこと、好きだったでしょ?

 あの時……命がけで助けようとするくらいだもね」


 意味が分からず尋ね返した俺の問いへの返答は、そんな答えを求めない質問だった。

 回答に窮した俺が黙っていると、レナータは軽く笑い……


「それに……あの娘の胸とかお尻、ジロジロと見てたし。

 そういうの、分かるんだ、私には」


 俺を責めるでもなく、ただ空虚な声で、そう、呟いた。


 ──ぐ、はっ?


 その呟きに図星を指された俺は、思わず彼女の背中から視線を逸らし、窓の方へと……部屋の中へと視線を向ける。

 そこではアルベルトが変な男に絡まれていたり、テテニスに向かってゼルグムのおっさんが何かを説いていたり。

 他にもメイドを口説こうとする青機師や、飲み比べをしている「黒」の連中など、多種多様の人間模様が展開されているらしい。

 ……まぁ、名前も知らないそんな連中の所業など、どうでも構わない訳だが。


「でも、アンタは守れなかった。

 いや、アンタの何かが……アンタがレネを殺したのは分かってる。

 はっきり言って今も、アンタを殺したいほど憎いと、そう思ってる」


「……ああ」


 そんな彼女の呟きによって現実に引き戻された俺は……ただ頷くことしか出来なかった。

 ただ、彼女から放たれる「殺意」という名の慣れ親しんだ感情に、つい拳を握ろうとして……躊躇う。


 ──コイツも、殺さなきゃ、ダメ、なのか?


 ……そう。

 レナータもレネーテも、一度はこの手で抱こうとした女である。

 例えそれが双子との3Pという邪極まりない感情からだったとしても、だ。

 そして死ねば……殺してしまえば、もうこの美少女を抱くことは叶わないのだ。

 もう既に3Pは叶わないにしても、それでも……


 ──それでも会話を交わし、少なからず情を移した相手を、この手で殺すなんて……


 一言で言ってしまえば「もったいない」という感情が俺の拳を握らせない。

 そんな俺の躊躇いに気付くこともなく、少女は言葉を続けていた。


「……だから、さ。

 アンタしかいなかったんだ。

 私と一緒に、地獄へ行ってくれる人は」


 憎悪を目に宿した少女は、ゆっくりと俺の両肩に手を回し、その顔を近づけてくる。


 ──な、ななな。


 俺は内心で慌てふためきながらも……それを、振りほどけない。

 幾ら見る影もなく変わっていたとしても、幾ら憎悪に顔を歪めていたとしても……彼女は俺が抱きたいと思うほどの、美少女なのだ。

 昨晩から服すら着替えていないのか、汗の匂いや砂の匂いが鼻を擽る。

 だけど……それが却って、彼女がそこに生きているという証拠にも感じられてしまい、俺は身動き一つ取れなかったのだ。


 ──どういう、つもりだ、コイツっ?


 内心ではそう冷静を装っているつもりでも……俺は自分の頬が赤くなっているのを自覚する。

 視線を彼女から逸らそうとし、だけど叶わず、右へ左へ逃げ道を探し……口は何か彼女を留める言葉を探し、だけど見つからず。

 ……そう。

 はっきり言ってしまえば……美少女の急接近に、俺は冷静さを完全に失っていた。

 そうして俺が慌てふためいている間にも、彼女の身体は徐々に徐々にと近づいてきて……


「私が、レネの代わりをしてあげる。

 この身体を、私をレネだと思って、好きにして構わない。

 ……レネを抱きたかったんでしょう?」


 そういって、レナータは更に近づいてくる。

 五センチしかなかった距離を……ゼロセンチメートルにまで。


「~~~~っ?」


 唇を、奪われた。

 その事実に、目を見開いている間にも……俺の唇は、彼女のそれと触れ合っているという確かな感触を伝えてくる。

 柔らかくて小さな、だけど暖かく、少しだけ湿った感触。

 そして、その小さく開いた口からは、彼女が生きているという、吐息がこぼれ出て。

 俺の理性を焦がし、燃え上がるような熱気が身体の奥から湧き上がってくる。

 その熱を持て余した俺が、彼女の身体を抱こうと手を伸ばした、その時だった。


「……これは、手付。

 後は、成功報酬」


 そう言うと、彼女の身体はふわりと離れていった。

 ……まるで、さっきの触れ合いが幻であったかのように。

 未だに状況が掴めない俺は……脳裏から彼女の感触を必死に振り払い、その言葉の意味を飲み込み、咀嚼し、そしてようやく理解する。

 彼女が……色仕掛けという似合わぬ手段で、この俺の力を欲している、ということに。


「……成功報酬?」


「そう。

 私には……許せない相手がいる。

 ソイツを殺す手助けを、アンタにして欲しい」


 レナータは俺と違い、頬を赤く染める訳でも、キスの余韻に浸る訳でもなく……ただその瞳を憎悪で燃やしながら、俺の問いに答える。

 歯を食いしばり、その名前を告げることすら忌々しげな表情で。


「この国の姫を。

 アルバを惑わせ、世界を破滅に導く諸悪の根源の一人……マリアフローゼ姫を」


 彼女はそう吐き捨てたのだった。


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